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「平和になったら用済み」と追放された聖女は、隣国騎士と幸せを見つける。~なお、あの国は平和になっていなかったようです~  作者: 莉沙子
3章

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21聖女と秘密の花園

 片づけを終えて、早々に村を発つことになった。

 それでも、日は傾き始めている。今朝出立した街に戻り、宿をとる予定だった。

 一泊し、翌日再び取りこぼしがないか見て回る。さらにもう一泊し、王都に帰る予定だった。

 ニナは、馬車の窓を開け放したまま、遠ざかっていく村をずっと眺めていた。

 深々と礼をする村長、その後ろで同じように頭を下げるもの、手を振るもの、小さな村の精一杯の見送りを受けて、馬車は走り出す。

 ニナは、その大人の中に、小さな女の子の影を探した。


(見送りに来てくれないのは、がっかりしたからかな……)


 ニナは、あの純粋で無邪気な女の子が可愛かった。その女の子の期待を裏切らないようにしていたのに、結果、その憧れを砕いてしまったのだ。

 そのことだけが、心残りだった。


「お疲れですか?」

「疲れてない。あの程度だと、全然疲れないから」


 馬で並走していたジークハルトが、窓の近くに馬を寄せる。


「体は平気でも、心が疲れることはあります。今日の夜はゆっくり休んでくださいね」


 ニナが感じていることなど、お見通しだったのだ。

 ジークハルトの心遣いは、ありがたいものだったのだが。どうしてこの人はこんなに聡いのだろうと思う。

 ますます、この人のことが不思議だった。


「明日は騎士団のみで行きます。ニナは宿でゆっくりするか、街を見て回っても……」 

「──止めて!」 


 ニナはジークハルトの言葉を遮り、突然短く叫んだ。

 その視界の端に見知った姿が飛び込んできたのだ。


「どうしましたか?」

「アンネ!」


 ニナはジークハルトを振り切って、止まりきる前の馬車を飛び降りた。木々の隙間から、うずくまる小さな人影が見えたのだ。


「アンネ、どうしたの?」


 ニナは、スカートをからげて草の生い茂る場所を横切っていった。

 魔獣は討伐されたとはいえ、村からは離れた場所に一人では危険だ。討伐を逃れたものがいるかもしれないし、危険は魔獣ばかりではないのだ。


「お姫様……」


 アンネは駆け寄ってきたニナを振り仰いだ。その大きな目が潤んでいた。

 その言葉に、ニナは肩の力が抜けてしまった。

 この子は、まだニナをお姫様と呼んでくれるのか。

 彼女は、ニナが村の人に何と呼ばれたのか、聖女という言葉を知っているのか知らないのか。

 変わらない呼び方が、たとえ面はゆいものだったとしても、今は嬉しかった。


「ここが、秘密の花園なのね」 


 蹲る少女の傍らに立って、ニナはその場所がアンネにとって大切な場所であることに気が付いた。

 アンネは黙って頷いた。

 その花園が生まれたのは、偶然なのだろう。

 木と木が間隔をあけて生えていて、うまい具合に丸く開けた場所が出来ている。背の低い草が生い茂っていた。

 その場所も、今は茶斑の見苦しい様相になっていた。

 花をつけていたはずのものは踏みつぶされ、若い芽も萎れていた。根っこごと掘り返されている場所もある。


(魔獣と霧の影響……)


 アンネの表情を見ればわかる。

 彼女は、ここが野の花で埋め尽くされる様子を知っているのだろう。

 少なくとも、アンネがニナのために花冠を編んだ時には、まだ花は咲いていたのだ。

 それが、数刻でこの状況。アンネがどれほど落胆したのか、想像するに易い。 


「──大丈夫よ。アンネ」


 ニナはその場に膝をついた。スカートが土や草の汁で汚れることに躊躇いはなかった。それ以上に、何も迷いがなかった。


「ニナ」


 後ろから、ジークハルトが制止するように名を呼ぶ。

 ニナは首を横に振った。

 聖女になりたいわけじゃない。清く正しくあろうなんて、無理な話だ。

 でも、アンネはニナのために花冠を作って、お姫様と呼んだ。フリッツに体当たりをしてニナを守ろうとしてくれた。

 ニナはアンネのことが好きで、何かをしてあげたいと思う。

 それが、どうしていけないというのだろう。

 幼い少女の真心に報いたいと思うことが、聖女として正しい振る舞いでなくてもいい。

 ニナが、そうしたいのだ。

 それこそが、今のニナにとって正解のはずだ。


(誰かのために何かをしたくて、その力が自分にあるの……)


 ニナは薄く唇を開いた。口癖のように、祈りの言葉が出てこようとする。ニナはぎゅっと唇を引き結んだ。


(この世界に来て、二度目。たった、二回だけ)


 この世界の誰かのために、何かをしたいと思ったのは。


(多分……それはとても──)


 空気が変わった。風が、新し息吹きを運んでくる。瑞々しいしい緑のにおいがする。

 ニナはゆっくりと目を開けた。

 花畑が、完全復活したわけではない。それでも、萎れていた茎は逞しく立ち上がり、枯れていた葉には艶やかな命が戻った。


「秘密の花園だから、これも秘密ね」


 ニナは冗談めかしてアンネに言う。

 アンネは、しばらく大きな目をさらに丸く、大きくしていた。自分の秘密の花園が蘇ったことに気づくと、そのふっくらした頬を赤く染めて、何度も何度も頷いた。

 あこがれのお姫様の言葉を、彼女が守らないはずがない。

 ニナはそう確信できたのだ。


「それじゃあ、さようなら。アンネも気を付けて帰るのよ」


 今更ながらに、自分がしたことが恥ずかしくなる。大げさで演技がかっていて。

 ニナは、早口に言って立ち去ろうとする。その手を、アンネがつかんで止めた。 


「待って! あれ!」


 アンネが慌てて花のない花園をかき分けていく。しゃがみこんで何かをしていたかと思うと、誇らしげに右手を掲げた。

 その手に、薄紅色の小さな花が握られていた。一輪だけ、復活したのか。

 アンネは、それを大事そうに握ったまま戻ってくると、ニナに差し出したのだった。


「……くれるの?」

「うん!」


 花に負けない笑顔で笑ったアンネは、躊躇うニナの手に花を握らせると、一歩下がってスカートをつまんだ。


「ありがとう! 魔法使いのお姫様!」


 不器用なカーテシーを恥じるように笑って、アンネはそう言って走っていった。  

 別れの挨拶に気が回らないところは、相変わらず、迂闊で愛らしくて──。

 その春風のような背中を見送りながら、ニナは手元の花をそっと握った。そこには、まだアンネの体温が残っている。


「枯らしてしまうともったいない。押し花にしましょうか。日誌があるので、挟んでおけますよ」


 成り行きを眺めていたジークハルトがそう声をかけてくる。

 ニナはぼんやりと頷いた。

 変哲のない花だ。種類も名前も知らない。故郷でいう秋桜に似ているような気がする。それよりももっと小さくて薄くて、慎ましやかで──何よりとっても美しい。


「ニナ?」 


 返事をしようと口を開いて、けれどそこから出てきたのは吐息だけだった。

 あれ、と思う間もなく、震える息がいくつもいくつも、とぎれとぎれにこぼれてくる。


「ニナ? どうしましたか?」 

「おい! 何で泣く! 人前でみっともない!」


 ジークハルトの冷静な声がわずかに戸惑っていた。フリッツは露骨に慌てふためいていた。


「淑女は、そんな風に下品に泣くものではないだろうが!」  


 慌てるのか、とニナは新鮮に思った。淑女らしくない行動は叱るのに、ニナが目の前で泣くと、こうしてうろたえるのか。

 嫌な奴、だとしか思っていなかった相手だったが、ニナはフリッツのことが、初めて可愛らしく思えた。


「だ、だれ、も」


 ニナは、震える声で言う。


「だれも、ありがとうって言ってくれなかったの」


 彼らはきっと、ニナが聖モントローズ王国で聖女として崇められていたとでも思っているのだろう。重い役目と釣り合う待遇を受けてきたのだと。大事にしてもらっていたはずだと。

 これを言えば、そうでないことが知られてしまうかもしれない。

 これまで隠してきたのに、とうとう、ニナはこらえ切れなくなった。


「手を握ってくれなかった……!」


 アンネにように手を握って、一凛の花を握らせてくれることもなかった。


「ジークみたいに、聞いてもくれなかった……」 


 どうしたいの、何が欲しいのと聞いてくれなかった。

 ニナに与えられたのは義務ばかりだった。それなのに、いくら義務を懸命に果たしても見返りが与えられることはなかった。

 あまりに幼い聖女を従順に従わせるためには、甘やかすよりも押さえつけた方がいいというエドウィンの考えは、一応は成功した。

 ニナはエドウィンの元で、彼の聖女となった。文字通り、彼のために働いた。人民のためではない。

 でも、あそこまで脅す必要も、馬鹿にする必要もなかったじゃないか。ニナを軽く扱う必要もなかったじゃないか。

 そんな風にしなくても、もっと別のやり方であっても、ニナに聖女としての役目を負わせることはできただろうに。


「最初から、そうしてくれればよかったのに」 


 優しくしてほしかった。大切なものを作れるように協力して欲しかった。

 手を握って、ありがとうって言って欲しかった。疲れた時は休んでいいと慰めてほしかった。

 故郷が恋しいという言葉を封じるのではなく、寄り添って欲しかった。


「それだけで、頑張ったのに」 


 何も、特別なことが欲しかったわけではない。

 だって、今、ニナは──。


「私……私、今少し幸せなの」


 アンネのことが好きだった。可愛くて、無邪気で、一生懸命で。同じように、カリーナも好きだった。オットーも、シシーも、ジュードも。

 この世界で、好きなものが見つかった。見つけて、育んで──そしてニナの手で守った。


 ニナは、自分自身が誇らしく思えた。これもまた、この世界に来て初めての感情だった。

 特別なことではないはずだ。誰もが自分の中に大切なものがあって、育んで、守って生きている。

 その当たり前のものを、聖女でなくなって、初めて、ニナは手にしたのだ。


「もう少しだけ、頑張る」


 ニナは一度息を整える。まっすぐに背中を伸ばして、胸を張って。

 ニナは、自分に望まれているのは決して、びょうびょうと情けなく泣く姿ではなく、堂々とした姿なのだと知っていた。


「聖女になりたいわけじゃない。でも、聖女でないと助けられないっていうのなら、聖女だから意味があるというのなら、もう少しだけ」


 ニナがやらなければ、川辺の美しい街が襲われるというのなら、あの小さな秘密の花園が枯れるというのなら。


「聖女、やってみる。──だから、ジーク」 


 ニナに聖女の役割を再び与えた男は、居住まいを正してニナの言葉を待っていた。


「私にもっと見せて。連れて行って。教えて」


 予感がある。

 きっと、この先、もっと好きなものが見つかるのだろう。


「素敵なものを。私が好きって思えるものを」


 枯らしたくない花も恋しい街も。 

 聖モントローズ王国では、何一つ見つけられなかったのに、この国でみつかった。

 だからこそ、ニナには今、何かを見つけたい、愛したいという思いがあふれているのだ。


「感謝します。ニナ」


 ジークハルトは、重々しい口調でニナの決心を受け止めた。


「そして、もう一度約束します。ニナが幸せになるための手伝いをすると」  


 一度頷くと、背後に控えていた副官へ声をかけた。


「フリッツ」

「は!」 

「生まれた世界から切り離されて、ゆかりもない世界に放り込まれて、それでも世界を守るために尽力した。そして今、また力を貸してくれる。花と、言葉だけを報酬に」


 ジークハルトは、そう言葉を紡ぐ。ニナは彼の横顔を眺めた。その若草色の瞳の柔らかさを。


「愛に溢れ、慈悲でもって人民を救う──ニナに、十分聖女たる資質はあると思いませんか?」


 (あぁ、だから彼は私に聖女の資質があると言ったのか)


 大げさだと思った。ニナは自分で選んで決めた。

 ニナの愛も慈悲も自分が選んだ相手にした捧げられない。

 万物を等しくなんて愛せない。それほどまでこの世界をまだ知らない。


(でも……まだ知りたい)


 美しいものも優しいものも、まだこの世界にはあるのだ。 


「これまでのご無礼をお許しください。聖女ニナ様」


 フリッツは言って、膝をついた。固い口調は、彼の本来の騎士としてのものなのだろう。

 ニナは、ほっとして言う。少なくとも、フリッツはニナが聖女としてふるまうに足りる人間だと仮でも認めてくれた。


「ニナです。私は、ただのニナ」


 ニナは、応えた。


「聖女だからじゃない。私が、やるって決めたんです。だから」


 承知と頷き、フリッツは言う。


「ニナ様」


 様もやめてほしいと、ニナはこれから何度も懇願することになる。   

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