第9話 ふしぎな魔法かけられて
………………。
「……ん?」
なんだ……?眠っていたのか?
確か俺は薬を飲んで……
そうだ。俺はあの爺さんから買った薬を飲んで……それから……それから?
薬を飲んだ直後に急にめまいがして……
その後の記憶がない。
「……ここはどこだ?」
ふらつく足を奮い立たせてなんとか踏ん張り立ち上がる。身体の気怠さは残っているがとりあえずは動けそうだ。
見慣れない場所。薄暗い部屋にベッド、テーブルにはランタンが置かれている。小さな宿屋の一室……って感じだ。
まだ爺さんの店にいるのか?
ひとまず正面に見えるドアへ向かおうとした時、なにか違和感に気づく。
……身体が重い。
これは明らかに怠さからくるものじゃない。
妙に体全体が重い。まるで鉛でも纏っているかのように身体が思うように動かない。
なんなんだこの感覚は……
「ん……?」
身体を動かした際にふと視界に入った己の腕、それを見た瞬間息が詰まった。
「な……なんだこれ……!?」
腕、小さく細い腕。筋肉質で太かった男の腕は見る影もなく、そこにあったのは白く滑らかな細身の腕。
「は!?え?え?え?」
パニックに陥りながらも自分の身体に触れ確かめていく。
肩幅は狭く
腰回りは括れ 尻は丸みを帯び
股間にいるハズの相棒の姿は消えていた
女だ、女の身体だ。自分の身体は鏡を見なくても分かるほどに女性の特徴が見て取れた。
そして極め付けは……
「………………」
手の平からはみでる程の大きなサイズの乳房が己の胸にくっついている。
揉んでみると柔らかい感触が手のひら全体に伝わり、ツンと上を向いた乳首の感触もしっかりと確認できた。
間違いなく俺の身体は、女になっている
誰かの身体に入り込んだとかそういう類のものじゃないなら、正真正銘……自分の肉体そのものが女性へと変化していた。
「なんで……」
わけがわからない。一体どういうことだ?
突然の身体の変貌ぶりに思考が追いつかないまま混乱していると、突然目の前の扉が開いた。
「目が覚めたかあんちゃん……ってオイオイオイ!??」
胸に手をおいたままだったからか慌てふためきながら部屋に入ってきたのは例の店主の爺さん。
やっぱりこいつが犯人か?
「オイ!!これあんたがやったのか!?」
「ちょ、ちょっと待て!落ち着け、落ち着けって!」
ジジイは慌てふためきながら俺を宥めにかかっているがどう考えても怪しいのはコイツしかいない。
「なんなんだこれは!?どうして俺はこんな姿になってんだ!?」
「あー……とりあえず落ち着け。話はそれからだ」
ジジイの言葉にひとまず一旦冷静になって話を聞くことにした。
すると、ジジイから衝撃の事実が告げられた
「あんちゃん、あの『体力増強薬』を飲んだ後急に倒れたんだよ。そんでひとまず店の隅っこで寝かせてたら急にお嬢ちゃんになってて……俺もビックリしてるんだぜ?」
……なるほど?つまりこの男が意図的に俺をおかしくした訳じゃないってことか?でも俺が倒れた原因は間違いなくこいつが作った薬の影響だろう。
「爺さん、これはどうすれば元に戻れる。てかさっさと戻してくれ」
「戻す方法は……わからん」
「はぁ?」
「あの薬は俺の最高傑作だ。俺自身も驚くほどの出来栄えだった。何人かに売ったし俺も飲んでる。副作用で異性の身体になるなんてこたぁ初めてだ」
ジジイは困惑した顔で頭を唸らせている。
じゃあ俺を騙そうとした訳じゃないと、そう言いたいわけだ。
「あんちゃんがそんな姿になっちまったことの詫びは当然する。すまなかった」
ジジイはそう言いながら深々と頭を下げる。
「……もういいよ、顔上げてくれ。不慮の事故って言われたら誰の責任とも言えないと思うから。それよりも……」
ジジイの申し訳なさそうな素直な謝罪に少し気持ちが落ちついた俺は、本題に入る。
「……俺は元の身体に戻れる見込みはあるのか?」
「それについてだが……俺もこんなことは初めてだから正直どうすればいいのかサッパリでな。少なくともこんな現象は見たことねぇからなんともいえんってのが答えだ」
「マジかよ……」
絶望的だ。
こんな身体で一生過ごす羽目になるなんて冗談じゃない。女体にはもちろん興奮はするが、自分が女になりたい訳じゃない。俺は抱かれたいんじゃなくて抱きたいんだ。
「……爺さん」
「なんだ」
「一生この姿だったらどう責任とってくれるんだ……?」
俺はジジイを睨み付ける。対するジジイは申し訳なさそうにしている。
「そうだな……さっきも言ったが俺に出来る範囲でならなんでもやるさ。まぁそうは言っても嫁に貰うとかは勘弁な?今は女でも流石に元男と添い遂げる気は……」
「気持ち悪いこと言うな!!!!!」
思わずゾワッと全身に身震いが走る。
「冗談だ冗談!」
「冗談でもそういう話は勘弁してくれ。マジで気色悪いぞ」
敢えて場を和ませようとしてくれたのかもしれないが、そういうのは逆効果だ。
「悪かった悪かった……とにかく元に戻れる方法があるか薬の成分なんかを色々調べてみるからよ。あんちゃん……いや、お嬢ちゃんはこれからどうする?」
「あんちゃんでいいから……。俺はちょっと1人になりたい。まだ色々整理ができてないからさ……」
「そうか、なら……」
そう言うとジジイは俺に向けて手をかざし、何やら呪文のような言葉を唱える。
すると身体が何やら薄い光に包まれた後、光は少しずつ収まっていった。
「これは……?」
「『認識阻害』の魔法だ。これで周りからはいままで通り、あんちゃんの姿は男に見える筈だ。効果はもって2日ってとこだが」
なるほど、魔法。中世並の異世界なのに科学に溢れた現代よりもよっぽど便利なことで。
「但し気をつけろ。この魔法はもし他人に触られたら触ったヤツにはあんちゃんが女だとバレちまうからな。他人との物理的な接触はなるべく避けた方がいい」
「……それは阻害魔法としては結構な難点じゃないのか?」
「仕方ないだろ、俺に今できる最大限の誠意がこれだ。ひとまず触られてボロが出ないようには注意しろ」
人に触れられないってのはあらゆる面で不便そうだが……今は仕方ないか。
「俺も出来る限りの支援はする。だから落ち着いたらまた来い。……な?」
……何故だか、さっきよりも爺さんが優しく見える。親身になってくれてるしまぁ悪い人じゃないんだろう。押し売りはされたが。
「わかったよ……とりあえずありがとう」
「いいさ、気にすんな」
魔法をかけてもらった俺はとりあえず店を出る。店を出る際に爺さんから呼び止められ振り返ると
「あんちゃん!」
「なに?」
「それと……あんちゃんの事はこれからどう呼べばいい?」
「……さっきも言ったろ。普通にあんちゃんって呼んでくれていいよ」
「いや、そうじゃなくてよ。その身体でも男の名前で通すのかって話よ。そうじゃねぇなら女っぽい名前でもつけといたほうが混乱しないで済むだろ。そのほうが周りにもよ、怪しまれないだろ?」
「あー……確かにそれはそうかも……」
俺は改めて今の自分の姿を見る。どう見たって女、それもかなりの美人の部類に入る少女?だ。そう思いたい。
そんな娘が野郎と同じような口調で話していたら違和感バリバリだろう。中世でもそんな女の子くらい探せばいるかもだけど、少しでも身バレ防止のリスクを減らすなら爺さんの意見は確かに正しい。
「そうだな、んじゃ……」
朝日……アサヒ、ともか……トモカ……モカ。
「モカ……モカだ。次からそう呼んでくれ」




