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「平和になったら用済み」と追放された聖女は、隣国騎士と幸せを見つける。~なお、あの国は平和になっていなかったようです~  作者: 莉沙子
2章

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6元聖女は町娘になる

 ニナがヒューシュフルツに流れ着いて一カ月が経った。


「ニナ! ニナ!」


 通りを歩いていたニナは、呼び止める声に振り向いた。ふわりとスカートが膨らむ。

 飾り気のない古着だが、少しでも華やかにしようと、裾にニナが施した刺繍の花が咲いていた。


「おはよう! ニナ、これから仕事?」


 カリーナだった。栗色の巻き毛を弾ませながら小走りでやってくる。


「ううん」


 ニナはカリーナが隣で息を整えるのを待った。そのまま並んで歩きだす。


「今日は休み」


 ニナは、市長に家と仕事の世話をされて、この街で暮らし始めた。

 シシーに言われたように、市長は手厚い支援をしてくれた。

 今、ニナは役場近くの食堂で給仕として働いている。家は、役場の職員寮を一室を借りていた。 


「じゃあ、この後うちの店に来ない? 新作の試食会をするの!」


 カリーナはパン屋の娘で、ニナが務めている食堂にパンを卸している。配達に来たカリーナと知り合い、同い年ということもあり意気投合した。ニナにとって、この世界で初めての友達だった。


「いいの?」

「もちろん! でも、そのかわり。また、刺繍を教えてね。これも自分でしたんでしょう? 素敵!」


 カリーナが足を止める。そのまま膝を折ってニナのスカートの裾をつまんだ。


「そう。無地の古着だと愛想がなくって」


 欲しいものに手を伸ばすことができる。自分の好きなものを選ぶことができる。

 ニナは、召喚されてから初めての平凡な幸せを謳歌していた。


「上手ねぇ。刺繍をどこで習ったの?」

「えっと……」


 ニナはわずかに口ごもり、言った。


「修道院で、教えてもらったの……。奉仕活動の一環だって」

「そっか! 元修道女だもんね」


 忘れてた、とカリーナは舌をぺろりと出す。ニナはその言葉に、舞い上がってしまった。

 カリーナは、ニナの出自を忘れてしまうほど、普通の友情を育んでくれているのだ。

 カリーナだけでない。オットーとシシーも、ニナを気にかけてくれている。休日の昼時に食堂に行けば、いつでも歓迎してくれた。食堂の店主も従業員もお客さんも、みんな優しい。


(日本に帰れないのは……悲しいけど……)


 聖モントローズ王国を出た時点で、元の世界に帰れないことは覚悟するしかなかった。

 残ったとしても、エドウィンがニナのために何かをしてくれると思えなかったし、今までも元の世界に帰ることを餌にしなかった。


(きっと帰る方法は無いんだろうな……)


 忙しさや痛みで追いたてていた心に生まれた余白。

 そこに寂しさが浮かび上がってくるのを、新しい楽しみで打ち消している最中だった。


「この間貸した本、もう読んだ? とーっても素敵だったでしょう?」

「すごくよかった。今テオパルド王国で一番の流行なんだっけ?」

 

 こうして、流行りの本の貸し借りをして、感想を語り合うのも、新しい楽しみだ。


「そう。でもこの町は田舎だから、今頃、王都では新しいものが流行ってるんだろうなぁ」


 カリーナはうっとりと目を細めた。

 ニナがカリーナから借りたのは、流行の小説だった。

 煌びやかな王宮で繰り広げられる、王子と伯爵令嬢と騎士の三角関係の物語。甘く情熱的な場面と台詞が並ぶ物語は、貴族だけでなく庶民の女性も虜にしている。


「特に、騎士が伯爵家令嬢に心を預ける場面が素敵すぎて!」


 この国で、騎士が真心を捧げ、誓いを立てる際、相手の両手で包むように持ち上げた。そのまま額に押し当てる。

 物語の中で、騎士は身分違いの恋に苦しみ、愛する令嬢に言うのだ。

「貴女に愛を捧げることは叶いませんでした。その代わり、私の心を預けましょう。私の心は一生貴女のものです」と  

 そして伯爵家の令嬢は王太子のプロポーズを受け入れ、お披露目会を兼ねた舞踏会へと物語は進んで行くのだが。


「プロポーズも騎士の誓いも、聖モントローズ王国とは違うのね。こっちだと、プロポーズは膝をつくだけ。あっちだと、小指を絡ませたりするんだけど……」

「うん。あと、女性からプロポーズする場合の仕草もあって……」

 

 話が脇道にそれていることに気づき、カリーナは一旦話を打ち切った。


「舞踏会もほんっとーに素敵だったぁ! 豪華な絹のドレスに金と真珠の髪飾りに、蒼玉と水晶の首飾り。私も一度でいいからそんな場所に行ってみたい!」 


 カリーナはきゃあきゃあと黄色い声を上げながら、夢見心地だった。

 華やかな舞踏会の描写は、実際にその場を見たことのあるニナも唸るほど現実に迫ったものだった。


(一度も踊れなかったし、何も食べさせてもらえなかったんだけどね……)


 エドウィンの成果の一つとして、ニナは貴族の中で見世物にされていたのだった。社交シーズンになると、ニナは喪服のような黒いドレスを纏い、未亡人じみた黒いレースのベールで顔を隠し、エドウィンの後ろに控えていた。

 踊ったり食事をしたりすることは許されなかった。

 勧められればこう言うようにと指示された。


「聖女たるもの、享楽に身を投じるわけにはいきません。こうして楽し気な場を目にするだけで、自分が守るべきものを知ることができますわ」


(思い出しただけで、腹が立ってきた……)


 ニナは夢中になって、物語の良さを語るカリーナに相槌を打ちながら、しかめ面になりそうになるのをこらえた。


(舞踏会……踊ってみたかったな……)


 ニナも、年頃の女の子だ。美しいドレスも美味しい食事も可愛らしいデザートも大好きだ。華やかな場所にいて、眺めているだけなのがつらかった。


(一度だけ、アルバート殿下が踊ってくれたっけ……)


 あまりにもニナが物欲しそうにしているのに気付いたアルバートが、人目のつかないところで一度だけ、踊ってくれたことがある。

 王宮の舞踏場のバルコニー。大きな窓から煌々とした光と胸躍る音楽がこぼれていた。人目に付かないように、光の当たらない影で、隠れるように。

 新月の夜だった。月明りがない分、星が美しかったのを覚えている。 


(私が脱走して、アルバート殿下が八つ当たりされていなければいいけど……)


 ニナは、聖モントローズ王国で唯一優しかったアルバートに思いをはせるのだった。

 上の空になるニナの気を引こうと、カリーナはにんまりと笑いながら、とんでもないことを口にした。


「ねぇ、ニナ。ジュードとの約束はいつになったの?」

「え、えぇ?」


 ニナは不意打ちに、上ずった声を上げた。どうして、カリーナ、そのことを知っているのだろう。

 ジュードは、この町に住む牛飼い家系の青年で、ニナが働く食堂の常連客だ。

 よく声をかけてくれるから、元修道女が珍しいのかと思っていたのだが、どうやら別の意図があったらしい。

 教えてくれたのはカリーナだった。

 カリーナの家のお店は、長くジュードが世話する牛からとれる牛乳を仕入れているから、幼い頃はよく一緒に遊んでいたそうだ。


「ね、ジュードのこと、どう思う? 悪い子じゃないのよ。真面目だし、背だって高いし。恋人になると牛乳飲み放題よ!」


 ある日カリーナに言われて、一体何の話なのだとニナは面食らってしまった。

 よくよく聞いてみれば、ジュードがニナが気になるとカリーナに相談を持ち掛けたらしい。


「カリーナの幼馴染なんじゃないの? カリーナはいいの?」

「私は、友達と友達がくっつくのは大歓迎!」

「そうじゃなくって、その……カリーナはジュードのことをどう思ってるの?」

「え?」


 カリーナは一瞬きょとんとしたが、やがて大きく口をあけて笑った。


「私とジュードが恋人になるってこと? それは無い! だって、弟みたいなものだもの」

「お、弟……」


 ジュードの方が年上だが、カリーナの方が気が強い。 ジュードがカリーナに振り回されている様子を想像すると、あまりにもしっくり来てしまう。


「だから、どう? ジュードはニナのことを誘いたいって思ってるらしいの。一回出かけてみない? いきなり二人で緊張するなら私も一緒に行くから」


 カリーナに勧められても、ニナはいまいち前向きになれなかった。

 聖モントローズ王国で見てきた貴族の恋愛の駆け引きにうんざりしていたからだ。

 純粋な恋心だけではな。政治の思惑だけでもない。他者を手駒に使い、駆け引きどころか足を引っ張りあうことすらあった。


(私も、駒だったしね……)


 『聖女と結婚? ありえない!』


 いつだっただろうか。

 黒い霧を纏う獣の討伐遠征の時、エドウィンがそう大笑いしているのを聞いたことがある。

 ニナは深夜まで対応にあたり疲労困憊になって自分の天幕を目指して野営地を歩いていた。ちょうどエドウィンの天幕の傍を通りかかった時、その会話が聞こえてきたのだった。


『それが役割と言えば従うでしょう。聖女を娶り、教会の支持を取り込み、王権を強化するのも悪くない考えなのでは? ただでさえ第二王子は教会側からの一定の支持があるのです』

『お飾りの王妃のということか』

『殿下であれば、側妃は望むままでございましょう。それに、先代聖女は教会に身を置きながら、その聖魔力をもって王家に仕えたとされています。先例を踏襲するのも、民には好ましく映るのでは?』

『冗談じゃない』


 エドウィンは心底煩わしそうだった。


『王位を継ぐ実績のためとはいえ、ただでさえ損な役割を押し付けられたんだ。第一王子ともあろう私が、小娘の世話を焼き、遠征にまで同行して不便を被った。これ以上は御免だ』


 それに、とエドウィンは気持ち声を抑えた。


『私の妻はもう決まっている。ホーロック伯爵家のアデルだ。美しく教養にあふれ、そして気品に満ちている彼女こそ、私の花嫁なのだ。聖魔力に優れているだけの小娘とは比べ物にならない』

『伯爵家では王太子殿下の身分に釣り合わないのでは?』

『何のために、ニーナを伯爵家に預けたと思っている? アデルが、伯爵家が異世界の小娘を教育し、聖女たらしめた。民を導き、後継を育てる王妃としての器を示すことになる』


 つまり、ニナはエドウィンとアデルの結婚を後押しする口実に使われたのだ。


(ホーロック伯爵家で、散々いびられたなぁ……。使用人ぐるみで)


 役目とはいえ、公式の場にエドウィンが伴うのはニナで、共に過ごす時間もアデルよりも長い。嫉妬されたのだ。 

 家庭教師に積極的に体罰を行うように指示したり。使用人に指示して、ニナの身の回りを荒らしたり。


(もう過去のことだけど……恋愛はあんまり前向きな気持ちになれない)


 なかなか返事をしないニナに焦れて、カリーナはニナの肘を掴んで軽くゆすった。


「難しく考えないでよ! ジュードがいい人なのは私が保障するし、気が合わなかったらそれでいいじゃない! 恋人になれなくても、友達になれるなら、それはそれでいいことでしょう?」


 カリーナが人柄を保証するのなら、疑う余地はなかった。何より、食堂で見かけるジュードの溌溂とした笑顔の裏に暗い考えがあるとは思えなかった。


(友達をつくる……恋をする……)


 カリーナに励まされて、ニナは想像してみた。

 恋をして、恋人を作る。その相手はジュードかもしれない、そうでないかもしれない。

 ひょっとしたらそのまま結婚もするかもしれない。結婚したら子供が生まれるかも。

 この世界に寄る辺のないニナにも、家族が出来て居場所ができる。


(恋をしてみるのも、いいかも……)

「私、行っていたい!」


 ニナは、すっかりその気になっていた。


「一緒に行ってくれる? カリーナ」

「勿論! 友達のためだもの!」


 数日後、ニナはカリーナとともにジュードの仕事場を見学しに行くことになったのだ。   

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