4 勇者、遺跡で急に壁を走り出す
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ゴホッ ゴホゴホ
「おい、粉砕はするな! こんな場所じゃ肺がやられちまう」
「凄く脆いモンスターなんだね」
「ゴーレムリンか? 体は脆くはねぇが、頭部を破壊すると体が崩れる。逆に体への攻撃はあまり効かないから気をつけろよ」
「……え、ちょっと待て。これがゴーレム⁉ なんか……ちっちゃい!」
「いや、多分お前が考えているのは巨石ゴーレム。こいつらもゴーレム系だが雑魚モンスターのゴーレムリンだ。小せぇけど、集団で行動するから面倒なんだよ」
「ゴーレムゴブリン。名前は立派なのにね」
「ゴーレムリンだ」
「細かいなぁ。別にゴーレムゴブリンでもいいんじゃない?」
「いや、そっちの方が言いにくいだろ」
カチッ
ゴォォォォオオ
言い争いの真横でトラップが発動する。
壁の一部が陥没し、火のジェットが噴き出す。
俺は素早くその場から飛び退く。もうオグの反射神経は心配していない。
案の定、彼も上手くかわしている。床に這いつくばり、彼は前進して炎のジェット下を潜ってくる。
「お前、結構楽しんでいるだろ」
「そりゃ、人生は楽しまないと意味がない」
「オグは楽しみすぎだ」
「それって悪いこと?」
「まぁ……変なものに当たって変死する前、召喚目的を達成してくれたら別にいい」
「冷たいなぁ」
さらに奥へ進むと、新たなトラップが発動する。
ズゴゴゴゴゴゴゴゴ
床全体が抜け落ちていく。
「うぉおおおぁあ⁉」
「ぅぎゃぁああ⁉」
とっさに剣を壁に突き刺し、落下を防ぐ。
オグは体を丸め、そのまま壁を走る。
斜めだ。
体を斜めにして、壁を走っている。
そして向こう側へ着地する。
――――こいつ、重力無視しやがった!
「……それがパルクールか……」
なんとか剣を使って壁に張りつき、罠をやり過ごす。少し擦りむけただけで大きな怪我はない。
勇者に至っては小さな擦り傷すらない。
初めて彼が少し勇者らしく思えた。本当に砂粒サイズの思いだが。
口では彼を大げさに誉めながら角を曲がる。
大部屋だ。
そして、所狭しと集まっているゴーレムリンたちがいっせいにこちらを振り向く。
ガ…… ガゴ?
静寂が落ちる。
無数の真っ黒な瞳が俺たちを見つめている。
ガゴォ⁉ ガゴォ! ガゴガゴ!
無数の声が重なり、巨大な音量となって襲いかかる。反応の速い数匹はすでに俺たちに手を伸ばし始める。
「頭を狙えよ、オグ!」
長剣を抜き、突進してきたモンスターに斬りかかる。狙うは頭部、あるいはその細い首だ。
ガァゴ! ガァゴガゴガゴ
――――オグはどこだ⁉
勇者が見えなくなり焦っていると、中央にいたゴーレムリンが数匹、壁へ突進していく。
次の瞬間。
オグが虫のような動きで壁から跳ね返り、ゴーレムリンの頭部を踏みつける。すぐに次のモンスターへと跳ぶ。
ゴーレムリンたちは皆、その変な動きをする彼に気を取られている。
その隙に俺は剣を振る。
モンスターの頭を全力で蹴り飛ばす。
ドシャッ
ガンッ
ゴーレムリンが壁へ叩きつけられるたび、大量の小石や粉塵が舞い上がる。
ゴホッ ゴホゴホッ
粉塵が広がって視界はどんどん悪くなる。
それでも経験で分かる。どの角度からモンスターが来るのか。動きが読める。
目を細めながらオグを探す。
勇者は跳ねまわっていた。
崩れた天井の石から壁へ。
壁からゴーレムリンの頭部へ。
頭部から別の頭部へ。
そして再び壁へ、さらには天井へ。
そのスピードも異常だが、もっと恐ろしいのは着陸地点と体の動かし方の精確さだ。
着地の一瞬で次の動きへと切り替えている。そのスピードで動ける人間は初めて見た。
――――こいつ……、本当に勇者だったのか!
その未知なる動きに思わず感嘆の唸り声が漏れる。
そして。
視界からオグが消える。
「うゎぁああああ! ユーイ、助けてぇ!」
――――無駄に感動していた俺の時間を返せ!
眉間に青筋を立てながら、俺はさっきオグが消えた場所へ駆ける。頭部を破壊するたび、鈍い衝撃が剣から腕へ伝わる。
オグは床で丸まり、頭を守っていた。
突進してきたゴーレムリンの頭部を強く蹴り飛ばす。頭部は吹き飛び、崩れた天井の向こう側へと消えていく。
最後の一匹らしい。
オグは差し出した俺の手を掴み、立ち上がる。
「あははは、滑っちゃった」
俺は頭を振りながら体を見下ろす。二人とも小石と埃まみれだ。
「この部屋が遺跡の最深部らしいな。戻るか?」
「え、遺跡を攻略したお宝とかないの?」
「遺跡はダンジョンじゃない。それにここはもう色んな奴らに荒らされている。大して残っていないだろ」
オグは目に見えて落ち込む。
そんなに宝探しがしたかったのか。少し気の毒になるほど全身で悲しんでいる。
やはり三歳児だ。
小石と細い体のモンスターの山が部屋から廊下までを埋め尽くしている。来た道を戻るよりもこの天井をよじ登った方が早いと判断する。
オグが先に登り、上から手足の置き場を教えてくれる。意外と的確で、思っていたよりも早く地上へ戻れた。
「はぁぁぁあ、お宝がぁ……」
「お宝は残念だったが、お前の力量が分かってよかった」
「え、何? 俺、合格?」
「テストじゃないだろ」
俺は少し苦笑しながらオグを見る。
今は埃まみれだが、黒い髪に濃い瞳。細身だがあの動きをするための筋肉はちゃんとついている。身長は平均より少しだけ小さい。
相変わらずアグアの実の影響で声は甲高い。
――――あ、ダメだ。もう我慢できねぇ
俺は吹き出した。
「まぁ、俺の持っている『勇者』のイメージからはほど遠いけどな。動きは悪くない」
オグは嬉しそうに笑う。よくも悪くも、素直な男だ。
「……なぁ、オグは――――」
ガラ…… ガラガラ…… ガサ
突然聞こえてきた音に剣を抜き、構える。
――――ゴーレムリンの生き残りか?
まだモンスターと決まったわけではない。だが油断はできない。
草に覆われた古代遺跡の崩れ落ちた壁の反対側へにじり寄る。
剣を構えたまま、慎重に角の反対側を覗く。
瓦礫にうずくまって蠢く背中。何かを探しているのか、焦げ茶色の頭部が上下する。
「……どう、ユーイ? ゴーレムゴブリンなのか?」
少し離れた場所から聞こえる甲高い赤ん坊声。
その声に、焦げ茶の頭が跳ね上がる。勢いよく振り向く。
踊り子を思わせるような美しい顔。
すっと通った鼻筋。印象的な金の瞳。無駄に長いまつ毛。赤く、ふっくらとした唇。浅黒く柔らかそうな肌に焦げ茶の髪。
――――凄ぇ美人だ
その金の瞳が、燃えるような怒りを込めて俺を睨む。
「……何見てんだ、こらぁ」
男だった。しかもがさつな口調の。
服装と態度から察するに、この辺りを根城にしている山賊なのだろう。
俺は無言で足幅を広げ、剣を真っすぐ男へ向ける。モンスター相手なら勇者の方針に従う。だが人間相手なら、護衛である俺が手を出せる。
「ちっ。いいもん着てやがる……。傭兵じゃねぇな?」
男はゆらりと立ち上がる。細身だが非常に背が高く、手足も長い。獣のような鋭い気配が漂っている。
視線を合わせたまま、呼吸を抑える。
「通りすがりだ。戦いたいわけじゃねぇ」
「はっ! その荷物を寄越せば、そのまま通りすぎてもいいんだぜ?」
「断る」
男はベルトに挟んであった短剣を二本、素早く抜いて構える。
やはり俊敏だ。
そして、強い。
俺たちは無言で睨み合う。
「……誰?」
背後からオグの声がする。男の存在に気づいたのか、珍しく少し遠慮がちな声だ。
「てめぇらこそ、『誰』だ? ここはオレの縄張りだぞ、こらぁ」
「オグ、気を付けろ。こいつは山賊だ」
「山賊?」
「ちっげぇよ! 元・山賊だ!」
「へぇぇぇ! 初めて見た! 格好いいんだね!」
――――は?
「は?」
男は俺の思考と全く同じ反応をする。
元山賊が格好いい?
勇者ともあろう者が、無法者を称えることなんてことがあっていいのか?
いいのか?
……いや、駄目だろ。
「てめぇ、おちょくってるのか?」
「あ、こっちにも『おちょくる』って言い方あるんだ?」
元山賊に睨まれているのに、当の本人はいつものマイペースに戻っている。ベビーボイスのせいで、余計張り詰めていた緊張感が抜けてしまう。
「……てめぇ、マジでなんなんだ」
それは男もそうらしい。少し呆れたような表情でオグを見る。
「オグって呼んでよ。伝説の勇者なんだって」
「……は、……え? ……はぁぁぁあ?」
元山賊は俺を見るので、それに渋く頷く。
『え、マジで?』
『残念ながら、マジだ』
視線だけでそんな会話を交わす。
勇者よりも山賊だった男の方が常識がある。
――――……この世、終わった




