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臥薪嘗胆

 央州派遣隊は敵偵察部隊を撃破すると、そのまま野営地へ向けて引き返していた。

 しかし、大隊の野営地に戻る前に日が暮れてしまったので、部隊は空襲を避けて森の中で野営をする事になった。

 木の枝や草などで戦車やトラックを隠すと、昨日と同じ様にテントを立てる。

「うむ。この棒がここだな」

「はい。それで、そっちを引っ張って下さい」

 ツカサも慣れない手つきだが、さすがに二回目ともなるとアオイと共に難なくテントを立てられるようになっていた。

「よし。出来たぞ!」

「じゃあ、ご飯にしましょう」

 カツヤのトラックに積まれていた食料は、サユリのロ号を積んだため、現在は大半がサカキのロ号へとロープで縛りつけられていた。一同はそこから硬いパンと缶詰を手にすると、思い思いの場所に腰掛けて、缶詰の肉の煮物をパンに乗せて食べていた。

「・・・・・・むぅ。まずくはないんだが、そろそろご飯が食べたくなるな」

「そうですか? 本国の戦闘糧食はほとんど乾パンですし、普通のパンが食べられるだけマシだと思いますよ」

「むぅ。確かに乾パンだけは嫌だが・・・・・・、お前はパンばかりで平気なのか?」

 怪訝そうな顔でツカサに見つめられて気がついたが、そもそも皇国の人間はあまりパンを食べないのだ。皇国は言わずもがな主食がお米であり、アオイは例外的にお祖父さんが共和国の人間だった影響でパンを食べる事も多く、あまり苦には感じなかった。

「もしかして、つらいんですか?」

「むぅ。別に嫌ではないが、お米は食べたいな・・・・・・」

 そう言えば、お米はパンよりも弾力があり、食べた時に満足感があると聞いた事がある。しかも実際に腹もちもいい。それを食べ慣れてる人間からすると、パンばかりはきついのかもしれない。

「野営地に戻ったらお米を探してみましょう。皇国のお米じゃなくてもあるかもしれません」

 意外にも真剣な表情をするアオイに、ツカサは苦笑していた。

「ずいぶん真剣に考えてくれるのだな」

「いや、食べ物を馬鹿には出来ませんよ。食べ慣れないものを食べ続けると嫌になるって言うのは分かってるつもりです」

「ほう、経験があるのか?」

「さっきも言いましたが皇国の戦闘糧食って乾パンぐらいしかないんですよ。だから、訓練でそればかり食べてた時があって、食事が苦痛になった覚えがありますから」

「なるほどな。たかが食事でも士気が下がってしまうと言うことか。覚えておこう」

 そう言って、ツカサはパンに齧り付いていた。

 食事を終えると、二人は一緒にテントに向かう。

「・・・・・・また一緒に寝るんですか?」

「だ、だって、二人用のテントが一つしかないんだから、しょうがないだろう」

「もう、じゃあ変な気起こさないでくださいよ?」

「私が起こす訳ないだろう! 男の方が狼だって言うじゃないか!」

「―――そういやあ、公国軍の戦車の〈ヴォルフ〉ってのは、狼って意味だったな」

 突如聞こえたその声に振り返ると、そこにはカツヤがいた。

「よう。なんだかんだ言ってうまくやってる様じゃないかアオイ」

「まあ、上官との関係を悪くする訳にはいかないし」

「いや、そう言う意味じゃあないんだけど。まあ、頑張れよ」

 そう言って、カツヤはさっさと自分のテントへと行こうとする。

「なんだよ冷やかしか」

 アオイはやれやれと肩をすくめるが、ふと、気がついて慌ててカツヤに声をかけていた。

「そう言えば、カツヤはテントどうしてるんだよ!」

「あん? そりゃ一人だろ。俺様だけ半端なんだから」

 それを聞くと、アオイはテント内の毛布を丸めて、カツヤを追っていた。

「じゃあ、僕はカツヤのテントに行きますよ。その方が健全でしょう?」

「えー。狭くなるだろ・・・・・・」

 カツヤは不満そうにしていたが、アオイは容赦なく言うとツカサを振り返っていた。

 すると、ツカサは少し眉をひそめたようだったが、ふむと唸る。

「そうだな。男は男同士の方が良いだろう。わかった、私は一人で良い」

 その言葉に安堵のため息をつきながら、アオイはカツヤについて行った。


「で、どうだ? あの隊長さんは?」

 テントの中で毛布にくるまっていると、不意に隣で同じ様にくるまっていたカツヤが問うて来た。

しかし、その言葉にアオイは即答できなかった。

「うーん。良く分からないな・・・・・・」

「なんだ? はっきりしないじゃないか」

「いや、最初は正直、素人の子供だと思ってたけど、いろいろ見てきて良く分からなくなってきた」

「ふーん」

「言動は威厳を出してるけど、中身なんかは年相応って感じ。・・・・・・だけど、正直、頭は僕より回ると思う」

「ふーん。お前が評価するなんて珍しいな」

「悪かったね自信過剰で。―――けど、僕も敵の偵察部隊に追いつける案なんて思いつかなかったし。森に面してる街が林業が盛んだとか、川に面してるなら木材を川に流して運んでるとか。僕は思いつかなかった」

 その言葉に、しばしカツヤは無言だったが、ふと口を開く。

「けど、それって様は経験じゃないか?」

「経験?」

「知識って言うのかな。要は知ってる事を活かしただけだ。だって、後ろに注意を引かせるみたいな作戦はシグって奴が決めたんだろ?」

「そうだけど・・・・・・」

「本当に頭が回るなら、そのぐらい思いつきそうじゃないか? けど、あの隊長さんにはそもそも敵の注意をそらして不意打ちするという一般的な軍事的考えはなかった訳だ」

「だから? 何が言いたいんだ?」

「要は、あの隊長さんは頭が回ると言うよりも、経験だけが人よりあるんじゃないか?」

 カツヤのその言葉に、アオイは怪訝そうな顔をした。

「意味が分からない・・・・・・」

「そう言うなよ。ほら、それなら説明がつくんだぜ? 人を見る目は経験っていうだろ。経験があるなら、俺らの実力を見極めて作戦で人が死なないと言いきった説明がつく」

 そう言えば、シグもそんな様な事を言っていた。

「けど、どう見ても僕より年下だぞ? 本人だって五歳以上年下だって言ってるのに、何処でそんな経験を積んだって言うんだよ」

「もしかしたら、幼い頃から戦場にいたかもしれないぜ?」

「なんでも噂だと隊長は華族なんだろ? だったら、戦場より舞踏会にいる方がお似合いだよ」

「ああ言えばこう言いやがって。―――少しはあの隊長の事も多めに見ろよ。お前ってロリコンだろ?」

 その言葉に、思わずアオイは起き上がっていた。

「な、なに言ってんだよ! 俺はロリコンじゃない! 普通に年上とか好きだし!」

「なに慌ててんだよ。そう言う意味じゃないぜ?」

 すると、ニヤニヤしてカツヤも起き上がっていた

「ロ号リ型で戦闘コンバットで。略してロリコンだろ?」

 その言葉に、アオイは眉をひそめた。

「戦車の事ロリって呼ぶのやめろよ。ロ号軽戦車って呼べばいいだろ・・・・・・」

「軍じゃロリの方が一般的な呼び方だろうが。―――けど、そうかそうか。アオイ君は熟女好きだったのか」

「ったく! そうは言ってないだろう!」

 そう言うと、アオイはカツヤに枕にしていた鞄を投げつけていた。

 しかし、すでに見きっていたと言わんばかりに、カツヤは難なくそれを受け止める。

「じゃあ、本当の事言えよ。今の隊長はストライクゾーンなのか?」

 そう言って投げ返された鞄を受け止めて、アオイはカツヤを睨みつける。

「そう言う問題じゃないだろ!」

 そう言って投げつけられた鞄をキャッチして、カツヤは笑う。

「いやいや、俺としてはそれが一番の問題なんだよ。自分の面白いと思う事を求める快楽主義者なんでな!」

 そう言って投げつけられた鞄を、アオイは顔面に受けた。

「ぶっ! ・・・・・・ちくしょう、快楽主義者って普通は殺人鬼とかが陥るもんだろ」

「だから、俺だってここにいるんだよ。自分に得のなることしかしないからな。無意味にお国の為に命を散らすような軍人には向いてない性分なんだよ」

 その言葉に、やれやれとアオイは肩をすくめる。

「士官学校からある程度知っていたけど、そこまで救いようがない快楽主義者とはな・・・・・・」

「誓ってもいい。俺は戦争に負けたとしても、ましてやお前が死んだとしても、それが面白い結末なら悲しまないよ」

「一種の狂気だぞ。それは」

「なに言ってんだ。お前だって狂気の持ち主だろうが」

 その言葉に、アオイは首をかしげてしまったが、唐突に口が挟まれる。

「なんだ? 枕投げをしていたのか?」

 その声に振り返ってみれば、テントの入口に覗きこんでくるツカサの姿があった。

「いいな! まくら投げ!」

 変に興奮してる様子に、アオイは慌てて首を振る。

「違いますって、他愛無いケンカですよ・・・・・・。それより、何でここにいるんですか?」

「いや、その・・・・・・まぁ、いろいろあってな」

 そう言って、ツカサはばつが悪そうに視線をうろつかせる。

 その言い訳は、昼間戦車にこもっていた理由と同じだ。どうやら、彼女は困ると「いろいろあってだな」という言い訳を使うらしい。

 その様子に、アオイは思わずため息をついた。

「もしかして、一人で寝るのは心細かったんですか?」

「ば、馬鹿! そんな訳ないだろう!」

「じゃあ、何でここにいるんですか・・・・・・」

「いや、その、ちょっと様子が気になってだな・・・・・・。いや、その出来れば私の近くで見張りに立ってくれたりすると助かるんだが」

 そう言って、やはりばつが悪そうに辺りに視線をうろつかせるツカサの姿に、頭痛がする様にアオイはおでこを押さえた。

「わかりましたよ。じゃあ、本当に隣で寝るだけですよ・・・・・・」

「そ、そうか。ほ、本当は見張り役が欲しかったんだが、それでも助かるぞ!」

 そう言って、ツカサはテントの中に入ってきた。

 しかも用意良く、すでにツカサは手には畳んだ毛布を持っていた。

「って、ここに寝るんですかっ?」

「うむ。失礼する」

 そう言うと、ツカサは無理やりアオイとカツヤの間に入り込んで、毛布を被っていた。

「これでよし!」

 そして、一人満足そうにすると、そのまま寝入ってしまった様だった。

「・・・・・・ど、どうする?」

「気にすんな。俺達も寝ようぜ」

「いや、さすがにまずいんじゃ・・・・・・」

「お前、こんなちんちくりんに手を出す気があるのか?」

「そう言う訳じゃないけど・・・・・・」

「だったら気にするな。慣れ親しんだ妹だと思って寝ろよ」

「・・・・・・いや、妹いないし」

 そう言って、アオイは目をつぶるが、体の半分にはツカサが乗っている。そこからはぬくもりと柔らかさが伝わってきた。

 いくらちんちくりんとはいえ、やはり女の子だと思うとやはりちょっとアオイには寝る事に集中できない。

 ため息をつきながら、アオイは無理やり目をつぶっていた。


 アオイはいつの間にか眠っていたらしい。

 しかし、アオイは唐突に目が覚めていた。

 辺りは真っ暗だったが、異変に気が付いて、体を起こす。

「あれ、隊長・・・・・・?」

 気がつけば、自分の体半分に乗って眠りを妨げていた少女の姿が亡くなっている。

 隣には、ただ大きないびきをかくカツヤの姿しかなかった。

「こいつのいびきで逃げ出したのかな?」

 しかし、だとしたらどこへ行ったのだろう。サユリとカナコのテントならまだしも、サカキやショウジロウのテントだったらさすがにまずい。あの二人は手を出さないだろうが、隊内の規律としては非常にまずい。

 心配になったアオイはテントを出ていた。

 しかし、意外にもツカサは早く見つかる。

 彼女は自分のロ号の砲塔へと腰掛けていたのだ。

 しかし、偽装の為に木々をかけられ小山の様になっている戦車の上で、月明かりに照らされ物思いにふける美しい黒髪の少女は、どこか神秘的に見えた。

 その横顔は少し大人びて見える。

「・・・・・・何、やってるんですか?」

 それでもアオイが声をかけて歩み寄ると、彼女はこちらを振り返っていた。

 昼間は余り見つめる事もなく気がつかなかったが、彼女の小さいが整った顔は、まるで絵本やおとぎ話に出てくる妖精の様にも見えた。

「いや、あまりにもカツヤのいびきがうるさくてな・・・・・・」

 しかし、その神秘的な姿で、意外と彼女は現実的な不満を漏らす。

「す、すみません・・・・・・。あいつ寝像も悪くて」

「うむ。蹴られた」

「ほ、本当にすみません・・・・・・」

 カツヤの代わりに平謝りするアオイの様子にツカサはくすくすと笑っていた。

「なあ、アオイ。一つお前に問いただしたい事があったのだ」

「え? 僕にですか?」

「そうだ。ここへ来い」

 そう言って、ツカサは自分の据わっている砲塔の隣を叩く。

 アオイが戦車に上ってその隣に腰掛けると、ツカサは月を見上げながらおもむろに口を開いていた。

「お前、最初にシグの作戦反対しただろう? どうしてだ?」

「・・・・・・・・・」

 その言葉に、アオイは眉をひそめていた。

「分かってますよ。僕だって・・・・・・。シグさんの作戦は確かに犠牲の出ない良い作戦でした」

「だったのに、お前は反対していただろう」

 その言葉にアオイはばつが悪そうにする。

「それは・・・・・・僕の正義に反するからです」

「やはりな」

 まるで見透かしていた様な彼女の言葉に、アオイは余計に不機嫌そうな顔をする。

「分かった様な事を・・・・・・」

「分かるんだよ。お前は何よりも自分が正しいと思った事を優先するタイプだ」

「どうしてそう言えるんですか・・・・・・」

「良いかアオイ・ルビエ少尉」

「だからヴィですヴィ」

「―――ほら、それだよ。お前、ちょっとでも間違われるの嫌いだろ?」

「え? け、けど、別にビでも良いって言ってるじゃないですか」

「その割には、毎回訂正してくるじゃないか」

「うっ・・・・・・」

 言われてみればそうだ。毎回発音が気になって、注意してしまっている。

「だって、自分の名前間違われるのはやっぱり嫌ですよ・・・・・・」

「それだけじゃない。私が最初に隊員に声をかけて回ったときだって、早く大隊と合流したがっただろう? あれだって、段取りを間違えたくなかったんだろ」

「確かに、そうですけど」

 自分がある程度、規則に厳しいのは認めざる負えない。

「しかし、戦場で人の生き死にが優先される場所でさえ、お前は生き死によりも正しさを優先した。それは、ちょっと異常だ。どうして、お前はそんなに正しさを優先するのだ?」

 その言葉に、アオイはやはりばつが悪そうに眉をひそめていた。

 そして、しばしの沈黙の後、ため息と共にアオイは言葉を吐き出していた。

「―――僕のうちは、代々泥棒なんですよ。だから、せめて僕は正しくいきたいと願ったまでです」

 アオイも小さい頃は、別に良い悪いも気にせず、ただ泥棒として自分も大人になるものだと思っていた。

 しかし、ある程度知識を得てくると、アオイも自分のうちの家業である泥棒が悪いことだと分かって行った。

 すると、アオイの反抗期の影響もあるのだろうが、大人になるにつれて、自分の家系にまで嫌悪感すら抱く用になっていた。

 そして、アオイは上級学校を卒業すると共に、そんな家を飛び出して軍隊に入っていた。

「お祖父さんや父さんは犯罪者です。だから、僕はせめてまっとうに生きたいんです。人生を振り返った時に、間違った事をやったと後悔はしたくなくて。正しい事だけをやって行きたいんです」

 その言葉を聞き、ツカサはふむと唸っていた。

「しかし、お前の言う正しさとはなんだ?」

「た、正しさ? それは、ルールや規則とか・・・・・・」

「しかし、戦争という戦いかたに、野球の様にルールや規則はない。むしろ、あらゆる戦い方が許されていると言うのに、作戦でそれを行わないのはただの怠惰だろう? しかし、お前はそれですら、正しくないと判断した」

「それは・・・・・・、やはり自分が正しくないと判断したからで」

「それは、結局何の為になるのだ?」

「え・・・・・・?」

「確かに、自分では後悔しないかもしれない。けど、それは本当に正しい事なのか?」

「それは・・・・・・、そんなの分かりませんよ」

「いや、違うな。―――決まってるんだ。いつの戦争も、正しいとされたのは勝った方だけだ」

「勝った方?」

「そうだ。どんな卑怯な手を使おうと、勝った方が正義だ。どんな正攻法を使っても、負けた方は正攻法にこだわったから間違っていたと蔑まれる。それが後の世が結論を出す、歴史の正義と言うものだ」

「・・・・・・・・・」

 アオイは、彼女が何を言っているか良く分からなかった。何かの演説の様で、だがそれは確かにアオイに向けて告げられた言葉であった。

「僕は、別に歴史の話をしている訳では・・・・・・」

「お前はまだ気がつかないのか?」

 そう言って、彼女は立ちあがってアオイに向き直っていた。

「我々は今、歴史の中にいる。戦争と言う名のな」

 そう言って、彼女はじっとアオイの瞳の中を見つめる。

「この戦争で、お前は少なくとも私の下で指揮を執っているのだ。そして、お前の決断一つでもしかしたら戦局を左右するかもしれない。それは、お前が歴史に関わっている証しなのだ」

「歴史に、関わる・・・・・・?」

 自分は一士官である。だから、そこまで自分の立場など意識した事などなかった。

しかし、確かに自分の決断だって、戦局に関わっているのだ。

「それを、お前は一個人の正しさで満足して良いのか? 後から、もしもお前が関わった作戦が、正しくないと判断されたら?」

「そんなの、正しさを訴えるしかないですよ」

「そんなことできる訳ないだろう! 戦争で正しいのは勝った方だけだ。それはもう決まっている!」

「じゃあ、どうすれば・・・・・・」

「だったら、お前はずっと勝ち続ければ良い。そうすれば、いずれ後世から正しいと言われる。お前が本当に正義にこだわるならば、自己満足で終えるな! 勝利を目指して、卑怯な事でも何でもやることだ!」

 彼女の言葉に、アオイは圧倒される。

 そして、アオイはいよいよ確信を得た様に彼女を見つめていた。

「あなたは、いったい、何者ですか・・・・・・?」

 見た目通りの少女ならば、こんな大層な演説など絶対に出来ないだろう。

カツヤの言った通り、彼女にはどう言った訳か経験が蓄積されている。

彼女は間違いなく、得体のしれない何か別のものだと確信した。

「そうだな。お前は自分が泥棒だと話したのだ。私も正体を明かさねば不公平だな」

 そう言うと、彼女はううーんと背伸びをしていた。

 すると、それと同時に現れたのは、月明かりに照らされて黄金色に光る、頭からはえた二本の耳と、ズボンと上着の間から出た先っぽの白いふさふさのしっぽであった。

 そして、アオイと合わせたその瞳は、金色に輝いていた。

「・・・・・・狼ですか?」

「違うわ! キツネだキツネ!」

 そう言って、彼女は心外そうに地団太を踏んだ。

「あなたは、人間じゃないんですか?」

「いや、私は人間だ」

 その言葉に、アオイは引っかかるものを感じた。

「私は、って事は、その耳としっぽはあなたのじゃない?」

「うむ、そのとおりだ。私は小さい頃、あやかしに襲われた事があってな」

「え? 小さい頃って、今だって小さいじゃないですか?」

「ええい! 年齢的にだ!」

 話しを聞いてみると、つまりツカサは今よりも幼い頃に、俗に言う妖怪の類に襲われたらしい。

その時、偶然逃げ込んだのが、お稲荷さんだったのだそうだ。そして、その時そこのお稲荷さんが、彼女の体を借り、妖怪を撃退したらしい。

 しかし、彼女はそのお稲荷さんとの親和性が高かったらしく、逆にそのお稲荷さんは彼女の体から抜け出せなくなってしまったそうだ。

「なんか間抜けな話ですね・・・・・・」

「私にとっては恩人だ。馬鹿にしないでもらおうか」

「す、すみません。―――けど、妖怪とか実際にいたんですね。てっきり迷信の類かと」

 そう言って、アオイは思わずツカサの頭に生えているもふもふの耳を触る。ツカサも触られるのは嫌ではないのか、撫でられるたびに耳をぴくぴくさせていた。

「ま、まあ、昔は多くいたらしいぞ。今は警察と陰陽庁が内密に処理してるらしいが」

 陰陽庁とは国の省庁の一つで、主に占星術で国の行く末を占っている省庁だと聞いていたが、秘密裏にそう言う事もやっていたのだろう。

「隊長の中には、お稲荷さんが入っているんですね」

「むぅ。その言い方だと、まるで私の中に稲荷ずしが入ってるみたいだが・・・・・・、まあそう言う事だな。言ってみれば、私は神様なのだ」

 そう言ってツカサは薄っぺらい胸を張って見せるが、自分に入ったものの威を着て神を名乗るのはどうだろう。

 だが、ツカサは同時に寂しそうにうつむく。

「しかし、私はその時から変に知識だけがついてしまってな。私のこの歳でそれは恐ろしかったようで、家では化け物扱いだった。それで、このとおり島流しにされたのだ」

 つまり、彼女もそう言う理由で、自分たちと同じ半端ものなのだとアオイも理解した。

「けど、隊長自身は普通の女の子なんじゃ・・・・・・」

「うむ。そう言ってもらえるのは嬉しいぞ。確かに、私自身は普通の女の子なのだ。だから、肉体や精神、頭脳なんかは年相応でしかない。だからチビったりもするのだ」

「・・・・・・って、やっぱり、昼間チビってたんですか!」

「はッ!」

 顔を強張らせて真っ赤になるツカサに、アオイはやれやれと苦笑する。

 確かに彼女自身、それほど頭が回ると言う訳ではないらしい。

「―――さ、さあ! 私としてはお前に言いたい事は言えた! そろそろ戻るとしよう」

 なんとも無理やりな話しのすり替え方だが、確かに夜もだいぶ更けて来ている。

「そうですね。明日も早いですし。・・・・・・けど、カツヤのいびきが」

「むぅ、そうだったな・・・・・・。やはり自分のテントに行くか」

 そう言って戦車を降りて歩き出す彼女からは、いつの間にか耳としっぽは消えていた。

そして、不意に彼女はアオイを振り返る。

「・・・・・・けど、その、別にお前ぐらい一緒にいてやってもいいんだが・・・・・・」

 その歯切れの悪い言葉に、アオイは呆れる。

「分かりましたよ。行きますから」

 どれだけ経験があろうとも、やはり中身は子供なのだろう。

そんな事を思っていると、ツカサはこっちを振り返って少し自慢げに言う。

「そうだ。お前は、私の事をツカサと呼んでもいいぞ」

「はい?」

「いや、隊長と言うと、誰が誰だかわからないからな。お前には特別に名前で呼ばせてやろう」

「いえ、他の隊長がいるときはダイドウジ隊長と呼びますから」

 あっけらかんと応えるアオイに、ツカサはじれったそうに答えた。

「いや、良いじゃないか名前で!」

「いえ、こういうのは規律が乱れますから」

「またお前はそう言う事を言うのか!」

 言われて、アオイは口元を押さえていた。

「いえ、思わず・・・・・・。けど、実際に名前で呼び合うと、隊長としての威厳がなくなりますよ?」

「いいのだ。別にお前なら」

 そこまでして、なぜ名前で呼ばせる意味があるのかアオイには分からなかったが、ツカサはばつが悪そうに言っていた。

「―――その、友達みたいで・・・・・・、良いじゃないか」

 その言葉に、アオイは合点がいった。

 ここが戦場だったり、彼女の喋り方が大人びているから、つい分からなくなってしまうが、彼女はやはり年相応の少女でしかないのだ。友達だって、欲しいに決まっている。

「そうですね。わかりましたツカサ・・・・・・さん」

 さすがに呼び捨てはまずいだろうと、アオイは咄嗟に付け加える。

 しかし、彼女は満足したように頷いていた。

「う、うむ」

 そして、ツカサはテントへと小走りに戻って行く。その後ろ姿は、アオイには心なしかスキップを踏んでいるように見えた。

「意外と単純な人だな・・・・・・」

 そうして、残されたアオイもテントに戻るため、戦車から降りる。

しかし、不意に声をかけられていた。

「―――あの子とは、距離を置いてください」

 その声に驚いて振り返ると、目の前の森の暗闇の中から、カナコが姿を現した。

いつも喋らなかった彼女が喋っている事に、アオイはまず驚いた。

「カナコさん・・・・・・?」

 アオイが声をかけると、挨拶のつもりなのかカナコはぺこりと頭を下げていた。

しかし、彼女は容赦なく言葉を続ける。

「あの子とは、距離を置いてください。決して、仲良くならないようにして頂きたいのです」

「どう言う事ですか?」

 まるで彼女を忌むべき物の様に言う彼女に、怪訝そうにアオイが訊く。すると、カナコは表情を変えることなく言葉を紡ぐ。

「彼女から、彼女の中に入っている者の話を聞きましたね?」

「ええ」

「あれは本当ではありません」

 その言葉に、アオイは首をかしげた。

確かにツカサの話した内容は、まるでおとぎ話だったが、アオイは実際にツカサのキツネの様な耳を触っている。カナコの言葉を、素直に飲み込む事は出来なかった。

「では、あの耳や尻尾はどう説明するんですか?」

「だれも彼女の中に何も入ってないとは言っていません。―――彼女の中に入っているのは神ではなく、ただの妖怪です」

 その言葉に、アオイは表情を強張らせた。

「もしかして、それって・・・・・・」

「そうです。彼女は、確かに妖怪に襲われました。しかし、その時助けたのはお稲荷さんではなく、我々陰陽庁の人間でした。しかし、その妖怪は強力で、我々陰陽庁は仕方なくそこにいた少女の体を入れ物にし、妖怪を封印したのです」

 戦慄するアオイをよそに、カナコは淡々と言葉を紡ぐ。

「我々はその少女の人生を鑑み、その時助けてくれたお稲荷さんが中に入り込んだのだと嘘をつきました。そして、その少女は今もそれを信じています。しかし、彼女の中に入っているのは、紛れもなく凶暴な妖怪なのです」

 そう言って、カナコは懐から一枚の短冊の様な用紙を取り出していた。オカルトには疎いアオイだが、それが何らかのお札だと言う事は一目で分かった。

「彼女がいつその妖怪に呑まれるかもわかりません。私はその監視役として派遣されたのです」

 そう言ってお札を目の前にかざすカナコを、アオイはキッと睨みつけていた。

「―――カナコさんは、ツカサさんを殺すつもりなんですか?」

「その必要があれば、容赦はしません。だから、私の命の恩人であるあなたには、先に警告させていただきます。あなたまで、巻き込みたくはありませんから」

 確かに昼間、戦車に射殺されかけた彼女を助けたのはアオイだった。

 しかし、アオイは彼女の言葉に顔をしかめた。

「ツカサさんは、妖怪になんか呑まれませんよ」

「それは理想論です。彼女の中に入っている妖怪はそんな甘いものではありません。彼女はいつか妖怪に呑まれてしまいます」

「だからって、彼女を殺していい訳ではないでしょう!」

「正義というものを理解しているあなたなら分かっていただけるはずです。彼女の中の妖怪が暴れ人々に災厄を起こさせるる前に、彼女を殺す必要がある事ぐらい」

 確かに、アオイは正義と言う絶対的な正しさを重んじている。だから、一般的な物事の順序や優先すべき事は分かるつもりだ。しかし、だからと言って彼女の言葉に素直に従えなかった。

「しかし、ツカサさんを殺す事は、僕の正義に反します」

 その言葉に、カナコは無表情で問いただす。

「―――では、なにを持ってあなたの正義が、他人にとっても正しい事だと証明するのですか?」

 その言葉に、アオイは咄嗟に返す事が出来なかった。

 俯いて、そして思いついた時には、いつの間にかカナコの姿はなくなっていた。

 だから、ただ一人、アオイは呟く。

「後の人間が僕の行動を正義だと決めるなら、僕が勝ち続ければ良いだけです・・・・・・」


 翌朝。

 ツカサは日差しが隙間から差し込むテントの中で目を覚ます。

 辺りの森からは鳥のさえずりが聞こえ、彼女はむくりと体を起こして背伸びをしていた。

 しかし、不意にスースーする違和感を感じ取って、毛布をまくって下半身を覗きこむ。

 何故か、ツカサは下に何も履いていなかった。

「・・・・・・む?」

 そして、ふと隣を見れば、そこには気持ちよさそうに寝息を立てるアオイの姿があった。

 アオイは服を着ているようだが、テントには自分以外に彼の姿しかない。

「ななななんだぁっ? どう言う事だぁっ?」

 混乱するツカサだが、やはり思いつく答えは一つしか出てこない。

「・・・・・・お、襲われたのか? それで、もしかして・・・・・・」

 真っ青になるツカサと打って変わって、隣で呑気そうにむにゃむにゃと寝言をいうアオイを、彼女はキッと睨む。

「くぅっ、やっぱり男は狼だったじゃないかぁッ!」

 しかし不意に、テントの入口が開かれ、日光が差し込む。

 ツカサが振り返れば、そこにはシグの姿があった。

 慌てて下半身を毛布で覆い隠して、彼女は慌てて首を振る。

「い、いや! ち、違うんのだこれは! ええと、いや、・・・・・・あれ? 違くないのかな? もしかしたら、私が一方的にいろいろされて―――」

「―――悪いな」

 しかし、冷淡にシグは彼女の言葉を遮っていた。

「今はラブコメに付き合ってる状況じゃなくなったんだ」

 あまりにも真剣なシグの表情に、ツカサは思わず黙りこんでいた。


 行方不明になっていたツカサのパンツとズボンは、どう言う訳か、ロ号とテントの間に掛けられたロープに干されていた。

 彼女はそれをとると、戦車の中で着替え、シグの待っているヴォルフへと向かう。

 すると、途中でテントから起きてきたアオイに声をかけられていた。

「おはようございます」

 寝ぼけ眼の彼に、ツカサはむっとして声を荒げる。

「この、狼めッ! 清純な乙女を穢した罪は重いのだぞ!」

「な、何の話ですか・・・・・・?」

「朝起きたら、私は下だけすっぽんぽんだったんだぞ! お、お前が何かしたんだろう! 触るとか、嗅ぐとか、あまつさえ、舐めるとか・・・・・・」

「なにってるんですかッ!」

 すると、それにはアオイが憤慨したように言う。

「覚えてないんですか? 昨日、ツカサさんが自分でチビった下着でいるのは嫌だとか言って、洗濯してたんじゃないですか!」

「むぅ? そうだっけ?」

「そうですよ! むしろ僕は隣で下半身丸出しで寝られて、緊張したんですから!」

「・・・・・・むぅ。そ、そういえば、そんな気が・・・・・・」

 それで外に干してあったのか、とツカサは納得する。

 たぶん半分寝ぼけていたのだろう、まったく覚えてない。

「けど、本当に何もしてないのか?」

「する訳ないじゃないですか、もう」

 それでも怪訝そうにするツカサを、やれやれと言った具合でアオイはシグの所へと引っ張って行った。

「おはようございます」

 ヴォルフの車体を机代わりに地図を広げていたシグは、アオイの声に気が付いて二人を振り返る。

「ラブコメは終わったか?」

「ええ、なんとか」

「けど、そんなことしてる場合じゃないのだろう?」

 ツカサが問うと、シグは暗い表情で俯いていた。

「ああ、悪い知らせしかない・・・・・・」

 そう言って、二人が地図の前に来ると共に、口を開く。

「率直に言えば、うちの大隊が全滅したそうだ」

「「全滅っ?」」

 声を揃えて呆気にとられる二人に、シグは冷静にうなずく。

「だから、生き残った俺達は友軍が展開してる地点まで退避する。このままま森を抜けて野営地へよって、それから―――」

「ちょっと待て!」

 しかし、シグの言葉を途中でツカサが遮っていた。

「全滅ってどうしてだ・・・・・・?」

その言葉に、シグは俯きながら応える。

「うちの大隊が確保しようとしてた丘があるだろ? あそこは、すでに敵に確保されてたんだ」

「それで、全滅・・・・・・?」

「ああ。戦場は高い所を取った方が有利だ。丘の手前の平原に出てる所を、丘の上から一方的に狙い撃たれたんだよ。しかし、今はそんな事はどうでもいい。今は後退するルートを―――」

 ぶっきら棒にさらに話しを続けようとするシグに、ツカサはむっとした様子で怒鳴りつけていた。

「お前は悔しくないのか! 仲間が全滅させられて!」

 すると、シグもキッとツカサを睨みつけて言う。

「悔しいに決まってるだろ! 俺だって大隊の一員だったんだ! それに、うちの大隊が全滅して、東の守りに隙が出来た。もしかしたらこのままじゃ、公国軍は敗北するかもしれない・・・・・・。けど、だからって俺達に何が出来る!」

 そのシグの怒声に、さすがのツカサも黙りこんでいた。

「俺達はたった四台の戦車隊だぞ! 敵はこっちの大隊を全滅させたような大部隊だ。そんな奴らに俺達だけで何が出来るって言うんだ!」

 その言葉に、ツカサが圧倒させると、シグは話を続ける。

「話しを戻す。敵はとりあえず丘に居座るつもりらしい。だから、そのうちに俺達は後方の味方の大隊に合流して―――」

 淡々と言葉を続けるシグをよそに、アオイの頭の中にはぐるぐると言葉が回っていた。

 ―――全滅。―――後退。―――敗北。

勝者しか正義として認められないとツカサに説かれたアオイには、まるでその言葉は自分を全否定しているかのように思えた。そう、負けてしまえば、自分の今まで積み上げてきた正義が、全て正義ではなかったと証明されるかのように。

 それは、彼には許しがたい事だった。

「・・・・・・敵を、撃退しましょう」

 静かにそう呟いたアオイに、シグは言葉を止めて、視線を向ける。

「まだそんな事言うつもりなのか? 理想論じゃどうにもならないんだぞ。いくら幸運体質の俺でも、この戦局はひっくり返せない」

 そう言ってシグは、まるでその体質を証明するかのようにコインを親指で弾く。

 しかし、それを途中でアオイがひったくっていた。

「じゃあ、賭けをしてみましょうか。僕がコインを投げてキャッチします。そして、シグさんがもしそのコインの状態を当てられたら、僕らは潔く後退します。けど、もし外したら、僕らの言う事を聞いてもらいます」

 その言葉に、シグはやれやれと肩をすくめていた。

「俺の体質を舐めてると痛い目を見るからな。ほら、投げてみな」

 言われて、アオイはコインを放っていた。それをキャッチして、左腕に押しつける。

「―――裏だ」

 短く応えたシグに、アオイは無表情で手を腕から外して見せる。

 しかし、途端にシグは眉をひそめていた。

「おいおい、コインがないじゃないか」

 その言葉に、アオイはにやりと笑っていた。

「そうです。コインの状態はなくなっている、が正解です」

「ち、ちょっと待て! そんなのズルイだろ!」

「ズルではありません。僕は最初からコインの裏表ではなく、状態だと言ったはずです」

 そのアオイの言葉に、シグは呆気にとられる。

「正義はどうしたんだよ・・・・・・?」

「これが今の僕の正義なんです」

 そう言うアオイの瞳の奥に、シグは狂気が渦巻いているのを見た気がした。

「おいおい、正気なのか? あんたの補佐さんは?」

 シグが脇で見ていたツカサに声をかけると、彼女も困った様に眉をひそめていた。

「むぅ。昨日は正しさにこだわるなと言いたかったんだが、失敗したかもしれん・・・・・・」

 その言葉に、シグも肩をすくめていた。

「けど、どうするつもりだアオイ? まさか玉砕攻撃とか言わないよな」

「僕も馬鹿じゃありません。無理な事を無理やりやるつもりはないです。とりあえず、詳しい状況を教えてもらえませんか。そうすれば、少なくとも敵を足止めするぐらいの作戦が練れると思うんです」

「なるほど。アオイなりに出来るだけ抵抗しておきたい訳だな。けど、残念ながら部隊が全滅してるから状況は―――」

 そこまでシグがいった所で、下品な笑い声が聞こえてきた。

「ひゃはははははっ。なんだよ? 本気でこれだけの戦車隊で俺達の大隊を足止めするつもりか?」

 一同が振り返ってみれば、ヴォルフの車体後部で縛られた帝国兵が、こちらを嘲る様な顔で見ていた。昨日、捕虜にしたT‐20の操縦手だろう。

「てめえらは確かに俺達の偵察部隊をほぼ無傷で撃破しただろうが、丘を占領した大隊は規模が違うんだぜ。なんせ重戦車YA‐3を多数配備した大隊なんだからな!」

 その言葉に、シグはふむと唸る。

「あんた、何か知ってそうだな」

「まあな。俺は隊長機の操縦手だぜ? けど、残念ながらあんたらに教える義理はねえ」

 強気な帝国兵に、一同は顔を見合わせる。

捕虜の拷問などを禁じた条約がある故に、そう簡単に問いただす訳にはいかないのだ。

「なら、私に任せてくれないかしら?」

 しかし、そう言って現れたのは、央州派遣隊三号車車長のサユリだった。

「サユリさんが? 出来るんですか? 拷問とか」

「おいおい、だから拷問はダメなのだぞ?」

 怪訝そうな表情をするアオイとツカサをよそに、サユリは後ろ髪をかき上げる。

「大丈夫よ。私を誰だと思っているの?」

「むぅ。まあ、良いだろう。捕虜はサユリに預ける。出来るだけ敵の情報を吐かせてくれ」

「りょーかい♪」

 軽い口調とは裏腹に、サユリはあまりにも綺麗に敬礼して見せていた。

「しかし、情報がなければすぐに動く事は出来ないな。とりあえず、我々は一度シグの言う通り野営地には戻った方が良さそうだ。破損したロ号も直したいしな」

「さいですか。俺としては、そのまま一緒に後退してくれると助かるんだが」

「それは飲めんな。私としても部隊に被害が出るのは嫌だが、敵に一泡ぐらいは吹かせたい」

 ツンっとしたツカサの言葉に、シグはやれやれと肩をすくめていた。

「分かったよ。俺も確かに大隊の仇は討ちたいし、出来るだけ付き合うよ。―――けど、そうだな。一つ条件がある」

 思い出したように付け加えると、シグはふとアオイへと視線を向ける。

 それに、アオイは少し身構えた。

「な、なんですか・・・・・・?」

 すると、シグはにかっと笑ってウインクしてみせていた。

「さっきのコインを消すの教えてくれよ。俺もイカサマが出来るようになれそうだ」

「イカサマって言うか、手品なんですけど・・・・・・」

 やはりイカサマと言われると、気分が良くないアオイだった。


 央州派遣隊は日が暮れる前には野営地へと戻ってきた。

 一同が戦車から降りて見れば、辺りが薄暗くなる中、兵達は忙しそうに動き回り、すでに撤収の準備を始めている。

「さて、まずはロ号の修理と物資の確保だな」

「ロ号の修理は任せてくれよ」

 そう言って、声をかけてきたのはカツヤだった。

「どのぐらいで直りそうだ?」

「そうだな。軸を変えるからそれなりにはかかるだろうが・・・・・・。遅くとも朝には終わるな」

「よし。任せたぞ」

 すると、カツヤは楽し気にトラックへと歩いて行った。すると、それにぴょこぴょことカナコがくっついていく。

そういえば、カナコは最初会った時もエンジンを弄っていた。彼女は陰陽庁の人間なのに、意外にも機械いじりが得意なのだろうか。

「―――そうか。もしかしたら、だからこそ陰陽庁からこっちに派遣されたのかも」

 アオイがそんな事を呟いていると、裾をひっぱられて振り向く。

 そこには張りきった様子のツカサがいた。

「さあ、私達は物資の確保だ!」

「そうですね」

「おい、ちょっと待て!」

 しかし、そこへ声をかけてきたのはシグだった。

「俺達がやろうとしてる事は正規の作戦じゃないんだぞ? そう簡単に物資は分けてもらえないだろう」

「むぅ、確かにそうだが・・・・・・。この撤収中のどさくさに紛れて奪ってしまえば!」

「じ、冗談じゃない! いくらあんたらでも見つかれば憲兵にしょっ引かれるぞ!」

「じゃあ、どうしろって言うのだ!」

「だから、俺と大人しく逃げてくれれば―――」

「いえ、僕らは正規のルートで物資を受け取りましょう」

 静かにそう口を開いたアオイに、ツカサとシグは驚いた様に振り返っていた。

「正規のルートって、兵站部から受け取るってことか? けど、作戦の命令書もないんだぞ」

「だったら、作ればいいんですよ」

 その言葉に、シグは呆れたようだった。

「命令書ってのは、ちゃんと上官のサインとハンコが押してあるんだ。そう簡単にまねれる物じゃない。それにもし、偽造が見つかればやっぱり憲兵にしょっ引かれる」

「なら、兵站部の書類を作るのはどうですか?」

 アオイのその言葉に、シグは一瞬呆気にとられる。

「兵站部の、書類?」

「物資の受け渡し書類です。あれなら、担当者のサインを真似るだけで済みますよね?」

 確かに受け渡しの書類は担当の兵が記し、後から物資と示し合わせ、横流しなどがないか別の人間が目を通す仕組みになっている。だから、受け取るだけなら、確かにその書類があれば問題ない。

「確かにそうだが、サインを真似するなんて出来るのか? ばれればやっぱり憲兵が・・・・・・」

「任せてください。サインを真似たりするのは得意ですから」

 すこし自重気味に言った様子で応えるアオイの言葉に、ツカサは合点がいった。

 アオイはプロの泥棒だ。そのスキルには、当然サインの真似なども含まれるのだろう。

「けど、後から我々に余分に物資を渡しているのはばれるだろう? その時、サインした人間が問い詰められてしまうんじゃないのか? 無関係の人間を巻き込むのはまずいだろう」

 そうツカサは声をかけたが、アオイは肩をすくめていた。

「あなたみたいな黄色い猿には分からないんですか?」

 おどけたように言ってみせるアオイに、ツカサはむっとして、口元だけ笑っていた。

「むぅ! そうか、あの馬鹿伍長がいたか!」

「ええ。責任は彼に押しつけましょう」


「物資がもらえないとはどういう事なのだ!」

 テントの外から、そんな可愛い怒鳴り声が聞こえた。

 ヒルシュは書類から顔を上げると、テントの入口から皇国軍の軍服に身を包む、小さな少女が現れていた。

「話しを付けさせてもらうぞ!」

 そう言って、少女は入ってこようとしているが、それは後ろから公国軍の制服に身を包んだ青年士官が止めていた。

「落ち着けって、今は撤収中なんだ。敵に攻撃を仕掛けるなんて無理なんだよ!」

「それは貴様等の都合だろう。我々は皇国軍なのだ! 敵に背を見せて逃げる訳にはいかん!」

「おいおい、落ち着けって!」

 そんな二人のやり取りを見て、ヒルシュはやれやれと肩をすくめた。

「やはり極東の黄色い猿には頭が足りないようですね。戦略的撤退の意味も分からないとは」

 その言葉を聞き、少女は怒りで顔を真っ赤にしたようだった。

「何が戦略的か! 戦略的に不利になるような撤退は戦略的とは言わん。これは恥ずべき戦術的な敗北だ!」

「あなた方には理解できてないだけですよ。この我々公国軍首脳部の考えた作戦がね。まあ、体も小さいだけに脳みそも小さいのかもしれませんが?」

「なっ! 貴様ぁ!」

 すると、少女は容赦なく腰の刀に手をかけていた。

そして、引き抜こうとするのを、慌てて士官が止める。

「わわわっ! 馬鹿! 抜刀は止せって! そんなの予定になかっただろう!」

「うるさい! 本気で叩斬ってやる!」

「お、おい。あんた一回、逃げた方が良いぞ! もう押さえられない!」

 全力で刀を抜こうとする少女と、必死に止めに入る青年の様子に驚いて、ヒルシュは慌てて立ち上がっていた。しかも、するりと少女は青年士官をいとも簡単にいなすと、ヒルシュに向けてついに刀を抜く。

「ぶった斬ってやるぞぉ!」

「ひゃあああああああ――――ッ!」

 きらりと光る抜き身の刀身を見た瞬間、ヒルシュは震えあがって一目散にテントの裏から逃げ出して行った。

 途端に、テントの中には二人だけが残る。

「ちっ、逃がしたッ!」

「おいおい、演技じゃなかったのかよ・・・・・・」

「あはは・・・・・・。本当はヒルシュさんがツカサさんを止めに入る間に書類だけ貰って行こうと思ったんですが。なるほど、こういう手がありましたね」

 そう言って、ヒルシュが逃げて行った奥から現れたのは、アオイだった。

「うむ。手間が省けただろう?」

「いや、ちょっと本気だっただろあんた・・・・・・」

 しれっと刀を鞘に戻すツカサと、疲れ切った様子のシグをみて、アオイは苦笑しつつ、今までヒルシュの座っていた席へと腰を下ろす。

「さて、じゃあ、失礼して」

 そう言って、彼はペンをとると、すでに書き終っていた書類を見やりながら、新しい書類にすらすらとサインを書いていく。

 サインはまるで版画で刷られたかのように、まったく同じ字体と癖のものが、あっという間に現れていた。

 それを感嘆の声を漏らしながら見下ろしていたツカサが、ふと口を開く。

「しかし、正義正義言っていたお前が、こうも悪事に手を染めて行くとはな・・・・・・」

「そう演説したのは誰でしたか?」

「むぅ。え、演説したつもりはないんだがな・・・・・・」

「冗談ですよ。全部ツカサさんに影響された訳ではないです。けど、その時に母の言っていた〈大事なのは過程じゃなくて結果〉だと言う言葉を思い出したんですよ。あの時は聞き流してしまいましたが、言ってみれば最終的に僕が正しいと認められるためには、結果がともなわなければいけないって意味だったんだと思います。それの指標が、たぶんツカサさんに言う通りなんだと思います」

「勝利することか。・・・・・・つまり、お前は敗北すれば自分が正義じゃなくなると恐くなったのだな」

「そうですね。たぶん、カツヤの言っていた通り、それが僕の狂気なんです」

 そう言って、アオイは呆れたように書類をツカサに差し出していた。

「サインは書けました。後は持ち出すものを記してください」

 それにはシグがにやりと笑って受け取っていた。

「そんじゃ、好きなだけ調達させてもらいますか」

「あまり物資を持ち出し過ぎると、さすがに憲兵にばれるんじゃないですか?」

「ふんっ。どうせあの無礼な奴が責任をとるのだろう。なら、好きなだけもって行ってやる!」

 本当にツカサさんは頭に来てるんだな、とアオイは少しヒルシュのことを不憫に思った。


 部隊が野営している所に戻ってくると、サユリが得意げに手を振って迎えてくれた。

「ふむ。どうやら捕虜の尋問が終わったのだな」

 遠くに見えるサユリの姿を見ながらツカサが言うと、アオイは少し眉をひそめて言う。

「大丈夫ですかね? 条約では捕虜に対しての非人道的な扱いは禁じています。もし、サユリさんが捕虜に対して酷い事してたら・・・・・・」

「あいつはそう言う奴じゃない」

「・・・・・・それも経験から得られる見極めですか?」

 そんな話をしつつ三人が戻ると、サユリは得意げに後ろ髪をかきあげていた。

「敵の情報がわかったわよ。こっちの紙にまとめといたわ」

「・・・・・・で、捕虜は?」

 アオイが恐る恐る問うと、サユリはなぜか手に持っていたペンチを目の前でガチガチと打ち鳴らした。そして、彼女はにやりと笑い問う。

「どうしたと思う?」

「・・・・・・つ、爪をはぎ取ったとか。は、歯を抜いたとか・・・・・・」

 すると、サユリは盛大に噴き出していた。

「あはははははっ。そうね。確かに拷問っていうとそうなるかもしれないわね。けど、それは敵の捕虜にする事じゃないわ。味方の悪い子にすることよ」

「味方の? ・・・・・・じゃあ、捕虜は?」

「生きてるわよ。それどころか、快く話してくれたわ」

「いったいどう言う事ですか?」

「簡単な話よ。取引したの。敵の規模を話してくれるんだったら、武装を放棄した上で中立国へのビザを発行するって」

「そ、それって、捕虜を逃がすって事ですか! それはまずいですって!」

「なにがまずいのかしら。戦争中、捕虜の扱いは厄介なのよ。勝てば必ず生じる問題だし、正直その管理だけに人が割かれるのよ。だから、国によっては捕虜を虐殺する事も珍しくないわ。だからわざわざ条約がある訳だしね。となれば、一番良い解決策は武器を奪い取って逃がせばいいのよ」

「そ、そんなことしたら、また武器を手にして戻ってきますよ」

「―――別にそれでもいいわよ」

 しかし、呆気ない程にサユリの答えはさっぱりしていた。

「また武器をとるんだったら、今度は戦場で殺せばいいだけでしょ?」

 そう言って笑ってみせるサユリは、ガチガチとまたペンチを打ち鳴らす。

 その表情は、アオイには狂気じみてみえた。

「け、けど、捕虜が本当の事を言っている確証は・・・・・・」

「そうね。そればっかりは仕方ないわ。けど、それは拷問して聞き出したとしても一緒よ。相手が本当の事を言っている確証は何も無い」

「その通りだな。どっちも所詮は人の言葉。手段は違えど得られる結果は一緒という事だ」

 そう言って、ツカサはぽんっとアオイの肩をたたく。

「だったら、とりあえず人道的な方が良いだろう」

「・・・・・・まあ、そうですけど」

 アオイがとりあえず納得すると、ツカサはサユリへと労いの言葉をかける。

「それよりもご苦労だった。サユリはずいぶんと捕虜の扱いに精通してる様だが」

 すると、サユリは癖なのか、後ろ髪をかきあげる仕草をする。

「こう見えて、元憲兵なの。本当は味方の悪い子を懲らしめるのが仕事よ」

 サユリの言葉に、アオイとツカサは唖然とする。

「どうりで、ペンチが似合う訳ですね・・・・・・」

「あら、今更? そうよ、私の専門は拷問。けど、拷問が出来るのは味方か、スパイだけだから。今度はそう言う類を捕虜にするのを期待するわね」

 そう言って、サユリは薄く笑って、ツカサに捕虜からの情報をまとめた用紙を渡していた。そして、さっさと立ち去って行ってしまった。

「道理で立ち振る舞いがきっちりかっちりしてると思いましたよサユリさんって」

 やれやれとアオイが呟いている間に、ツカサがふむと唸る。

「しかし、これで作戦が立てられそうだな。物資調達の前に作戦会議としよう」

 その言葉に、アオイもシグも頷いていた。


 用紙に書かれていた敵の編成は、重戦車であるYA‐3が5両、対戦車自走砲であるSA‐76が三両と言った所だった。機甲部隊らしく、歩兵部隊は随伴してないらしい。

「・・・・・・絶望的だな」

 シグのその言葉に、ツカサが訝し気に問う。

「YA‐3とはそれほどの戦車なのか?」

「帝国軍の誇る重戦車だ。確かに重装甲だから移動速度は遅い。主砲はT‐20と同じく76ミリ長砲身。しかし、装甲圧は75ミリ。あんたらの主砲じゃ貫通出来ないだろう?」

「なるほど。それは絶望的だな・・・・・・」

 それにはツカサも同意の様だった。

 確かに、攻撃が利く敵なら正面から攻めようもあるが、攻撃の利かない敵に正面から攻めるのはどうやったって自殺行為だ。

「ということは、私達が直接やり合うのはどうやっても不可能と言うことか」

 そう言って、ツカサは用紙と同じ様に机にしているヴォルフの車体の上に乗せられていた地図を手前へと引き寄せる。

その地図には、敵が陣取っていると言う丘一帯の様子が記されていた。

「なら、他に仲間はいないのか?」

「一応、ここに砲兵隊がいる」

 そう言ってシグが指差したのは、目的の丘からさらに南の離れた丘の向こう側だった。

「そこから丘を砲撃出来ないのか?」

「残念ながらこの部隊は丘を占領した後に合流するはずだった榴弾砲を運用してる部隊なんだ。ここからだと射程が届かない」

「むぅ・・・・・・。なら、私達が地形を利用して戦うしかないと言う訳か」

「しかし、それも厳しい・・・・・・」

 だが、そう言って、シグは地図を指し示す。

「丘はかなり広大だ。そして、南側と東側には広大な草原が広がってる。俺達がこの草原から接近すれば、あっという間に対戦車自走砲の餌食だ」

「じゃあ、他の所から接近すればいいだろう? ほら、この西側はどうなのだ? 森になっているだろう?」

「それも簡単なもんじゃない。この森まで丘の敵に見つからない様に迂回するまでには時間がかかる。しかも、その間にもし見つかって敵に囲まれれば、最悪孤立する」

「むぅ・・・・・・。じゃあ、この北側は? ここなら近くて、しかも林があるじゃないか」

「よく見てくれ。いくつか池が書いてあるだろう。そっちは沼地なんだ。歩兵ならともかく、戦車じゃ身動きが取れなくなる可能性がある」

「もう、さっきからお前は出来ない理由ばっかり言って! それじゃあ、打つ手なしじゃないか!」

「だから、絶望的だって言ってるだろう!」

 そう言って言い合う二人の言葉をよそに、アオイは真剣な表情で地図を睨んでいた。

 そして、不意につぶやく。

「北側から攻めましょう。敵も戦車で来ないと思っているなら、好都合です」

 しかし、それにはシグがやれやれと肩をすくめていた。

「だから言ってるだろう。そっちは沼地なんだ。戦車なんて泥に足を取られて―――」

「それは重たいヴォルフの話でしょう。軽量なロ号なら走れるはずです」

 その言葉に、シグは一瞬はっとするも、慌てて口を挟む。

「いや、待ってくれ。ヴォルフに比べてロ号は履帯が細い。幾ら軽量でも、接地面積が少ないから、やっぱりめり込むんじゃないか?」

「なら、板を敷けばいいだけです」

「ど、どこにあるんだよそんな板が。そもそもそんな木材すら・・・・・・」

 と言ったところで、シグははっとする。

「・・・・・・まさか、テテスか?」

 それを聞いたアオイはにやりと笑って頷いていた。

「その通りです」

 すると、すかさず思い出したようにツカサが振り返って声を張り上げる。

「おい。ショウジロウ! ちょっと来い!」

 自らのロ号の整備をしていたショウジロウは、すぐにへこへことやってきた。

「お嬢、お呼びでしょうか」

「うむ。お前、元大工だったな。戦車の下に敷く板ってどのぐらいで作れる?」

「へ? 板ですか。まあ数にもよりますが・・・・・・」

「そうだな。少なくともロ号三台の下に敷くだけあればいいだろう。最悪、それを使い回して前進するだけだからな」

「機械があればすぐにでも。のこぎりで作るなら、人数さえそろえれば半日もあれば」

「よし。なら、すぐにテテスから調達して来いショウジロウ」

「なんですとぉッ!」

 ショウジロウは唖然としたようだが、ツカサは本気だった。

「トラックはカツヤのを借りていけ。夕方には戻れよ」

「り、了解ですお嬢・・・・・・」

 そう言って、ショウジロウは慌てたように踵を返してトラックへと駆けて行った。

 しかし、慌てた様子でシグが口を挟む。

「待て待て待て! 侵入できたとしてもどうするんだ! しかもその作戦だと、あんたらのロ号しか侵入できないだろ。貫通出来ない大砲でどうやって対抗するつもりだ!」

 それには、アオイが一言で応えていた。

「―――だったら、戦車に乗らずに戦えばいいんです」

「戦車に、乗らずに・・・・・・?」

 唖然とするシグに、アオイはうなずいてみせる。

「この地形なら、敵も北側から攻め込まれると思っていないでしょう。言ってみれば、これは完全な奇襲作戦です。それなら、わざわざ戦車に乗って正々堂々戦う必要もありません」

「けど、降りて戦うって、どうやって? あんたら戦車隊だろう?」

 そのシグの問いに、アオイは肩をすくめてみせる。

「―――夜間なら、僕に任せていただければ何でもできます」

 すると、ツカサも合点がいった様に嬉々と言う。

「なるほど。夜間は泥棒の活動時間と言う訳だな」

 その言葉に、アオイは複雑な表情で苦笑していた。


「よし。これで良いだろ」

 ロ号の車体の上で、屈んでいたシグが溶接面を外すと、目の前の砲塔には鉄製の棚が取り付けられていた。シグは溶接機を置くと、その棚に大きな無線機を乗せる。そして、それをベルトで固定していた。

「完成だ」

 そう言って立ちあがると、ロ号のハッチから上半身を出していたツカサと視線があった。

「ふむ。これで通信が出来るわけか」

「ああ。俺の戦車に周波数を合わせて、と」

 そう言って、シグは無線機のマイクに声をかける。

「あ、あー。こちらロ号一号車、聞こえるかー」

『こちらヴォルフ。聞こえるぜ車長?』

 そう返事をしたのは、砲手のフィリップとだった。

「よし。後は二号車と三号車にも付ければ、連携が取れるだろう」

 そう言って、シグは車体から降りていた。

 すると、不意に声がかけられる。

「おーい、小娘。面白いものがあったぞ」

 その声に振り返ると、そこにはサカキが自分のロ号で何やら牽引して来ていた。

 それはタイヤの付いた巨大な箱の様だった。

「なんなのだそれは?」

 ツカサがロ号から降りながら問うと、サカキも同じくロ号の操縦席から降りて、その四角い箱をバンバンと叩いていた。

「なんでも車載用火炎放射機だと。物資の集積所に放置されててな。貰ってっちまおう」

 それには、シグが慌てて口を挟んでいた。

「待て待て! それは補給品じゃなくて本国から送られて来たうちの大隊の装備なんだよ。だから勝手に持ち出すと―――」

 と言いかけて、シグは思い出した。これを受領したのは自分だったが、そう言えばその時、司令に受領証を書いてもらっていない。と言う事はつまり―――。

「ちょっと待っててくれ」

 そう言って、シグは慌てて自らの戦車に戻ろうとしたが、振り返れば目の前に用紙が突き出されていた。

「お探しの物はこれですか?」

 そう言ったバルトから受け取った用紙は、確かに装備の受領証。あの時、どさくさに持ってきてしまったものだ。

それには、確かにサインがされてなかった。

「って事は、この装備は今は誰のものでもないってことか」

「そうですね。受領のサインをするまえに部隊が全滅してしまったと言う事で、輸送中に行方不明ってとこでしょうか」

「よし。じゃあ、貰ってこう。少しでもあんたらの豆タンクを強化したいしな」

「それじゃ、私が頂こうかしら?」

 そう言って、突如口を挟んできたのは、いつのまにか現れたサユリだった。

「おい、女。言っとくが、これは俺が見つけてきたんだぞ」

 そう、サカキがドスを利かせた声で告げるも、サユリはどこ吹く風で後ろ髪をかきあげていた。

「見つけてきた人なんて関係ないわ。まず第一に、戦力を強化するのが目的なんでしょう?」

「まあ、そうだけどよ」

「じゃあ言っておくけど、火炎放射機を付ける場合、干渉を避けるために主砲はつかえないようになるのよ。そして、今回の作戦で一号車は隊長補佐が降りて戦うらしいから、本格的な戦闘を行うのは二号車か三号車。けど、どうせあなたの二号車は、無効と分かっていても対戦車戦闘能力を捨てるつもりはないんでしょう?」

 サユリの問いに、サカキが眉をひそめていた。

「まあ、そうだな・・・・・・」

「だったら、私の三号車が対戦車戦闘を捨てて、炎で兵隊やトラックを焼き払うわ。そっちの方が効率が良いでしょう?」

 その言葉には、サカキも渋々と言った様子で頷く。

「・・・・・・へいへい、女には敵わねえなぁ。わかったよ姐さん。もってきな」

 その言葉に、サユリは勝ち誇った様に笑っていた。

 そんなところへ、不意にアオイがお盆を抱えて姿を現す。

「ご飯が炊けましたよー」

 彼がそう言ってお盆へと大量にのっけてきたのは、ただの握り飯だった。

 しかし、それでも央州派遣隊の面々は、我先にとおにぎりを求めてアオイの周りへと群がった。

「ほう、よく手に入ったなお米!」

 目を輝かせておにぎりにかぶりつきながらツカサが言うと、アオイは肩をすくめていた。

「野営地に集められていた物資にはなかったので、バイクを借りて港まで行ってきました。お米の種類は違いますが、充分食べられるでしょう?」

「うむ。ほむむっほむ!」

 よくやったぞ、と言ったらしいツカサはそう言って美味しそうにおにぎりを咀嚼していた。

 辺りの面々も久しぶりのお米をありがたそうに食べている。

 アオイもそれに交じって、おにぎりを一つ口に運ぶ。皇国で食べるお米とは違って粘り気が少なく硬い気がするが、それでも口に入ったそれは紛れもない米であった。

 アオイはそれほどお米に思い入れはなかったが、確かにちょっと懐かしく思えた。

「うむ。元気出て来たぞ。これで作戦はばっちりだな!」

 そう言ったのは、米粒を口の周りにつけたツカサだった。

央州派遣隊の一同は、それに威勢のいい声を上げる。

すると、その脇ではやはりシグが肩をすくめていた。

「本気でやるつもりなんだな・・・・・・。こんな行き当たりばったりみたいな作戦を」

 すると、そこへ楽しそうに口が挟まれる。

「良いじゃですか。どこまでやれるか、私は楽しみですよ」

 シグが振り返ると、そこには受領証を持ってきてくれていたバルト曹長がいた。

「悪いなバルト曹長。とんでもない作戦に巻き込んで・・・・・・」

「いや、良いんですよ。私達はすでにあなたの強運に生かされている様なものですから」

「強運に・・・・・・?」

「ええ。―――もし、あなたが皇国の派遣隊を任せられなかったら。もし、私がその補佐を命じられなかったら。もし、私がフィリップやブラウナーを連れて来なければ。恐らく、我々は大隊と一緒に全滅してたでしょう。あなたの強運とやらに感謝です」

 その言葉に、シグは肩をすくめてみせる。

「こちらこそ、バルト曹長達が優秀で助かってるけどな」

「我々が集まったのも、あなたの強運のおかげかもしれません。それと、我々を呼ぶ時は呼び捨てで構いません」

「え? けど、俺はまだ新米だし・・・・・・」

「車長が新米である以前に、我々はあなたの部下であり仲間ですから」

 そう言って踵を返すと、バルトはヴォルフへと戻って行った。

YA‐3は言わずもがなKV‐1がモデルです。

SA‐76はSU‐76がモデルですかね。あんまり自走砲詳しくないので適当です・・・。

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