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「平和になったら用済み」と追放された聖女は、隣国騎士と幸せを見つける。~なお、あの国は平和になっていなかったようです~  作者: 莉沙子
3章

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17小さな淑女の花冠

 集会場に到着すると、ちょうど昼時近かったため村人が昼食をふるまってくれた。

 パンと腸詰、村の名産だと言う果物をまるのまま。素朴ながらも味わい深い昼食だった。


 昼食を兼ねた小休憩を挟んだ後、村の調査に入る予定だ。

 ジークハルトは、安全のため、調査が終わるまで果樹園に出入りしないようにと、村長に伝えていた。

 ニナは騎士達の輪から離れて集会場の広間の片隅で、パンをかじった。

 なんとなく、喉のあたりに何かつっかえている感じがして、上手く呑み込めない。

 果物はみずみずしく、甘酸っぱい匂いがする。おいしいに違いないのに、食事を楽しめないは悲しいことだった。


 ニナはそっと立ち上がり、広間を出た。廊下の真ん中に立ち止まる。どこかに行きたかったのだけれど、どこに行けばいいのかわからない。外に行きたい気もするけれど、勝手に出るのはまずい気がする。

 ニナは、その場にぼうっと佇むしかなかった。


「あぁ、ここにいた。ニナ」


 後ろから声をかけられて、ニナは我に返った。

 振り返ったが、目がうまく焦点を結ばなかった。ぼやけた姿がはっきりとするまで、数秒かかった。


「ジーク」

「勝手にいなくならないでください」

「ごめんなさい……」


 ニナは素直に謝った。


「どうしましたか?」

「なんでもないの」

「なんでもないことはないでしょう」


 重ねて問われて、ニナは遠慮がちに口を開いた。


「その……外に……出ても構わない?」

「もちろん」


 ジークは快く受け入れてくれた。

 並んで外に出れば、風に枝葉が揺れる音がする。それほどに、集落は静かだった。どの家も、耳をそばだてているような気がしてならなかった。


「ニナは散歩が好きなんですか?」

「え?」

「最初に会った時も庭を散歩しようとしていた」

「そうかも……。聖モントローズ王国では気軽に外に出たりできなかったから」

「あぁ、なるほど」 


 聖モントローズ王国では、一人になりたいという些細な願いすら、叶えてもらえなかった。

 この世界の常識、貴族としての振る舞い、ローズ教の聖典の勉強、聖女としての訓練──学ぶことは山とあった。傍には常に侍女や家庭教師がおり、一人になろうとすると嫌な顔をされた。どこかで、不出来をさらすと思われていたのだ。


(あそこには戻りたくない。あんなふうになりたくない。絶対に)


「ニナ?」


 無意識に手をぎゅっと組んで握っていた。引き結んだ唇を解くと、口の端が引きつっていた。

 さぞかしおかしな顔をしていたことだろう。ジークハルトはニナの顔を覗き込んで、眉を寄せていた。

 誤魔化せない、と思った。 


「何か、悲しいことがありましたか?」 

「……聖モントローズ王国にいた時のことを、少し思い出したの」

「よかったことを思い出して寂しくなった? 良くなかったことを思い出して、苦しくなった?」

「嫌な思い出」


 ジークハルトの問いかけは、どこまでも柔らかくて、気持ちの吐き出し口を誘導するようだった。


「私に、何かできることはありますか?」

「え……?」


 ニナは、言葉の真意を測るように、ジークハルトの若草色の瞳をじっと見た。

 嘘もからかいも感じられない、どこまでも真摯な眼差しだった。


「いいの……」


 ニナは、じわりと浮き上がってきた熱をごまかすように顔を伏せた。


「気にしないで。宴会に戻って」

「あなた一人おいていくことはできません。それに、言ったでしょう? あなたが幸せになる手伝いをしたいのだと」


 ニナは、体の中の熱が揺れているのを感じた。浅く息を吐きながらどうにかその熱に感情をかき乱されないようにと耐える。

 信じてみたいと思ったが、今すぐに何もかもを手放しに信じることなど、ニナに出来るはずもなかった。


「どうして……? どうしてそんな風に親切にしてくれるの?」


 ニナは、震える声で問うた。


「私に聖女をさせるには、親切にした方がやりやすいから?」


 相手の厚意を切り捨てる言葉だとはわかっていたが、期待して裏切られる方がつらかった。

 それなのに、ニナはどこかでジークハルトがそれを否定してくれることを期待していた。

 そんなことない。本心からですよ、と。


「少なからず、その考えはあります。ニナに聖女として我が国を助けていただきたいのは事実です」


 考える素振りをみせたジークハルトの言葉に、ニナは頭を殴られたように感じた。


「建前を繕うことはいくらでもできますが、それでは信頼関係など生まれないでしょう。ただ、そればかりではないことは、信じてほしい」


 本気だから、本音を言うのだとジークハルトは言った。


「役目ばかりを求められる苦痛や寂しさに、寄り添えたら、と思ったのですよ」

「え……」


 ニナは、残念ながらその時のジークハルトの顔をちゃんと見ていなかった。やや目を伏せていた上に、夜の暗がりの中である。

 その声が、今までのものと明らかに違って、少し寂しそうで、ニナは慌ててジークハルトの顔を見た。

 その時には、ジークハルトはいつも通りの表情を浮かべており、ニナは何が何だか分からなくなった。  


「お姫様いた……」

「お、お姫様?」


 何か声をかけなければならないと焦るニナの耳に、少女の声が届いた。

 見れば、十にも満たない少女が佇んでいた。村の娘だろう。活発そうな瞳が煌めいていた。


「お、お姫様、ウェーバー家の娘、アンネが、あ、挨拶します」


 唐突に、彼女はスカートの裾を持ちあげ、足を引いた。

 それは、あまりに拙いいカーテシーだった。口上を間違っているし、頭の下げすぎで背筋が曲がっていた。

 この村で暮らす少女が、社交界に出ることはないだろうし、目にすることもないはず。舌を縺れさせながら、聞きかじった知識で高貴な人に向かって礼を尽くそうとする姿は、ニナには微笑ましく立派に見えた。


「なるほど、質素でありながら贅沢な服を着たあなたが、騎士に守られて馬車に乗っていれば、お忍びのお姫様に見えたのかもしれませんね」

「ジーク!?」 


 ジークハルトは、彼女を笑わなかった。

 それどころか、彼女に向き合うと、胸のあたりに手を当て、片足を引いて頭を下げた。


「お嬢さん、挨拶をありがとう。討伐隊隊長のジークハルトがお受けいたします」


 公爵子息という身の彼は、見事なカーテシーを山ほど見てきただろうに。

 ニナは、不意に泣きそうになる。

 聖モントローズ王国で貴族の振る舞いを学び始めたばかりの頃の自分を思い出した。

 自分が置かれた状況もろくにわからないまま、毎日を乗り切ることで必死だったあの日々。慣れない動作でエドウィンに挨拶をして、不格好さに失笑された自分。


 あの時の自分が、救われたような気がしたのだ。


 ニナは、ジークハルトの隣に並び、スカートをつまんだ。


「アンネさん、ご挨拶をありがとう。ニナがご挨拶をお返しいたします」 


 顔を上げれば、頬を真っ赤に染めたアンネと目が合った。

 アンネはごそごそとスカートの後ろから、輪っか状のものを取り出し、ニナにずいっと差し出した。


「これ……花冠?」


 野の花を束ねた花冠だった。咲いている花が少なかったのか、緑の部分が多い。


「お姫様のティアラなの! アンネが作ったのよ!」


 アンネは誇らしげだった。ニナは微笑んで体をかがめた。


「ありがとう。うれしい。この近くに花畑があるの?」

「ううん。──秘密なの。アンネ以外知らないから」

「秘密の花園なのね」


 呟いたニナの頭に、花冠が載せられる。アンネは、花冠を乗せたニナを見て満足したのだろう。その場に数度飛び跳ねた。

 彼女は大人たちがなぜ騎士達を呼んだのか、わかっていないのだろう。立派な騎士が、お嬢様のような女の人を守って、村に立ち寄った。それは、彼女にとって突然あわられた非日常だ。その非日常を、楽しんでいるのだ。


「お姫様は、私達騎士がお守りしますので。お嬢さんはおかえりなさい。今は少し危ないことが起こっているんです」

「はぁい!」 


 ジークハルトは、しゃがんで優しく促す。

 素直な返事を残し、アンネは走り去っていった。別れの挨拶にまで気も回らないところが、迂闊で愛らしい。

 ニナは、すっかりアンネのことが大好きになっていた。


「花冠なら、お姫様よりも聖女ですね──って失礼、無神経でした」 


 野の花で編まれた花冠であれば、姫君よりも聖女の方がお似合い。

 一般的な印象の話だが、今のニナにとっては効きたくない言葉だ。ジークハルトも途中で気づいたのか、短く謝罪の言葉を添えた。


「聖女って……。聖女って一体何なの……」    


 無力感が漂う声で呟く。

 ニナにとって、聖女とは厄介な肩書に過ぎなかったというのに。


「清く正しくあれ、質素倹約を守り、弱きものを守り、人民に尽くせ」


 ジークハルトが諳んじる。ローズ教の教典の一節だった。守るべき理念として、ニナも教え込まれた。


「私とは全然違うね」


 ニナは自嘲しながら言う。


「そうですか?。能力は言うまでもなく、あなたには十分聖女たる資質があると思いますよ」

「え?」


 ニナは引きつった笑みを浮かべた。

 ニナは聖自ら誰かへ奉仕しようと思って行動したことはなかった。エドウィンに強いられて、力を使ってばかりだった。

 自分の意志で力を使ったのは、ヒューシュフルツが初めて。

 聖女の肩書がなくなって初めて、誰かのために行動したなんて、皮肉ではないか。

 それも、自分のお気に入りの場所をなくしたくないというだけの自分勝手な理由だった。


「冗談でしょう」

「まさか」  


 ジークハルトは、ふと優し気に笑った。


「自分のことなのに、よくわからないのですね。可愛い人だ」

「か……!」


 可愛いなんて、この世界では言われたことがない。日本ですら親にしか言われたことがないのではないだろうか。

 たった数文字に、ニナはここ数日で一番の衝撃を受けたのだった。

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