3 遺跡の罠より勇者の方が危険なんだが
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「ユーイって剣以外にも何か使えるの?」
「火だ」
「火? どういうこと?」
「火と相性がいい奴もいれば、水と相性がいい奴もいる。俺は接近戦型だから火と相性がいい」
「……ユーイって、説明が凄く下手って言われたことない?」
――――なんかオグからそう言われると、普通の何倍ものダメージを食らうな
少し開けた、四方を壁に囲まれた場所へ出る。その中央から太陽の光が差し込んで空気に舞っている種や埃が見える。
「ここは古代遺跡。まだ生きてるトラップがそこら中にあるから気を付けろよ」
「遺跡って結構多いの?」
「ああ、多い。というか、山や砂漠は現代建築よりも遺跡の方が多いかもな。モンスターの勢力バランスが崩れた時の名残だ」
オグは落ちた瓦礫を手に取り、近くで見ている。仄かにキラキラと細かな光の粒子が入った石は、元々は濃いピンクっぽい色だったのだろうか。太陽の当たらない場所にはわずかに色が残っている。
抜けた天井から入る太陽光の近くではアグアの蔦とは違う蔦が生えている。白っぽい蔦に艶のある青い実が大量に実っている。
オグは俺が止めるよりも素早く、それを一つ採って口に入れる。
「おまっ、バカ!」
「ぅええええっ⁉」
口内の凄まじい苦みと渋みでオグの頬が窄まり、口内の青い実を吐き出す。すでに少し噛み砕かれた実の破片が地面に飛び散る。
「バカ野郎! そいつは毒だ!」
俺は慌てて腰に括りつけた飲み袋を取り、彼の口に飲み口を押し込む。そして大量の水を流し込む。
「吐け! 全部吐き出せ!」
オグの体が猛烈な拒絶反応を起こし、胃を痙攣させる。何度も飲ませた水と一緒に吐き続ける。
やがてそれが収まり、彼は地面に寝っ転がって崩れた天井を睨みつける。
「……食可・不可の図鑑でも作ろうかなぁ」
甲高いベビーボイスが掠れて、痛々しそうに呟く。
「アグアで懲りなかったのかよ! ったく、お前は知らん物なんでも口に突っ込むんじゃねぇ! 三歳児か!」
「だって本当に飴玉みたいで美味そうだったし……。アグアは美味しかったし。未知の食材が目の前にあると、やっぱり自分の味覚の限界を突破してみたくなるじゃない?」
「なんだ、そのネジのぶっ飛んだ理由は。それにこれは食材じゃねぇよ」
心底呆れた目で、まだ潰れているオグを見下ろす。
――――マジでガキの子守りをしている気分だ
「この世界にもネジってあるんだね。親近感湧くなぁ。……ユーイ、助けてくれてありがとう」
「いい加減、なんでも口に突っ込むのをやめろ。マジで死ぬぞ」
「ねぇ、どっかに食べられる草とか動物とかの図鑑って売ってないの?」
「図鑑から離れろ。お前のその食に対する執念ってなんなんだ。そんなのなんかねぇよ」
「貧乏すぎると食で節約しなきゃいけなくってね。コショウや油があれば雑草も結構食べられたし。あー……口の中、苦ぁ……」
俺は溜息をついて立ち上がる。
「ここから動くなよ」
先ほどの場所に戻り、アグアの実をいくつも集めて持っていく。それを危機感もなく至福の表情で食べるオグを見ていると、まだこれから何度も繰り返しそうな出来事だと危惧する。
「お前って本当にめちゃくちゃだな」
「いやぁ、俺がここに来たのってさ、新しい人生をスタートしたのと同じじゃん? 我慢しないで生きようと思ってさ」
――――こいつは俺たちの命がかかっている事を忘れているんじゃなかろうか
「だからって目に入る物全部口に突っ込んでから考えるのは、どうかと思うぞ」
しばらくして動けるようになると、俺たちはその囲まれた部屋の瓦礫の周りを歩いてみる。
すぐ裏側に地下へと続く細い入口が半分隠れた状態で見つかる。昔はこの入口の上を飾っていたのだろう、周りには柱がいくつも立っていた跡が残っている。崩れた紅石は長い年月で風化したらしい。その周りの砂に触れるとキラキラした粒子が指に付く。
俺が最初に入ってからオグに手を貸そうとすると、するりと流れる動きで入ってくる。思っていたよりもこの勇者の運動能力は高いのかもしれない。
地下へと続く大きな通路を歩いていく。空気は徐々にひんやりし、音が反響し始める。
「結構暗いね」
「あー……、ちょっと待っていろ」
俺は荷物から手のひらサイズの球体を取り出す。その中にある小石を一粒取り出し、強く擦っていると火が灯る。小さな炎が元気に手のひらで踊る。
「それって……魔法⁉ え、初めて見た! これって触っていいの?」
彼は言い終わる前に手を伸ばし、指先で炎に触れる。
ジュッ
「ぉあちぃぃぃぃぃ!」
「バカ野郎! 火道具の炎に手を突っ込むバカがどこにいるんだ! お前、マジで死ぬぞ⁉」
彼の手を掴んで見ると焼けた指先が赤くなっている。
「だって……初めて魔法見たし、ユーイなんか手に乗せてたじゃん! 普通は熱くないと思うじゃん……」
「それは人工炎の下側だからだろう! 炎の先端は普通に熱いわ! それに魔法じゃねぇ!」
「え、魔法じゃないの?」
「これは火道具だ。普通の炎より熱い。お前の考えているような魔法はモンスターしか使えねぇよ」
「なんだ、火傷し損した」
「お前、行動する前に一度止まって考えることをいい加減に覚えてくれ。あと……頼むから、俺に確認してくれ」
オグが少し拗ねた感じで言うのに、深く溜息をつく。ここ数日でもう一生分の溜息をついた気がする。心労で早死にしたらオグのせいだ。
「改めてごくごく当たり前のことを言うが。何でもかんでも口に入れるな。危なそうなものは触るな」
「ごめんなさい」
地面に転がってしまった炎をどうにか拾い上げ、さらに遺跡の奥へ進んでいく。
床や壁は崩れかけている部分も多く、空気がよどんでいる。角や崩れた石の下では武器、そしてモンスターや人間の骨が転がっている。そのすべてを枯れた蔦の残骸が覆っている。
「人が死んだところは見たことがない」と言っていたオグ。だが古い骨には激しい拒絶反応を見せていない。それに少し安心する。勇者がモンスターや骸骨に悲鳴を上げる方が、よほど恐ろしい。
さらに薄紅色をした遺跡の通路を進んでいくと、突然足元から振動が込み上がってくる。
ガラ ガラガラガラ
――――床が抜ける!
「オグ! 落とし穴トラップだ!」
俺は大きく跳びながら振り返り、オグの方へ手を伸ばす。
彼はそこにはいなかった。
思わず横を見る。
オグは崩れた足場の欠片に爪先を引っ掛け、次々と落ちていく破片の上を駆け上っていく。
――――動きが軽い!
彼は悠々と落とし穴の反対側に着地して俺を振り返る。そして大きな笑顔を見せる。
「パルクール。環境の段差とかを利用して最短距離を勢いよく進む遊び」
「……感激すればいいのか、びっくりすればいいのか分からんが……。何でも食う癖といい、超人みたいな運動能力といい、お前……色々と変」
オグは横に移動した俺に笑いながら少し照れくさそうに目を細める。
「体動かすのは好きなんだ。だから色々と俺のことを心配しているみたいだけど、安心してよ。死にそうになれば、ちゃんと逃げる」
彼は俺の心配の解釈を間違えている。
「いや、勇者が逃げんな」
俺の呟きにオグはまた笑う。
こいつは絶対に間違えている。
ガゴ ガゴガゴ!
暗い通路を曲がると、いきなり三匹の小さなモンスターが突進してくる。
人間の頭二つ分ほどの大きさのモンスターだ。体は丸く、硬質な石に覆われている。速くはないが重そうな音を立てて直進する。ゆっくり方向転換する以外は、ひたすら前へ進む低レベルの突進型モンスターである。
――――さっきのオグの動き……モンスターを踏めるか? イチかバチか、試してみるか!
「オグ、そいつの頭を踏んでみろ!」
彼は短く助走をつけ、小さなモンスターの一匹の頭に飛び乗る。すぐに跳ね上がり、反対側へと飛ぶ。
俺は勇者の邪魔にならないよう壁の方へと走り、炎を高く上げて周囲を明るくする。
「今度は蹴ってみろ!」
オグは言われるがまま足を高く振り上げ、いい位置に突進してきたモンスターを蹴る。
ゴスッ
重くどっしりとした衝突音が響き、丸いモンスターが弧を描いて壁に衝突する。
「もう一匹できるか⁉」
「はいよ!」
彼は残った一匹の頭部を両手で掴み、逆立ちをする。そのまま勢いよく壁に投げつける。
モンスターの表面を覆っていた岩が粉砕し、大量の小石や粉塵が舞う。一度崩れ始めると早い。どんどん小石が落ち、最後には痩せ細った灰色のモンスターの亡骸が廊下の真ん中に残る。
ガァァゴォオオオオ!
遺跡の奥から同じような叫び声がこだまする。




