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「平和になったら用済み」と追放された聖女は、隣国騎士と幸せを見つける。~なお、あの国は平和になっていなかったようです~  作者: 莉沙子
1章

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1王国の聖女


「第一王子の名において聖女に命じる!」


 朗々とした声が、聖モントローズ王国王宮、謁見の間に響いた。

 修道女に義務付けられたヴェール越しでもわかる、その絢爛さ。

 シャンデリアは水晶の輝きを放ち、天井一面に描かれた空の上にある楽園の絵を照らしていた。壁面には国教であるローズ教の逸話や聖人を描いた絵画が掛けられている。 


「これより後、聖女はランデルの修道院へ赴き、終生の誓いを立て、一生民のために祈り続けるのだ!」

「は……?」


 掠れた声が、ニナの口から零れ落ちる。

 思わず隣を見る。そこにはニナと同じような顔をした聖モントローズ王国第二王子であるアルバートの姿があった。

 短く切りそろえた髪は、わずかに赤みを帯びたくすんだ黄色をしていた。ニナの本心を確認するように見返して来る瞳は、澄んだ薄青。

 ニナはその瞳に向かって、首を横に振った。

 初耳だ。もちろんニナが希望してのことではない。

 たった今、ニナはアルバートと婚約した報告を、第一王子であるエドウィンにしたばかりなのだから。

 愛ゆえの婚約ではなかったが、ニナはアルバートに心から感謝し、妻として仕える覚悟をしていた。


「話を聞いて。兄上」


 いち早く驚きから立ち直ったのはアルバートだった。

 ニナと同い年のアルバートは十七歳。

 聖モントローズ王国では、十七までに社交界デビューをする。そのまま結婚するのも珍しくないため、早すぎる婚約ではなかった。


「反対する理由なんて、無いはずだろう?」

「アルバートお前、聖女を娶り、民衆の支持を得るつもりだな」

「所詮、私は側妃の子。正妃の子は兄上じゃないか。王位継承は長子優先だし、その上、聖女を召喚して、民を救った。民も兄上を支持している。今更覆ることは無いはずだ」


 アルバートの声は、不安定に揺れていた。

 穏便な彼は、極力エドウィンと衝突することを避けていたのだから仕方がなかった。


「お前を支持する愚かな貴族や枢機卿と組んで、何か企んでいるんじゃないのか」   

「兄上!」


 ありもしない下心を指摘され、アルバートが嘆く。


「ただ……私は、彼女が哀れで」

「哀れ!」


 エドウィンは、せせら笑った。


「聖女と崇められる小娘のどこが哀れだというのだ! 異世界の平民の小娘が、伯爵家で後見を得て、淑女や聖女の教育を受けて、何の不幸も不満もあるはずがないだろう。なぁ?」

「わ、私は──」


 日本。懐かしの故郷。

 碓井仁奈という少女が、かつて暮らしていた国だ。

 十二歳の誕生日の少し後、ニナは聖女を求める聖モントローズ王国に呼び出された。

 突然、故郷に別れを告げて、戻れなくなっただけではない。日本の一般市民であったニナに、聖女の力の使い方も淑女の振る舞いもわからない。後見となった伯爵家での教育は、厳しいを通り越して苛烈だった。

 当時、まだ子供だったニナは、もうすぐ十七になる。それだけ長い間、懸命に耐えて、役目を果たしてきた。

 どれもこれも、ニナが望んだことではない。それをありがたがることはできなかった。


「もう少し、優しくして欲しかった。私に合わせて、寄り添って欲しかったんです」 


 せめて、ニナを気遣って、合わせてくれれば、いたわりの気持ちを向けてくれればと思うのに、エドウィンも伯爵家も家庭教師も教会も、ニナが合わせることを強いた。

 言いたいことがあるのに、エドウィンの前では喉が干上がってしまう。ニナはしどろもどろになりながら言う。


「恩知らずの恥知らず! 聖女ともあろう者が何を甘えたことを言っている!」 


 たたきつけるような怒声。召喚されてから理不尽に怒鳴りつけられることばかりだったのに、慣れることはなかった。


「せめて、議会へ上げて欲しい」


 議会とは、聖モントローズ王国の王族の婚姻、王位継承、教皇の新任の承認の場合のみ招集されるが最高議会のことだ。


「駄目だ。国難を乗り越えたばかりの国に、そんな些末なことを議論する余裕はない」

「その立役者である聖女の婚姻は、些末なことじゃない!」


 アルバートは懸命に食い下がる。ニナは、心の中でアルバートを励ましていた。


「そもそも、兄上はホーロック伯爵令嬢との婚約を先月議会にあげていたばかりだろう!?」


 先月、エドウィンはニナの後見でもあるホーロック伯爵家の令嬢、アデルと婚約してた。

 王太子の婚約者として伯爵家では位に劣るが、聖女の教育係として務めを果たし、国に貢献したという功績で婚約が認められていた。


「側妃の子でも、私も王位継承権を持つ身。聖女と王族との婚姻が、いっそう強く教会と国を結びつけると確信している」 

「聖女が婚姻をしてどうする?」


 アルバートの言い分は道理にかなっていたが、エドウィンは認めなかった。論点をすり替えて、自分の矛盾を認めようともしない。

 とかくこのエドウィンという男は、王位継承権を争う弟が嫌いで、聖女という称号を許しながらもニナを自分に都合のいい駒としか考えていないのだ。


「彼女はまだ終生の誓いを立てていない! 婚姻を結ぶことに何の問題もない!」 


 聖女として活動をするために、ニナはローズ教で信仰の誓いを立てていた──立てさせられていたが、終生の誓いは立てていない。  

 ローズ教では信仰の誓いを立て、数年の修行の後、終生の誓いを立てる。終生の誓いを立てれば一生を神にささげ、婚姻も許されないが修行期間であれば還俗が許される。


「聖女は、今後ローズ教会で、一生民のために祈り続けるのだと決まっている」


 エドウィンは厳かに言い放った。


「そんな……!」 


 ニナは声を上げた。

 エドウィンはニナが反抗するのにいつも不快な表情を見せるのに、この時ばかりは生き生きとした顔をしていた。 


「婚約や結婚など世俗の幸せは聖女に不要だろう」 


 ニナは、大きく首を横に振った。

 この期に及んでもすぐに言葉が出てこなかった。

 ニナがエドウィンに意見をして聞き入れられたことなど、ほとんどない。それでも、今黙っているわけにはいかなかった。


「ランデル修道院に赴き、生涯をかけてこの国の平和と繁栄を祈るのだ」

「いいえ、殿下! 私は──」

「そうだ! せめてもの贐に【白薔薇の冠】をくれてやろう! 名誉に思え!」


 エドウィンは、良い思い付きをしたとばかりに晴れやかに笑った。

 【白薔薇の冠】とは、ローズ教修道女の内、多大な貢献をした者に贈られる装飾品だ。

 白い石で作られた飾り気のない細い首飾りだが、ローズ教修道女の最高の名誉とされている。

 現存するのはわずか十。限られた十人のみに与えられる誉なのだ。


「待ってください! お願いです──!」   


 ニナは声を振り絞った。

 ニナが欲しいものは、修道女の名誉ではない。アルバートとの婚姻が認められなくても構わない。褒美というのなら、せめて自分を市井に放って欲しい。


「聖女としての最後の役目である。来月、終生の誓いを立てるがよかろう!」 


 ニナの言葉は黙殺された。


「下々の者は喜ぶだろう。慈悲深き聖女様の生き様に。そして、聖女を召喚し、導いたこの私にますます感謝するに違いない」


 ニナは聖女としての役割を終えた。国には平穏が訪れた。今、この王都でニナの使い道はない。

 だから、エドウィンは新たな使い道を見つけたのだ。用済みになったニナを修道院に送り、閉じ込め、象徴として生涯を使いつぶすと。


(こんなの──!)


 ニナは震えた。怒りなのか悲しみなのか悔しさなのか分からなかったが、感じたことのないような感情が体中を渦巻いていた。


(こんなの、まるで追放じゃない!)


 ランデル修道院は、この国の中でも辺境の地なのだ。


「聖女をランデルへ!」


 その命令に、謁見の間の扉を守っていた衛兵が直ちにニナの腕をつかんだ。


「駄目だ!」


 すかさずアルバートが声を上げた。


「第二王子である私の婚約者だ! 不敬だぞ! その手を離せ!」

「婚約を承認していない!」


 二人の王位継承権を持つ者からの相反する命令に、衛兵が戸惑っていた。


「父王が病で付す今、御璽を預かっているのは私、エドウィンだ!」


 エドウィンのその言葉が決め打ちだった。衛兵はニナの腕を強く引き、そのまま引きずるように謁見の間から出ようとする。


「待って! ニーナ! 兄上……お願いだ!」


 追いすがるようなアルバートの声が、扉の向こうへ消えていく。

 ニナは、目の前で閉ざされた扉を茫然と眺めた。衛兵はニナの手を離さない。この国での聖女の扱いは、こんなものなのだ。


(こんな扱い、もう嫌……!) 

 

初めまして。

初めて連載をさせていただきます。

結末まで毎日更新予定です。よろしければお付き合いください。

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