後日談1、侵略を賭けたラブ・ゲームの一幕
——とある夜。
「エメさん、今夜こそ覚悟してよね!」
ビシッと名指しをしながら、グリーンは鼻息荒くエメを見据える。
「覚悟?さて何のことでしょう」
エメはあくまで涼しげな笑みを作り、おっとりと首を傾げる。
「決まってるでしょ!」
グリーンがエメに向かって勢いよく走り出す。
拳を振り上げながら、
「私のモノになる覚悟、だよ!」
グリーンのパンチをかわしながら、エメは「はぁ」とため息をついた。
そのまま休む暇も無く、彼女の繰り出す攻撃を避け続けながら、やはりため息が留まることを知らない。本当に。心の底から。
——どうしてこうなってしまったのだろう、と。
***
一方で上司とグリーンの肉弾戦を遠目に見ながらアメは頬を引きつらせていた。
「うわぁ……。エメ様やりづらそぉ……」
思わず心情そのままに声が出てしまった。
『肉弾戦』と言いながら、上司は防戦一方の状態だ。
それはそうだ。ゴットネス⭐︎グリーンの正体は、実は野々原みどりという女性であり、その女性はといえば、現在戦闘中である彼——翠玉・ベリル・エメラルドの番であるはずなのだ。
故にエメからグリーンを傷つけるような攻撃など出来るはずもなく……。彼は今日も今日とて彼女からのさまざまな攻撃をかわす日々を送っていた。
そんな彼の、番思う心、番知らず……と言うべきか。
一方のグリーンなどはそんな事情なぞ知ったこっちゃなく、エメに向かっていっそ初期の頃よりも好戦的な態度でどんどん攻撃を仕掛けてくるのだ。
「おいたわしや、エメ様……」
人族の番ってほんと容赦無い……つくづくアメはそう思う。
かといって部下であるアメが手を出すのも憚られる。
下手に上司の加勢をして、まかり間違ってグリーンに傷でもつけたらと思うと……その後が恐怖でしかない。
やはり当人に何とか凌いでもらうのが1番であるな、と思い直し、アメは街灯の上で上司に向かって合掌をした。
そんなところで。
——『愛の鎖!』
「おっと……?」
アメの片手にピンク色の鎖がぐるぐるっと巻き付く。
そのまま引き摺り下ろされる形で地上へ落とされたが、何とか体勢を整えて着地に成功した。
「交戦中によそ見とはずいぶんと余裕ですわね」
「あぁ……いや。まぁね?」
ごめんごめんと言いながら、アメは自身の片手に巻かれたピンクの鎖をもう片方の手でガキンと力任せに引きちぎった。
じゃらじゃらと地面に落ちていく鎖を見ながらピンクが片頬を引きつらせている。
その様子にアメは苦笑して、「ピンクちゃんたちこそさ……」とピンクの後方を指差す。
「リーダーのレッドがあっちで……後方腕組み彼氏面してるのは何でなの?」
ピンクが「ああ……」と自身の後方を振り返る。
「レッドは今夜は見学ですわ。お気になさらず」
その言葉に今度はアメが片頬を引きつらせた。
「えー僕たち、めちゃめちゃ侮られてない?これもしかしなくても実地訓練扱い??」
アメとしては「これは訓練じゃなくて本番なんですけどぉ」と抗議したい気持ちでいっぱいなのだが。
悲しいかな、グリーンに一切の攻撃が出来ない上司のあの状態では、正義の味方達にとって格好の実地訓練扱いされるのも致し方ないところではある……かもしれない。
ちょっと悔し紛れにアメは口を尖らせ、「ピンクちゃんはさー、あれいいの?」と話題を変えた。後方の戦闘中の2人をあごでしゃくりながら。
「君のだーい好きなグリーンは、我らがエメ様に随分とご執心なようだけど?」
それを聞いてピンクは「はんっ」と鼻で笑う。
「確かに執着しているようですけど。アレは恋着ではありませんもの」
「……」
「彼女は幼いんですのよ、ほんとーに。小学生男児なんですから」
経験者は語る……と言ったような、いやに実感のこもった、それでいて苦労が伺えるようなピンクの口ぶりである。
アメは「はーい」と質問の為に挙手をした。
「小学生はともかく何で男児?」
どうして性別まで超えるんだ、とアメとしてはツッコミを入れておきたいところだ。
「『かっちょいいドラゴン』と『おっきいカブトムシ』が大好きなんですのよ。小学生男児たるものは」
「う、うーん。確かに僕たち本性は【かっちょいいドラゴン】なんだけどさぁ……」
「あとつい最近、ドラゴンを飼い始めた知り合いがいましたから。グリーンも『ドラゴンなら家で飼っていいんだ!』って学習したようですわね」
「ええー」と、アメはチラリと絶賛戦闘中の2人を盗み見る。
具体的にはさっきから身体を動かすたびに、ガシャガシャと激しく音を立てながら揺れている、グリーンの腰元の透明な箱に。
アメとしてはその局所にもう視線が釘付けなのだ。さっきから。
——どうしてこうなってしまったのだろう、と。
がっくり肩を落としつつ、アメはやっぱり上司の方角に祈りを捧げておくことにした。合掌。
***
「つくづく私には女性を見る目が無いのだと、嫌になりますよ」
グリーンのパンチをかわしながら、エメは嘆くようにそんな事を訴える。
「見る目?」
「ええ。客と店員の関係でしか無かったですからね。勿論、そういった仲で彼女の全てを分かっているつもりはありませんでしたけど」
はぁとエメはため息を漏らす。
ため息を漏らしながら、パシンとグリーンの拳を片手で受け止めた。
「本能では嗅ぎ分けていたはずなのに。花がそっと綻ぶように笑う……そんな控えめで可憐な女性だと思っていた時代がありましたよ私にも」
「はぁ……」
「あなたにこんな二面性があっただなんて。すっかり騙されました」
グリーンは「んん?」と首を傾げながら、もう一方の手でパンチを繰り出す。
その拳は宙を大きく空振りしつつ、
「なんでそこで急にわたしの話になるの?」
「……なんででしょうね」
どうやら教えてくれる気が無さそうだ。
やはり首をひねりつつも、グリーンは拳を振りかざし、エメがその軌道を読んで避けようとしたところで。彼女は軽く右手を上げる。
グリーンの頭上の葉っぱマークが黒く点滅するのと同時だった。
エメが重心を置こうとした右足あたりの土がぼこっと音を立てて隆起したのだ。
「……っ!」
「スーパーグリーンタックル!」
バランスを崩したエメの身体に、グリーンはすかさず飛び込むようにして彼の身体をそのまま地面に押し倒すことに成功した。
エメの身体の上にのしかかり、グリーンは「サクヤ!」と自身が使役している触手の名を叫んだ。
名を呼ばれどこからか姿を現した触手は、その腕を伸ばしてエメの両手を雁字搦めに拘束した。
エメの身体に体を預けるようにしなだれかかり、「んふふ。捕獲成功!」と彼女はご満悦の様子だ。まるで悪戯が成功した子供のように。
「ね。そろそろわたしのモノになろ?」
「……」
エメは「はあぁぁぁぁぁ〜」と超特大級のため息を漏らした。
チラリと視線を彼女の腰元に移せば。
そこにはショルダータイプの虫かごがぶら下がっていたのだった。カブトムシとかの飼育ができそうないい感じの虫かごだ。……虫にとっては。
「求められているのに、全然嬉しくならない……」
そうして若干やさぐれた様子でエメはそっぽを向く。
グリーンは「えっ」と若干焦り、自身の虫かごのフタをパカパカさせた。
「ちゃ、ちゃんとお世話するよ?だから心配しないで、おいで?」
「誰も飼育環境の心配などしておりません。……それ以前の問題です」
「それ以前の問題……?」とグリーンはエメの体の上で小首を傾げる。
「あ、そっか。エメさんて好きな人いたんだもんね?」
「……」
「だからわたしのモノになれないのかー。うーん」
グリーンはエメの耳元にそっと顔を近づけ、内緒話をするように囁いた。
「でもさっき、自分のこと見る目ないって言ってたもんね?その女の人、悪ぅい人だったんだ?」
「……そうですね」
エメが遠くを見つめるような、それでいてその目はグリーンを……グリーンだけを真っ直ぐ捉えていた。
「私の身体だけが目当てで、私を閉じ込めて飼い殺して愛でたいという少々特殊な性癖の……とても悪い女性だったようです」
その話を聞いてグリーンは「わ、わ、なんかエッチ……大人な関係だね!?」と顔をボンッと赤らめた。
そうして集まった熱を散らすように、顔周りを手でパタパタ仰ぎながら、
「えと、じゃあね?そんな悪い女のことなんて私が忘れさせてあげる。だから、これからは私のことだけを見て。ね?」
「………」
一拍後、
エメは「はあぁぁぁ〜〜」と本日2回目の特大なため息をついた。
「虫かごさえなければ……」
「なんか言った?」
エメは「いえ……」と死んだ魚のような目をして。
「本当に私は悪い女性に引っかかってしまったようです」
彼の受難は続く……。
ちなみに完全に攻守逆転している訳では恐らく無く、エメが攻める時も勿論あるかなと。
また楽しいお話を思いついたら書きたいなと思います。
読んで頂きありがとうございました☆




