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離合集散

 大型の輸送船が港に入港する。

 埠頭に係留されると、輸送船の階段と埠頭を繋ぐ桟橋がかけられていた。

 そこから作業着を身にまとった船員達に続き、埠頭へと降り立ったのは、カーキ色の軍服を身につけた少年だった。

「よう。今回の任務はアオイが小隊長なのか?」

 突然かけられたその声に彼が振り返ると、すでに埠頭には同じ様なカーキ色の軍服に身を包んだ丸メガネの青年が立っている。

「カツヤじゃないか。カツヤも央州へ来ていたのか?」

「ああ。お前と違って飛行機だけどな」

「もしかして、カツヤもうちの部隊に?」

「そう言う事だ。今回、央州への派遣部隊はあくまでも同盟国として恩を売っておくことが目的だが、上は技術もついでに盗もうって魂胆らしくてな。技術士官である俺様にも声がかかったのさ」

「盗むだなんて人聞きの悪い・・・・・・。正確には学びに行くんだろう?」

「やってる事は同じさ。俺ら皇国の戦車技術はずっと遅れてるからな。お偉いさんもなりふり構ってられないんだよ。―――で? やっぱりお前が隊長なのか?」

「残念だけど、今回僕は隊長じゃなくて、補佐なんだ」

「ほお。しかし、士官学校出てすぐだってのに、隊長補佐だなんて出世したもんだな」

「いや、貧乏くじだよ・・・・・・。いつもの通り、この目のせいで」

 そう言って、アオイは自らの目を指差す。

 その瞳は、他の皇国人と違って黒ではなく、深い青い色を湛えていた。

「人は自分と違うものを嫌うからな。相変わらず、生まれで損してるよなお前って。まあ、お偉いさんの目的は恩を売っておくことだし。普通の奴をこっちに送る訳がないんだけどよ」

 そう言って、何気なくカツヤは空を見上げていた。

 そこには輸送船からクレーンによって吊りあげられた積み荷が宙に浮いている。

 それは、二人乗りの小さな戦車だった。

「ロ号軽戦車か。すでに退役が進んでるひとつ前の戦車だろ」

「一応、対戦車能力を強化されたリ型だけどね」

「まあ、技術士官様から言わせてもらえば、幾ら強化しようが乗員数が少ないロ号は頭打ちの性能だぜ?」

「わざわざ言わなくても分かってる・・・・・・」

「って事は、乗員もか?」

「御名答」

 そう言って、アオイは肩をすくめていた。

「僕を含めて、問題があるのばっかりだよ・・・・・・」

「はははっ、いいね。愚連隊って訳だ」

「お前も戦闘になれば、そうも笑ってられないからな?」

「まあ、そう怒るなって。で、その代表たる隊長さんは?」

「隊長は船には乗ってこなかったんだ。飛行機で今日到着するらしい。さすがに隊長は普通の人だと良いけど・・・・・・」

「ははっ、すっげー年寄りが派遣されてきたりしてな」

「冗談はよしてくれよ。本当にそうなったら目も当てられない」

 そう言って、アオイは首を振っていた。

 そして、思い出した様にカツヤに問う。

「隊長の出迎え今から行く予定なんだけど、一緒に来る?」

「お、いいな。俺は年寄りに賭けるぜ」

「はいはい。じゃあ、僕はその逆に賭けるよ」

「あん? 子供ってか? それも面白いな」

「違うよ! 年寄りじゃないって方にだ!」

 そう言って、二人は埠頭を港湾施設に向けて歩き出す。

 そしてその背後では、皇国軍のロ号軽戦車がクレーンにより埠頭へと下ろされていた。

こうして、はるばる東の島国である皇国からやってきた戦車は、央州への第一歩を誰にも見守られることなく、踏み出したのだった。


「もうすぐ到着です中尉殿」

 そう操縦席から声を掛けられて、彼女はすぐ近くの丸い窓から下を見下ろす。

 窓の外はほとんど雲に覆われていたが、その下には確かに陸地が広がっているようだった。

「そうか。いよいよ私の部隊と会えるのだな」

 そう言って微笑む彼女を振り返って、操縦手は眉をひそめる。

「しかし、本当に中尉殿が指揮をされるのですか?」

「うん? 貴様は不満か?」

「いえ、そう言う訳では・・・・・・。しかし、その、なんと言うか。中尉殿はそうは見えないと言いましょうか・・・・・・」

「そうだな。女だから多少見くびられる事もある。しかし大丈夫だ。私はちゃんと士官学校で習う事は家で覚え込まされた」

「と言う事は、中尉殿は士官学校を出ていないので?」

「うむ。それどころは私は正式な軍人ですらない。私の家は華族でな。一族は国の政治にも関わっているのだ。だから、央州派遣隊への私の配属だって、一種の政治的取引に過ぎん」

「そうでしたか。それは大変ですね」

「しかし、そんな配属でも、私には別の志がある。だから、どんな待遇だとしても、やりきらねばならんのだ」

 そう言って、彼女は持っていた軍刀の鞘をどんと床に突き立てて見せる。

 気合の入ったその様子を見て、操縦手は改めて声をかけていた。

「中尉殿の様な志をもった指揮官が多くいれば、大陸での戦いもこんなに長引かなかったのかもしれませんな」

「貴様は買い被り過ぎだ。私は指揮官でも、所詮は一兵卒だ」

 そう言って、彼女は改めて窓の外を見る。

「しかし、一兵卒なりにやれる事はやらねばな・・・・・・」

 すると、不意に操縦手が声を上げていた。

「中尉殿、着陸態勢に入ります。シートベルトを」

「ふむ。わかった」

 彼女は椅子に深く腰掛けて直して、シートベルトをする。

 すると、その足はぶらぶらと床から浮いていたのだった。


 アオイとカツヤが公国兵の運転する車に揺られてやってきたのは、港町に面する飛行場だった。

 そこは前線にある様な草原をならしただけの野戦飛行場ではなく、アスファルトのしかれたきちんとした航空施設で、公国軍の戦闘機が並んでいる所を見ると、恐らく港を防衛するための航空基地なのだろう。

 アオイはそこへ、見覚えのある皇国のマークを付けた大型機が着陸するのを見かけた。

「ありゃ、六式陸上攻撃機じゃないか」

 隣の席で声を上げたカツヤに、アオイは頷いた。

「そうだね。輸送機で荷物と一緒じゃなくて、軍用機で来るって事は、やっぱり偉い人なのかな」

「かもな。意外と、隊長はしっかりしてんのかなー」

「だったら賭けは僕の勝ちだね」

「ちっ。つまんねーな」

 そんな事を言っている間に、二人を乗せた車は着陸した陸攻の近くで停車する。

 二人が降りると、丁度、陸攻のハッチが開き、タラップが下ろされた所だった。

 二人は即座にタラップに駆け寄って、敬礼して待ち構える。

「じゃあ、俺様は爺さんに千輪」

「じゃあ、俺はそれ以外に二千輪だ」

 しかし、待ち構えた二人の前に陸攻のハッチから姿を現したのは、長い黒髪を風に弄ばれる一人の少女だった。

 二人と同じ様にカーキ色の軍服を身につけ、軍帽を被り軍刀を腰にしているので、どうやら彼女が隊長で間違いないようだ。

「ふむ。貴様たちが私の部下なのだな」

 しかし、彼女からかけられたその声に二人は唖然として返事が出なかった。

 なぜなら、陸攻から降り立った彼女の背丈は、二人より頭二つ分ほど小さかったのだから。

「・・・・・・初級学生?」

 思わず呟いてしまったアオイの言葉に、ちっちゃな少女は顔を真っ赤にして怒る。

「ち、違う! 私は学生ではない! 貴様等の隊長だ!」

「・・・・・・いえ、あの、失礼ですけど。学校は出ていらっしゃるんですよね?」

「当り前だ。初級学校は出てる」

「いえ、そうじゃなくて士官学校は?」

「士官学校は出てない。しかし、お抱えの軍人に一通りの事は教えてもらった。安心しろ」

「ち、ちょっと待ってください。じゃあ、まさかあなたの年齢はっ?」

「お前たちより五つ以上は下だろう。なんだ? 問題があるか?」

 その言葉を聞いて、アオイは顎が落ちるほどあんぐりと口を開けていた。

 すると、隣でカツヤはニヤニヤと笑いながら、アオイの肩を叩く。

「賭けはお前の勝ちだな。けど、納得したぜ。ほら、うちのロ号軽戦車リ型の通称はロリだろ。隊長もそれに合わせるとは、上層部も粋な事をするよな」

 カツヤはそう言って笑って見せるが、アオイは頭痛がするように頭を抱えていた。


「やっぱり貧乏くじだ・・・・・・」

 そう後部座席で呻くアオイの隣で、カツヤはニヤニヤと笑っていた。

「良いじゃないか。爺さんじゃなく、ぴっちぴちの女だぞ」

「ぴっちぴちにも程があるだろ」

「むぅ? なんだやはり不満なのか?」

 そう言って、前の助手席から怪訝そうな顔を覗かせたのは件の少女だった。

 と言っても彼女の小さな体では顔だけこちらを振り向く事は不可能だったらしく、助手席に反対向きに正座する様に立ち、座席の間から顔を出してこちらを覗きこんでいた。

 その姿を見て、カツヤは楽しそうに首を振る。

「いやいや、俺様は不満なんてとんでもない。むしろあんたの指揮が楽しみだよ隊長さん」

「ふむ。それは良かった。そっちのはどうなのだ?」

 そう言って声をかけられたアオイは、苦笑を浮かべて見せる。

「ふ、不満なんてとんでもありません。ただ、自分はあなたの補佐を命じられていたので・・・・・・ちょっと、自信がなくなっただけです」

「それはいかんな。私の補佐ならばしっかりしてもらわねば、気を引き締めてくれよ?」

「はい・・・・・・。頑張りたいです・・・・・・」

 そう言って、アオイは眉根を下げるしかなかった。

 そして、程なくして、車は埠頭へと戻ってくる。

 そこには、すでに荷揚げされたロ号軽戦車が三台とトラックが並んでいた。

 三人を乗せた車がその前に停車すると、三人はそろってその場に降りていた。

 そして、すぐさま少女の横に立ったアオイが号令をかける。

「総員、整列ッ!」

 すると、戦車の周りに集まっていたカーキ色の軍服を身につけた皇国兵達が横一列で整列していた。

 しかし、やはりと言うべきか。アオイの隣にちょこんと立つ少女の姿に、一同はぽかんとした表情をしていた。

「えー、その・・・・・・。か、彼女が我々央州派遣隊の隊長である。傾注!」

 一同の視線が少女に集中した所で、彼女は仁王立ちし、両手で軍刀を腰から外して目の前の地面に付いてみせていた。

「私が本日より部隊の指揮を執るダイドウジ・ツカサ中尉相当官である」

 彼女は見た目にそぐわぬ凛とした声で、その場の全員に告げていた。

「我々、央州派遣隊の任務は帝国に押し戻され危機的状況に陥る公国、共和国、王国などの央州の国々に対する助太刀である。そのため、我々は遠く離れた皇国の代表として戦う事になる。その事を誇りに思い、皆には全力で戦ってもらいたい」

 ―――まるで教科書にでも書かれているかのような訓示だ。

そう思って、アオイは少し辟易する。どうせ、飛行機の中で丸暗記でもして来たのだろう。

 しかし、不意に彼女は笑っていた。

「―――と、言いたいところだが、正確には我々は央州に恩を売るためだけに組織された適当な部隊だ。装備も人員も半端ものばかりである事は、一同が分かっていると思う」

 その言葉に、一同は目に見えてざわめく。

「ちょ、ちょっと待ってください。人員までもなんて・・・・・・、それはまずいですよ!」

 正直、それはこの部隊の兵たちを馬鹿にしている様なものだ。

 しかし、その言葉に、ツカサと名乗る少女は口の端でにやりと笑って見せていた。

「ほう、まずいか? ならば、なぜ私の様なのが隊長を任されているのだ?」

 その言葉に、アオイは言葉が出なかった。

 確かに、彼女の様な少女こそ、一番の半端ものではないか。

「人員が半端ものだと言うのは、貴様等が自分達で良く分かっているはずだ」

 その言葉に、集まった兵達は無言だった。

 怒るでもなく、悲しむでもなく、むしろ納得しているようであった。

「だから、我々がやる事は央州で活躍する事ではない。我々がやるべき事は、央州で最新の戦車運用を学びそれを本国へ持ち帰ることだ。それこそが、我々の本当の使命である。その為に必要なのは、犠牲の上に立つ勝利ではない。負けたとしても、その敗因を伝えられる人命なのだ」

 その言葉を聞きつつ、アオイはツカサの背後で手を大きく振ってみる。

「な、何をやっているのだ?」

 すると、それに気がついたツカサが怪訝そうな表情でアオイを見ていた。

「いえ、後ろに誰か別人が立っているんじゃないかと思いまして・・・・・・」

「私は腹話術人形じゃない!」

 こつんっと軍刀の柄でアオイを小突くと、再びツカサは口を開く。

「良いか! 私から貴様等に厳命する事は二つだ。死ぬな! そして学べ!」

 整列した一同は、アオイが指示も出さずに自然と敬礼をしていた。

 その様子を見て、アオイは隣の少女を見下ろしていた。

 ―――見た目とは裏腹に、ある程度、弁は立つみたいだな。


「そう言えば、貴様の名前を聞いていなかったな」

 戦車を動かす為にドラム缶から燃料を入れていると、下からそんな声をかけられた。

 見下ろしてみれば、そこには見上げる様な形で隊長であるツカサがいた。

「そう言えば、自己紹介してませんでしたっけ。僕は補佐を命じられてるルヴィエ・アオイ少尉です」

「るびえ? そう言えば、貴様の目は青いな。皇国の人間ではないのか?」

「いえ、お祖父さんが共和国の人でして。だから四分の三は皇国の人間ですけど」

 まさか、それを理由にして、他の上官と同じでこんな小さい子からも睨まれるのだろうかと、ちょっとアオイは身構える。

しかし、ツカサは不思議そうにアオイの瞳を覗きこんでいた。

「ふむ。本当に青いのだな」

「珍しいですか?」

「うむ、そもそも外国に出るのは初めてなのだ。正直、外人と言うものもあまり見た事がない。青い瞳を見るのも初めてなのだ」

 そして、彼女は満足げにうなずく。

「うむ。青い瞳と言うのも、なかなか綺麗ではないか」

 その言葉に、アオイは面食らう。

 普通、人間と言うものは、自分と違うものを見ると必ず良い顔をしないものだと思っていた。しかし、その少女はまるでその逆だった。その様子は、まるで自分と違うからこそ、面白いと言わんばかりの顔をしていた。

「隊長って、変わってるって言われませんか?」

 アオイが不思議そうに問うと、少女は少し嬉しそうだった。

「よく言われる。だからこそ、ここにいるのかもな」

 すると、ツカサはすぐに近くのトラックにいたカツヤに声をかけていた。

「貴様はなんと言うのだ?」

「おう。俺様は、戦車の整備を受け持つ、ヤマグチ・カツヤ技術少尉だ。呼ぶ時はカツヤで良いぜ」

「うむ。よろしくなカツヤ」

 そう言うと、すぐさまツカサはぴょこぴょこと他の戦車へ向けて歩き出す。

「え! ちょっと! もう準備できますってば!」

 アオイが慌てて追いかけると、少女は別の戦車の兵へと話しかけていた。

「貴様の名はなんと言うのだ?」

 そう言って彼女が声をかけていたのは、如何にも強面の頬に傷のある大男だった。

「ああん?」

 不機嫌そうにツカサを見下ろす男の姿に、慌ててアオイは男の前へと立ちはだかる。

「き、貴様! 隊長に失礼だろう!」

 そう言うと、男は眉をひそめたものの、少しめんどくさそうに敬礼を返していた。

「申し訳ありません。自分はロ号軽戦車二号車車長のサカキ・コウゾウ上等兵です」

 そう言うも、男はまるで二、三人殺しているのではないかと言う鋭い視線で、少女を見つめていた。

 アオイはその視線に、全身へと冷や汗をかくほどビビったが、少女は特に気にする様子もなく頷いていた。

「よろしくなサカキ」

「ええ。どうも」

 そう言うと、サカキは自らの戦車へと向き直って、淡々と注ぎ終わった燃料タンクを下ろしていた。

 すると、そんな様子を見ていたツカサとアオイの肩を、ちょんちょんとつつく手があった。

 振り返ってみれば、そこには糸の様に細い目をした猫背の男がいた。

「えーと。あなたは確か、マエダ・ショウジロウ二等兵」

 アオイがそう言うと、ショウジロウと呼ばれた男は口の端で笑ってみせる。

「へへへっ、覚えていただいていたとは感激です。二号車操縦手をやっとります」

 そう言うと、ショウジロウは少し声をひそめて二人に告げる。

「しかし、先にご忠告しときますが、サカキの旦那は元は堅気の人間じゃありませんぜ? あんまり怒らせると海にでも沈められちまいますよ」

 その言葉に、アオイは名前の通り青くなったが、一方でツカサはやはり笑っていた。

「なるほどな。私の部隊らしい人材だ。なら、やはり貴様も半端ものなのだろう?」

「へへへっ、そう言われると恥ずかしいですがね。自分は本業は大工だったんでさ。しかし、徴兵される間に、実家が潰れちまいましてね。それ以来兵士として働いてるんです」

「うむ。貴様も面白い経歴だ」

 そう言うと、再びツカサは別の戦車へとぴょこぴょこと歩いて行ってしまう。

「だ、だから待ってくださいよ!」

「なにを言うか。部隊員の顔を覚えるのは隊長の大事な仕事だぞ」

「そう言うもんですかね? 僕が前に研修で所属していた部隊の隊長は、僕の名前なんて覚えてませんでしたよ?」

「それはいかん!」

 そう言って、突然彼女が歩みを止めたので、後ろから追っていたアオイは思わず勢い良くぶつかってしまう。

「ひあッ!」

そのため、小さなツカサは思ったよりも簡単に吹き飛ばされていた。

 うつ伏せに倒れたツカサは、起き上がりながらぎろりとアオイを振り返る。

「何の恨みだ!」

「と、とんでもない! 突然止まるからぶつかってしまったんです」

「本当か? むぅ。しかし、さっきの話だがな。普通は小隊長として部隊員の事を把握するのは当然の事だぞ」

「そうなんですか?」

「そうだ。個人の技量を見極める事で、部隊としてやれる事とやれない事がはっきりしてくる。人には将棋の駒の様に名前で動きが決まっていないからな。誰が〈歩〉で誰が〈飛車〉なのか、見極める必要があるのだ」

「へー」

 それも、お抱えの軍人に習った受け売りなのだろうか。しかし、かなり説得力はある。だとしたら、彼女のお抱え軍人はかなり優秀な軍人だったのかもしれない。

「貴様は何と言うんだ?」

 次に彼女がそう声をかけたのは、残りの戦車の砲塔に暇そうに腰掛けていた女性軍人だった。

「あら、隊長さん直々に挨拶とはね。初めまして。私はロ号軽戦車三号車車長のイシイ・サユリ伍長よ」

 肩までの短い髪と、つり目がちの瞳。落ち着いた雰囲気からすると、恐らくアオイより少し年上だろう。

「ほう、女性とは珍しいな」

「その点はお互い様ね。あなたの方が若いだけあってもっと珍しいわ」

「そうかもな。もしや、貴様は女性だからこそここに回されたのか?」

 すると、突然サユリは戦車から、ツカサの目の前へと飛び降りてきた。

 そして、素早くサユリは屈んで、ツカサの顔を覗きこむように顔を寄せる。

「そんなんじゃないわよ」

 そう言って、彼女はすっと、ツカサの首を覆う様に手を伸ばしていた。

「―――上官の首を絞めたの。気に入らなかったから」

 確かにその手は、まるでツカサの首を絞めるかのようだった。

 それに少しうっとりした様子の狂気じみた彼女の表情を見て、アオイはサカキの時よりも強く背筋に冷たいものを感じた。

しかし、首を両の手で撫でられるツカサは、特に気にした様子もなかった。

「ほう。それでこっちへ回された訳か」

「そうね。下っ端で女だから、その反対の上官の男の粗が見えちゃうのよ。だから、あなたも首を絞められたくなかったら、まともな指揮を執ってよね。小さくて女だからって甘く見ないわ」

「うむ。覚悟しておこう」

 その言葉に、サユリは楽しそうに手を離して戦車の上へと戻って行った。

 すると、ツカサはもう一人、その戦車の後部ハッチを開けてもぞもぞと作業している人影を見つけた。

「貴様の名前は?」

 ツカサが声をかけると、その人影はハッチから顔を上げる。

 油にまみれたその顔はまだ幼さが残り、恐らくツカサより年上で、アオイよりも年下と言った所だろう。可愛い顔をしているが、髪が短いため、中性的な印象を与える。

「・・・・・・・・・」

 しかも、ツカサの声にその人物は無言だった。

「む? 貴様の名前を聞いているのだが?」

「・・・・・・・・・」

「無駄よ。カナコはほとんど喋らないから」

 そう助け船を出してくれたのは、意外にもサユリだった。

「カナコと言う事は女のか」

「ええ。三号車操縦手アルガ・カナコ二等兵よ」

「ふむ。喋れないのか?」

「いいえ、喋らないだけよ。たまには喋るわ」

 すると、ツカサはカナコに問いかける。

「なるほど。貴様もそう言う意味で半端ものなのだな?」

 その言葉に、カナコはこくりと頷いて返事をする。

「なるほど。これで全員か」

「そうですね。ロ号軽戦車三台の六人と、もう一人がカツヤですから」

「ふむ。私にはぴったりな部隊だ」

 どこがどうぴったりなのだろう。

 半端ものと言うか、ちょっと問題がある人間ばかりだ。

「それで隊長。準備が出来ましたので公国軍の野営地へと向かいたいと思うんですが」

「うむ。そうだったな、るびえ少尉」

「いえ、僕はルヴィエです」

「るび、び、び、び・・・・・・」

「ヴィですヴィ」

「び、び、びぃ、びぃ・・・・・・」

「あの、難しいようでしたら、アオイで良いですから」

「・・・・・・むぅ。よし、アオイ、前線に向けて指揮を執ってくれ」

「了解しました」

 アオイはやはり不安を抱えながら、指揮をとり始めていた。


「なんと言う事だ!」

 公国軍の濃い灰色の軍服を身につけた髭の男は、そう言って机をたたいていた。

「私の指揮下に皇国軍の部隊が来るだとっ?」

「公国軍の部隊は来て当然じゃないですか」

 秘書官である兵士がそう声をかけるも、髭の男は再び机をたたいて声を張り上げていた。

「コウコクはコウコクでも極東の島国の皇国だ!」

「ああ、そう言えば、皇国から支援のための戦力が来ると言う話しでしたね。それがうちの部隊に来るなど、ありがたいことじゃないですか」

「楽観主義も良いとこだなバルト曹長。貴様も聞いているだろう、皇国軍の戦車は我々より五年は遅れているんだぞ」

「確かにそうですが、皇国は我々の技術を習得し、日に日に技術力を上げてますよ?」

「そうかもしれん。しかし、皇国は今、大陸で帝国の相手をしているのだぞ。たかが恩を売るためだけに央州に回す戦力がエリート部隊なものか。どうせはみ出し者かならず者の部隊に決まっている。そんな部隊を私の部隊の指揮下に入れられるんだぞ! 上層部が厄介者を押し付けてきてるだけなんだ!」

「それは幾らなんでも悲観的過ぎると思いますが・・・・・・」

「悲観的なものか! 渡された資料によると、奴らが乗っているのは旧式の豆タンクだぞ!」

「はあ、それはそれは・・・・・・」

 しかし、そこでテントの入り口で声を上げる者の姿があった。

「―――失礼します。ジークムント・ディートリッヒ少尉です」

「どうぞ」

 秘書官であるバルトが声をかけると、ディートリッヒと名乗った青年士官が、執務室代わりになっているテントの中へと入ってきた。彼はまだどこか幼さの残る新米の様だった。

「本国より来た補給部隊から、工兵隊用の火炎放射兵装を受領いたしました。受領証にサインをお願いします」

 律儀にそんな事を報告するディートリッヒの姿を見て、思いついたかのように髭の男―――大隊長はほくそ笑んでいた。

「そうだ。ディートリッヒ少尉、君に新しい任務がある」

「は? 自分にですか? な、なんでありましょう?」

「貴様には、本日やってくる皇国の派遣隊―――、ああ、コウコクと言っても極東の方の皇国だぞ。君にはその部隊の指揮官のお目付け役やってもらう」

「はあ。あの、ですが、自分はまだ研修期間でして・・・・・・」

「では、研修は本日で終了だ。本日より君には戦車を一台任せる。それで派遣部隊のお目付け役として部隊を監視したまえ」

「はあ。しかし、戦車長の経験もない自分に派遣隊のお目付け役が務まるのでしょうか・・・・・・」

「ふむ、そうか・・・・・・。では、ここにいるバルト曹長を君の補佐として装填手にしよう。彼は戦車長を経験してるし、私との連絡役もこなせる。彼がいれば大丈夫だろう」

「ええー、私ですかー」

 それには、バルトがあからさまに嫌そうな顔をする。

「つべこべ言うなバルト曹長。貴様はこの前の戦いで戦果を上げ、大公殿下にえらく気に入られているから温情で秘書官を命じているだけなのだぞ」

「それは分かっていますよ。士官学校を出てない私が、大隊長の戦術補佐を任されてるんですから。―――しかし、私まで厄介払いするつもりですか」

「大丈夫だ。貴様の犠牲は無駄にはしないよ」

 その大隊長の言葉に、バルトは肩をすくめていた。

「分かりました。ディートリッヒ少尉と皇国の派遣隊の面倒は見ましょう。その代わり、車両と乗員は好きなのを選ばせてもらいますよ」

「部隊が混乱しない程度には好きにしたまえ」

 大隊長がそう言うと、バルトは唖然として見守っていたディートリッヒに声をかける。

「では、行きましょうか。車長」

「あ、はい。よろしくお願いしますバルト曹長」

 自分の方が上官だと言うのに、慌ててディートリッヒはバルトの後を追っていた。


皇国派遣隊は隊列を組み港町を出る。

アオイが指揮をとり、目的の公国軍の野営地へと向かった。

港自体がそれほど前線の野営地から離れていなかったため、日が暮れる頃には、戦車隊はテントや資材が立ち並ぶ公国軍の前線野営地へと到着していた。

入り口でロ号軽戦車が停止すると、物珍しそうに数人の公国兵が寄って来る。

「ほう、こいつは見ねえ戦車だな。あんたらどこの国の軍隊だい?」

 髪をオールバックにした兵士の問いに、先頭であった一号車の車長であるツカサが、ハッチから上半身を乗り出して応える。

「我々は皇国―――、といっても公国ではなく、東の島国の方の皇国からきた派遣隊だ。第三戦車大隊司令部はどこか?」

「第三戦車大隊の司令部なら奥の中央にあるテントだぜ。旗が立ってるからわかると思う。しかし皇国か。これまた遠い所からきたもんだな」

「うむ。聞いた話によると、大公殿下から直々に要請があったらしいのだ。それだけ、公国も切羽詰まってると言う事なのではないか?」

「ははあ、そう言われると図星かもなぁ・・・・・・」

「しかし、言っとくが、我々はまともな部隊ではない。戦力として宛てにはするなよ。やはり貴様達のような優秀な公国兵が頑張ってくれないとな。―――よし、アオイ。前進だ」

「了解です」

 ツカサが指示を出すと、ロ号軽戦車は拠点の奥へと進んでいった。

 その後ろ姿を見送りながら、オールバックの兵士は呟く。

「優秀な公国兵、ね。俺の柄じゃねえなぁ」

「優秀な公国兵って言えば、やっぱりバルトさんみたいな人の事ですかね?」

 そう応えたのは、その隣にいた別の兵士だった。それに、オールバックの兵は頷く。

「だな。そう言えば、バルトの奴に呼ばれてたんだっけか? ブラウナー、お前もだろ?」

「ええ。けど、まさか今度は本国に戻すだなんて言われないでしょうね。せっかく僕は戦いに戦場に来たのに、ちょっと戦果を上げただけで戦いから離れて新兵の教育を任されるだなんて・・・・・・」

「大丈夫だって。相変わらずネガティブな奴だな。こんどはきっと戦場だ」

「けど、そうだとしても配属は貧乏くじかもしれませんよ?」

「お前の希望通り戦えんだからいいだろ? まったく、どこまでもネガティブだな」

 そう言って、辟易した様にオールバックの兵士はロ号を追う様に歩き出していた。


 ロ号軽戦車はオールバックの兵士の言う通り、公国の旗が掲げられた大きなテントの前で停車していた。

 ツカサが降りて、アオイがそれに続くいてテントへと向かう。

「皇国軍の央州派遣隊隊長、ツカサ・ダイドウジ中尉相当官である」

「どうぞ」

 奥から声がしたので、ツカサとアオイは顔を見合わせてから、テントへと入った。

 そこでは、髭面の男が執務机の奥で難しい顔をしている。

「ようこそ、皇国の戦友たちよ。私はこの部隊を指揮しているブリンクマン大佐だ」

 その男に、ツカサとアオイは揃って敬礼をする。

「ツカサ・ダイドウジ中尉相当官です。こっちは補佐のアオイ・ルビエ少尉」

「ヴィですヴィ」

「るび、び、び・・・・・・、ああもう良いだろう、別にビでも!」

「はあ、まあ別に良いですけど」

 そんなやり取りをする子供にしか見えない指揮官と、まだ若い補佐官の様子に、大佐は眉を大いにひそめていた。

 ―――やはり、恩を売るだけに名目上送られて来たはみ出し者部隊か。

 ふんっと大佐は鼻を鳴らすと、やれやれと言った様子で二人に声をかける。

「君達には、我々の部隊の一画を担ってもらう。そのために、我々との連絡役と補佐を兼ねて優秀な戦車を一両つける。彼らの指示に従って作戦を行ってくれたまえ」

「了解した」

「では、ディートリッヒ君。後は頼むぞ」

 そう言って大佐が声をかけたのは、ツカサとアオイの後ろで待機していた青年だった。

「はっ。みなさんと共に行動を行う戦車の車長であるジークムント・ディートリッヒ少尉です。戦車隊の皆さんはどうぞこちらへ」

 そう言って歩き出すディートリッヒに、アオイは大人しく付いて行く。しかし、彼がふいに背後を振り返ると、ツカサは微動だにせず大佐に鋭い視線を向けていた。

「隊長?」

 アオイが声をかけると、彼女はすぐに何事もなかったかのように踵を返し、ディートリッヒの後をひょこひょこと付いて行っていた。


「ふんっ。あの司令官め、私の事を馬鹿にしていたぞ!」

 ロ号軽戦車に乗車後、歩くディートリッヒの後をノロノロと追っていると、突如アオイの背後の砲塔から、むっとしたそんな声が聞こえてきた。

「そんなことないですって。気にし過ぎじゃないですか?」

「そんな事はない。大した事を伝えず、さっさと部下にまる投げしたんだからな。侮辱もいい所だ」

「けど、それはお互い様かもしれませんよ? 公国軍は期待してたのに、来たのは僕らみたいな愚連隊だったんですから。それは侮辱してるのと同じなんじゃありませんか?」

「むぅ・・・・・・。た、確かにそれもあるかもしれんが」

 そうは言うものの、彼女はやはり不満そうに唇を尖らせたままだった。

「しかし、あのディートリッヒと言う男、優秀とは言われていたがまだ新米だろ」

「分かるんですか?」

「うむ。お前と同じ不慣れな動きなのだ」

「そ、それって暗に僕を馬鹿にしてます?」

「そうじゃない。動きや仕草にプロの軍人らしい自信がないのだ」

 言っている意味がよくわからなかったが、そんなやり取りをしている間に、戦車隊は離れた位置に泊められた一台の戦車の前に来る。

 それはロ号よりも二回り以上大きい、無骨な戦車だった。

 ロ号のハッチから降りながら、ツカサはしみじみ呟く。

「ほう、これが公国軍の重戦車か」

「いや、これは中戦車だ。公国軍の主力で、ヴォルフって言うんだ」

 シグの説明に、ツカサはあんぐりと口を開ける。

「央州の人間は体がでかいから戦車も大きくなるのだな・・・・・・」

「はははっ、その発想はなかったな。いや、こいつが従来の戦車よりでかいのは砲塔が三人乗りだからだろうな」

「三人も乗るのか? 皇国の最新式の中戦車でも、車長と装填手だけで充分だと言われているのだぞ?」

「だけど、その場合、車長は砲手を兼任するだろ? そうすると、射撃時は指揮や索敵がおろそかになる。だから、三人乗りにして、車長は指揮や索敵に集中するようにしてるのさ」

「なるほど。それで自然と車体自体が大型化した訳か」

「そう言う事だな。けど、エンジン出力が高いから最高時速は50キロ以上出る。しかも主砲は対戦車戦闘を重視した5センチ砲だ」

 ディートリッヒのその説明に、ツカサの隣へと降りてきたアオイは言葉を失っていた。

「す、スピードでさえロ号が負けてるのか・・・・・・」

 その言葉に、ツカサも表情を強張らせる。

「・・・・・・そ、そんなに弱いのかロ号って?」

「―――説明は終わりましたか?」

 しかし、不意にそこへ声をかけてきたのは、そんなヴォルフの砲塔横のハッチから上半身を乗り出したメガネの青年だった。

「あ、バルト曹長」

 その姿に、ディートリッヒは声を上げて、自分の方が上官だと言うのに敬礼をしていた。

「整備ですか?」

「いえ、乗員を連れて来ましてね。―――さあ、皆さん自己紹介を」

 そう言って、バルトが車内に呼びかけると、反対側の砲塔横ハッチから見覚えのあるオールバックの兵士が顔を出していた。

「うん? 確か貴様はさっきの」

 ツカサが声をかけると、オールバックの兵士も気がついた様に声を上げていた。

「おう、また会ったな皇国の戦車乗りさんよ。俺は砲手を担当するフィリップだ。よろしくな」

 そして、続いて車体のハッチから現れたのは、眉をへの字にした卑屈そうな兵士だった。

「なんだ、やっぱり皇国兵のおもりじゃないですか。また貧乏くじだ・・・・・・」

「そんな事言ってないで挨拶しようぜブラウナー」

「はいはい。操縦手のブラウナーです。よろしく」

 そう言って、ブラウナーと呼ばれた兵はさっさとハッチの中に戻って行ってしまっていた。

「乗員を揃えたんですか?」

 ディートリッヒが訊くと、バルトが肩をすくめてみせていた。

「元々、私の戦車に乗っていた部下ですがね。暇していたようなので引っ張ってきました」

「あ、ありがとうございます」

 階級が上だと言うのにどこかよそよそしいディートリッヒの様子に、アオイは隣のツカサに耳打ちする。

「隊長の言う通り、古参兵のいいなりって事はやっぱりディートリッヒさんは新米みたいですね」

「だから言ったろう?」

 少し得意げにするツカサに、やれやれとアオイは肩をすくめる。

「で、ディートリッヒ。我々の任務は何なのだ?」

「ああ。えっと、あんた達には、俺と一緒に大隊の別行動隊として動いてもらう」

「別行動隊?」

「そうだ。例えば、大隊が撃ち漏らした部隊の追撃とか、囮とか。要は遊撃隊だな」

 その言葉に、ツカサはあからさまに不満そうに眉をひそめていた。

 その様子を見て、ディートリッヒは苦笑して肩をすくめる。

「まあ、正直に言ったら悪いかもしれないが、要は足手まといになるから大隊と一緒に行動させたくないんだろうな」

 包み隠さず話したディートリッヒのその言葉に、ツカサは普通に驚く。

「ほう、そう言う事を素直に言ってしまうのだな貴様は」

「あんたらだってなんとなく分かってるだろ? だったら、ひた隠しにする方が気持ちが悪い」

「ふむ。ただの新米だと思っていたが、なかなか信頼できそうだなディートリッヒ」

「そりゃどうも。ああ、俺の事を呼ぶ時はシグで良いよ」

「よろしく頼むぞ。では、早速だがシグ。野営はここでして良いのか?」

「ああ、とりあえず戦車の横に立ててある大型のテントがあんたらの司令部だ。周りに好きにテントを立ててくれて良い」

「わかった」

 そう言うと、ツカサはすでに戦車から降りて来ていた派遣隊の一同に向き直る。

「本日より、我々は公国軍の大隊指揮下に遊撃隊として加わる。ただ、みんなも薄々分かっているとおり、期待はされていない。気を張らずに肩の力を抜いて行こう。―――まずはゆっくり休むように」

 その言葉に、一同は一斉に散らばって戦車から下ろしたテントを張り始める。

アオイもそれにならい、ロ号軽戦車の側面に積まれたテントを外していた。

そこへ、ひょこひょことツカサが来る。

「私のテントはあるか?」

「え? ロ号には一台に付き、一つしか積んでませんけど・・・・・・」

「そうなのか? むぅ。じゃあ、お前と一緒に寝なければならないのか?」

「え? いやいや、司令部のテントがあるじゃないですか」

「馬鹿を言うな。司令部のテントは寝る時のテントとは違うんだぞ。なら、仕方ないな。今日は一緒に寝るか」

「い、いやいや、それはさすがにまずいですよ」

「大丈夫だ。私はまだそんなに異性に興味がないのだ」

「・・・・・・・・・」

 ぼくはあります、と言えば、変な誤解をされかねない。

 まあ今日ぐらいなら間違いも起きないだろうと、アオイはテントを広げていた。

「じゃあ、テント立てるの手伝ってくださいね」

「うむ。―――で、どうやって立てれば良いのだ?」

 そういえば、この娘は何だかんだ偉そうなことを言っていても一般兵の教養すらないんだったと思い出すアオイであった。


 辺りが暗くなる頃には、派遣隊の一同はテントの周りで火を起こして夕食をとる事になった。

 といっても、皇国から持ってきた戦闘食料は船上生活で切れてしまっているので、食料はシグが公国の兵站部隊から持ってきてくれたパンと温かいシチューだ。

「うむ。美味しいじゃないか」

 そう言って、ツカサはシチューにつけたパンを口に放り込みながら感想を漏らしていた。

「ふむ。しかし、主食はやはりご飯の方が良いな」

 そう唯一不満を漏らして、ツカサはパンを眺める。

「そうですか? パンも美味しいですよ?」

「そうではない。こういうのは味ではないのだ。なんと言うか、その、うーむ・・・・・・」

 ツカサはそのままなにやら言いたげにしていたが、結局何を言いたいのかまとまらなかったのか、結局大人しくパンを食べていた。

 一同は食事を終えると、特に談笑をするでもなく、すぐに各自のテントに行ってしまった。当然と言えば当然だ。寄せ集めの部隊故に、個人個人にそれほどつながりがわる訳でもない。しかも、多くの兵達は他人とあまりコミュニケーションをとりたがらないらしい。アオイは公国に来るまでの船上生活で、それを思い知らされた。

「僕らもさっさと寝ますか」

「うむ。・・・・・・じ、じゃあ先にシャワー浴びて来ていいぞ?」

 しかし、そんなことを頬を赤らめて言う彼女に、アオイは顔をひきつらせた。

「・・・・・・なにを言っているんですか? って言うかどこで覚えたんですか?」

「その、小説とかで・・・・・・。い、いや、だって、間違いとかあったらいけないだろう? その今は汗とかかいてて汚いし・・・・・・」

「大丈夫ですから!」

 そう言うと、アオイはめんどくさそうにテントの出入り口にいたツカサをぐいぐいと中へ押し込む。

「もう、僕は早く寝たいんですからさっさと寝てくださいよ!」

「ば、馬鹿、待てって! わかった。じゃあ心の準備するから襲う時は襲うって言えよな!」

「なにを言ってるんですか! 僕はそんなことしません!」

 異性に興味ないとか言っていたくせに、むしろ興味津々ではないか。

 そう言う年頃なのだろうかと、アオイは眉をひそめながら、ツカサをテントの中へと押し込む。

「じゃ、僕寝ますから」

 そう言って、毛布にくるまると、隣でツカサも軍帽や軍刀を枕元に置いて、同じ様に毛布へとくるまっていた。

「ふむ。しかし、なんかテントで寝ると林間学校みたいだ」

「もう、いつの話ですか・・・・・・」

「なにを言っているのだ。ついこの間だ」

 その言葉に、やはり間違って手を出したとしても犯罪ではないかと、アオイは呆れて毛布の中に顔をうずめていた。


 船上生活とは違い、久しぶりに本格的な指揮を行ったアオイは、毛布にくるまっただけとは言えど、疲れていたのかぐっすりと眠っていた。

 しかしそれは、突如として夜の静寂を切り裂くほどの爆発音により、中断させられる。

「な、なんだ!」

 慌てて起き上がって辺りを見回すと、すでにテントの入口には軍刀を携えたツカサの姿があった。

「な、何があったんですか?」

「分からん。しかし、野営地の端っこの方で爆発が起きたらしい。炎が上がっている」

「敵の襲撃ですかね・・・・・・?」

「まだ何とも言えんな。様子を見てくる。アオイは総員を起こして戦車に乗せておけ」

「わ、分かりました」

 ツカサとアオイはすぐさま、テントを飛び出す。

 しかし、すでにアオイの目の前へと迫るロ号軽戦車の姿があった。

 それはアオイの目の前で停車すると、ハッチから強面の戦車長であるサカキが姿を現していた。

「おい坊主! なにがあった?」

「げ、現在、隊長が確認中です。けど、念のため総員戦車に搭乗しててください」

「もうやってる。しかし、空襲ならやばいんじゃないか? 戦車を隠すか?」

「いや、その可能性はないと思います。航空機の音もないし、後続も来ないから。恐らく事故か襲撃です」

「わかった。じゃあ、辺りに目を光らせておく」

 そんなやり取りをしていると、司令部の方から走ってくるツカサの姿を見つけた。

 一緒に走ってくるのは公国軍との連絡役のシグだ。

「はあはあ、・・・・・・やはり敵戦車隊の襲撃だった」

 息を切らしながら、走ってきたツカサはそう報告した。

「敵戦車隊?」

 それには息を切らしていないシグがツカサの代わりに応える。

「偵察部隊らしい。見張りが見つけたが、反撃を食らって逃げられたんだそうだ」

「被害はどうなんです?」

「見張りの歩哨が吹き飛ばされたが、それだけだ。しかし、敵に居場所を掴まれた事を大隊長は重く受け止めたらしくてな。すぐにでも125高地へ進出するらしい」

「125高地と言うと?」

「うちの大隊が帝国を待ちうけるのに選んだ場所さ。うちの大隊は明日にでも進出する予定だったんだけど、早めるらしい」

「敵に悟られたから、早く有利な位置に移動しておこうって事ですね」

「そうだろうな。そんで、俺達にも任務がきた」

 そう言って、シグは書類を取り出していた。

「大隊長直々で、逃げた偵察部隊の追撃任務が出てる」

「情報を漏らさない様にする訳ですね」

「そう言う事だな」

「わかりました。では、早速」

 そう言って、アオイはすぐにロ号の所に行こうと駆けだそうとしていたが、即座にその襟首が掴まれていた。

「ぐぅ、・・・・・・な、なんですか?」

「そう焦るなって。あんたらの軽戦車ロリの最高時速は?」

「エンジンは非力ですが、車体が軽いので40キロ程度は出ます」

「じゃあ追いつけないな。相手の中戦車であるT‐16も同じぐらいなんだ」

 その言葉に、やはりアオイは名前通り青くなった。

「こ、公国軍の戦車だけでなく、帝国の戦車にすら性能が負けてるんですか・・・・・・」

「そう言う事だな。だから、要はうちの大隊長が、俺達を置いていきたい口実を見つけただけただけなんだよ。だから、そう気張る必要はない。ゆっくり追おう」

 そう言ってシグはしゃがむと、書類と一緒に持っていた地図を地面に広げ、持っていた懐中電灯で照らしていた。

「帝国偵察隊が逃げたのは部隊から北の森に向けてだ。たぶん真っ直ぐ帝国の勢力地に逃げるつもりだろう。俺達はその後をゆっくり追う。そして、勢力地の手前で引き返す」

「ふむ。あくまでも任務をしたと言う事にするのか」

 ツカサがそう言うと、シグは肩をすくめていた。

「大隊長も期待なんかしてないさ。それは直接任務を言い渡された俺とバルト曹長が断言する。だから、気楽に追おう」

 その言葉に、眉をひそめたのはアオイだった。

「だからって、ふりをするなんて怠惰ではありませんか? 正義に反します」

それには、ツカサも同意した様に肩を落としていた。

「確かに。我々は公国の進んだ戦車運用を学びに来たつもりだったんだ。観光に来たわけじゃないんだぞ?」

「そりゃ申し訳ないけど、これが任務だしな。あんたらには我慢してもらうしかないよ」

「でも、シグさんの戦車だけなら追いつけるのではないですか?」

 唐突なアオイの閃きだったが、シグは困った様な顔で振り返っていた。

「まあ、確かに追いつけるけど。あんたらを置いていく訳にはいかないよ。それに敵は中戦車が四台だって言うし、一台のヴォルフで相手をするのは無理だ」

「はあ、追いつけても勝てないって事ですか・・・・・・」

 それでも納得いかない様にアオイは眉をひそめる。

しかし、一方でツカサは地図を興味深げに眺めていた。

「ふむ。しかし、反対にロリが追いつければいいのだな」

 そう言うと、彼女は地図にあった一本の青い筋を指差す。

「この川は森から北に続いているな」

「ああ。ローレル川だな。大きな河川で、確かにこの辺から森、そんでさらに北まで続いて流れてる」

「それで、この川に面しているこの森の中には街があるようだが?」

「ああ。テテスって街だな」

「森の中にあるって事は、主な産業は?」

「林業だ」

 シグのその言葉に、ツカサはにやりと笑っていた。

「よし。じゃあ、私達はロリを使って敵の後方から逃げ道を断つ。だから、シグは普通に追撃してくれ」

「ど、どう言う意味だ? もし、テテスで船を調達するつもりなら、それは無理だぞ? テテスには戦車が積めるような立派なものはない」

「大丈夫だ。私には宛てがある」

「宛て?」

「良いから急ぐのだ。アオイ、シグ、即座に出撃準備を!」

「「は、はっ!」」

 有無を言わさぬ凛としたツカサの指示に、二人の新米士官は慌てて敬礼を返してしまっていた。


「まずは物資だな」

 そう言ってツカサがアオイとシグを連れてやってきたのは、野営地の物資集積所だった。

 大量の木箱やドラム缶が積み上げられた集積所の奥のテントへと、三人は足を踏み入れる。

「第三戦車大隊の皇国軍央州派遣隊隊長のツカサ・ダイドウジ中尉相当官である」

 そう言って、ツカサはテントの中の執務机に腰掛けるまだ若い兵士に声をかけていた。

「これより大隊長の特命にて敵の偵察部隊を追撃する。物資をくれ」

 すると、書類から顔を上げた若い兵士は、あからさまに怪訝そうな表情をする。

「あんたら極東の人間だな?」

「そうだが?」

「じゃあ、あんたらにやる物資はない」

「なに? ちゃんと命令書もあるんだぞ!」

 そう言って、ツカサはシグに渡された命令書を突きつけるが、その兵士は見向きもせず、机上の書類に何やら書きものを続けていた。

「命令だろうがなんだろうが、あんたらにやる物資なんてない。俺達は自分達の補給でいっぱいいっぱいなんだ。乞食どもにやる様な物資はないね」

「我々を乞食扱いとはどういう事だ!」

 さすがのツカサも思わず机を叩いていたが、若い兵は面倒くさそうに視線だけ向けてくるだけだった。

「俺達公国に比べたら極東の島国なんて乞食も同然だろ? ろくな技術もない。ろくな人材もない。そんな黄色い猿どもに何が出来るんだ?」

「我が国を侮辱するか貴様あぁ!」

 ツカサは思わず腰の軍刀に手をかけていた。しかし、それを慌ててアオイが抑え込む。アオイとて自分の国を馬鹿にされて頭にこない訳ではないが、ここで抜刀するのはいろいろとまずい。

「ヒルシュ伍長、そこまでだ!」

 すると、さすがに見かねたシグが大きな声を上げていた。

「彼らは我々と行動を共にする友人だ。それ以上彼らを侮辱するなら俺にも考えがあるぞ」

「これはこれは申し訳ありません少尉殿。しかし、黄色い猿どもに物資をやる訳にはいきませんな」

「・・・・・・わ、わかった。なら、俺から申請する。それならいいだろう?」

「宜しいでしょう。では、こちらに必要な物資を」

 そう言って渡された紙に、シグはすらすらと必要物資を書いていく。そして、描き終わったものをヒルシュに渡すと、彼は簡単に目を通して、最後にサインをしてシグへと返していた。

「では、表の兵から勝手に受け取ってください」

「あんたは手伝ってくれないのか?」

「ははっ、誰が劣等種の黄色い猿など手伝いますか。我々公国の優良種にはもっとやる事があるのですよ」

 その言葉に、さすがのシグの顔をひきつらせる。

 ツカサは顔を真っ赤にして軍刀に手をかけていたが、必死にアオイが抑え込んでいた。


「ぐぬぅ! ムカつくぞあいつ!」

 物資を満載したカツヤのトラックの荷台で揺られながら、ツカサはついに軍刀を抜いていた。

「なにが黄色い猿か! あいつも猿みたいなもんじゃないか!」

「まあ、進化論ではそうですけど・・・・・・」

「馬鹿! そう言う意味じゃない! くぅ、ムキーっ!」

 そう言って軍刀を振り回すツカサは、ちょっと猿っぽいなとアオイが思っていると、さすがに見かねたシグが声をかけてくれた。

「俺から謝るよ・・・・・・。たまにいるんだ、うちの軍隊には。ああいう差別主義者みたいなのが」

「別にシグさんに謝ってもらわなくても良いですよ。気にしてませんから」

「私は気にして―――」

 そう言おうとしていたツカサの口を、咄嗟にアオイは塞ぐ。

「むぐぐっ!」

 そうこうしているうちに、トラックは派遣隊の野営地へと到着していた。

 すでにテントは片付けられており、三両のロ号軽戦車がエンジンをかけられたまま待機していた。

「総員整列!」

 トラックから降りたアオイがそう声を張り上げると、派遣隊の総員は綺麗に整列する。

 その前へとアオイ、ツカサ、シグの三人が立ち、隊長であるツカサが声を張り上げていた。

「これより、我々は帝国軍の偵察隊の追撃任務へと移る。央州へ来て初めての任務だ。知らない土地で知らない事も多い。くれぐれも事故のないよう気を引き締めて行くように」

 これから戦闘に行くのに事故の心配とは、悠長なものだなとアオイはちょっと呆れる。

 しかし、彼女は言葉を続けた。

「恐らく戦闘で死ぬ事はない。この任務で一番怖いのは事故なのだ」

 その言葉に、一同が耳を疑った。

「た、隊長! 何を考えてるんですか? 戦ったら、人は死ぬんですよ?」

 アオイが思わず声をかけるが、ツカサは当たり前の様に応えていた。

「普通の戦闘ならな。けど、たぶん今回の作戦なら被害は出ないだろう」

 そんな馬鹿なはずはない。ロ号軽戦車の正面装甲は20ミリ程度と近距離では重機関銃すら跳ね返せないのだ。下手な流れ弾でも死ぬと言うのに、なぜそこまで言い切れるのか。

 ―――やっぱり、幾ら歳の割に大人びているとはいえ、実戦を知らないとこんな幻想を抱くものか。

 アオイは内心ため息をついていた。なんとなく、他の兵たちにもそんな雰囲気があった。

「では、総員乗車しろ!」

 兵達は一斉に散ってロ号軽戦車へと散って行った。

 アオイも戦車に乗ろうとすると、突然声をかけられる。

「ま、気楽にいこーぜ」

 振り向いてみれば、そこにいたのはカツヤだった。

「お前は戦闘要員じゃないから気楽でいいよな」

「そうでもないぜ? トラックってのは装甲がないから一番流れ弾喰らいやすいしな。けど、今回の作戦は死なないんだろ」

「そんな訳ないよ。敵はこっちより強い戦車なんだぞ?」

「さあ、どうだろうな。戦争はどうなるかわかんねえもんだしな」

「何言ってるんだよ。お前だって士官学校で習っただろ? 戦争ってのはある程度計算式で求められるんだ」

「それは、お前がそう学んだからだろ。なら、学んでない奴なら、どう考える?」

 そう言ってカツヤはすでにロ号軽戦車のハッチに入り込むツカサの姿を見ていた。

 アオイもどう見ても少女と言うより子供にしか見えないツカサの姿を見たが、眉をひそめていた。

「考えるも何も、みんなが正しいと言えばそれが正しい事なんだよ。それ以外の事が正しいなんて事はない」

 その言葉に、カツヤはただ肩をすくめていた。


アオイが戦車に乗りこむと、すでに横にはヴォルフが停車していた。

ヴォルフのハッチからはシグが顔を出している。

「目的地はテテスで良いんだな」

 大音量のエンジン音が響き渡る中、声を張り上げてくるシグに、ツカサも大声で応じる。

「そうだ。速度は30ぐらいで頼む」

「わかった。じゃあ、先導する」

 シグがそう応じると、すぐにヴォルフは闇夜の中に走り始めていた。

 その後ろ姿を見つめつつ、ツカサは改めて深呼吸していた。

「・・・・・・これが私達の初陣なのだな!」

「まだいきなり戦闘になる訳じゃないですけどね」

「それでも、これから私達の戦いは始まるのだ!」

 そう言うと、ツカサは軍刀を抜いて、目の前へとかざす。

「皇国軍央州派遣隊、出撃だ!」

 その命令に合わせ、アオイはアクセルを踏み込む。

 小さな少女を乗せた小さな戦車は、勢い良く央州の戦場へ飛び込んでいったのだった。


ロ号軽戦車リ型のモデルは95式軽戦車ハ号です。イメージ的にはハ号を一周りほど強化した車両ってとこですかね。

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