プロローグ
第二次世界大戦ごろがモデルです。央州に派遣される皇国の寄せ集め部隊の戦記です。友人にはタイトル詐欺と言われたので、タイトルらしい内容は期待しないでください・・・。
一人の少年が曇りガラスのはめ込まれた玄関の扉をがらりと開ける。
すると、広い立派な玄関には、割烹着姿でホウキをかけていた恰幅の良い女性がいた。
その女性は、カーキ色の軍服を着た少年の姿を見るなり、目を丸くして驚く。
「まあ、おぼっちゃま? まさか、アオイおぼっちゃまでございますか?」
「久しぶりです、フミエさん」
少年がそう言って軍帽を取ってまだ幼さの残る顔を見せると、フミエと呼ばれた女性はぱあっと顔を輝かせた。
「まあ、まさかおぼっちゃまが帰って下さるとは! 奥さまぁ、奥さまぁ!」
そう言って、フミエは屋敷の奥へと声を張り上げるが、アオイと呼ばれた少年は慌ててそれを制す。
「わざわざ呼ばなくて良いよ。今日は父さんだけに用があってきたんだから」
「ですが、おぼっちゃまが家を出て行かれてから三年の間、奥さまはずっと心配してらっしゃったのですよ」
「母さんにはずっと手紙出してたし。そんな心配してないって」
そう言って、アオイは靴を脱いで玄関を上がっていった。
「それより、父さんは?」
脱いだ靴を揃えながらアオイが訊く。
「いつもの様に書斎に。おぼっちゃま、上着と帽子を預かります」
「いいよ。今日はすぐ帰るつもりだから」
その言葉に、フミエは不思議そうに首をかしげていた。
そして、フミエを残して、アオイは真っ直ぐに屋敷の奥へと進んでいく。
アオイは重厚な木製の書斎の扉の前まで来ると、その扉を軽くノックした。
「はいはい、どうぞ」
奥からそう声がして、アオイは扉を開けていた。
部屋の奥の執務机についていた男性は、机の上の書類から顔を上げてアオイを見ると、素直に驚いた様だった。
「アオイ、帰ってきたのか!」
「はい、父さん」
「しかし、・・・・・・その格好は?」
父さんと呼ばれた男性は、改めてアオイの来ているカーキ色の軍服を見て、目を丸くしていた。
「僕、陸軍に入ったんです」
「なんだってッ!」
アオイのその応えに、父親はやはり驚いた様だった。
「お、お前はうちの家業を継ぐ予定だっただろう!」
「はい。―――僕も小さい頃はそう思って、父さんの仕事を手伝ったり、習ったりしてきました」
「そうだ。お前にはうちの一族の全ての技術を叩き込んできた。そして、お前はそれをなんと十歳でマスターしてみせた天才だ! お前にはうちを継ぐ力が充分あるんだぞ!」
「でも、嫌なんです!」
「な、なにっ?」
父親ははっきりとしたアオイの言葉に、表情をひきつらせた。
「嫌、だと・・・・・・?」
「はい、嫌です。僕は僕なりの人生を歩みたいんです! 今日はそれを伝えに参りました」
「なっ! お前正気か!」
「正気です! 僕はまっとうに生きるんです! だから軍人になりました」
「まっとうって、お前はうちの家業をなんだと思っているんだ!」
「―――泥棒です!」
アオイのきっぱりとした言葉に、父親はぎくりと体を大きく引いていた。
アオイは憤った様子で、言葉を紡ぐ。
「僕は小さい頃からスリや鍵開け、変装や侵入なんかの技術を叩き込まれました。けど、そんなものどこが世の中の役に立つんです! 人のものを盗って喜ぶなど、僕には理解できません。だから、僕はまっとうに生きるんです!」
「う、うちは義賊だぞ! 悪事を働くわるーい金持ちからぶんどって、貧乏な民衆に配るんだ。充分まっとうな仕事だろう」
「けど、盗みは盗み! それに、民衆にも配っていたとしても、ちゃっかり一部は自分の懐に入れてるじゃないですか。そんな生き方はまっとうではないです!」
「し、しかしだな。うちはお祖父さんの代から続く由緒ある泥棒なんだぞ。お前はそれを絶やすつもりなのか?」
「表の商売である手品師だけであれば、継いだかもしれません。しかし、うちの本当の家業は泥棒。僕はそんな太陽の下に出れなくなる様な仕事をするつもりはありません!」
そう言うと、くるりとその場でアオイは踵を返して、背中を向けたまま告げていた。
「今日は、それだけ伝えに来ました」
「・・・・・・どうしても、家業は継がないつもりか」
「はい。僕は立派な軍人になるんです」
それだけ言うと、アオイは軍帽を被る。
「それでは、僕はこれから任務がありますので」
そう言って、アオイは執務室を出て行った。
残された父親は、執務机に頬杖をついてやれやれとため息をつく。
「三年も姿を消してたと思えば、軍人になって帰ってくるとは・・・・・・。相変わらず、お祖父さんに似てぶっ飛んだ思考してやがる」
そこへ、再び扉が開かれ、お盆にコーヒーのカップを載せたフミエが入って来ていた。しかし、アオイがいない事に気がついて、きょとんとする。
「あら、おぼっちゃまはどうされたのですか?」
「行っちまったよ・・・・・・」
そう言いながら、父親はフミエが机へと差し出してきたコーヒーを啜る。
「まあ、ゆっくりして行けばよろしかったのに」
「いいんだよ。玄関から塩でも巻いてやれ。わざわざ啖呵切りに来たんだ。その方が本人は士気が上がるだろうよ」
「まあ、とてもそんな。―――それより、少し聞こえてしまったのですけれど・・・・・・」
「ああ、泥棒を継がないって話か?」
その言葉に、フミエは心配そうにうなずいていた。
しかし父親は、むしろにやりと笑って鼻の下の髭を撫でる。
「そうだな。確かに我が大泥棒のルヴィエ家に後継ぎがいないのは困る。しかし、俺はちょっと楽しみなんだよ」
「楽しみ、でございますか?」
「ああ。泥棒の天才であるあいつが、泥棒以外でどこまで出来るかがね」
アオイが玄関で靴を履いていると、ふと、後ろに気配を感じた。
驚いて振り返ると、そこには整った顔だが、少しやつれた和服姿の女性が立っていた。
「か、母さん! もう音もなく背後に立たないでよ・・・・・・」
「ごめんなさいね。声をかけようと思ったんだけど、どうかけていいかわからなくて」
だからって無言で背後に立たれたら、むしろ怖いだろう。
「僕こそごめんね母さん。また、しばらくいなくなるけど」
「私は良いのよ。手紙さえくれたら。―――それより、アオイ。やはりあなたは泥棒にはならないのね?」
そう言った母親の言葉に、アオイはしっかりと頷いていた。
それに、母は心配そうに眉根を下げる。
「そう。けど、だからって真っ直ぐ生き過ぎないで頂戴」
「え?」
その言葉に、アオイは首をかしげてしまった。
「どう言う意味ですか?」
「いえ、あなたは家が泥棒だったから、極端に曲がった事が大っ嫌いになってしまったから。けど、あなたはこれからいろいろな目にあうでしょう。その時、きっとあなたが納得できないような方法をとらなきゃいけないかもしれない。けど、それを躊躇ってはダメよ。重要なのは過程じゃないわ。結果なのだと言う事を忘れないで」
自分がいくのは男の戦場だ。そんなに納得できない様な事が多々あるとは思えない。
母さんは心配性だなと、アオイは肩をすくめた。
「分かりました、母さん」
そう言って、アオイは玄関のドアをくぐる。
「アオイ、任務は大陸なの?」
最後にそれだけ訊いて来た母の言葉に、アオイははにかんで応えていた。
「軍規なのであまり話せませんが、僕は央州に行きます」
そう言って、アオイは扉を閉めて出て行った。