プロローグ ~回想~
生涯、忘れえぬ友がいる。
アリステアがいつも肌身離さず持ち歩いていた一クラウン銀貨は、今となっては彼の遺した形見のひとつとなってしまった。銘文の刻まれた銀貨の表には王冠を戴いた若き日のヴィクトリア女王の左胸像が描かれており、裏面は冠十字に四つの紋章楯が組まれ、それらの間の弓形の部分には、バラ、アザミ、シロツメグサが描かれていた。
アリステアは女王への手紙を綴るとき、懐から取り出した銀貨に恭しくキスをしながら、「親愛なる女王陛下」と羽根ペンを滑らせた。
「いいかい、作家先生。僕はいつ死ぬかわからないまま十数年生きてきた。だが、今この瞬間に力を尽くしたことはないし、世の儚さについて論じたことなど一度もない。僕はそうした刹那的な生き方にひどく不向きな人間なんだ」
長い雨が降り続いた後の黄金の昼下がり。幕間の休憩のひととき。誰よりも刹那的な危うさや美しさを潜ませたアリステアは、かの邸宅に出没する働き者の妖精ブラウニーのために、部屋の片隅にバターケーキを供え、それから、私に向かってあけっぴろげな笑顔を向けた。
あれから一体幾年月が過ぎたのか。今も瞳を閉じればありありと、つい昨日のことのように彼の姿が目に浮かぶ。