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国王陛下、勇者がまたモンスター食ってます  作者: 結城一
第一章 異世界転移した勇者がヤバすぎるのだが

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2/5

2 勇者、食うなと言った実でベビーボイスになる

結城一の情報ページを開設しました。

https://note.com/yuuki_hajime

「最高!」

 オグはそのぷるぷると震えるスライムを堪能しながらゆっくりと噛む。目を細め、全身で嬉しそうに味わっている。

 やっと「待て」の半刻が過ぎ、勇者はそれこそ本当に美味しそうな表情でスライム刺しを食している。

 意外にも、味は本当に悪くなかった。真夏の暑い日ならもっと美味しく感じられたであろう。一瞬ひやりとしたが、腹の違和感はすぐに消えた。

 気のせいだと思いたい。

 いや、きっと気のせいだ。

 だがどうしてもモンスターを食しているという禁忌に、心から美味しいとは思えない。後日の身体への影響の有無も不安である。それでも嬉々としてスライムを口へ放り込むオグを見ていると、自分の常識や認識が歪みそうである。

「なぁ、ユーイ。この小川の上流って何があるか知っている?」

「確か、紅石遺跡だったはずだ」

「え、遺跡もあるの? へぇ、ファンタジーだ! どんな遺跡?」

「失われた文明の時代のものだな。昔は繁栄していたが、モンスターバランスが崩れ、衰退してしまった」

「前に話していたバランスのこと?」

「そうだ。世界は生命力のバランスによって保たれている。モンスターも人間も、不可視の領域で一つの根源を分け合っている。全ての生命は根っこで繋がっているんだ」

「え。じゃあ俺ってもしかして、今、人間の刺身食ったのと同じってこと?」

 オグのバカな質問は無視して続ける。

「一定周期でこのバランスが崩れる。そうなるとモンスターの大暴動が起こっちまう。大暴動が起きると、その時代の人間文明はジ・エンドだ」

 勇者は聞き飽きたのか、小川で食器を洗いながら俺の話に耳を傾けているふりだけをする。そういえば考えるのは苦手だと言っていたことを思い出す。

「この歪みを修正するのが勇者召喚。異世界から選ばれた生命力を持つ勇者が、偉大なことをする。そうすると再び世界のバランスが戻る」

 オグが食器とまな板を俺の荷物に突っ込んでいるのを横目で見つつ、俺は眉を顰める。物凄く嫌な予感がして、俺は頭一つ分低い勇者の顔を見下ろす。

「なぁ、昨日スライムを殺すことすら物凄く躊躇していたが、その……オグは戦闘経験は少ないのか?」

「戦闘……。うーん、喧嘩だったら半年くらい前にしたよ! 負けたけど」

 誇らしげに胸を張って喧嘩報告をする勇者は、ある意味十分恐怖を掻き立てる。

「あ、でも俺の趣味ってパルクールだから! 全然本格的じゃなかったけど、めっちゃ楽しくって続けていたし。どこでもできたし。まぁ、なんとかなるだろ」

 俺は青空を見上げて心の中で悲鳴を上げる。


――――おお、女神よ、なぜこの男が勇者なんだ!?


 モンスターを見たこともない、戦闘経験もない、単純バカな勇者って……本当に勇者って言えるのか?

 歴代の勇者たちはもっと好戦的で権力好きだと習った。なのになぜ、こいつはこんなにもいい加減なんだ。

「とりあえずその遺跡を見に行こうよ。なんか面白そうだし、ロマン感じるよね」

 悲しいかな、俺に拒否権は一切ない。




 

    ◇◇

 一刻ほど川沿いを歩いていくと、真っ白な石畳の塀が折り重なったような場所に出る。

 一見すると蔦が崩れた瓦礫を飲み込んでいる小さな遺跡だ。だがここの遺跡は地下へと広がっている。不安定な足場の遺跡はモンスターのたまり場で、まともな神経の人間は近寄らない場所である。

 俺たちは瓦礫の中を歩きながらその遺跡を何周も回ってみる。ひび割れて崩れた壁は、気温や湿気の環境に影響されないための複数層を重ねた作りをしている。近くで見ると中央層は光を反射してキラキラとした塊を含んでいる。

「なんで真ん中はこんなに光っているの?」

「これは多分、ここの鉱物を砕いて混ぜていたんだろ。対モンスター効果があると聞いたことがある」

「へぇ。対モンスター効果って何?」

「モンスターの体液や攻撃に対して強い。炎や電撃、水撃、毒じゃないかな。そこまでこの遺跡には詳しくねぇんだ」

「モンスターは魔法使えるんだ?」

「魔法というよりかは、そのモンスター特有の攻撃だと思ってくれ」

 俺にとって「魔法」という言葉は魔法使いが虹色に光って変身するようなイメージがある。モンスターが炎や水を出して攻撃してくるのは別に魔法と言わないだろ。

「いいなぁ、魔法! 俺も見てみたいなぁ」


――――冗談じゃない。モンスター攻撃なんか見たがるな! あと()()じゃねぇって!

 

 オグは遺跡を触り、絡みついている蔦を引っ張る。蔦は長く、真っ白な花と眼球サイズの赤い果実を大量に実らせている。

「ねぇ、この実も食べられるの?」

 こともあろうか、勇者は俺が返事をするよりも早く、その真っ赤な実をむしり取って口に放り込む。

 その表情の変化は見事だ。

 好奇心から驚愕、さらには歓喜へと変わっていく。そのあとはひたすら無表情で次々と口の中に押し込んでいく。

「うっまぁ! 綿菓子じゃん!」

 綿菓子とはどんなお菓子なのかは分からないが、相当好きなのだろう。止めるのを躊躇ってしまう。

「オグ……いきなり食べるんじゃない。ちゃんと俺に確認しろって」

「ごめん! あまりにも美味そうだったから、つい……。好きなお菓子そっくりなんだよ」

「これはアグアの実。食べすぎると副作用が出るぞ。忠告はしたからな」

 オグは手にしていた実を落として青ざめる。

「え、怖い。どんな……副作用?」

 さすがに少しは己の無鉄砲さを反省したのだろうか。

 俺は深刻な表情で彼の落とした実を拾う。それをゆっくりと二つに割って彼に見せる。小さな白い種がびっしりと入った黄色い果肉から果汁が滴る。そしてふんわりとした甘い香りが空気に混ざる。

「これは確かに美味い。美味いがゆえに、みんな食べすぎて副作用を経験する」

 彼は生唾を飲み込む。

 俺が何を言うのか、初めてちゃんと俺の言葉を聞いている気がする。緊張で呼吸が荒くなっている。

「これはな……」

 俺はアグアの実を彼の前で軽く絞る。果汁が指を伝う。

「食べすぎるとな、」

 そしてそれを自分の口に放り込んだ。

「……めちゃくちゃ甲高い鼻声になる。効果は一日中続く」

「はぁぁぁぁ?」

 俺が変な間を持たせて緊張を高めさせたせいか、効果は絶大だ。勇者の声は見事に甲高い赤ちゃん声になっていた。

「ぎゃははは! なんだ、これ! ぎゃはははははは」

「あはははははは、可愛い声だなぁ!」

「ぎゃはははは! 声! 俺の声ぇ!」

「あははははははははは!」

 二人でみたいに笑いあう。

 笑っては、呼吸困難になるくらい彼の笑い声につられ、また笑う。

 しばらくして二人とも落ち着くと、俺は笑いすぎて滲んだ涙を手の甲で拭う。

 オグに赤い実を数粒渡し、自分もまた一つ食べる。甘く軽い果汁がふわっと口内に広がる。

「綿菓子ってどんなだ?」

「砂糖を細い糸みたいにして、それが雲みたいに集まったお菓子。夏祭りのたびに買っていたなぁ」

 甲高い声が思い出に浸るように、嬉しそうに話す。

「そんなに似ているのか?」

「味はそっくり。だけど食感は全然違う。なんか……なんと言えばいいのかな、あっちは本当に雲のような軽さ。こっちのはライチの実にそっくりな食感だねぇ」

「ライチ?」

「こう、白くってもちもちとした……。……いや、なんでもない」

 オグはいくら食べものの名前を言ったところで俺にはその食材や料理がさっぱり想像できないことを悟り、溜息をつきながら頭を振る。その反応を見て、俺は初めて彼の人間らしさを感じる。

「……故郷が恋しいか?」

 オグは空を見上げながら俺の質問に少し考える素振りをする。

「どうだろう。家族や友人達は恋しいよ。だけど仕事は別に」

 故郷の話をしているときの渋い表情が、可愛い声とまったく合っていない。そのアンバランス感に気が散る。

「ニートって言っていたけど、それってどんな職業なんだ? 契約ごとに雇用主が変わる傭兵みたいなイメージなんだが」

「うーん、まぁ、生活がきつくなると戦争のない単調な仕事内容の契約をたまにする職業かな。好きなだけキャンプ行ったり好きなことができて最高だったけど、基本的には無職」


――――無職かよ


「……好きなことってさっき言っていたパルパールか?」

「パルクールね。ここはいい場所がいっぱいあるからあとで見せてあげる。……あっ」

 彼は突然気づいたように蔦を凝視する。

「ねぇ、これって野生の果実だよね?」

「そうだが?」

「野生でこれだけ美味いものが大量にあるってことはさ、他にも美味しいものがいっぱい生えているってことだよね?」

「まぁ、美味いか不味いかは人それぞれだろうが」

「色々食べてみようよ! 最高の食材を探そう!」


――――なんか、旅の方向性……変わってねぇ? マジで勇者ってこんな感じでいいのか?


 俺は嬉しそうに遺跡を探検するオグを複雑な思いで眺めた。

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