13騎士への違和感
差し伸べられた手に、ニナは手を重ねるのを迷ってしまった。
この手に自分の手を預けると、陛下への謁見に進んでしまう。
恐る恐る顔を上げたニナの目には、いつも通りの微笑みを浮かべるジークハルトがいた。
「緊張しています?」
「少し」
「陛下は気安い方ですよ。大丈夫、私も傍にいますから」
ジークハルトの言葉に励まされて、ニナはかすかにふるえる指先を彼に預けた。
絨毯が敷かれた廊下は、足音が吸い込まれて、小さな声の会話が必要以上に響いて、ニナの緊張を煽る。
(それにしても、手配がはやい……)
ニナは、僅かに疑わしいような気持ちを抱きながら、ジークハルトの横顔を見上げた。
ジークハルトの部下たちが、ニナが聖女であることに疑問を抱いているのは明らかだ。
ジークハルトも一度しか、ニナが聖魔法を使っている所を見ていないはずだ。それなのに、彼はニナを聖女と確信して、国王陛下への謁見まで取り付けた。
(焦ってる……?)
もちろん、焦ってはいるだろう。テオパルド王国に魔獣の危機が襲って二年も経つのだ。
(でも……)
けれど、ニナの中にある違和感は、口にできるほど確かなものではなかった。
長い廊下を歩いたはずなのに、数秒のことだったような気がする。心の整理をつける間もなく、ニナは目の前に現れた大きな扉は音も立てずゆっくりと開かれた。
謁見の間は、ニナが想像したよりも狭く、飾り気がなかった。シャンデリアは部屋の隅々まで光をとどけているが、小ぶりで機能を重視したものだった。大きな絵画も姿絵も彫刻もない。絨毯の先に一段高い場所があって、正面を向いた椅子が二脚、横向きにさらに一脚おかれているだけだった。
そのことに、威圧感のない様子にふと力が抜けた。
聖モントローズ王国は、謁見の間は王家の権威を示すためという理由で豪華に飾り立てられていた。ニナはあの部屋に入るたびに、息が詰まる思いだった。
「膝をついて」
小声でジークハルトが指示をする。
ニナは慌てて彼にならって絨毯に膝をついた。
やげて、布ずれの音とともに人の気配が壇上に現れる。国王陛下だ。前触れも何もなかった。
「──ご苦労だったな。ジークハルト」
さらにいきなり陛下からの言葉があって、ニナはぎょっとした。
距離が近いのは、この国だからなのか、それとも──
「陛下におかれましてはご機嫌麗しゅう──」
「あぁ、もういい。堅苦しい挨拶は結構」
──ジークハルト相手だからなのか。
「さっさとその、締まりのない顔をみせよ」
国王陛下は突き放すような言葉を選びながらも、声には親しみがこもっている。
(何だろう、本当に、ジークは……)
「あと、お前の花嫁を紹介しておくれよ。遠征のついでに、どこで花嫁を見つけてきた」
「は、花……!」
「ご冗談を。彼女が花嫁とは恐れ多い。ニナ、ご挨拶申し上げて」
陛下のとんでもない冗談のおかげで、反応が遅れた。驚きに引きずられて挨拶の冒頭の声がかすれてしまった。
「こ、国王陛下への謁見を賜り、至極光栄にございます。ニナがご挨拶申し上げます」
ニナは顔を上げ、淑女の礼をとった。
三つ並んだ席のうち、二つが埋まっている。正面に国王陛下。横を向いた椅子に、ジークハルトよりもいくつか年上に見える青年がすわっていた。おそらく、王太子だろう。
彼の目が、興味深そうに輝いている。まるで、親しい友人に向けるような、好奇心と興奮。
「彼女は、聖モントローズ王国で名高い聖魔法の使い手でございました」
ジークハルトの説明に、ニナは顔を伏せた。ぶしつけに眺めてしまった気がする。
「かの国の危機を救い、今、わが国の現状を憂いて、力を貸してくださると仰せです」
「それは、ありがたい。聖モントローズ王国の聖女の話は、噂程度であるがこちらにも伝わっている。なぜ、偉大なる聖女殿がわが国へ?」
ニナはぎくりと体をこわばらせた。国王陛下の疑問はもっともだ。
「私は──」
何か言わなければならない。でも何も言えばいいのかわからない。焦りのままに口を開いたニナを、ジークハルトの静かな声が遮る。
「陛下。聖女と呼ばれたとしても、彼女は年頃の少女にすぎません。若さと好奇心というものは修道院に閉じ込められるものではないでしょう」
「なるほど! 聖女殿は役目を終えて旅人になったか!」
豪快な笑い声。ニナは、吹き出た冷や汗が体を冷やしているのを遅れて自覚した。
「彼女は聖女としてではなく、ニナとして、我々に力添えをしてくださるのです。陛下もどうぞ、彼女のことはニナとお呼びください」
ジークハルトの言葉は、どれもニナの意志を汲んだものだった。
聖女になりたいわけではないと言ったことを、彼はきちんと覚えてくれている。こうして尊重してくれる。
「承知。ジークハルト、引き続きこの件はそなたに預ける。ニナ、わが国へ力を貸してくれること、心より感謝する」
「いえ、あの」
国の主たる王からのじきじきの礼に、ニナはしどろもどろになって、碌な受け答えが出来なかった。
聖モントローズ王国では型どおりのやり取りばかりで、ニナが積極的に何かを伝えることがなかったのだ。
「時にジークハルト」
「はい」
「妹は──そなたの母は健勝か?」
(ジークのお母さん……?)
「陛下の方がご存じでしょう。私は、しばらく領地に戻れておりませんゆえ」
「そうか……。例の魔獣の影響で社交もままならぬ。顔を合わせる機会もないものでな」
「あぁ──」
ジークハルトは気の抜けた声を出す。親しいものの間のみで許されるような声だった。
「そうですね。失念いたしておりました。宮廷舞踏会も今年は見送られましたしね」
「嫌味をいってくれるなよ」
国王陛下は快活に笑い声をあげる。王太子殿下も、ジークハルトも小さく笑っている。
取り残されてたニナは、戸惑うしかなかった。
(ジークのお母さんが、陛下の妹なら、王太子殿下とは従弟ということ?)
ジークハルトの身分が高いことは知っているつもりだった。ただ、王家の血筋とまでは思わなかったのだ。
「これからまた忙しくなる。公爵にも顔を見せていくことだ」
「お気遣いありがとうございます」
「公爵……?」
ニナは顔を伏せたまま、ジークハルトを横目で盗み見た。
ニナに見られていることなど、気づいているだろうに、ジークハルトはニナの方を見なかった。
(この人のことを……何も知らないのね……)
ニナは、なぜだかとても悔しかった。




