◆第7話「未来への投資と読み書きの教室」
「何だ貴様は! 神聖な契約の場であるぞ!」ボグス司祭が色めき立ち、唾を飛ばして叫んだ。
蓮は動じない。むしろ、蔑みとも哀れみともいえるような目で司祭の脂ぎった腹を見た。
「私は、通りすがりの、ただの計算高い商人ですよ。司祭様」
蓮は、怯えて縮こまる子供たちと、肥え太った司祭、そして高価な服を着たファビアンを交互に見比べ、冷ややかに言った。
「司祭様。あなたは先ほど『働かざる者食うべからず』と言いましたね。聖典の教え、ごもっともです。僕も商売人ですから、タダ飯ぐらいは嫌いです」
「ふん、ならば邪魔をするな。働かないのは罪だ。だから鞭で打ってでも働かせる必要がある。この子らは、これから、労働の尊さを学びにいき魂の浄化を進めるのだぞ」
ファビアンも同調する。
「私は、教会の教えに従って、働かない子供たちに更生の機会(労働)を与えている。善行をなしている私に、なぜ文句をつけるのだ?」
「いいえ、違います」
蓮はきっぱりと否定した。
「この子たちは『働かない』んじゃない。『まだ働き方を知らない』だけです。道具の使い方も、計算の仕方も、身の守り方も知らないまま現場に放り込む……それは労働ではありません。ただの“消耗”です」
蓮はクレアに向き直り、シスターの手から羽ペンを優しく取り上げた。
「シスター。そのペンは、彼らを売るために使うものじゃない」
そして、ファビアンに向き直る。
「ファビアンさん。あなたの工場は、なぜ製品の不良率が高いか知っていますか? なぜ、機械が頻繁に壊れるか分かりますか?」
「な、なんだと……?」
「恐怖と強制で動く人間は、言われたことしかしません。機械の調子がおかしくても報告しない。糸が切れそうでも見て見ぬ振りをする。なぜなら、余計なことをして鞭打たれるのが怖いからです。機械の調子が悪いから機械を止めて整備をすると、機械を止めたことを責められる。そうであれば、問題発生を報告するわけがありません」
蓮は一歩、ファビアンに近づく。
「あなたは子供を『燃料』として消費している。燃え尽きたら捨てて、また次を補充する。……効率が悪いんですよ。そんな自転車操業じゃ、いずれ破綻する」
「……っ! 貴様、素人が経営を語るな! 教育だの何だのと、金をかけて何になる! 彼らは使い捨ての部品で十分なんだ!」
「だから、あんたは二流なんだよ」
蓮の声が荒くなり、氷のように冷たく響いた。
「僕は、彼らを『エンジン』として育てようとしている。読み書きを教え、計算を教え、仕組みを理解させる。自ら考え、改善できる労働者は、あんたの工場の“部品”の十倍の価値を生み出す」
蓮はエリシアに合図をした。彼女がバスケットを開けると、湯気を立てる白サツマイモと、焼き立てのパンの香りが広がった。子供たちの目が輝く。
「……ボグス司祭」
蓮は新しい契約書を取り出した。
「僕の工場でも、子供たちを引き受けます。ただし、条件は僕が決める」
「条件だと?」
「一、午前中は軽作業を手伝ってもらう。箱の組み立てや掃除だ。無理なノルマは課さない」
「二、午後は仕事をさせない。工場内に設けた教室で、読み書きと計算、魔法の基礎を教える」
「三、食事と寮は完備する。そして――」
蓮は、一枚の銀貨を指で弾いた。ピンッ、と澄んだ音が響く。
「少額ですが、お小遣い(給金)も出します」
ファビアンが目を剥いた。
「はっ! 馬鹿げている! 半日しか働かせずに飯を食わせて、勉強させて、金までやるだと? 慈善事業どころか、ただの道楽だ! そんなもので利益が出るものか!」
「出ますよ。これは“慈善”じゃない。“投資”です」
蓮は言い切った。
「5年後を見ていてください。僕の育てた彼らが、最新の魔道工作機械を使いこなし、複雑な工程管理をこなす頃……あんたの工場の無学な労働者では、太刀打ちできなくなっているでしょうね」
そして蓮は、ボグス司祭に決定的な一撃を放った。
「それから司祭様。教会の懐事情は知りませんが……『未来の納税者』を過労死させるのは、国家に対する背信行為だとは思いませんか?」
「な……?」
「彼らが健康に育ち、技術を身につけ、高給取りになれば、国に納める税金も増える。逆に、幼くして使い潰せば、国は将来の富を失う。……徴税官のマルクス殿なら、どちらを支持するでしょうね?」
マルクスの名が出た瞬間、ボグス司祭の顔が引きつり、脂汗が噴き出した。あの冷徹な徴税官長が、教会の「人身売買による小銭稼ぎ」を知ればどうなるか。教会の免税特権にまで徴税庁のメスが入るかもしれない。
「ぐ、ぬぬぬ……」
ボグス司祭は後ずさった。ファビアンも、分が悪いと悟ったのか、忌々しげに舌打ちをする。
「後悔するぞ、藤村。ガキどもに知恵をつければ、いずれ飼い主に牙を剥く。恩を仇で返されるのがオチだ!」
「その時は、話し合いますよ。言葉が通じる相手となら、交渉できますから」
捨て台詞を吐いて去っていく二人を見送り、蓮は振り返った。クレアが、へたり込むように座り込んでいる。
「藤村様……あなたは…… 神を信じますか?」
「シスター。僕はただの俗物。商売人です。ましてや聖者なんかじゃありません。だから、タダでは救いませんよ」
シスターは微笑んだ。
「神は時として、奇妙な使いをお寄こしになられる……」
蓮は子供たちに向き直った。
「さあ、みんな。まずは腹ごしらえだ。食べたら、学校へ行こう。……僕の授業は厳しいぞ? サボったら給料抜きだ」
子供たちが、わっとサツマイモに駆け寄る。その中の一人が、蓮の袖を引いた。
「……おじちゃん。勉強したら、おじちゃんみたいになれる?」
蓮は屈んで、その子の目を見た。
「なれるさ。いや、僕よりずっと賢くなれる。……君たちの頭の中には、誰も奪えない『財産』が入るんだから」
教会の前にできた行列は、絶望の列から、未来への列へと変わった。それは、蓮が「教育」という概念を、経済合理性の武器としてこの世界に突き刺した瞬間だった。




