葛藤
次回は敵を出せるかな?
―――――退魔会議。
青雅先生の言葉に思わず、思わず、ため息をつきたくなる。
そんな俺とは違って、ケイスケはその言葉に表情を引き締める。
「……その言い方、力抜けるんで止めません?」
「ん、別にいいじゃない?」
30という歳の割には青雅先生は軽やかな調子で言葉を返してくる。
「先生、今日は先生の奥さんいないから、いいですけど、退魔とかやたら口にしてたら大麻とかと勘違いされますよ」
「……いや、今はもうそんなのより脱法ハーブとか危険ドラッグ使うでしょう」
「使うんですか? いや、牛沼じゃないでしょ」
「オサ」
先生との話が横道に逸れかけたのを遮るようにケイスケが俺を呼ぶ。
「何だよ?」
「……話が進まない、まずは先生の話を聞こう」
俺はその言葉に軽く肩を竦める。
分かってるさ、最も聞きたくないから脱線してたんだけどな。
「まあ、ケイスケ君の言うとおりだね……じゃあ、話を続けようか」
軽く咳払いするかのような動作を見せて、先生は姿勢を正した。
それだけが気温が下がったように感じられる。
「……まあ、場所はこの辺りだね」
近くにあったタブレットを引き寄せると、さっと地図アプリを立ち上げた。
俺とケイスケはその地図を凝視する。
「……一応、牛沼になるね、今回は」
それは助かる、脚のない高校生でそう遠くまで脚を運ばせないで欲しい。
「……チャリではキツいですね」
地元のケイスケはざっと場所の検討がついたのか、顔を顰める。
「ん、この辺りじゃないのか?」
俺は不思議に思って問いただすと、ケイスケに代わって、先生が口を開く。
「……電車やバスだけで動ける場所じゃないんだよ、ここは……まあ、分かりやすく言うと、山の中だよ、近くに猛禽類を扱う専門店があるくらいの、ね」
「……すいません、牛沼と言われて、この辺りしか想像してませんでした、舐めてました」
俺がタブレットが置かれた卓に手をついて素直に謝った。
「……でも、よくそんなとこの情報が入ってきましたね」
「まあ、ちょっと前に鷹とか描いてたから、割と仲良くなった人がいたんだけど、その人、噂好きなんだよね」
「なるほど」
俺が頷いたところで、再び、ケイスケが居住まいを正して、先生を見据えた。
「……で、どんな敵なんですか?」
「……猛禽類か、動物だね……まあ、魔獣だと推定していいね」
「……それは又……面倒な相手そうですね」
先生の言葉に俺は息をつき、二人を見た。
ケイスケと先生は既に戦闘の想定をしているようだった、いかにして動き仕留めるか、無意識的に身体の筋肉を動かしているように見えた。
「いつ動きますか?」
「今週末の土曜日の夜でいいかな? 夜に僕が車を出そう」
俺が問いかけると、先生が応じる。
「じゃあ集合場所は牛沼駅、19:00で」
「分かりました」
さて会議は終わりだろう、新婚さんの家にあまり入り浸るのも悪い。
「行くか」
ケイスケの言葉に俺は同意の頷きを見せ、立ち上がった。
「そういや、先生、絵画教室、順調?」
「……ああ、うん、この前、賞取れたから、ちょっとづつ問い合わせが着てるよ」
「それは良かったです」
尋ねに良好的な回答がきて、俺はほくそ笑んだ。
その後、先生の家を出た、俺とケイスケは駅前のビル1Fのフードコートに立ち寄った。
俺はコーラ、ケイスケはアイスコーヒーを買って、端っこの席に落ち着いた。
「……魔獣ねぇ」
「まあ、俺としては速くても、実体がある方がやり易いよ」
「ならいいけどね、それにしても……」
頭の後ろで手を組んで、ケイスケを見て、問いかける視線を向けた。
「どうした?」
「……ん、何で、こんなことになったのかなってね」
「……仕方ないだろう、ケーサツとかにそういうのができるのがいればいいけど」
「それはそうだけどな」
相槌を打って、ふと、視界の端に楽しげな制服姿の彼氏彼女らしい楽しげな姿を見れば、俺としても多少は羨望を感じざる得ない。
「そういえば、海老原先輩とはどうなってるんだ?」
「……っ、何もねぇよ」
ケイスケの質問に、思わず上ずった声をあげてしまった。
海老原先輩は図書委員で、ソバカスと少し長めの髪が目立つ可愛い感じの一個上の先輩だ、去年は割りと話したが、今年はさっぱりだ。
それもこれも奴らのせいで時間を取られているからだ。
「……そうか」
ケイスケはしばらく、俺を見ていたが、そう口にすると、アイスコーヒーを啜った。
退魔会議、青雅先生は先刻、そう言った。
魔を退ける会議、魔、それに適当な呼称がないから、魔とは化物というのが良いのかもしれない。
そんなもの、1年前の文化祭までは俺とケイスケには関係なかった。
だが文化祭の時間が終わりを迎えても、終わる事に名残惜しさを感じ、俺とケイスケと海老原先輩で校舎の一角でゲームをしていたのだ。
そして、その後、俺とケイスケは遭遇したのだ、化物と。
化物は名状しがたき存在だった、今では大分、慣れたが、狂気に侵された発狂しそうな精神的恐怖を味わされた。
当時、剣道部に所属していたケイスケが振るった竹刀も靄を切るようにすり抜け絶望に囚われた。
もし、それを調査していた青雅先生がその場を通りすがらなかったら、どうなっていたのだろうか。
恐怖に震えながら、ケイスケと俺が力に覚醒できなければ、高校生活は短く終わっていたかもしれない。
だから、ケイスケは迷いなさそうに化物と戦う事を決意した、俺も逃げたくなる気持ちを押し隠して。