表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
95/108

◆第3話「天才たちの暴走」

 それは、蓮がテオドールに野生種を託してから数日後のことだった。王立魔道士アカデミーの地下深く、第4研究室――通称「ジャングル」に、珍客が訪れていた。第8研究室の主、グレゴリウスである。


「……おい、テオドール。進捗はどうだ」

「ひっ! ぐ、グレゴリウス先生!? な、なぜここに……?」


 植物の陰から顔を出したテオドールに、グレゴリウスは不機嫌そうに鼻を鳴らした。

「あの藤村とかいうイモ屋の若造にな、『先生は物理屋だから、生物は専門外ですよね』と言われたのだ。それが、どうにも腹に据えかねる」

「は、はぁ……」

「植物の成長など、所詮は物理現象の集合体に過ぎん。光合成は光波長の吸収、吸水は浸透圧という物理力だ。……そこでだ。私の『魔力波長理論』と、貴様の『土魔法』を組み合わせれば、あの若造の度肝を抜く『最強のイモ』が作れるとは思わんか?」


 テオドールの眼鏡がキラリと光った。彼の研究者としての本能が、危険信号を無視して反応してしまったのだ。

「……最強の、イモ。……いい響きですね。土の声と、波長の理屈が合わされば……神の領域に踏み込めるかもしれません」


 こうして、混ぜてはいけない二つの劇薬が、同じフラスコに入ってしまった。



【試作1号:絶対防御型ジャガイモ】


「疫病への耐性とは、すなわち『防御力』だ」

グレゴリウスが黒板に数式を書きなぐる。

「菌糸という物理的侵入を防ぐため、表皮の分子結合を魔力で強化する。貴様は土魔法で、表皮形成時にケイ素(ガラス質)を取り込ませろ」

「分かりました! 土壌のミネラル分を極限まで濃縮します!」


 数時間後。培養土の上に、黒光りするジャガイモが鎮座していた。見た目は鉄球そのものだ。


「……完成しましたね」

「うむ。では、強度テストだ」


 グレゴリウスがナイフを振り下ろした。ガギィン!!高い金属音が響き、ナイフの刃が根元からポッキリと折れて飛んだ。イモには傷一つついていない。


「……素晴らしい硬度だ。これなら疫病菌はおろか、害虫の牙も通さん」

「でも先生。……これ、どうやって食べるんですか?」

「…………」

「茹でてみますか?」


 沸騰した鍋に投入して一時間。取り出したイモは、熱を帯びた鉄球になっていた。床に落とすと、ゴゴンッ!と床石が割れた。

「……攻城兵器の弾丸としては優秀だな」

「農家さんが収穫する時にくわが折れますね……」


 ボツとなった。



【試作2号:高効率発光ジャガイモ】


「やはり食料である以上、成長速度こそ正義だ」

 気を取り直して、グレゴリウスが次の理論を展開する。

「葉が受ける太陽光のエネルギー変換効率が悪すぎる。私の『光集束魔法』を葉脈に刻み込み、僅かな光でも爆発的にデンプンを合成させる」

「なるほど! では私は、根からの養分供給スピードを十倍にします!」


 二人が魔術式を組み込むと、鉢植えのジャガイモは、目に見える速度でズズズ……と成長を始めた。「おお! 速い! 見てください先生、もう花が咲きました!」

「ふははは! 見ろ、この生命の輝きを!」


 だが、輝きすぎた。過剰な光エネルギーを取り込んだジャガイモは、地中で淡い青色の光を放ち始めたのだ。そして、夕暮れ時になると、研究室の照明がいらないほど眩く発光し始めた。


「……眩しいですね」

「うむ。直視すると目が痛い」

「これ、食べた人の腹の中で光りませんか?」

「……蛍の代わりにはなるかもしれんが、夜中に畑が光っていたら盗人に狙われるな」

「というか、魔力過多で味がビリビリします」


 ボツとなった。



【試作3号:自律収穫型ジャガイモ】


 徹夜のテンションで、二人の思考回路はショート寸前だった。

「ええい、そもそもイモ掘りという重労働が非効率なのだ!」

「そうですよ先生! イモが自分で土から出てくればいいんです!」

「貴様、天才か! 土魔法で根に『運動機能』を持たせろ!」

「先生は『走光性』の強化をお願いします!」


 そもそもジャガイモは日光に当ててはいけないのだから、この発想はスタートの時点で問題があるが、そんなことにはお構い無しである。とにかく、禁断の生命錬成が行われた。そして翌朝。


「……ふぅ。そろそろ収穫時期か」

 テオドールが鉢を覗き込んだ瞬間。ガサッ!土が割れ、人間の赤子ほどのサイズがあるジャガイモが飛び出した。太い根がまるで足のようにうねり、地表に降り立つ。


「キェェェェェェ!!」

 奇声を上げて、イモが走り出した。


「なっ!? 逃げたぞ!」

「捕まえろテオドール! 貴重なサンプルだ!」

「速い! ゴキブリ並みの速度です!」


 薄暗い研究室の中、奇声を上げて走り回るマンドラゴラのようなイモと、それを杖を振り回して追いかける二人の学者。地獄絵図だった。

「こら待て! 私の最高傑作!」

「キェェェ!」

 イモは棚に登り、ビーカーを蹴り落とし、最後はグレゴリウスの顔面に飛びついて自爆した。ドパンッ!!中身の熱いデンプンが飛び散る。


「あつゥッ!!」



 ……と、そこへ。研究室の扉が開き、藤村蓮が顔を出した。

「テオドールさん、差し入れの夜食を……って、何してるんですか?」


 蓮が見たのは、割れた床石、謎の発光をする植物、そして顔面中がマッシュポテトまみれになったグレゴリウスと、網を持って息を切らしているテオドールの姿だった。


「……あー」

 蓮は瞬時に状況を察し、冷ややかな目で言った。

「お二人とも。……遊んでないで、真面目にやってください」


「あ、遊んでなどおらん! これは学問の進歩のための尊い犠牲で……!」

「そうです藤村殿! 私たちはただ、最強のイモを……!」


 蓮はため息をつき、持ってきたおにぎりを机に置いた。

「最強じゃなくていいんです。『普通』でいいんです。……とりあえず、片付けてくださいね。あと、経費で請求書回さないでくださいよ」


 バタン。扉が閉まる。二人の天才は顔を見合わせ、そしてガックリと肩を落とした。


「……怒られたな」

「はい……。目が怖かったです」

「……ふん。凡人には天才の発想が理解できんのだ」

「でも先生、あの『走るイモ』の筋肉構造は美しかったですよ」

「違いない。次は『空を飛ぶイモ』に挑戦するか」

「いいですねぇ!」


 懲りない二人だったが、この後、蓮によって厳重な「仕様書」を渡され、変な機能をつけることを固く禁じられたのは言うまでもない。しかしながら、彼らの暴走が、「仕様書」という論理的なかせによって十分に制御されるまで、アカデミーの地下では毎晩のように謎の騒音が響くことになるのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ