12聖女(仮)の謁見
王都までの行程は六日。馬車は順調に進んだ。
いくつもの街を立ち寄ったり、通過したりする間、ニナは自分が王都に近づいているのだと実感していた。
まず、街道も草を引き抜き石を退かした程度だったものが、整備されたものに変わって行った。地面がむき出しの道でも表面が踏み固められており、街が近くなると石畳が敷かれ始める。
立ち寄る街も次第に大きく、行き交う人も多くなった。物資も豊富になった。
二日目に立ち寄った街は繊維業で有名な街らしく、ニナは衣服を新調することになった。王都の騎士に同行する(荷馬車に乗っているのだとしても)女性が、田舎の古着では体裁が悪いということらしい。
服を新調する手配をしたのは、ジークハルトだった。
「好きな色は? デザインのお好みは?」
ニナは昨今のテオパルトの流行などわからない。結局ニナはジークハルトに言われるがまま何着も試着して、店員と彼に見立てを任せた。
残った四着の内、一番質素で動きやすそうなものを選んだ。とろけるようなクリーム色で、袖は長く、スカートの裾はくるぶしまであるものだった。片側にだけギャザーを寄せたデザインは、最新のものなのだという。
ジークハルトは、淡いピンクのサテンリボンで腰と首を飾った白のドレスを残念そうに見ていた。ニナが派手すぎると嫌がったものだったが、ジークハルトはあちらが、好みらしい。
三日目の街には、騎士の大きな駐屯所があり、新しく箱馬車が加わり、ニナはようやく荷馬車から脱出することができた。
そして、六日目の今日、テオパルド王国の王都へとたどり着いたのだった。
「王都アルブレヒトへようこそ。ニナ」
「アルブレヒト……」
「この国の古い言葉で、高貴な光、という意味です」
まず、王都の城壁をくぐる前から圧倒された。城壁の周りにそれよりも遥かに大きな街が出来ているのだった。人口が増え、城壁の中に家を持てなかったものが外に住み着き始める、というのはよくある話だし、同じような街をいくつも通って来た。
ただ、大きさが桁違いだった。整備された大きな道路の傍には舗装された歩道もあり、荷馬車や人ががやがやと行き交っている。呼び込みをする声に、挨拶を交わす声、子供たちのはしゃぎ声。活気にあふれている。
「城壁の中は旧市街地と呼ばれています。昔からの貴族の邸宅や主要な建物が多くあります。市民は外に家を持つことが多いです。城壁、と言っても昔のなごりなので、内と外で安全の違いはありません」
ジークハルトの説明の通り、安全担保するための門は開け放たれており、門番すらいなかった。
城壁をくぐれば、景色はまたがらりと変わる。
市庁舎らしき建物、尖塔を有する教会、その向こうには国旗を掲げた建物がある。おそらく王宮。
計算されて作られた街並みが、そこにあった。
「外に出てみたいですか?」
「ううん……」
この国で、聖女をする。ニナはどこか仕事のようなものと割り切っていた。
だが、こんなに大きくて立派な国に、見合うような仕事が──聖女としての務めが果たせるのか。
そう思うと、心細くてたまらなくなる。観光に行く気分にならなかった。外に出るのが怖いとさえ思った。今見える以上のことを、知るのが怖い。
ニナは結局、王宮に到着するまで、馬車の中で縮こまって過ごした。並走するジークハルトが、外に見える光景の説明をしてくれたけれど、ニナはちらちらと視線を向けるだけだった。
やがて、あきらめたように、ジークハルトは黙々と馬を歩かせるだけになった。
テオパルド王国の王宮は、横に広い代わりに、高さはない。都市の中心部で王宮が占める面積のことを考えるととても贅沢な建物のように思えた。四角い建物に、規則正しく大きなガラス窓が並んでおり、国旗がはためいている。一見質素に見えるが、その分、緻密な調和のとれた美しさが際立って見えた。
王宮に到着し、そこでニナはジークハルトと別れた。王宮の侍女に預けられ、全身を超特急で磨き上げられた。
これから、テオパルド王国の国王陛下に謁見するのである。
「とてもよくお似合いですよ、ニナ」
支度が終わり、ぐったりしているころジークハルトが迎えに来てくれた。
「アクセサリーにお好みのものはありませんでしたか?」
ジークハルトは鏡台に置かれたままの宝飾品を目にして言った。
首飾りに耳飾り、髪飾り。どれもこれも、金や銀が光を放ち、色とりどりの宝石が埋め込まれていた。
好きなものを選べ、一つでも二つでも三つでも。
そう迫ってくる侍女を、必死になって断ったのだ。
「落しそうで怖くて……」
「そんな些細なことを。お好きに着飾ればよろしいのに」
ジークハルト笑うったのを見て、ニナは、自分が所詮平民であることを改めて自覚して、無償に恥ずかしくなった。
「失礼」
ニナの顔色を見て、ジークハルトは自分の失言に気づいたようだった。
「似合うものもあるのに、飾らなければもったいないじゃないですか。ニナは可愛らしい顔立ちをしているのですから」
甘やかすような口ぶりだったが、ニナは、素直に喜ぶことができなかった。
本音なのか、その場しのぎの嬉しがらせなのか。その常に微笑んでいるような表情からは、読み取れなかったのだ。
「ドレスも、今回は既製品なんですが、今度見立てましょうね」
ジークハルトが指示して用意されたのは、薄青色のドレスだった。体を締め付けるものやスカートや袖を膨らませる人工的なものが一切ついていない。その変わり、袖は手首まで白のレースでぴったりと覆われ、首元には小粒真珠が輝いている。
色こそ寒色だったが、少女らしいドレスだった。
街の仕立屋で、ジークハルトはいかにも少女らしい衣装を選ぼうとしていた。それが、彼の趣味か好みなのかと思うと少しおかしくなった。
思わずくすりと笑ったニナに、ジークハルトが怪訝な顔をする。
「なにか?」
「何でもない」
ジークハルトは不快な様子は見せなかった。むしろ安心したように笑った。
「何でもないにしても、あなたがそうやって笑ってくれて嬉しい。ドレスは気に入っていただけたんですね」
そうでもない、という言葉を、ニナは飲み込んだ。
言われた通り、王宮に入って、笑えたのは初めてだった。
(そんな風に、見てくれてたんだ……)
気づかないうちに、ジークハルトの眼差しが向けられていたのだ。
ニナの胸に、ほんのりとあたたかな気持ちが灯る。さっきまで、ジークハルトの言葉にいちいちピリピリしていたのが、嘘のようだった。
可愛いと褒められることよりも、ずっと嬉しく思えた。
「ジークも、その……」
ジークハルトが身に着けていたのは、騎士の制服と同じ形をした衣装だった。普段の騎士の制服よりも
各段に仕立てがよく華やかだ。そもそも生地からして違う。光に当たるたびに優美な艶が生まれていた。胸元には勲章が輝いている。
ニナは自分が何を言おうとしたのか忘れて、見惚れてしまった。似合っている? それとも格好いい?
ジークハルトが、その先を促すように、わずかに首を傾げた。
ニナは一度息を整えて、言葉を選んだ。異性を褒めるのは、気恥ずかしい。
「素敵、だと思う」
「ありがとうございます」
さらりと流され振り絞った勇気が空振りしたように感じて、ニナはわずかに肩を下げた。
「行きましょうか。陛下がお待ちです」




