5 冒険は試食の世界である
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「噂で勇者召喚したって聞いたけどよぉ、……なんか……」
「勇者のイメージとかけ離れているよな」
元山賊の呟きに、俺は渋く頷く。
彼は俺から視線を外さないまま、ゆっくりと短剣を鞘に収める。
「てめぇはそいつの護衛か」
「非常に、不本意ながら」
俺もそれに合わせて剣を腰の鞘へ収める。
刃がトンッと小さな音を立てて最後まで収まる。
「ねぇ、山賊はなんで辞めたの?」
場違いなほどワクワクした軽い質問が飛ぶ。
俺の合図を待たず、いつの間にかオグは俺の横にいる。興味深そうに男の荷物や武器を見ている。男のカバンは一般的なモンスター皮だが、短剣は宝石が埋め込まれた値打ち物だ。
「ヒエラルキーが嫌ぇなんだよ」
元山賊はその顔によく似合った透明な声で答える。口調は非常に悪いが。
「え、山賊って自由でアナーキーってイメージがあるんだけど」
「オグ、『アナーキー』っていうのは全然褒め言葉じゃないからな」
突然、元山賊が大声で笑い出す。心底面白そうに目を細め、彼が肩の力を抜く。
張り詰めていた空気が動き出す。俺は小さく詰めていた息を吐き出す。
「おめぇ、なんかズレてて面白ぇな、勇者。なんでここにいるんだ?」
「遺跡が見てみたくって」
オグは元山賊の鋭い視線にもまったくひるまず、「当然だろ」とでも言いたげな顔で答える。
彼のその妙な図太さだけは評価する。
オグはまた男の背後の荷物へ視線を向け、それから男の全身を見る。くすんだ白と茶色、モスグリーンの服。山賊特有の背景に溶け込みやすい色合いだ。
「ここは君の家?」
「縄張りだっつっただろ。家じゃねぇ。そのうち大金貯め込んでバカでっけぇ城買うんだ。それがオレの家だ」
「城ねぇ」
俺は国王陛下の城を思い浮かべながら呟く。
「お城が好きなの?」
オグは甲高い声で、不思議そうに首を傾げる。
元山賊も同じような表情で勇者を見返し、近くにある自分の荷物を漁り出す。
中には服、紙、小物、ゴミまでもが、ごちゃごちゃと詰め込まれている。
「あったりめぇだろ⁉ 自分の家が城だったら最高じゃねぇかよ! おめぇは自分だけの城が欲しくねぇって言うのか?」
「え、いらない。あんなの絶対に掃除が面倒じゃん。メンテナンスでお金も飛びそうだし。金の無駄遣いだよ」
――――国王陛下や側近方が聞いたら泣きそうだな
オグの思考は単純と言えば単純だ。物凄く実用的で、自分の優先順位がはっきりしている。食欲、好奇心、実用性。多分そんなところだろう。
「んなの、誰かにやらせりゃいいんだよ」
呆れたように吐き捨てながら彼は探していた干し肉を引っ張り出し、口の端に咥える。
硬く干からびたそれは青く、白い粉がかかっている。色が先程食べたスライムを連想させて気持ち悪くなる。
「ねぇ! それ、肉だよね⁉」
元山賊はいきなり興奮したオグに面食らって目を丸くする。口が少し開き、干し肉が落ちそうになる。
「……これはオレのだ。知らねぇ野郎に分けてやる食糧なんざねぇ」
「お願い、ほんのちょっと、ほんの一欠片でいいからさ! 青い肉なんて初めて見たよ! それ、甘いの? それとも辛い? 美味しい? まずい? ねぇ、マジでどんな味⁉」
矢継ぎ早に質問を飛ばしながら男に詰め寄っていく。俺は男を少しだけ気の毒に思いながらも、干渉しないよう黙って見ている。
というか、俺も青い肉は滅多に見かけない。嫌な予感がじわじわと浸透してくる。
「こっちの干し肉って普通こんなに青いの? あっ! じゃあ物々交換はどう?」
「……てめぇ、頭大丈夫か? オレが適当にそこら辺の奴で作ったもんだぞ?」
「余計気になるじゃん! どんな動物なの? あ、でも聞いても分からないかな」
「ああ、そっか。てめぇは転移者だったな」
男は少し苦笑して、オグに向かって小指の爪くらいの干し肉を差し出す。指先は踊るように滑らかに動く。
「安全より食欲かよ。おら。恵んでやるけどよぉ、ならず者どもの食いもんだぜ? 忠告はしたからな」
「おぉぉぉおお、ありがとう! 顔が可愛いだけのケチくさい奴かと思っていたけど、あんた、結構中身もいい奴なんだな」
「……てめぇ、実は喧嘩売ってるだろ」
「これが異世界の肉かぁ!」
オグは男が凄んでいるのに全く気づいていない。嬉しそうにその欠片を太陽に透かしたりして感動している。
俺は我慢できずに吹き出す。
すぐに刃のような視線が鋭く殺気を飛ばしてくる。
「悪い」
まだ少し込み上げてくる笑いを噛み殺し、手のひらサイズの携帯食の干し肉を睨んでいる男に投げる。彼はそれを空中でキャッチし、少し匂いを嗅ぐ。
「ワイルドボアの干し肉だ」
「へぇ、気前いいじゃねぇか、騎士さんよぉ」
「物々交換なんだろ? そっちはなんの肉なんだ?」
男の視線が再び少し鋭くなる。そして挑発するように俺たちを見下ろしながら、にやにやした表情を浮かべた。
――――あ、これ、聞きたくねぇ。絶対に聞いたら後悔するやつだ
「そいつぁ、モンスター肉だ。お上品な騎士様にゃ下品すぎちまうか?」
「最高じゃん! これ、どんなモンスターなの⁉」
――――……くそ。またモンスターかよ
「ゴーレムリン」
あの外殻が砕けた後の、ガリガリで灰色の体を思い出す。
――――……あれ、か? あんなの、食うなんて無理だろ。絶対に無理。無理、無理、無――――
「マジ⁉ 最高! 食べてみたかったんだよ!」
「……は?」
――――止めてくれぇぇぇぇぇぇえええ……
俺は頭を両手で抱えて天を仰ぐ。
元山賊の呆然とした視線も気にせず、オグは嬉しそうにその小さな欠片の匂いを嗅ぐ。そして口に放り込み、味わうようにじっくりと噛む。
「おぉ! 結構淡白で臭くない! なんか、少量でもお腹に重く溜まるような感じ」
山賊はあんぐりと口を開けて勇者を見ている。
「お前……分かってんのか? 今、てめぇが食ってるのってモンスターなんだぜ?」
「ああ! モンスターって最高だよな! 美味いし」
「美味くねぇよ! つうか、食えんのかよ⁉」
「え? 君だって食べるじゃん」
「オレは食いもんねぇ非常時だけだ!」
焦って喚く元山賊はモンスター食をしている割には常識があるらしい。
「そいつ、さっきスライムの刺身を美味い美味い言いながら食っていやがったぞ」
オグの異常さを誰かと共有したくて、つい愚痴を漏らす。
「……はぁぁぁあ? お前、バカか!?」
「ほら、これが普通の反応だ。普通はモンスターなんか食べないんだよ。別に俺が堅物だからじゃねぇ。堅物じゃねぇし。だか――――」
オグに「だからモンスター食うな」と続ける前に、顔色を変えた元山賊が遮る。
「おまっ、モンスターなんだぞ!? 絶対寄生虫いるだろ! ちゃんと火ぃ通せ!」
――――……ん?
「あ、俺、無限冷凍庫あるから寄生虫は大丈夫。多分」
「そりゃ何だ?」
「俺の世界での貯蔵庫。一度凍らせるから寄生虫は死ぬ。多分。だから刺身も平気。食べてみる?」
「オグ……今、『多分』って二度言わなかったか?」
「このオレにモンスターを生で食えってか!?」
俺の呻きと男の怒鳴り声が重なる。
思っていた常識とは少し違う反応に、思わず眉を顰める。
「美味しいよ? あ、でも今のゴーレムゴブリンも美味しかった」
「ゴーレムリンだ!」
護衛対象につい怒鳴ってしまう。
「もう、名前くらい別にいいじゃん。君からも細かいこと気にするなって言ってよ」
「いや、それだと二種類になっちまうだろ。そいつが正しい。名前は覚えろ。……っていうか、ちょっと待て」
男はいきなり何かに気づいたようにオグを見る。
「おめぇ、その無限冷蔵庫ってもしかして召喚代償スキルか?」
「おう! へへへ、これだったら食には困らないだろ? 俺、天才じゃん」
「てめぇはマジでバカか⁉ スキルは利便性よりもおめぇの生存確率を上げるためのもんなんだぞ⁉」
「生存には食が一番大事」
詰め寄る元山賊に、オグは深刻な顔で静かに漏らす。
元の世界で食に困っていたのだろうか。少しだけ不憫に思えるが、ベビーボイスのせいでなんか締まらない。
元山賊は驚いたように目を見開き、やがて苦笑した。
「おめぇ、めちゃくちゃだな」
「俺は効率よく生きることに命をかけている」
元山賊に、そしてこともあろうか俺にも笑顔を向ける。
「冒険して、サバイバル食で生きるのも面白そうじゃん!」
――――冒険とは何だ。俺の知っている冒険は、剣と戦闘でのサバイバルだ。食文化の破壊じゃない
「サバイバル食にする意味あんのか?」
元山賊は爆笑しながら転げ回る。
「どうせだったら未知なものを食ってみたい。みんなの知らない食材を発見した時の快感って最高だと思わない?」
「ちょっと待て! 食に生きるんじゃなくて、モンスターバランスをどうにかしてくれ!」
「倒したモンスターを試食したら文句ないでしょ?」
俺の悲鳴に脳天気な勇者が返し、元山賊がさらに笑う。
「はははは! こいつはいい!」
元山賊は転げ回り、オグはモンスター肉の感想を語っている。
……俺の知っている冒険は、剣と戦闘の世界だ。
剣と戦闘が全ての、強者を競い合うロマンの世界だったのだ。




