悪人正機
二回目の戦車戦です。けど、書いてみたら思ったほど戦車戦しませんでした・・・。
ツカサは真っ暗の中、泥の中をもがく様にして歩き、抱えていた板を足元へと敷いていく。隣でも同じ様に、一定の間隔を開けてサカキが板を敷いていた。
そして、持っていた分を敷き終わると、持っていた懐中電灯で後ろへ光を出し合図をする。
すると、ほどなくして暗闇の中から、ライトも点灯していないトラックが、板の上を唸り声を上げて現れていた。
そして、トラックの上から、サユリが次の板をツカサに差し出す。
「大丈夫? 汗びっしょりよ?」
「だ、大丈夫だ。このぐらい・・・・・・。はぁはぁ・・・・・・」
息を切らせながら、ツカサは小さな体で大量の板を頭の上に抱え、よたよたとまたトラックの先へと泥をかき分けて行く。そして、持っていた板を敷こうとしたが、不意に泥に足を取られ、ぼちゃっと泥の中に頭から突っ込んでいた。
「ぶふぅっ!」
慌てて泥から顔を上げて、泥を吐き出す。
「くそぅ・・・・・・。私は、隊長なのだ! このぐらい出来なければ、やはりただの足手まといではないか!」
そう言って、ツカサは再び板を拾おうとした。
しかし、不意にその板は別の人間に拾い上げられていた。
ツカサが見上げれば、暗闇の中に、板を持つアオイの姿がぼんやりと浮かび上がる。
「・・・・・・お前、操縦手だろう? どうしてここに」
「やはり、ツカサさんにこの重労働は無理ですよ」
そう言いながら、アオイはツカサの顔の泥を拭っていた。それをうっとおしそうに払って、ツカサは眉をひそめる。
「しかし、お前らはロ号の操縦手だ。板を敷くのは手の空いている我々車長にしかできないのだぞ」
「―――だったら、ツカサさんがロ号の操縦方法を覚えてください」
そう言うと、アオイはさっさと抱えた板を並べて行く。
「し、しかし私は隊長なのだ! 分担ぐらいこなせなければ足手まといだろう!」
ツカサは慌てたように声をかけたが、アオイはきっぱりと言い放つ。
「何でもできる事が隊長の条件じゃありません。ツカサさんは指揮だけ取ってくれれば、それで良いんです。むしろ、無理な分担をこなそうとされる方が足手まといです」
その言葉に、ツカサはむっとした表情をするしかなかった。
沼地の中に小さな林を見つけると、戦車隊は休憩のためにそこへ逃げ込んでいた。
「ちくしょう。思った以上の重労働だぜ・・・・・・」
サカキは上半身下着姿になって、水筒から水を飲んでいた。
「けど、あと丘まで一キロほどです。頑張りましょう」
アオイがそう声をかけると、サカキも頷いていた。
「そうだな。ここまで撃たれないって事ぁ、敵さんも油断してるって証拠だ。気合い入れて行こう」
「ええ」
しかし、不意にアオイは隅でむっとして水筒に口を付けているツカサに睨まれている事に気がつく。
「・・・・・・そ、それよりツカサさんも良くロ号をすぐに運転できましたね」
「ふん。どうやら、私の中にそれに近い経験があった様でな」
一応説明してくれてはいるが、ツカサの口調はぶっきらぼうだ。
さっきの足手まとい発言が尾を引いているらしい。
「いや、けど、ツカサさんは頑張ってると思いますよ・・・・・・」
「慰めはいらん。どうせ私は足手まといなんだろう」
そう言って、彼女は一人林の奥へと歩いていく。
「ち、ちょっと待ってくださいって」
慌てて、アオイはそれを追いかけていた。
そして、沼地の手前でなんとかツカサに声をかけていた。
「あ、足手まといだなんて言ってすみませんでした。けど、ツカサさんにはツカサさんの役目がある訳で、それ以外を無理やりやれば、やっぱり無理が生じるんです。だから、ツカサさんは自分の仕事を精いっぱいやってもらえれば、それで―――」
「―――分かってる!」
しかし、その言葉は途中でツカサに遮られていた。
「分かっているのだ。自分でも・・・・・・」
背を向けたまま彼女はそう言って俯いていた。
「・・・・・・私は隊長だ。隊長なら、指揮を、いや、最悪でも決断だけすればそれでいいのだ。それに、小さい私が出来る事には限界がある。だから、余計な事をしないのが一番なのだ。けど、それじゃ、それじゃ怖いのだ」
「怖い・・・・・・?」
「また、ああいう言う目で見られるようになるのは、怖いのだ・・・・・・」
「ああいう言う目・・・・・・? いったい、何を言っているんですか?」
アオイがツカサの肩を掴むと、彼女はその手を振りほどく様に振り返っていた。するとその目からは、月明かりに照らされた滴がキラキラと流れ落ちていた。
「―――いらないとか、もう言われたくないんだよ!」
「いらない・・・・・・?」
そして、アオイは思い出した。
そう言えば、彼女は妖怪を中に封じられてから、家では化け物扱いされていたと言っていた。そして、島流しにされた、とまで彼女は何の気なしに言っていたではないか。
しかし、良く考えて見れば、彼女は大人びてはいるものの、精神面は年相応の少女でしかなかったはず。
家族に疎まれ追放された事が、口調通り平気な訳がない。
「―――私は、もうここしか居場所がないのだ! それを、もういらないなど言われたら、もう、もう・・・・・・」
そう俯いて泣き出してしまう彼女に、アオイはどうしようもなくなった。
こういう時、きっとお祖父さんや父さんだったら抱きしめたり出来るのだろうなと思ったりしてしまう。
しかし、それでもアオイは彼女の前に屈んで、その頭にぽんっと手を置いていた。
「な、泣かないでください。いらないだなんて言いませんから」
「・・・・・・本当、か? 私、足手まといなんだぞ?」
「確かに、足手まといかもしれません。けど、いらないだなんて思いませんよ」
「どうして、そう言いきれるのだ・・・・・・?」
「だって、ツカサさんは僕の仲間だから。仲間なら、どんな足手まといでも、どんな役立たずでも、いなくなって欲しいだなんて思いませんよ」
「私は、・・・・・・仲間どころか家族にすらいなくなって欲しいと思われたのだぞ?」
それに、アオイは本当に残念そうな表情をして、応える。
「家族は、選べませんから・・・・・・。けど、仲間なら好きな人を選べるでしょう?」
「好きな人を?」
「そうです。僕はツカサさんの事好きですよ。仲間だと思ってます。だから、少なくとも僕はいらないだなんて思いませんから」
「・・・・・・けど、それはみんなじゃないじゃないか・・・・・・」
「―――嫌ですか? 僕だけじゃ?」
アオイのその言葉に、ツカサは涙でぐちゃぐちゃになった顔を拭いながら、首を横に振っていた。
「ううん。それでも、いい」
「じゃあ、泣かないでください。ほら」
そう言って、アオイが目元の涙を拭うと、またツカサはぐしゃっと顔を歪めた。
嫌な予感がしたと思ったら、やはり思いっきり抱きつかれていた。
その勢いでアオイがひっくり返るも、ツカサはその胸の中でわんわん泣いていた。
その頭を撫でてやりながら、やれやれとアオイは肩をすくめるしかなかった。
「―――結局、この部隊にいる人間は、みんな帰る場所がない人間ばかり、なのね」
木の陰に寄りかかる様にして、アオイの上で泣きじゃくるツカサを遠目に見ていたサユリが呟いた。
「まあ、まともな人間はいないと思っていたけど。あんな小さい子までとはね」
「あの小娘はてっきり家の名前だけで隊長職を貰ってるのかと思ったが、そうじゃなかったんだな・・・・・・」
そう言ってしみじみ呟いたのは、向かいの木に隠れていたサカキだった。
「あの歳で俺達と同じ扱いたあ・・・・・・」
「確かに、あんな面白い人材がここしか居場所がないって言うのは、面白くねえ世の中だな」
そう言って、茂みの手前であぐらをかいていたカツヤが言った。
すると、脇にいたショウジロウが呟く。
「みんな仲間って事ですか」
しかし、サユリは隣にいたカナコの頭にポンッと手を乗せて呟いていた。
「仲間なんて大したものかしら、私達はただの同類よ」
「そこはいいじゃねえか。仲間でよ」
「まだ、私は隊長補佐の言う様に全員を好きになった訳じゃないのよ」
「そうかい。ひねくれてんな姐さんは」
「なら、証明してみせてよね。これからの戦いで」
にやりと笑いかけるサユリのその言葉に、サカキはにやりと笑って応える。
「俺を試すたあやっぱり良い度胸だなあんた」
しかしその刹那、遠くから地鳴りと共に連続した爆音が響いて来ていた。
「なんだ?」
一同が唖然とする中、すぐに戻ってきたアオイとツカサに見つかる。
「あ、皆さん。こんな所にいたんですか!」
「あ、いや、これはだな・・・・・・」
しどろもどろになるサカキをよそに、まだ目の腫れぼったいツカサが口を開く。
「シグと打ち合わせをした作戦決行時間だ」
「作戦決行時間?」
「うむ。接近するにつれて、戦車のエンジン音が敵にばれる恐れがあったからな。離れた丘に展開していた砲兵隊に適当に砲撃する様シグが指示しておいてくれたのだ」
「なるほど。これで安全に接近できる訳か」
サカキが感心する中、さらにアオイが言葉を続ける。
「それと、今の砲撃で敵が姿を現しました」
「姿を?」
「はい。奥の茂みで何かが動いたんです。恐らく、敵の歩哨が砲撃に驚いたんじゃないかと」
「そうか。やっぱり歩哨は立っていた訳か」
「だから、戦車が見つかる前に歩哨を先に片付けたいと思うんですが」
すると、ずいと一歩踏み出したのはツカサだった。
「私が片付けてくる。他に志願する者は手を上げろ」
一同はそれに顔を見合わせたが、サユリが後ろ髪をかきあげ、サカキが鼻で笑いつつ、一歩前に出ていた。
「じゃあ、私達がいくしかないでしょうね」
「そうだな。その間、ゆっくりでもいいから戦車隊は進んでくれ。いいなショウジロウ」
「へい。任せて下せえ」
すると、ツカサはアオイへと振り返る。
「よし。それじゃあアオイ、後は任せるからな」
今まで泣きじゃくっていた女の子には見えないなと、肩をすくめてアオイは敬礼を返していた。
帝国軍の歩哨は森の中で煙草をふかしていた。
完全に油断しているようで、小銃を足元に下ろしてぼけっと沼地を眺めている。
サユリはそれをその背後の木の陰から確認していた。
彼女は腰から、ナイフを取り出すと、そろりそろりと歩兵の背後へと歩み寄る。
そして、ナイフを振り上げた瞬間だった。
歩兵は人の気配に気がついたのか、突如くるりと振り返っていた。
「っ!」
サユリは咄嗟にナイフを振り下ろしていたが、それは慌てて振り上げられた歩哨の腕に弾き飛ばされてしまった。
「ちっ!」
武器を失ったサユリはとっさに歩哨の首を絞めるが、歩哨も即座にサユリの首を掴み返す。
お互いに首を絞めた状態だったが、男である歩哨の力の方が強く、そのまま土の上に押し倒されてしまった。
「くッ!」
サユリは慌てて絞められた手を外そうともがいたが、想像以上に歩哨の力は強く、がっちりとサユリの首を押さえつけていた。
意識がもうろうとする中、サユリはさすがに死を覚悟した。
―――上官の首を絞めて殺そうとした自分が、まさか首を絞められて死ぬとは。
サユリは、それでも薄く笑っていた。
しかし、サユリが意識を失うその手前で、その歩哨の喉に後ろからナイフが突き刺さる。
噴きだした血がぼたぼたとサユリに降りかかり、首に風穴をあけられた歩哨は、そのまま力なくごろりとサユリの上に横たわっていた。
「ごほっ、ごほごほっ」
サユリが歩哨の下からむせながらも体を起こすと、そこにはナイフを先端につけた小銃を手にしたサカキの姿があった。
「仲間の証明にはなったか?」
そう言ってサカキが手を差し出すと、サユリはそれをとってよろよろと立ち上がっていた。
「そうね。認めて上げてもいいわ・・・・・・」
「あんた憲兵なんだろ。こういう荒仕事向いてないなら、こなきゃ良かっただろ?」
「そうもいかないわよ。あんな小さい子が頑張ってるのに」
「ほう、変な所で女らしいじゃねえか」
「お褒めの言葉と受け取っておくわ。―――ところで、あの子は?」
言われて、サカキは思い出したように辺りを見回していた。
「そう言えば、さっさと進んで行っちまったんで見失った・・・・・・」
「なっ、何やってんのよ! 私ですら苦労したのに、あんな子一人に任せるつもり?」
「いや、俺も別の歩哨を相手にしてたもんで・・・・・・」
サカキとサユリは慌てて林の中を進み出した。
すると、ほどなくして森の暗闇の中に仁王立ちするツカサの姿を見つける。
「大丈夫ッ?」
サユリが声をかけると、ツカサは腰の軍刀を丁度鞘に納める所だった。
そして振り返った彼女の瞳は、一瞬、金色に輝いていた気がした。
「・・・・・・うむ。大丈夫だ」
すると、サカキはその周りに三人ほどの帝国軍歩哨の無残な死体が転がっているのに気がつく。二つは体が真っ二つに、一つは首がなかった。
「・・・・・・あんたがやったのか?」
「うむ。そうらしい」
「らしいって・・・・・・」
「大丈夫だ。まだ制御できてる」
そう言うと、彼女はすぐに踵を返していた。
「歩哨はこれですべてだな。これで安全に進めるだろう。戻るぞ」
そう言って歩き出す様子に、サカキはにやにやとサユリの顔を見ていた。
「どうやら、今回の足手まといは姐さんらしいな」
「うるさいわね。ほら、さっさと戻るわよ上等兵」
ロ号戦車三台とトランスポーターは、何とか丘の北側の林へと入り込めた。
一同は車両を降りて、茂みの中でランタンを付けて顔を合わせていたが、皆泥や血で汚れている。
「・・・・・・こうまで汚れるとは」
ツカサがやれやれと呟くと、アオイが苦笑していた。
「仕方ありませんよ。それだけ、作戦は順調に進行したと言う事です」
「そうだな。後はアオイの働き次第と言うことか」
そう言われる中、アオイはケーブルのまかれたドラムを背負っていた。
「任せてください。全部に完璧を始末してきます」
そう言うと、彼は体にベルトを巻く。
それに大量に取り付けられていたのは、ロ号の砲弾だった。
遠くから爆音が聞こえてくる。
帝国兵はテントの中で、その音を聞いていた。
「おい、この砲撃って大丈夫なのか?」
その言葉に、隣で寝ていた兵が応える。
「航空機からの偵察によると、敵の砲兵隊はかなり遠くに展開してるらしい。その射程距離じゃ、この丘は狙えないんだそうだ。朝には手前の平原が焼け野原だろうな」
「ふーん。けど、俺達YA‐3の乗員は待機しててもいいのかよ?」
「敵さんの目的は砲声で俺達を一晩じゅう叩き起こして疲れさせるのが目的だ。わざわざそれに乗ってやる事はないよ。どうせ攻めてくるとしたら平原からだし、そしたら自走砲隊がまず対応するだろうしな。俺達の出番はそれからでいいのさ」
「ふーん。じゃあ、敵さんに踊らされるのも嫌だし、寝ますかね」
「それが正解だよ」
「そうそう、それが正解」
そう言ってそのテントの脇を音もなく通り過ぎたのは、アオイだった。
辺りは月も出ていない真っ暗闇で、普通の人間ならほとんど何も見えない。
しかし、アオイは泥棒として鍛えた五感を研ぎ澄ますことで、辺りの状況を正確に把握していた。
彼は暗闇に紛れ、すぐさま近くに停車していた巨大な鉄の塊に駆け上がる。
「なるほど。これが帝国軍の重戦車か・・・・・・」
角ばった車体に角ばった砲塔。公国軍の無骨な戦車に似ているが、砲塔正面は円形に膨らんでおり、巨大な砲身が伸びている。その巨大な車体を、幅の広い履帯が支えていた。
試しに軽く砲塔側面の装甲をノックしてみたが、まるで音が響かず、インゴットの様だった。
「・・・・・・この装甲圧は正直お相手したくはないな」
そう言うと、アオイは戦車の砲塔へ上り、ハッチを開ける。
中に誰もいない事を確認すると、音もなく内部に降り立っていた。
そして、体に巻き付けられたベルトから一発の砲弾を手に取ると、信管を取り付け、背中の細い配線と接続する。そして、砲弾を砲塔下の弾薬庫へと置いていた。
アオイは車内で一気に背中のドラムから配線を引っ張り出すと、手に輪っかの様にして持つ。
本来、このドラムは通信用の配線を施設する為の物で、目的地へ走るだけで後ろへと配線が放出される仕組みなっている。そのため、ドラムが回るとからからからと音がするのだ。
しかし、現在は隠密行動。アオイは先にドラムから手に配線を持っておき、走りながらそれを敷いていくことで、音を立てない様工夫していた。
「さて、あと四台か」
そう言って、アオイはすぐに重戦車からはい出すと、そのまま音もなく地面へと着地する。
辺りには懐中電灯を手にした見張りの歩哨がうろうろしていたが、むしろ明かりを持っているのだったら、そこへ近づかなければいいだけで楽だ。
アオイは暗闇に紛れ、難なく歩哨をやり過ごし、奥へ奥へと進んでいく。
「まさか、戦場で泥棒の反対の事をするとは思わなかったな・・・・・・」
そう言いながら、彼は戦車の中に次々とプレゼントを置いて回ったのだった。
「さて、そろそろこっちも始めますか」
そう言って、シグはミルクと砂糖をたっぷりと入れたコーヒーを飲み干すと、ヴォルフのハッチに入り込んでいた。
「ブラウナー。エンジン始動」
「了解」
ブラウナーがイグニッションを入れると、ヴォルフは唸り声を上げる。
「バルト。初弾、榴弾装填」
「・・・・・・装填完了」
バルトが砲弾を砲尾へと押し込むと、閉鎖器が自動で閉じられていた。
「フィリップ。目標は丘。どこでもいい、撃ち込め」
「りょーかい」
そう言って、フィリップが照準器を覗きこむ。
「よし、戦車前進!」
シグがそう声をかけると、ヴォルフは一気に丘を越え、平原へつっこむ。
砲撃は既に止んでおり、辺りは暗闇に包まれていた。
「撃てッ!」
平原へと駆けだしたヴォルフは、シグの号令と共に、真っ暗闇の中、丘へと発砲していた。
対戦車自走砲SA‐76のオープントップの車上から、帝国兵が暇そうに平原を眺めていた。
と言っても、先程から遠くで光っていた爆音も止み、現在の平原は完全な闇に包まれ、輪郭がうっすらと見えるだけである。
そんな中、帝国兵は暇そうにあくびをかみ殺していた。
しかし、その刹那、平原で何かが光る。
帝国兵は不審に思い、双眼鏡を覗きこむ。
だが、それよりも早く、SA‐76の隣へと、派手に砂埃が舞っていた。
「て、敵だ! 敵からの攻撃だ!」
誰が叫んだのかは分からない。
しかし、その声に丘から平原に向けてずらりと並べられたSA‐76で待機していた兵達は飛び起きて、慌てて戦闘配置へとつく。
だが、その間にも再びSA‐76の間へと粉塵が上がっていた。
「伝令! 待機してるYA‐3の奴らも叩き起こせ! もしかしたら、敵の大部隊かもしれん」
「はっ、戦闘配置につかせます!」
伝令が走り回り、辺りは一層騒がしくなる。
すでにSA‐76は初弾を装填し終えており、真っ暗な平原へとその砲身を向けていた。
そして、次の瞬間、遠くの平原が一瞬だけ明滅する。
恐らく、敵戦車の発砲炎だ。
「撃てェ―――っ!」
小隊長の号令と共に、SA‐76は一斉にその光が明滅した位置へと向けて火を噴いていた。
戦車のすぐ後方へと連続で巻き上げられる粉塵の様子を見て、シグは冷や汗を拭った。
「やっぱり、三発目ともなると敵も準備を整えるよな」
そう言うと、シグは足元から柄のついた円筒状の筒の様なものを取り出していた。
「これはまた、ずいぶんと大量に手榴弾を仕入れましたね」
そう声をかけてきたのは、シグの足元に大量に並べられた同じ柄のついた円筒状のもの―――いわゆる手榴弾を見つけたバルトだった。
それに、シグは肩をすくめて応える。
「走ってれば敵の砲弾は当たりずらい。しかし、暗闇で撃ってたら発砲炎で正確な位置がばれるし、まぐれで当たらないとも限らない」
「確かにそうですね。先程の様な斉射をされれば、当たりかねません。そして、敵の自走砲の長砲身の76ミリなら、ヴォルフは一撃でお釈迦ですね」
「―――だから、こうするのさ」
そう言って、シグは手榴弾の柄についていたキャップを引き抜くと、車体の後ろへと放り投げる。
一拍置いて、手榴弾が爆発すると、同時に、丘の方でも発砲炎が光る。
そして、次の瞬間、まるで親の仇の様に手榴弾が爆発した位置に砲弾が大量に叩き込まれていた。
「暗闇なら、手榴弾の爆発か発砲炎か区別はつかないだろ。手榴弾は遅れて爆発するから、ヴォルフとは距離があるから当たる可能性も低い。何より大量に投げれば、こっちの数を多くみせれるしな」
「ほう、車長も悪知恵が働きますね」
「まあ、運だけじゃないってことを証明したくてさ」
そう言って、シグは大量の手榴弾を後方へとばら撒いていた。
茂みの中に隠れていたツカサ達だったが、遠くからでも明かりを焚き、帝国兵達が慌ただしくなった事に気がつく。
「どうやら、シグが事を起こしたな」
慌てて戦車へと乗り込もうとする帝国兵たちを茂みの間から覗きこんていたツカサが呟いた。
「これって打ち合わせ通りなの? これじゃ奇襲にならないわ」
その隣でサユリが口をとがらせながら言うと、ツカサはちょっと得意そうにしていた。
「いや、これが大事なのだ」
「大事?」
そうこうしている間に、暗闇の中から音もなくアオイが戻ってきた。
「設置完了です」
「思ったより時間がかかったな」
「すみません。気になって、敵の戦車をちょっと観察してました。けど、爆弾はばっちりです」
「よし。じゃあ繋げ」
工作部隊から拝借したT字型のハンドルの付いた起爆装置をツカサから差しだされ、アオイは背中のドラムから引っ張り出した回線を接続する。
「どうぞ」
そして、アオイを起爆装置差しだすと、受け取ったツカサはにやりと笑う。
「―――では、この後は各自打ち合わせ通りに!」
「「「「了解」」」」
一同の敬礼を確認すると、ツカサは持っていた起爆装置のハンドルをひねり押し込んだ。
次の瞬間、くぐもった爆発音があちこちから響き渡っていた。
平原で光る幾つもの高原を見て、SA‐76に乗っていた小隊長は冷や汗を拭う。
そして、戻ってきた伝令へと怒鳴っていた。
「発砲炎があちこちから上がっている! 恐らく敵は大部隊だ! 早くYA‐3を前面に出せ!」
しかし、そう言われた伝令の顔は真っ青だった。
「・・・・・・どうした?」
小隊長が怪訝そうに問うと、伝令は歯をがたがた言わせながら、口を開く。
「と、突如YA‐3の砲塔内で爆発が発生。内部で待機していた乗員が死傷しました。車両によっては主砲が破損、最悪弾薬庫に誘爆したものもあり・・・・・・。げ、現在YA‐3は、中隊長の乗る一両を除き行動不能です・・・・・・」
「ば、馬鹿な! 何があったと言うのだ!」
「さ、さあ? 事故かもしれませんが・・・・・・」
伝令はそう言って困り果てた様な顔をするが、こんな同時多発的に同じ事故が起こるはずはない。
「まさかスパイか? いや、あるいは・・・・・・」
小隊長である彼がそう言った刹那だった。
隣で平原に発砲していたSA‐76に突如として砲弾が突き刺さり、次の瞬間、弾薬庫に誘爆でもしたのか、そのまま激しい爆発に呑まれていた。
「・・・・・・くっ。やはり、回り込まれていたか」
その爆炎の熱を手で覆って耐えながら、小隊長が車両の後ろを振り返ると、そこには小さな戦車がこちらへと砲口を向けて突っ込んでくる所だった。
そのハッチから、上半身を乗り出して、サカキはにやりと笑う。
「さーて、最新鋭の自走砲と、旧式の軽戦車。どっちが強いか試してみるかい?」
「なるほどね。YA‐3を撃破するほどの爆薬はないから、乗員を殺したって事。47ミリの榴弾で充分殺傷能力がある事は、先日のT‐20との戦いで分かっていたものね」
そう感心しながら、サユリはハッチから上半身を乗り出していた。
「まあ、思ったよりもやるじゃない隊長補佐も」
「・・・・・・そりゃ、私達の命の恩人ですから」
ぼそっと言った足元のカナコの声に、サユリは屈んでにやりと笑う。
「なになに? ああいうのがタイプなのかしら、カナコ?」
「・・・・・・・・・」
しかし、再び無言になったカナコに、サユリはやれやれと肩をすくめる。
「あんたもちょっとは愛想ふりまきなさいよね。じゃなきゃ、みんなに仲間だって認めてもらえないわよ?」
「・・・・・・サユリさんだけでも認めてくれてるならそれでいいんです」
「あら、嬉しい事言ってくれるじゃない。ただ船酔いで苦しんでたあんたに優しくしただけなのに、ずいぶんと頼られたものね」
そう言いながら、サユリは上体を起こし、照準器を覗きこんでいた。
その照準器の向こう側には、トラックが立ち並んでいる。
「けど、それじゃ私がいなくなった時に心配だから、何とかしなさい!」
そう言って、サユリが引き金を引くと、ロ号の砲身から放たれたのは砲弾ではなく液体の雨だった。刹那、その液体は燃え上がると、トラックへと降り注いでいた。
そんな炎を吐きだすサユリのロ号は、昼間見つけた火炎放射機の燃料タンクを牽引していた。そのため、重量がかさみ速度はがくっと落ちてしまっているが、火炎放射は非装甲車両や歩兵に対しては絶大な威力を発揮する。そして、それを証明する様に、あっという間に並べられていた物資を満載したトラックは焼き払われていた。
しかし、突如ロ号は素早く、だがぎこちなく後進し始める。
「ど、どうしたの?」
サユリは思わずカナコに問うていたが、カナコが応えるよりも早く、目の前を砲弾が横切っていた。サユリが慌ててハッチから頭を出すと、砲弾の飛んできた方へSA‐76の姿があった。
「あらあら、こっちより車体が大きいからって自走砲が勝てると思ってるのかしら?」
少しイラついた様子でサユリはそう言うと、即座に砲口をそちらに向ける。
そして、容赦なく引き金を引いていた。
降り注ぐ炎の雨が、あっという間に天井のないSA‐76の乗員を焼き払う。
乗員は炎から逃げる為に慌てて跳び下りるが、それよりも早くSA‐76の弾薬庫が誘爆し、派手な爆発を起こしていた。
「炎を舐めると痛い目見るわよ?」
そう言って、サユリは笑っていた。
「突っ込めショウジロウ!」
「へい旦那!」
慌ててこちらに旋回しようとするSA‐76だったが、サカキのロ号は容赦なく接近し、その後ろへと回りこんでいた。
駆け抜けながら、至近距離でロ号は主砲を発砲。
肩当て式で安定性の高いロ号の主砲は、いとも簡単にSA‐76の戦闘室を射抜いていた。
さらに、その間にも別のSA‐76の後ろへと駆け込み、一撃で撃破。
そこには大量のSA‐76がいたが、ちょこまかと動き回るロ号に対して慌てて旋回しようとして、大混乱になっていた。
挙句の果てには、かなり密着して配置されていたSA‐76同士が接触し、ロ号に対して弱点の背面をさらしたまま各坐する。
「豆タンクにやられるたぁ間抜けじゃねえかい!」
そう言い放って、サカキは自慢の速射で次々と走りながらSA‐76を射抜いていく。
あっという間に、辺りには無残に炎を上げる自走砲の抜け殻が大量に転がっていた。
「さすがですぜ旦那!」
ショウジロウがその様子に、歓喜の声を上げた時だった。
すぐさま、サカキが声を張り上げる。
「停止ぃ!」
その言葉に、応じてショウジロウはすぐさまブレーキを踏みこむ。
刹那、目の前に派手な砂埃が上がっていた。
「な、なんです?」
「一匹、勘のいい奴がいたらしい」
そう言って、ハッチから身を乗り出したサカキが目の前にしたのは、旋回を終えこちらに主砲を向けたSA‐76だった。
「まずいですぜ。いったん逃げますかい?」
「いや、突っ込むぞ」
「で、ですがね旦那―――」
「―――大丈夫だショウジロウ。俺らにだって仲間はいる」
そう言って、サカキはなぜか無線機のマイクを手に取っていた。
それを見て合点がいった様に、ショウジロウはやれやれと肩をすくめる。
「わかりやした、行きやしょう旦那」
そう言うと、ショウジロウはライトのスイッチを入れて、勢い良くアクセルを踏み込んでいた。ライトを照射し突っ込んでくる豆タンクを見て、SA‐76の戦闘室から小隊長は目を丸くする。
「くっ、やけくそになったか? まさか突っ込んでくるとは!」
「ど、どうします?」
「構わん。狙え!」
砲手は言われた通り、照準のど真ん中に暗闇から向かってくる豆タンクを照準いっぱに収める。
「―――装填完了」
そして、装填手がそう報告し、小隊長が即座に声を張り上げようとした瞬間だった。
突如あらぬ方向から飛んできた砲弾がSA‐76に着弾。
車体は爆発と共に炎に呑まれていた。
「当たったかな?」
シグが双眼鏡で丘を覗きながら誰ともなく問うと、砲手のフィリップが応える。
「今のは手ごたえがあったぜ」
すると、シグは無線のマイクを手に取る。
「どうだいサカキさん?」
『ドンピシャだ。助かったぜ大将』
「よしてくれ、俺は少尉なんだ。―――けど、あんたも良く俺達に頼る気になったな」
『いやなに、さすがにこのロリで敵戦車と正面からやり合うのは苦しいってのは承知しててな。それに、あんたらも仲間だって事を思い出したんだ』
そう言って、サカキは砲塔側面に取り付けられた無線機をバンバンと叩いていた。
「なかなかいいじゃねえか。こういう機械ででも誰かとつながってるってのは」
しかし、その刹那、サカキは突如照射された明かりに、驚いて振り返っていた。
すると、森の奥からライトを照射する別の戦車の砲身が、こちらを向いているのが見えた。
「ちっ! ショウジロウ前進しろッ!」
炎上するYA‐3に群がって、帝国兵は消火活動をしていた。
「早く消せ!」
「爆薬の火薬が燃えてるだけだ。誘爆してなけりゃまだ使える。急げ」
帝国兵はすぐさまYA‐3を消火したものの、同時にばららっと機関銃弾がYA‐3の装甲で跳ねる。
振り返れば、茂みを乗り越え豆タンクがこちらに突っ込んでくる所だった。
「早く乗りこめ!」
帝国兵は慌てて乗り込み、乗りこめなかった残りの兵は蜘蛛の子を散らす様に逃げ出す。
そして、即座に帝国兵はYA‐3を動かそうと操縦席へと潜り込み覗き窓を覗くが、目の前の光景につばを飲む。
そこには、いつの間にか接近していた豆タンクの砲口がピタリと向けられていたのだ。
「ひぃっ!」
帝国兵は慌てて操縦席から飛び出して、砲塔内へと逃げだす。
その瞬間、豆タンクの砲口が火を噴いて、操縦席を射抜いていた。
「うむ。これで完全に始末出来ただろう」
そう言って、覗いていた照準器から顔を上げたのはツカサだった。
それに、足元で操縦桿を握っていたアオイが応える。
「ええ。しかし、ロ号の主砲だとYA‐3の装甲が抜けるのは覗き窓しかないのは厄介ですね」
「それでもお前が調べてくれたおかげで無駄撃ちをしなくて助かった。しかし、これでロリでも充分重戦車を撃破できると言う事が証明されたな!」
「だから、ロリじゃなくてロ号って言いましょうよ・・・・・・。ツカサさんが言うと違う意味に聞こえるんですって」
「む? それはどう言う意味だ?」
そう言って、小さな隊長は後ろから覗きこんでくるが、アオイは苦笑を浮かべるしかなかった。
「それよりそろそろ撤退しましょう? ロ号は歩兵の重機関銃にも撃ち抜かれるような戦車です。敵の増援か何かが到着すればそれこそ形成は逆転します」
「まあ、そうだな。我々の部隊だけでは丘は占領出来ないだろうしな」
そう言うと、即座にツカサはハッチから上半身を乗り出して、砲塔の側面へとシグに取り付けてもらった無線機のマイクをとる。
「サユリ、サカキ、戻ってこい。一時集合して撤退する」
しかし、返ってきたのは、切迫したサカキの声だった。
「悪いなお嬢! こっちはそれどころじゃねえ!」
「どうしたっ?」
「そのなんたらっていう重戦車が一台生きてたらしくてな。戦車をやられた」
「無事かっ?」
「ああ。敵さんの砲弾は近くに着弾しただけだったから、俺もショウジロウも無傷だが、先日の姐さんと同じく戦車をひっくり返されてな。立ち往生だ」
「逃げられそうか?」
「いや、その戦車のほかに歩兵も集まって来ちまって、釘づけにされててな。身動きが取れそうもない・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
その報告に、ツカサは息を飲んだ。
そして、足元から見上げてくるアオイと視線を合わせる。
無線機のスピーカーは車内に置いてあるので、アオイにも通信の内容は聞こえていた。
「爆弾は全部に仕掛けたはずじゃなかったのか・・・・・・?」
「不発弾か、爆発させる前に気づかれたのかもしれません・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
そして、無言で表情を強張らせるツカサが、何を迷っているか、アオイには手にとるように分かった。
このまま、サカキたちを置いていく訳には行かない。しかし、だからと言ってYA‐3に挑めば、最悪部隊は全滅しかねない。
どちらをとっても、誰かが死ぬ。
いくら妖怪の経験を吸収したとはいえ、見た目通りの少女の精神しかもっていないツカサにその決断をしろと言うのは、無理があった。
「ツカサさん―――」
ツカサが決断出来ないなら、自分が悪者になってでも、サカキたちを見捨てる決断をするしかない。アオイがそう思って、口を開こうとした瞬間だった。
「―――助けに行くぞ」
ツカサは静かに、だが確かに決断を下していた。
しかし、アオイが慌てて口を挟む。
「本気ですかッ? 部隊が全滅するかもしれないのに!」
だがそれに、ツカサは冷静に応えていた。
「―――アオイは、私が最初に厳命した事を覚えているか?」
その言葉に、アオイは一度黙り込む。
小さな隊長が堂々とした最初の訓示は、アオイの印象にも強く残っていた。
「・・・・・・死ぬな。そして学べ。ですか」
「そうだ。それを言った私が、部下を見殺しにする訳にはいかない」
「けど・・・・・・」
「私達は仲間なんだろう? だったら、みんなで助からねば意味はない」
「ですが全滅したのでは―――」
「なあ、アオイ」
しかし、ツカサは真剣な表情でアオイを見つめ、口を開く。
「私は小さくて足手まといだ。しかし、それでも私は隊長だ。その私が唯一出来る〈決断〉という仕事をしたのだ。ならば、従ってくれ」
その言葉に、アオイは言葉を返せなかった。
ツカサは隊長の仕事だけしていれば良いと言ったのは自分だった。
そして、そんな彼女が隊長の〈決断〉という仕事を全うしたと言うのに、自分がそれに反対する訳にはいかなかった。
「そうでした。すみません。行きましょう!」
覚悟を決めると、アオイはアクセルを踏み込んでいた。
ツカサのロ号が駆けつけて見ると、状況は最悪だった。
茂みが辺りを覆う一帯で、ひっくり返ったサカキのロ号へと、YA‐3を盾にして歩兵がじりじりと詰め寄っている。
サカキはロ号の車積機銃を下ろして反撃しているようだったが、全てYA‐3の装甲に受け止められていた。このままでは、いずれ歩兵に囲まれてしまうだろう。
「とりあえず注意をこちらに引きつけるぞ!」
ツカサがそう言うと、少し自棄になった様子でアオイが返事をする。
「いいですよ! 逃げて逃げて逃げまくりますから!」
ツカサは砲の後ろへと榴弾を押し込むと、すぐさま照準器を覗きこみ、YA‐3の側面をおさめて、引き金を引いていた。
砲弾は側面へと真っ直ぐ命中。小さな爆発を起こしていた。
しかし、それでもYA‐3は無視する様に前進を続ける。
「ちっ! 注意を引くことすら出来んのか!」
「歩兵を狙ってください!」
アオイがそう言うと、ツカサは周りの帝国兵へ向けて、同軸機銃の引き金を引いた。
ばららっと放たれた機銃弾が周りにいた帝国兵たちを襲う。
当たった兵士は倒れ、他の兵士も驚いてその場に伏せていた。
すると、さすがのYA‐3も歩兵の危機を察知したのか、ゆっくりとこちらへと砲塔を向けてきていた。
それを見定めて、即座にアオイは片側の操縦桿を引き、真っ直ぐ突っ込むのを止めて、すぐに側面を向けて駆け抜ける。
すると、案の定火を噴いたYA‐3の砲弾が、ロ号の後ろを掠めていた。
「やはりいい判断力だアオイ」
「任せてください。大砲っていうのは普通自分が走ってたり、敵が近距離で走ってるのを狙ったりするのは難しいですから。それにYA‐3相手なら動いていれば狙われないと思います」
「どうしてそう言いきれるのだ?」
「爆弾をしかけながらYA‐3を観察した時に、車長用のキューポラも覗いてみたんですよ。そしたら、ガラスに気泡が浮いていて、まともに視界が取れそうもなかったんです。だから、恐らく照準から見失ってしまえば、再度こちらを見つけるのには時間がかかると思うんです」
「なるほど。それなら、一気に回りこんで覗き窓を撃ち抜けるかもな」
すると、ロ号は走りながら、ツカサが威嚇程度に発砲する。
しかし、徹甲弾はYA‐3の装甲にいとも簡単に受け止められていた。
しかも、回り込もうにも、YA‐3も旋回し、こちらに弱点を見せようとしない。
その間にも、サカキたちが歩兵に取り囲まれようとしていた。
「まずいぞ・・・・・・。このままじゃ埒が明かん」
「履帯を切ってください!」
アオイに言われ、ツカサはすぐに徹甲弾を砲身の後ろへと押し込み、履帯を照準へとおさめて引き金を引く。
しかし、その砲弾までもが、履帯に受け止められていた。
「ちっ、化け物か!」
「これが重戦車・・・・・・」
その様子に、さすがのアオイも冷や汗を浮かべた。
今は何とか敵の視界の悪さから時間稼ぎは出来ているが、正確にはそれしかできないのだ。
その間にも、サカキたちは一刻一刻と追い詰められ、アオイやツカサも逃げ道が無くなってしまう。
アオイの中に、ふと全滅と言う言葉がよぎった。
恐らく、このままでは自分は負ける。
最悪、死ぬかもしれない。
仲間を助ける為に、無謀な敵に挑み、全滅する。
それは美談かもしれないが、後世から見たら、正義と言えるのか。
否、それは正しい事ですらない。
助けられなければ、ただの敵の戦力を見誤って助けに行った間抜けな奴なのだ。
仲間を見捨てていないから、悪ではないのかもしれない。
だが、それは間違っても正義とは言えないのだ。
なぜなら戦争での結果とは、個人個人の生き死にではなく、勝ち負けだから。
負けると言う事は、内容がどうあれ、結果が伴っていないと言う事なのだ。
「・・・・・・くそっ!」
アオイは冷や汗を浮かべながらも目を閉じて、深呼吸をする。
―――そうだ。決めたじゃないか。
自らが正しいと証明するには、結果が伴わなければならない。
そして、それは勝つことだと。
勝つ事に対して、自分は何でもするのだと。
アオイは何かを決意するかのように、突如ツカサから無線のマイクをひったくっていた。
「来いカツヤッ!」
『・・・・・・あ? 俺っ?』
突如名前を呼ばれて無線越しに驚いた様子のカツヤだったが、アオイは容赦なく言葉を紡ぐ。
「そうだ! こっちへ来てトランスポーターをYA‐3に向けて展開してくれ」
『なに言ってんだよ! トランスポーターは非装甲なんだぞ。撃たれたら一撃でお終いなんだ!』
しかし、アオイはそれににやりと笑って応えていた。
「―――けど、間違いなく面白いものを見せてやるよ」
一瞬の沈黙の後、カツヤは無線の向こうで笑った様だった。
「そうか。狂気に落ちたかアオイ君は。―――わかったよ。行ってやる」
それを聞き終えると、即座にアオイはツカサへとマイクを返していた。
「な、何をするつもりだ?」
アオイの様子に問いかけるツカサだったが、それにアオイは青い瞳を向けて応える。
「―――勝つんですよ」
「タイミングは一瞬です。お願いします」
アオイから端的に告げられた作戦に、ツカサは鼻を鳴らして笑った。
「なるほどな。勝つためには何でもやると言うことか」
「無謀な様に見えますが、これしか方法はありません」
「大丈夫だ。やってやる」
そう言って、ツカサは砲身の後ろから徹甲弾を押し込んでいた。
その間にも、アオイはYA‐3の後ろへ回り込もうとロ号を全速力で走らせる。
しかし、YA‐3もそうはさせじと、正面を向けるよう旋回を行っていた。
「ちっ。これじゃ隙がない・・・・・・」
『だったら、任せてくれないかしら!』
突如、無線機から聞こえてきたのはサユリの声。
その瞬間、雨の様にYA‐3へと炎が降り注いでいた。
「これでエンジンはまともに動かないでしょ! それに視界は奪ったわ!」
サユリのロ号はYA‐3の側面から、炎を撒いていた。
そして、彼女が言う通り、粘性の高い炎に包まれたYA‐3の動きは極端に鈍る。
しかし、炎に包まれた砲塔が偶然にも、サユリのロ号へと向いていた。
「くっ、まずいわね・・・・・・」
サユリが言うが早いか、即座に直感でカナコがアクセルを踏んでいた。
刹那、火を噴いたYA‐3の砲弾が、即座に避けたロ号ではなくその後ろに牽引されていた燃料タンクを撃ち抜く。
砲弾の直撃でタンクは吹き飛び、残りの燃料が少なかったとはいえ、引火した燃料で木っ端みじんになっていた。
サユリのロ号は、加速して辛うじてその炎から逃れるも、唯一の武装を失う。
しかし、YA‐3の目と足はこれで封じれた。
「カツヤ、今だ!」
『あいよ!』
そこへ、茂みを乗り越え、YA‐3の後方へと一台のトラックがエンジンを唸らせ突っ込んできた。
それは手前で急停止すると、即座にジャッキを伸ばし、すぐに荷台を傾け始める。
同時に、カツヤはトラックから脱出していた。
「そんじゃ面白いもん見せてくれよな!」
「任せとけ!」
そこへ、一気にアオイの駆るロ号が、YA‐3の後ろへと一気に回り込み、展開したトラックの遥か後方で停止していた。
「良いですねツカサさん!」
「うむ。あんな死にかけ一発もあれば充分だ」
「それでは、行きます!」
アオイは一気にアクセルを踏み込みこむ。
即座にギアを上げ、加速すると共に一気にトラックへ突っ込んだ。
そして、ロ号はトラックのジャンプ台と化した荷台を、一気に駆けあがる。
「行けぇ!」
出っ張っていたトラックの運転席を踏みつぶし、ロ号は急激な角度で、空中へと飛び出した。
それは、山なりの弧を描いて、急激に落ち始める。
そして、車内が無重力になる中、その砲塔内でツカサは静かに照準を睨んでいた。
そこには、上から見下ろす様な形で、YA‐3の砲塔が入る。
そして、落下を続けると共に、次に照準へと入ったのはYA‐3の車体後部だった。
そこには、網が貼られただけのエンジンがあった。
「撃てぇええ――――っ!」
怒鳴り声と共に、ツカサは引き金を引いていた。
弾丸は真っ直ぐその網を突き破り、エンジンへと吸い込まれる。
エンジンは砲弾の直撃により派手に破損。刹那、まとわりついていた炎に漏れだした燃料が引火し、爆発を起こしていた。
「よし」
ツカサがその様子を照準越しに見て笑みを浮かべるも一瞬、ロ号は真下を向いて急激に落下していく。
ここは鉄の塊の中。落ちた時の衝撃を受け止めるものは何も無い。
ツカサがその事実に気が付き、全身に冷や汗を浮かべた瞬間、先に何かに体を受け止められていた。
「・・・・・・あ、アオイっ!」
自分の体を抱きかかえようとする人物の名を呼ぶも、その落下は突然停止する。
刹那、凄まじい衝撃がツカサ達を襲い、彼女の目の前は暗転していた。
「つぅっ・・・・・・」
ツカサがなんとか身を起こしてみると、ロ号の中が滅茶苦茶になっていた。
いや、滅茶苦茶に見えるのはいつもと違う角度になっていたからだ。
ロ号は恐らく、正面から地面に突き刺さるようにして落下したのだろう。
そして、ツカサは足元の柔らかい感触にはっと思いだす。
「アオイッ!」
彼女がそこへと駆け寄って見ると、そこにはアオイがぐったりとした様子で倒れていた。
「お前・・・・・・、どうして?」
ツカサが問いかけると、アオイは薄く目を開いて、その青い瞳を覗かせていた。
「だって、ツカサさん、隊長ですから。隊長がいないと、部隊は混乱します。すると、負けてしまいますから・・・・・・」
その様子に、ツカサは俯いた。
「・・・・・・すまん。お前を勝利の狂気に走らせてしまったのは私だ・・・・・・。本当は、そう言う事が言いたい訳じゃなかったのに」
「良いんです。それに、戦争の正義はやはり変わりませんから。そこへ足を踏み入れた僕がいけないんです。―――けど、ツカサさんに怪我がなくて、良かった・・・・・・」
そう言って目を閉じようとするアオイに、ツカサは慌てて襟元を握って起こす。
「―――馬鹿、死ぬな!」
ツカサは懇願する様に叫ぶ。
「勝って死んでも、それはやはり正義じゃないだろう! 後の人間は評価するかもしれない。けど、お前がまず生きて正義だと自己満足しなければ、それは結局正義とは言えないだろうがぁ!」
ツカサは必死にアオイの首をがくがくと揺するが、それにはアオイが慌ててその手を押さえていた。
「ま、待ってください! ぼ、僕死にませんから!」
「本当かッ?」
「ええ。ぜ、全身をぶつけてちょっと動けないだけですから・・・・・・。逆に首をそんなにされるとむち打ちになりそうで・・・・・・」
「・・・・・・ああ。すまん」
そう言って、ツカサはぱっとアオイの首から手を離していた。
「けど、これで終わったのだな」
ほっと安堵のため息をつくツカサだったが、ふと、無線から声が入る。
『まずいわよ。敵の歩兵部隊が到着したみたい。周りを囲まれてるわ』
サユリのその報告に、ツカサは慌ててロ号のハッチから顔を出していた。
確かに、周りにはいつの間にか歩兵を運ぶためのトラックが展開しており、次々と歩兵が降りてくるようだった。
「・・・・・・一難去ってまた一難ですか」
そう言ったのは、足元で倒れたままのアオイだった。
「奇襲作戦だと言うのに、少し長居し過ぎましたね・・・・・・。ツカサさん、みんなに被害が出ないうちに降伏を」
至って冷静なアオイのその言葉に、ツカサは驚いた様だった。
「良いのか? お前の正義は・・・・・・?」
「いいんです。ツカサさんが最後に正義の呪縛を払ってくれましたから。生きてなきゃ意味ないって。それは結果論の極致なんです。生きた上で正しい事をやらなければ、それは正義じゃありません。生きていれば、きっと別の正義を作りあげられますから・・・・・・」
その言葉に、ツカサはどこか安心した様だった。
「お前は正義の狂気に完全には呑まれてなかったのだな」
「呑まれかけていたのかもしれません・・・・・・。けど、正義にこだわるのも、馬鹿らしくなってきて」
「そうか。それが人間として正しい。自分のやろうとしている事に正しいか間違っているかなど考えて生きていたら、人間何もできなくなる」
「・・・・・・そうですね」
「だから、私ももう―――」
彼女は俯いてそう言うと、そっとハッチから出て行ってしまった。
「つ、ツカサさんっ?」
その様子に驚いて、アオイは痛む体に鞭打って体を起こす。
そして、何とかハッチから顔を出すと、目の前に銃を抱えて整列する帝国兵の前に立ちはだかったツカサが、腰の軍刀を抜く所だった。
「―――やろうとしている事の結果など、知ったものか」
そう言って、軍刀を抜いた彼女の頭には、獣の耳が生えているのにアオイは気がつく。そして、軍服のズボンの間からも、金色の尻尾が出て来ていた。
「まさか、ツカサさん・・・・・・」
神の力を借りる時に、人はあんなに思い詰めた顔をするだろうか。
あれは神ではなく、妖怪なのだと、アオイはカナコから教えられた。
そして、ツカサはその事を知らないのだと。
しかし、その妖怪の経験をも飲み込んだ彼女が、それを知らないなど、そもそもあり得るのだろうか。
「―――後は任せる」
それが、何を任せると言う意味だったか、アオイには分からない。
しかし、そう言って帝国兵に斬りかかって行く彼女は、恐らく人間ではなかった。
銃弾をかわし、目の前にいる人間を容赦なく切り刻んでいく様子は、化け物にしか見えなかったから。
辺りには悲鳴と怒号と銃声が響き渡り、地面が真っ赤に濡れて行く。
帝国兵は抵抗と言う抵抗も出来ず、無残に切り刻まれていった。
ただ駆け抜ける金色の狐は、返り血を浴びて真っ赤になっていく。
そんなアオイの目の前に、いつの間にかカナコが立っていた。
「―――やはり彼女は妖怪に呑まれましたね」
その言葉に、アオイは冷静に告げる。
「・・・・・・ツカサさんは、自分を妖怪だと知っていました」
「そんなはずはありません。私達はその情報を外部に漏らさぬよう最善の―――」
「―――けど、その妖怪を中に入れてるのはツカサさんです。だから、いくら隠したって彼女は勘づくはずです」
「・・・・・・・・・」
その言葉に、カナコは驚いたのか、それとも何も感じなかったのか、無言だった。
「・・・・・・助けてあげてください。彼女は、自分に入っているのは妖怪だと知りながら、大人達の嘘に誤魔化された振りをして生きて来たんですよ。彼女は妖怪に呑まれてまでも僕たちを守ってくれてる。カナコさんだって仲間なのに、そこまでするツカサさんの気持ちが分からないんですか!」
その言葉にも、やはりカナコは無言だった。
そして、カナコはそのまま無言で暴れ回るツカサの前へと進んでいき、すっとお札を手にする。
「止めてください! カナコさん!」
アオイは必死にそんなカナコの後ろ姿に声を張り上げるが、彼女は容赦なく何枚もお札をツカサに向けて投擲していた。
刹那、目の前に青白い閃光と共に何らかの模様が浮かび上がる。
それは妖怪と化したツカサを覆い尽くす様に包囲すると、急激にその光を増して行った。
その青白い光の中、カナコは人知れずため息をついていた。
「そうですね。・・・・・・愛想、振りまいてみますか」