エピローグ
前略
母さん、元気にしていますか。僕は元気にしています。
あまり詳しい事は言えないのですが、僕は央州へと派遣されました。
本国より遠く離れた慣れない土地ですが、お米も手に入るし、僕は順調に任務を果たしています。
ところで、僕が配属された部隊は、みんな変わった人達ばかりでした。僕が配属される様な部隊だから、まともではないと思っていましたが、やはり予感は当たるようです。
戦車長の一人であるサカキさんは、元怖い人でなんでも自分の組織を追われて軍隊に逃げ込んだそうです。けど、実際は優しい人で、年下である僕らの事をなんだかんだ気にかけてくれます。
同じく戦車長のサユリさんは、元憲兵で民間人にスパイ容疑をかけて拷問して遊ぶ上官が気に入らず、殺しかけて左遷されたんだそうです。それだけあって、僕より正義感があって頼りになる人です。ただ、正直一番怖い人です。
操縦手のショウジロウさんは、元大工で実家が廃業して軍隊に残っているそうです。大工さんなので色んな小物を作ってくれて、この前は、戦車に装備する対成形炸薬弾用の装甲を木で作ってみんなを驚かせていました。
同じく操縦手のカナコさんは、国の役所から派遣されてきている人です。無口で無愛想ですが、最近可愛い容姿を褒めると顔が真っ赤になると言う事を発見して、ショウジロウさんと二人でからかうのが最近の流行りです。
士官学校から知り合いだったカツヤも部隊にいたのですが、彼は技術士官らしく、最近は鹵獲したという敵の戦車を分析して、本国に書類を送っているようで忙しそうです。自称快楽主義者だけに、彼に言わせると「俺の情報で敵の戦車がぼこぼこにされるのが楽しみ」なのだそうです。
隊長であるツカサさんは、僕より年下の小さな女の子です。けど、しっかりしていて頼りになる人です。まだまだ未熟で、僕が支える事が沢山ありますが、それでも一生懸命自分の役目を果たそうとする頑張り屋さんです。
そんな部隊で、僕は仲間と共に頑張っています。
だから、心配しないでください。
僕は必ず生きて帰ります。
草々
手紙を書き終えたアオイは、首をかしげた。
「これじゃ、みんなの紹介文みたいだな・・・・・・」
そう言いながらも、他に書く様な事は思いつかない。本当は自分が参加した作戦の内容でも書ければわかりやすいのだが、軍の情報漏えいで罪になってしまう。
彼は諦めたように便箋を折り畳むと、封筒へと入れる。
封筒を糊で閉じると、何気なくテーブルの上へと置いていた。
「なんだ遺書か?」
そう容赦のない言葉を浴びせてくるのは、顔を油で黒く汚した通りすがりのカツヤだった。
「遺書じゃないって。ただの手紙だよ。こうやって適当に何か書いて出さないと母さん心配するんだ」
「そういやあ、お前士官学校でもちょくちょく書いてたな。それの続きか」
そう言いながら、カツヤはテーブルの向かいの椅子を引っ張り出すとどっかりと腰掛ける。
「けど、そうやって帰る所がある分、お前はマシなのかもしれないな」
「そんなことないよ。僕だって、父さんに啖呵切っちゃったから帰れないし」
「ふーん。じゃあ、みんな戦争が終わったらどうするつもりなんだろうな」
「さあ。けど、この戦いの間は、ここが僕らの居場所だから」
そう言って、アオイは辺りを見回した。
そこには、ロ号の整備をするカナコや、そんな戦車の上で昼寝するサユリ、テント代わりに小さな小屋を建てるショウジロウや、慣れない手つきで洗濯をするサカキなどの姿があった。
「だから、帰るとこの心配はしなくて良いんだよ」
「そうだな。もしここが無くなる時は、死ぬ時と一緒ってか」
「ったく、相変わらず不吉な事を言うなよ・・・・・・」
しかし、カツヤは笑ってみせる。
「けど、それが今の俺達の現状だ。俺達は逃げられないから、進むしかない。どんな結末が待ってようともな」
「まあ、そうだけど・・・・・・」
すると、そこへ唐突に声がかけられる。
「なにを話しているのだ?」
振り返れば、座っている自分と大して変わらない背丈のツカサが、そこにいた。
「あれ? ツカサさん、もう体は良いんですか?」
「うむ。カナコが素早く封印してくれたおかげで体に負担が少なかったらしくてな。私の中の者もなんとか大人しくなったらしい」
「ほーお。二、三日は寝込んでて、どうなるかとも思ったが良かったな。これで俺達は完全復活ってことか」
「うむ。その通りだ」
そう言うと、ツカサは満足そうに頷いていた。
「それより、何を話していたのだ?」
「いや、大したことでは―――」
「―――ああ。俺達には帰る場所がないから進むしかないな、って話だ」
しかし、素直に言ってしまうカツヤに、アオイは眉をひそめた。
「そんな事言って、ツカサさんが余計に責任感じたらどうするんだよ・・・・・・」
「いいんだよ。それはそれで面白い」
すると、意外にもそれを聞いて、ツカサは興味深げに唸っていた。
「ふむ。言われてみればそうだな。私達は進むしかないのだ」
それには、アオイが気にかける様に言葉をかけていた。
「あまり深く考えないでくださいね。ツカサさんも狂気に呑まれますよ」
「大丈夫だ。私はそれほど強い思想を持っていないからな。何かの考えにとらわれたりはしない。しかし、進むしかないのは事実だ」
その様子に、カツヤは何か面白いものを見つけたかのようにニヤリとしていた。
「ほーお。そういやあ、いつの間にか名前で呼び合ってるし、アオイ君はいつの間にか隊長とずいぶん親密になったらしいな。一緒に寝てドキドキしてたらしいし。やっぱりロリコンなのか?」
その言葉に、アオイは心外そうに立ちあがっていた。
「違うぞ! 名前で呼び合ってるのはツカサさんの希望だし。それにドキドキしたのはむしろ正常だからだろう!」
「それでもチビっ子に興奮はしたんだろ。気にすんなよアオイ。良いだろロリコンだって」
「だから、違うって言ってるだろ!」
「むぅ? ロリコンとはどう言う意味だ?」
その言葉に首をかしげたツカサに、アオイがこめかみを押さえ、カツヤがニヤニヤしながら説明する。
「ほら、ロ号リ型でコンバット、略してロリコンだよ。本国じゃロ号はすでにニ号中戦車に置き換えられてるからな。ロ号で戦ってるのはこちらのアオイ君達ぐらいなんだよ」
「ほう、なるほど」
そう言うと、唐突にツカサは腰の軍刀を外して、地面へとついていた。
「よし、決めたぞ」
「なにをですか?」
アオイが問うものの、それよりも早く、彼女は号令をかけていた。
「―――一同、整列!」
すると、アオイとカツヤが慌てて立ち上がり、散り散りになっていた部隊員も集まって来て、ツカサの前へと即座に一列横隊で整列する。
その前で、彼女は一同を見渡し、声を張り上げていた。
「私の復帰により、我々は再び戦場へと戻ることになる。しかし、皇国軍央州派遣隊という名前はただの役目を繋げただけの部隊名だし、長ったらしくて好きではなかったのだ。よってうちの部隊にちゃんとした名前を付けようといろいろ考えたんだが―――」
その言葉に、一同は真剣な様子で彼女に視線を向ける。
そして、彼女は思わぬ爆弾を放りこんできた。
「これより、部隊名をロリコン隊とする!」
その言葉に、一瞬その場が凍りついた。
「―――そ、それはダメです!」
それには、さすがのアオイが慌ててツカサを止めに入る。
しかし、その後ろから咄嗟にカツヤがアオイを羽交い絞めにしていた。
「よーし、やっちまえ隊長! さっさと申請の書類に書いてこい!」
「うむ。書類ならもうここにあるぞ」
「だだだ、ダメですって!」
ツカサがちらつかせる書類へと、アオイは必死に手を伸ばす。
しかし、ツカサはそんなアオイを弄ぶかのように、ひょいと書類を避けていた。
「とれるものならとって見るが良い」
「もう、遊んでる場合じゃないんですってば!」
そんな隊長と補佐の様子に、サユリもサカキも肩をすくめ、ショウジロウも困った様に笑っていた。カナコでさえ、無表情な顔で眉をぴくぴくさせてる。
「まったく。なにがダメなのだ! うちの部隊を良く表現しているだろう!」
「表現してませんって! むしろ僕達が勘違いされちゃいますから!」
そう言って、書類を持って逃げるツカサを、アオイがカツヤに羽交い絞めにされながらも必死に追いかける。
「部隊名はこれで決まりだ! もう書類に書いてしまったからな!」
「だから、ダメですってばぁ!」
逃げるツカサを追いながら、アオイはふと思う。
―――母さん。やっぱり僕は死ぬかもしれません・・・・・・。社会的に。
そうして、皇国軍のロ号リ型専門戦車隊、通称ロリコン隊は結成されたのだった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
実はこの小説、この度電撃大賞に投降した作品のちょっと前の話だったりします。そちらは幸運体質の戦車兵―――シグが主人公の話です。また、そちらも選考を落ちてきたら載せるつもりなので、是非ごひいきに。