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三センチの通り道

作者: P.N.なの

初投稿になります。 最近は三センチの通り道の向こう側の家の方が活発のせいか、あまりネコちゃん達は通ってくれません。……かなり前に書いたものに加筆したもので、すみません。

 皆さんも、何度か「あの日に還りたいっ」と思ったこと、あると思います。その中でどれか一つ、あの日に還れるとしたら、いつに還りますか? 中学の時のバレンタインの前日ですか? 小学校の遠足の前の日ですか? 高校入試の前ですか? あたしは……、そう、一昨日に還りたいです。……その日まではあたしは人間だったんですから。


 あたしはネコ。先日、塀の上を歩くネコをおもしろ半分に追っていくうち、気を失って……、気がついたらネコになってました。ですから、今はネコなんです。







 その日まで、あたしは大学に通う普通の女の子でした。その大学は工業大学なので、女の子はとっても少ないです。どの学科も、五十人以上に対して女の子は四、五人。あとは男の子ばっかり。そのせいもあってみんなやさしいし、先生もちょっとだけひいきしてくれました。あたしの気のせいかも知れませんけど。


 部活動の勧誘も多くて、四月いっぱいはドキドキしながら、この部活にしようかしら、こっちにしようかしら、この先輩かっこいい、え、彼女持ち? ざーんねん。


 女の子が少ないせいか、気の合う子がいませんから、そんなことを一人でやってました。


 結局、部活はバレー部にしました。高校の時は、卓球部でしたが、大学ではバレー部にしてみました。バレーボールはやったことないですけど、ほら、会社の昼休み、屋上でかっこいい上司とバレーボールって、よくあるじゃないですか。少しでもバレーボールになれておかなくっちゃ。君、バレーボール、うまいんだね。な~~~んて。


 でも、そんな軽い考えで入っただけあって、全然気持ちは入りませんでした。それに、全校、全学科で女の子五十人しかいない大学のバレー部と言ったら男子部だけ。あたしのポジションはマネージャー。もちろんそんなことはわかって入部したけど、全然ボールに触れないんじゃ、つまんないわよね。


 ボール来ても、


「あ、いいよ、ぼくが拾う」


 って。やさしさのつもりなんでしょうけどね。あたしも、


「ありがとうっ」


 って笑顔で答えちゃうからよくないんだけどね。えへ。


 結局一ヶ月でやめちゃった。







 部活しないでブラブラしているのももったいないし、お友達も作りたいし、なにか創作したかったので、漫画研究部も覗いてみたんです。え、なぜって? それはね……。今まで、漫研って言うと、小汚い小太りの人がやらし~~漫画を書いているってイメージがあたしにはあったんです。でも、昨日、あ、あの人かっこいい、と思った人がなんと、漫研の先輩だったの! 


 もちろん、理由はそれだけなじゃわよ。漫画はけっこう好き。今の世の中漫画好きじゃない人っていないわよね。普通よね。漫研の男の子もけっこう普通。みんな面白いし、驚くほど綺麗な絵を書く人もいるんです。


「よし、夏に×××本出すぞー、ライター募集!!」


 って言って部室の掲示板に貼り出されても、んー、あたしもなにか書きたいけど、絵は……みんなうまいから恥ずかしいよぉ。


 最初の内、漫研も普通の部活ね、と思っていたんだけど、漫研のみんな、なんか部室の外だとうつむいて歩いているの、根暗そうに。なんか変。あ、でも、例のかっこいい先輩は違うんです。製図をいれる筒を肩にしょって背筋を延ばし颯爽と歩いているんです。声かけると無言で右手がぴしっとこっち向くの。表情も声も出さないけど、「やぁ」って聞こえてきそうな、そんな、手が向けられるのよ。


 ……でもそれだけ。


 結局一ヶ月でやめちゃった。







 部活しないでブラブラしているのももったいないなぁ、と思いながら自分のアパートのベッドで横になってたんです。真っ昼間からいい女が~、なんて思いながら。


 あたしのアパートは一階。ベッドのとなりの曇ガラスの向こうはまたアパートの壁。その間には一応敷地の堺を示すための金網があるんです。でも、金網のこっち側なんてとても歩けません。幅は三十センチぐらい。エアコンの室外機もありますし、草ボウボウ。だからあたしはこの曇ガラスの窓、引っ越しの日、一度開けただけなんです。だって、緑の金網の柵があるだけなんですもん。


 その緑の金網の柵がただの柵でないことに気が付いたのは授業のない時部屋でブラブラしているようになって三日後でした。いつも通り、授業のない昼真、ベッドで横になってテレビを見ていると、背後の窓の外でなにか動いた様に感じたんです。人は通らない、通る理由のない、狭いところを。


「やだ」


 ガラスを見ると見知らぬ人がガラスにべったりはりついていた!! ……ら、どうしよう。バットの位置、電話の位置を確認したあと、ゆっくり曇ガラスに振り向きました。


「ネコ?」


 その緑の金網の柵の上をネコが歩いているようなんです。曇ガラス越しでもそれくらいの識別は出来ます。ネコの姿が見えなくなってから、すごく久々にその窓をゆっくり開けてみました。顔を出して横を見ると幅三センチぐらいの柵はずーっと続いています。五十メートルぐらい? 


「さっきのネコちゃんは本当にこの上をずっと歩いていたのかしら。」


 それからその日、ずっと曇ガラスの向こうを意識していました。どうやらこの曇ガラスの向こうの柵は、ネコの通り道の様なんです。







 その日から、あたしはネコ部。部室はあたしのアパート。部員はあたしとネコ達。


 それまで気が付かなかったけど、この辺ってネコ、多いんですよね。首輪しているネコちゃんもちょっとはいるけど、ほとんどは捨てネコ、野良ネコみたい。


 曇ガラスの向こうのネコの通り道は、昼の方が通るみたい。ネコって夜行性よね? なんで昼の方が多いんでしょう。町で生きているから?


 曇ガラス越しにしか見えないので、ネコ達の顔はよくわかりません。ガラスにベタァって張り付いて見たけど、やっぱり顔は見えませんでした。開けて驚かせても悪いわよね。それでネコ達が通らなくなったら寂しいし。


 曇ガラス越しに記録を取ってみたら、クリーム色のボスネコ、シルバー、ホワイトタイガーみたいな色ね……が二匹。白が一匹。三毛猫みたいなのが二匹。茶トラが三匹いるみたい。黒はなん匹いるかわかんない。曇ガラス越しで黒じゃ、特徴がわかんないもん。


 でも、やっぱりガラス越しじゃなく歩いているところを見てみたい。一度だけ、一度だけでも。そう思って、一度ネコが通っている時に開けてみたの。バッとじゃなくて驚かせないようにスーッてね。でも、予想外の反応。気が付いてくれないの。顔を上下に動かしたり、百面相をしてもダメ。もしかして、無視されている、あたし?


「みゃん」


 あたしは、そう、声を出してみました。そうしたら、ネコちゃん、あわてたあわてた。あははは。足を滑らせて柵の下に落ちちゃった。一メートルぐらいの高さだから大丈夫よね。ゴメンね、驚かせちゃって。あ~あ、なんか「なんだあれ?」みたいな目でこっち見てるよ。ゴメンナサイってば。ネコって気配は感じないのかな、音でしかまわりを見ていないのかな? さっきのネコちゃんだけが鈍感なのかな?


 そういえば、右から左に行ったり、その逆だったり、この狭い柵の上を行き来しているんだけど、同時に左右から来たらどうするのかしら。こっちが優先とか、渡っているのが見えたら待つとか、あるいはやっぱりネコの位の高い方が優先、とかあるのでしょうか。







 今日のネコ部の議題は、ご飯。ネコちゃん達、ご飯どうしているのかしら。実はすっかり忘れていたこの疑問。でも、これはあたしのご飯を買いに行った時わかったんです。とある民家の小さな庭先にネコが四、五匹たまってました。そのネコ達はみんなキチンとおすわりして、毛づくろいして、まるでお食事に呼ばれた紳士淑女みたい。くす。


 あ、扉が開いた。ちょっと小太りのやさしそうなおばちゃん。ご飯が出てきても、ネコちゃん達キチンとしている。床にお皿が置かれた。そしてひと呼吸おいて召し上がり始めました。んー、お行儀いいわぁ。やっぱりネコちゃん達もご飯貰うために行儀よくするのかしら。でも、もしかしたら、


「ニャーン(ああ、早くご飯ださねーかなぁ)」


「ニャーン(やっと出したぜ)」


「ニャーン(んー、俺はもう少しうす味の方がいいんだよなぁ)」


 な~んて思っていたりしてっ。態度はネコかぶりっ。


「あっ」


 あたしは、いつの間にか塀の上に堂々と顔を出してそれを見ていたの。おばさんがこっち見たのであたしは慌てて。……隠れる必要はなかったかな、と思いつつも、猫背でこそこそとその場所を離れました。


 でも、野良ネコにご飯あげるのって……どうなのかしら。野良ネコが増えるからあげるな、っていう人もいたと思うし、でも、あげないとゴミが漁られて汚くなるっていう人もいるし、あげるからネコが増えるんだ、という人もいるし、どうするのが一番なんだろう。野良ネコ全部飼う? 無理よね。それに、野良ネコの生活を楽しんでいるネコちゃんもいるかも知れないし。


 ネコに聞いてみるしかないわね、これは。よし、次の議題にあげておこう。







 ネコに聞きたい、と思ったからなのかな。というわけで、あたし、今はその辺にいる、どこにでもいるネコなんです。ネコ部はじめてから、二週間経ってないのに、こういう展開。なんでなのかしら?


 別に、「ネコになりたい」って思ったことはなかったのに、どうしてこんなことに。とにかくハッキリしているのは、あたしはネコになってしまったことです。


 なってしまったものはしかたないです。ネコはネコなりにやっていくしかないです。


 あたしのことを人間はどう見ているかしら、まず考えちゃったのがこれです。かわい~~とか、ぶさいく~~とか。もしかしたら人間っぽい、とか気付いてくれるかしら。……無理よね。


 あたしの特徴を簡単にいうと、そうね、アメリカンショートヘアーの毛の長い感じね。いいでしょ。あたしの毛はちょっと長いのでお手入れがたいへん。届くところは直接ヤスリのような舌でごしごし。届かないところは右手……右の前足を舌でクシのような形にして、その足でふにふにと。そうそう、あたしの肉球、右前足の一番左だけ、白いの。いいでしょ。


 もちろん、新米の野良ネコなので首輪はありません。首輪、あったらうっとうしいと思うわぁ。ただでさえここ、この首輪のはめるところ、毛が多くて痒くなるの。しかも前足では、と……とどかないのよね。だから後ろ足でちょちょいって。最初は抵抗あったこの格好。でも、これ、ネコらしいよね。あ、耳の後ろもかゆい。首を傾げてそのまま、んーーーいいぃぃ。


 天気のいい日は、太陽がとっても気持ちいい。思わずネコワッサン。あ、ネコワッサンてのは、パンのクロワッサンみたいに、両手両足を平行にまっすぐ延ばした状態のネコちゃんのことね。あーぬくぬく。この毛皮のお蔭ねぇ。いいなぁ、お日様の匂い、んーーーいいぃぃ。







 考えてみたら、あたし、二日ほど、なにも食べてないわ。んーどうしよう。でも結構動けるの。不思議。もう二つ不思議、ネコなのにネコに会わないの。それに人間の言っている言葉がわからないの。看板は読めるんだけど、耳の仕組みの違いのせいなのかしら? もちろんあたしの言葉は「みゃーみゃー」。この手じゃ、鉛筆は持てないし。あ、ワープロなら打てそうだわ。ワープロ打つネコちゃん! どう?


 でも、そのワープロはどこなのよ、みゃー。


 それにしても、ネコの目って色がわかんないのね。これも最初こまっちゃった。ネコになっちゃった日、夜になったの気が付かなかったもん。もう一個発見。ネコって目だけ動かすってこと、出来ないのね。横目が出来ない。見ようと思うと顔がそっちに向いちゃうの。今のところ、気が付いたネコの秘密はそんなところ。







 とにかく、おなかすいた~。野良ネコって本当、なに食べてるの~。ネコちゃ~ん、どこにいるの~。ああ、あたしもネコか。みゃーん。……こうなったらゴミでもいいわぁ。ああああ。みゃーん。最近の街ってゴミのマナーもしっかりしているのね。どこにもないよー。ここがゴミ捨て場のはずなのに。ああ、これは? ……乾いたなにかの皮かしら。ひ~ん、いくらなんでもこれは無理よ。


 そうだ。あの野良ネコにご飯をあげていた家に行ってみよう。ご飯もくれるかも知れないし、他のネコにも会えるかも知れない。うん、そうしよう。


 キュルキュル言い出したおなかを抱えて、前に見たご飯くれるおばさんの家を目指しました。ネコなので視線は地面から二十センチあるかないか、足が短いから……体が小さいから、ね、一歩、十センチよ。えっと、何々、個々の物件は駅まで十分? 嘘付き! ああ、無機物の看板と会話しているわ、あたし。


 あ、あそこ、あそこよ、あの家よ。ネコちゃんにご飯あげていた家よ。屋根が見えてからが遠く感じるわ。腹も減ったし目はいいし。ああ、思考回路がみゃ~ん状態よぉ。


 ああ、ネコちゃんたちがいる!! ネコになってたぶん五日は経って、初めて他のネコちゃんを見ました。みゃ~ん。あたしは嬉しくて思わず走っていってしまいました。ネコネコネコネコネコネコ~。


 そのネコらしくなく足音をたてて接近してくるあたしを見て、ネコちゃんたちはサァァッといなくなってしまいました。ひ~ん。なんで~。どして~。


「あらあら、あんたはどこの子だい」


 ああ、おばちゃ~ん。どういうことなの~スリスリ。おばちゃんの足元にすりよる。あああ、なにしてんだろあたし。


「ほらほら、あんた、はやく飼い主のところに、お戻りよ」


 そういいながら、ソーセージ一本だけ、くれました。


 え? 飼い主のところ? そんなものいないよ。……そうか。あたしの行動は飼いネコなのね。それで野良ネコちゃん達はあたしを避けているの? だからネコちゃんに出会わないの? ねぇおばちゃん、飼いネコと野良ネコの違いてってなに? どうしておばちゃんは野良ネコにご飯あげているの? なんであたしは飼いネコみたいなの?


 おばちゃんにはみゃーみゃー聞こえただけ。自分の耳にもそう聞こえたもん。あ、そういえば、さっきのネコちゃん達、サァァッと去っていく時、「ニャッ」って言ってた。「ニャッ」としかわからなかった。ひ~ん。なんで~。どして~。ネコなのにネコの言葉がわからないの~?







 結局おばちゃんのところで貰ったソーセージ一本、それがあたしの手に入れられた唯一のご飯でした。野良ネコらしくしないと、ネコちゃんどころかおばちゃんにも相手にされない。どうしたらいいの……。


 そうよ! 三センチの通り道よ! きっとネコちゃんに会える。


 あたしは、空っぽの胃の中にソーセージを転がしながら、あたしが住んでいたところを目指して歩きました。途中、やっぱり野良ネコには会いませんでした。たぶん、野良ネコはこんなアスファルトの上を歩かないのね。でも、裏道、草道はあたしまだわからない。


 ……そうなのね、そういうことを覚えてやっと野良ネコになるのね。単にブラブラしているだけじゃ無いってことだわ。野良ネコも野良ネコなりに……いえ、野良ネコの方がたいへんかも知れない。ブラブラ出来るのは捨てられていない飼いネコの方、……あたしの人間だった頃と同じ。生活に心配がないからブラブラ出来てた。でも、野良ネコの方が自由よね……。


 アスファルトは人が敷いた道、自由ってことは自分で歩くところも考えないといけないってことかしら……そう考えながら、足はどんどんアスファルトからはなれて行きました。垣根の尖った小枝がいたい。あ! あぶなかった、目に枝が入りそうだった。えっ! あぶなかった、前足の下はなにもない。突然側溝があったんです。たぶんここはネコちゃんも通ってないわね。危険過ぎ。


 人間だった時、ネコを見た場所を思い出してみました。あたしが、ネコを見たのは、ご飯くれるおばちゃんの庭。ブロック塀の上。屋根の上。アスファルトの端。道を走って横切るところ。駐車している車のボンネットの上。……それくらいかしら。いつも一匹じゃなくて、ううん、一匹だけど常に近くにもう一匹は居て。この辺が飼いネコと違うところかな。一匹で生きているようで、違うの。あ、もう一つ、捨てネコと飼いネコの違い、あった。にらめっこ。







 三センチの通り道に行くために、変な道を通るのはやめました。ケガしそうな道、ネコだって通ってないよ、きっと。なので、今は、野良ネコがいそうなところを進んでいます。体を低くして、辺りを見る。そう、この態勢で見える入り口、これよ、これがネコの道。一度ネコの道にはいると、道が判るの。ほら、あっちも、そっちも。あたしも野良ネコになりつつあるね。フフフ。このネコの道をいけば、きっと会える。


 いました! ネコ! 首輪は……ない! 野良ネコだ。茶虎のネコ。向こうもこっちに気が付いた。


 今度は慌てない。ご飯くれるおばちゃんの家の時のようなことの無いように……。勝負よ。


 茶虎は歩いている途中。左前足を上げて止まってこっちを見ている。あたしも歩いている途中、一つ白い肉球を持つ前右足を上げたまま。二人とも、いえ、二匹とも動かない。あたしも奴も草のネコの道からアスファルトの道にかかろうと言うところ。車が来ても大丈夫。もう二匹だけの勝負。


 ジーーーーーーーーーーーッっと。


  ジーーーーーーーーーーーッっと。


   ジーーーーーーーーーーーッっと。


    ジーーーーーーーーーーーッっと。


 目線は見合ったまま。どれくらい闘ったでしょう。一ネコ時間ぐらいかな(5分ぐらい?)。小さな一方通行の路地に、四、五台の車が通りすぎました。


 ああ、つかれたぁ。新米のネコのあたしはもう限界を感じてきました。でも、奴はまったく動かずこっちを見ています。え~ん。もうダメェ。そう思った時、奴は、左足をおろし、腰をおろし、尻尾をクルッと前に回し、いわゆる「おすわり」状態になったんです。


 え? そういう態勢もいいの?


 そう思った途端、奴はクルッと向きを変え、小走りに去っていきました。そう、あたしは勝ったのです、にらめっこに。


 このにらめっこの勝利は野良ネコとして認められる、第一歩になりました。あたし、人間だった時、ネコちゃんとのにらめっこに勝ったこと無かったけど、ううん、絶対勝てないよね。その前に普通の人、ネコちゃんとにらめっこ、しないかな?







 その日からあたしは例のおばちゃんのところでご飯を貰えるようになりました。他のネコともそれなりに解け合うようになりました。ご飯をくれる他の家も教えてもらいました。ちょっと貰って次の家、そんな行動が中心の生活になりました。でも、相変わらず他のネコちゃんの言葉は「にゃー」としか聞こえません。でも、これでいいみたいです。これが普通みたいです。だからいつもは一人です。会話はありません。会話の楽しみはありません。でも、自由です。でも、危険は自分で察しないとダメです。


 そうそう、あの三センチの通り道。あの道にはまだ辿り着けていません。だって、そこに行く道には強いネコがいつもいるんですもん。そう、あたしが曇ガラス越しに見た、クリーム色のでっかいネコ。あたしがボスネコ、と思っていたネコ。三回チャレンジして全敗しています。もちろん、ボスがいない時にいけばいいんですけど、それじゃ、なんかコソコソしているみたいよね。


 その時からあたしの目標はあの道を渡ることでした。渡った時、本当の野良ネコになれる、そう感じたからです。







 あれからどれくらい、たったのでしょう。今だあたしがネコになってしまったわけは判りません。野良ネコとして自由に、規律正しく、生きています。


 そうそう、一度人に拾われました。でも、すぐ逃げてきちゃいました。なぜって? まず、あの首輪。最低~。所有者をハッキリさせるためと飼いネコってことを主張するものでしょうけど、もーとにかくうっとうしいんです。そしてそれに鈴。首輪うっとうしくて、後ろ足で掻きつつ、二十回転ぐらいはさせちゃった。その鈴も問題ね。野良ネコ達が逃げちゃうの。それどころか、ネコの通り道を通ると怒って怒って。ほんとに恐かったぁ。この首輪のお蔭で、独りぼっちになっちゃうんです。飼いネコの方が寂しいんですね。


 その家を逃げ出してから首輪が取れるまでが一番たいへんでした。だって、ご飯くれる人もいなく仲間もいない、最悪の状態でした。その時、ボスに引っかかれた左ふとともの傷。しっかりあとになっちゃったよ。そう、首輪している時は、にらめっこにならないんです。いきなり飛びかかられて。しかも同時に何匹も一辺に。怖かった……。


 だから、あたしも今は野良ネコです。人が嫌いなんじゃない。でも、こう一歩下がって人を見ると、あたし達ネコの気持ちが判ってくれる人ってほとんどいないよね。カマボコ一個でなついたりしませんって。もちろん、貰うものは貰いますよ。貰っていきますって。でも、それで「貰ってお礼もないのか~」って怒るのはやめてね。人にゴロゴロして貰うより、草むらでゴロゴロ転がった方が気持ちいいもの。荒れたコンクリートのザラザラ感も最近はお気に入りっ。


 カラスや野良イヌも恐いけど、あたし達だけの道に逃げ込めば大丈夫。なでようとしているのか、捕まえようとしているのか、いたずらしようとしているのか、判らず迫ってくる人の方が恐いです。そうでしょ? 自分より何倍十何倍も大きいものが迫ってくるんですから。







 いよいよその日は来ました。あたしが人間だった頃住んでいたアパートの曇ガラスの向こうのネコの通り道。ボスを倒して渡ってみせると宣言してから、夜が何回来たかな。ボスにはにらめっこで七回負けてる。春に一度迫られている。首輪している時、三回引っかかれてる。でも、もうあたしもりっぱな野良ネコよ。もう負けない。


 ボスがその通り道の前にある垣根を背にして仁王立ち……もちろん、4本足で座っているけど、そんなイメージ。


「ぶにゃ~」


 ボスの一言で、試合開始。


 ほんとにこのボスはでかいの。あ、ボスって言ってもこれが強いだけで、ホントの野良ネコのボスってわけじゃ無いのよ。あたしが勝手にそう呼んでいるだけなの。


 観客はチャチャとかロングとかアオとか。チャチャは茶色のネコ。ロングは尻尾が長いの、色は白。結構綺麗なネコ、でも雌なの、残念。アオは鳴き声、「あ~お、あ~お」いうんだもん。アオはぜったい三センチの通り道を通っているわ。曇ガラス越しにこの声、聞いたことあるもん。


 こうやって違うことを考えながら勝負は続くの。前もこう違うことを考えて闘ったのよね。でも、太陽が昇ってきちゃって、あたしはダウン。みゃんすかぴー。でも、今度こそ。あたしがネコであるためにも、がんばる。そういえば、こんなに頑張ろうとすること、生まれて初めてかも。こんな単純なにらめっこなのにね。


 それにしても、ボスは動かないんです。ボスは本当に大きいです。あたしが人の時、一目目で「ボス」って思ったぐらい。それに動きもすごくゆっくり。自転車が向かって走ってきても、全然驚かないのみたし。こっちがおどろいちゃった。もしかしていつも眠っていたりして。今も勝負中だけど、本当に起きているの? 生きているの? って思っちゃうぐらい。ああ、もうあたし前足が痺れてきちゃった。


 ああ、尻尾もケイレンしそう。こういう時は違うことを考えるのよ。


 そうそう、尻尾動かすのって面白いのほら、人間にはないからはじめのうちは思った通り動かなくてぇ。おしりを動かそうとするんじゃなくて背中の延長って感じかしら。うーんうまく説明出来ない。耳動かすよりは簡単よ。


 そんなことを考えて既に、どれくらいたったでしょうか。


「ぶにゃ~」


 ボスが一言上げて、あくびしながら、こっちに向かってきます。どうしよう。にらめっこには勝った! でも、でも、でも、でも、でも……。ボスはゆっくり近づいてきます。そして、とうとうあたしの目の前、いえ、一猫横をゆっくり通り過ぎていきました。なんとなく『おみごと』って聞こえたような気もしました。とにかく、とにかく、とにかく、とにかく、とにかく、勝ちました。勝ったんです。みや~ん!


 この闘いを見ていた他の猫達も軽く「に゛ゃっ」って言って去っていきます。応援ありがとう~。


 足もしびれた。おなかも空いた。でも、いよいよ、本当の野良ネコ、プロフェッショナルな野良ネコ、通の野良ネコになれる、……あ、勝手にあたしが思っているだけだど、その試練の通り道を行くのよ。


 垣根を抜け、柵に続くブロック塀にかけ昇る。爪の出し入れのタイミングがポイント。これはもう慣れっこ。そしてブロックの上をちょっと歩くと、そこが例の柵の始まり。やっぱり、三センチ幅しかない。しかも金属性。更に、朝露。滑りそう。


 一歩、二歩、三歩……。ひゃぁ、みんなよくこんなところを歩いているなぁ。でも、あたしもネコ! 立派な野良ネコになるためにがんばるもん。六歩、七歩……


「みゃー」


 え? ネコの声でない、その声に驚いて横を見ました。するとそこには、視界一杯の人間の顔がありました!


「み゛ゃ~!」


 あたしはびっくりして大きな声を出し、足を滑らせてしまいました。ネコでもここでは足元に集中しているし、それに普段は開かない横の窓ですもの、そこに何かがあるなんて、思いもしないよね。


 あたしは足を滑らしその柵から落ちるのを感じました。邪魔が入ったから失敗なのよ。次こそ絶対成功させてみせる……。


 ……でも、あたしのネコの記憶はそこまででした……。







 皆さんも、何度か「あの日に還りたいっ」と思ったこと、あると思います。その中でどれか一つ、あの日に還れるとしたら、いつに還りますか? 中学の時のバレンタインの前日ですか? 小学校の遠足の前の日ですか? 高校入試の前ですか? あたしは……そう、一昨日に還りたいです。……その日まではあたしはネコだったんですから。


 あれが夢だったとは今でも思えません。もしかしたら、人間の今が、ネコが見ている夢の中なのかもしれません。


 あたしは人間。あたしは普通の生活に戻ります。退屈な当たり前の飼いネコに似た生活に……戻れるのかな? 自信ないです。


 きっと、野良ネコに似た生活に変わっていくかな、ね。




☆おわりなの☆

 この作品は半分ノンフィクションなんです。


 最近三センチの通り道の向こう側の家の方が活発のせいか、あまりネコちゃん達は通ってくれません。


 そのかわり、コネコちゃんたちがいっぱい現れました。お母さんネコがちょっと恐い目でこっちを睨んでます。


☆1998/5/10☆



 表現の不備や誤字が多々あったので、すこしだけ校正しました。いろいろ気になるところもありますが、書き終えた初めての作品ですので、それはそのままでよいかな、ね。


☆2013/1/17☆


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