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◆第9話「サツマイモはツルを植える」

 ジャガイモの植え付けから数日が経ち、畑には規則正しく並んだ畝が整然と広がっていた。土の表面には、ところどころ芽を出し始めたジャガイモの若芽が顔を覗かせ、エリシアとリオネルはそれを見ては小さく感嘆の声を漏らしている。


「もう芽が出ているのですね……」

「植えてから、まだそれほど日が経っていないのに……」


「ジャガイモは早いんですよ。あれはあれで、扱いやすい芋です」


 蓮はそう言いながらも、畑の端に用意してある別の区画へと視線を移した。そこには、まだ何も植えられていない、やや広めの畝が残されている。


「……次は、サツマイモを植えます」


 その言葉に、リオネルがきょとんとした顔をする。

「え? あの……イモを、そのまま埋めるのではないのですか?」

「うん。そこが、ジャガイモと決定的に違うところなんです」



 蓮は官舎から持ってきた籠を地面に置いた。中には、先日百科事典から召喚したサツマイモを発芽させ、そこから伸びた長い茎――鮮やかな緑色のツルが、丁寧に束ねられている。


「……これは……?」

 エリシアが目を瞬かせる。


「サツマイモは、イモそのものを植えません。こうして芽を出させて、伸びたツルを切り分けて、それを苗として植えるんです」

「……ツルを、植える……?」


 農民たちの間に、ざわめきが走った。

「イモを植えない、ですと……?」

「草を植えて、地下に実ができる……?」


 蓮は苦笑しつつ、一本のツルを手に取った。

「不思議ですよね。でも、これがサツマイモの育ち方なんです。ツルの節から根が出て、そこに芋が太っていく」


 リオネルは、半信半疑ながらもツルを覗き込み、節の部分を指さした。

「……確かに、ここが少し膨らんでいますね……」

「その通り。ここが大事なポイントです」



 蓮は畝に浅い溝を切りながら、作業の段取りを説明する。

「深く植えすぎないこと。ツルは横に寝かせるようにして、節が二つか三つ、土に埋まるくらいで十分です」


「……ずいぶん、浅いのですね」

 エリシアが記録を取りながら言う。


「深いと、逆に芋が育ちにくいんです。サツマイモは、空気と熱が好きな芋なので」


 蓮はそう言って、ツルをそっと畝に寝かせ、土を軽くかぶせた。力を入れすぎず、押さえすぎず――まるで植物を労わるような手つきだった。


 農民たちも、その様子を見よう見まねで真似をし始める。

「……草を植えているみたいだな」

「いや、草にしては……妙に気を遣っているぞ」


「ツルは折れやすいですから。優しく、が基本です」


 蓮の言葉に、農民たちは思わず姿勢を正した。



 植え付けが一段落したところで、リオネルがふと疑問を口にした。

「……藤村殿。収穫は、いつ頃になるのですか?」

「サツマイモは、少し時間がかかります。ジャガイモより……そうですね、一ヶ月ほど長い」

「そんなに……?」


 リオネルは驚いたように目を見開く。

「では、なぜ……そこまで時間のかかる作物を?」

「その分、収穫量が多くて、保存性も高い。しかも――」


 蓮は、畝の端に残っていたツルの一部を手に取った。

「このツルと葉も、食べられるんです」


「……え?」

「……葉も……?」


 エリシアと農民たちが、一斉に蓮を見る。


「若いツルと葉は、茹でたり炒めたりすれば、立派な野菜になります。芋が育つまでの間も、無駄にならない」

「……地下の実だけでなく、地上部まで……」


 エリシアは驚きと感心が入り混じった表情で、羊皮紙に書き込む。

「“食用部位が複数存在する作物”……記録しておきます」


 農民の一人が、ぽつりと呟いた。

「……飢饉向き、かもしれんな……」


 その言葉に、蓮は小さく頷いた。



「サツマイモは、貧しい土地でも育ちます。暑さにも強いし、多少の干ばつにも耐える」

「……なんと、都合のいい……」

「都合がいいからこそ、広まったんです。僕の世界では」


 蓮は、植え終えた畝を見渡した。整然と並ぶツルたちは、まだ土の上に頼りなげに横たわっている。しかし、数日もすれば葉を広げ、畑一面を覆うほどに伸びるはずだった。


「……見た目は、少しみすぼらしいかもしれません。でも――」

「育てば、価値が分かる……ですね」

 エリシアが静かに言う。


「はい。時間はかかりますけど、その分、裏切らない芋です」



 作業を終え、蓮は土についた手を払った。春の陽射しはすでに強まり、畑の空気はほのかに温んでいる。


 ジャガイモは、早く、確実に。

 サツマイモは、遅く、だが力強く。


(……どちらも、いい芋だ)


 蓮は心の中でそう呟いた。

 この世界に、まだ知られていない作物。

 理解されるまで時間はかかるだろう。

 だが――育ててみせれば、きっと分かる。


 土の上に横たわるツルが、やがて大地に根を下ろし、甘い実を育む未来を思い描きながら、蓮は静かに畑を後にした。

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