◆第3話「天才たちの暴走」
それは、蓮がテオドールに野生種を託してから数日後のことだった。王立魔道士アカデミーの地下深く、第4研究室――通称「ジャングル」に、珍客が訪れていた。第8研究室の主、グレゴリウスである。
「……おい、テオドール。進捗はどうだ」
「ひっ! ぐ、グレゴリウス先生!? な、なぜここに……?」
植物の陰から顔を出したテオドールに、グレゴリウスは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「あの藤村とかいうイモ屋の若造にな、『先生は物理屋だから、生物は専門外ですよね』と言われたのだ。それが、どうにも腹に据えかねる」
「は、はぁ……」
「植物の成長など、所詮は物理現象の集合体に過ぎん。光合成は光波長の吸収、吸水は浸透圧という物理力だ。……そこでだ。私の『魔力波長理論』と、貴様の『土魔法』を組み合わせれば、あの若造の度肝を抜く『最強のイモ』が作れるとは思わんか?」
テオドールの眼鏡がキラリと光った。彼の研究者としての本能が、危険信号を無視して反応してしまったのだ。
「……最強の、イモ。……いい響きですね。土の声と、波長の理屈が合わされば……神の領域に踏み込めるかもしれません」
こうして、混ぜてはいけない二つの劇薬が、同じフラスコに入ってしまった。
◆
【試作1号:絶対防御型ジャガイモ】
「疫病への耐性とは、すなわち『防御力』だ」
グレゴリウスが黒板に数式を書きなぐる。
「菌糸という物理的侵入を防ぐため、表皮の分子結合を魔力で強化する。貴様は土魔法で、表皮形成時にケイ素(ガラス質)を取り込ませろ」
「分かりました! 土壌のミネラル分を極限まで濃縮します!」
数時間後。培養土の上に、黒光りするジャガイモが鎮座していた。見た目は鉄球そのものだ。
「……完成しましたね」
「うむ。では、強度テストだ」
グレゴリウスがナイフを振り下ろした。ガギィン!!高い金属音が響き、ナイフの刃が根元からポッキリと折れて飛んだ。イモには傷一つついていない。
「……素晴らしい硬度だ。これなら疫病菌はおろか、害虫の牙も通さん」
「でも先生。……これ、どうやって食べるんですか?」
「…………」
「茹でてみますか?」
沸騰した鍋に投入して一時間。取り出したイモは、熱を帯びた鉄球になっていた。床に落とすと、ゴゴンッ!と床石が割れた。
「……攻城兵器の弾丸としては優秀だな」
「農家さんが収穫する時に鍬が折れますね……」
ボツとなった。
◆
【試作2号:高効率発光ジャガイモ】
「やはり食料である以上、成長速度こそ正義だ」
気を取り直して、グレゴリウスが次の理論を展開する。
「葉が受ける太陽光のエネルギー変換効率が悪すぎる。私の『光集束魔法』を葉脈に刻み込み、僅かな光でも爆発的にデンプンを合成させる」
「なるほど! では私は、根からの養分供給スピードを十倍にします!」
二人が魔術式を組み込むと、鉢植えのジャガイモは、目に見える速度でズズズ……と成長を始めた。「おお! 速い! 見てください先生、もう花が咲きました!」
「ふははは! 見ろ、この生命の輝きを!」
だが、輝きすぎた。過剰な光エネルギーを取り込んだジャガイモは、地中で淡い青色の光を放ち始めたのだ。そして、夕暮れ時になると、研究室の照明がいらないほど眩く発光し始めた。
「……眩しいですね」
「うむ。直視すると目が痛い」
「これ、食べた人の腹の中で光りませんか?」
「……蛍の代わりにはなるかもしれんが、夜中に畑が光っていたら盗人に狙われるな」
「というか、魔力過多で味がビリビリします」
ボツとなった。
◆
【試作3号:自律収穫型ジャガイモ】
徹夜のテンションで、二人の思考回路はショート寸前だった。
「ええい、そもそもイモ掘りという重労働が非効率なのだ!」
「そうですよ先生! イモが自分で土から出てくればいいんです!」
「貴様、天才か! 土魔法で根に『運動機能』を持たせろ!」
「先生は『走光性』の強化をお願いします!」
そもそもジャガイモは日光に当ててはいけないのだから、この発想はスタートの時点で問題があるが、そんなことにはお構い無しである。とにかく、禁断の生命錬成が行われた。そして翌朝。
「……ふぅ。そろそろ収穫時期か」
テオドールが鉢を覗き込んだ瞬間。ガサッ!土が割れ、人間の赤子ほどのサイズがあるジャガイモが飛び出した。太い根がまるで足のようにうねり、地表に降り立つ。
「キェェェェェェ!!」
奇声を上げて、イモが走り出した。
「なっ!? 逃げたぞ!」
「捕まえろテオドール! 貴重なサンプルだ!」
「速い! ゴキブリ並みの速度です!」
薄暗い研究室の中、奇声を上げて走り回るマンドラゴラのようなイモと、それを杖を振り回して追いかける二人の学者。地獄絵図だった。
「こら待て! 私の最高傑作!」
「キェェェ!」
イモは棚に登り、ビーカーを蹴り落とし、最後はグレゴリウスの顔面に飛びついて自爆した。ドパンッ!!中身の熱いデンプンが飛び散る。
「あつゥッ!!」
◆
……と、そこへ。研究室の扉が開き、藤村蓮が顔を出した。
「テオドールさん、差し入れの夜食を……って、何してるんですか?」
蓮が見たのは、割れた床石、謎の発光をする植物、そして顔面中がマッシュポテトまみれになったグレゴリウスと、網を持って息を切らしているテオドールの姿だった。
「……あー」
蓮は瞬時に状況を察し、冷ややかな目で言った。
「お二人とも。……遊んでないで、真面目にやってください」
「あ、遊んでなどおらん! これは学問の進歩のための尊い犠牲で……!」
「そうです藤村殿! 私たちはただ、最強のイモを……!」
蓮はため息をつき、持ってきたおにぎりを机に置いた。
「最強じゃなくていいんです。『普通』でいいんです。……とりあえず、片付けてくださいね。あと、経費で請求書回さないでくださいよ」
バタン。扉が閉まる。二人の天才は顔を見合わせ、そしてガックリと肩を落とした。
「……怒られたな」
「はい……。目が怖かったです」
「……ふん。凡人には天才の発想が理解できんのだ」
「でも先生、あの『走るイモ』の筋肉構造は美しかったですよ」
「違いない。次は『空を飛ぶイモ』に挑戦するか」
「いいですねぇ!」
懲りない二人だったが、この後、蓮によって厳重な「仕様書」を渡され、変な機能をつけることを固く禁じられたのは言うまでもない。しかしながら、彼らの暴走が、「仕様書」という論理的な枷によって十分に制御されるまで、アカデミーの地下では毎晩のように謎の騒音が響くことになるのである。




