リップサービス
「今から、解いてやっからよ」
桔梗が雫を髪の毛でロープに放り投げて、反動で跳ね返ってきたところで腕を胸元に叩き付けたときに、躰が旋回して、肩からリングに落下。雫が咳き込んで悶えているところに、背後から髪の毛が再び巻きついて躰を持ち上げて、大きな弧を描いて後頭部をリングへと叩きつけられて、たちまち脳内に稲妻が広がってゆく。
仰向けになった雫の元に桔梗が歩んで来て躰を重ね、女の耳に薄紅を引いた唇を寄せるなりに、艶めかしく囁いていった。
「リップサービス。しちゃおーかしら」
直後に、両腕と両脚を黒髪で封じ込めて、首を百八十度回転させたその後頭部には、第二の唇を備えていた。赤く巨大な唇を開いた口内は、濡れた血の色を思い起こさるものに、厚くて長い赤黒い舌が見えた。清潔感ある桔梗の美貌とは対称的に、第二の唇は涎を滴らせながら飢えていたのだ。赤々と大きな唇がねねこ河童の顔を丸呑みせんとして迫りくる。流石に雫はこれに目を剥いていく。
「おお! ちちちちょっと待たんかいっ!」
馬乗りにされた体勢から両脚を曲げて、やっとの思いで何とか二口女の腹に膝を立てられたものの、桔梗はお構い無しに第二の唇を近付けてきた。
「タンマ、タンマ、タンマじゃっ、糞っ垂れぃ!」
そして両腕も、必死の思いで胸元に押し込み、四肢を使って押しやる。しかし、なかなかどうして、ここまでやっても動かしにくかった。
「ふんっ! こなくそ!」
もうひとつの唇から顔を逸らして、鼻息を荒げながら押しやる。頑張った甲斐があったらしく、桔梗の躰を浮かせる事が出来たものの、縛られた腕が動かせる程度であった。これを利用した雫が、大振りの拳で桔梗の頭を殴り付ける。直後、緩んだ黒髪から脱出して、ロープに捕まり少しでも躰を休めていく。雫がリング中央に戻った時には、桔梗も構えていた。しかも、第二の唇を向けたままで。
今度は二口女から来た。髪の毛を鞭の様に打ち付けてくるが、跳躍して避けてゆき、間合いを詰めていく。桔梗も後方へと飛び除けるが、雫が更に飛び込んできて、両足で顔面を蹴りつけてきた。