◆第41話「小さな手と、未来の値段」
ファビアンが悪魔に魂を売ってしまった数日後。蓮とエリシアは、視察のために王都の東区、工場街を歩いていた。そこには、ファビアン商会の繊維工場をはじめ、いくつもの真新しい煙突が並んでいる。蓮が蒔いた「工場制手工業」の種は、完全にこの街に根付いていた。
だが、工場の通用門の前で、蓮は足を止めた。朝の鐘の音と共に、門へと吸い込まれていく労働者たち。その中に、明らかに背の低い、あどけない影がいくつも混じっていたからだ。
「……子供?」
蓮が呟く。見間違いではない。7歳から10歳くらいの少年少女たちが、大人に混じって、眠そうな目をこすりながら工場へ入っていく。その手は煤で汚れ、服はボロボロだ。
「エリシアさん。この国の法律では、就労可能な年齢制限は?」
「……明確な規定はありません。農家や職人の家では、子供が手伝うのは当たり前ですから」
「家の手伝いと、工場労働は違う」
蓮の声が低くなった。農家の手伝いなら、親の目が届く。だが、工場は違う。巨大な機械、煮えたぎる染料、高圧の魔力パイプ。そこに子供を入れるなど、正気の沙汰ではない。
◆
蓮は、顔見知りになっていたファビアン商会の工場長に詰め寄った。
「ファビアンさん!あの子たちは何ですか。まさか、ラインに入れているんですか?」
ファビアンは、悪びれる様子もなく肩をすくめた。
「ああ、彼らですか。優秀ですよ。体が小さいから、織機の狭い隙間に入って糸絡みを取れる。それに、指が細いから細かい作業も得意だ」
「危険すぎる!もし機械に巻き込まれたら……」
「気をつけてやらせてますよ。それにね、藤村殿。彼らは安いんです」
ファビアンは、商人の顔で笑った。
「大人の半分の賃金で、文句も言わずに働く。コストダウンですよ。あなたの工場だって、効率化が第一でしょう?」
「……僕は、搾取を効率化とは呼ばない」
「搾取? 人聞きが悪い」
ファビアンの目が冷たくなる。
「彼らの親が、頼み込んでくるんですよ。『口減らしでもいいから使ってくれ』とね。私が雇わなければ、あの子たちは路地裏で凍え死ぬか、盗みをするしかない。……私は彼らを救っているんです」
蓮は言葉に詰まった。貧困。その現実が、ファビアンの正当性を支えている。「働かせないこと」が、今の彼らにとって「飢え」を意味するなら、蓮の正義はただの偽善になる。
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その日の午後、蓮は自分の工場に戻った。製造ラインでは、元メイドの女性たちや、落ちこぼれ魔道士たちが働いている。ここには子供はいない。蓮が禁止しているからだ。だが、そのせいで、蓮の工場の製品コストは、子供を使う他社の工場よりも高くなりつつあった。
「……悔しいが、経済的にはファビアンのやり方が『強い』んだ」
蓮は執務室で、机を叩いた。安い労働力を使えば、安く作れる。市場は安い方を好む。このままでは、児童労働がこの国の「スタンダード」になってしまう。
「どうすればいい……。禁止しても、彼らが飢えるだけなら……」
悩む蓮の元に、リオネルがやってきた。彼は一枚の設計図を持っていた。
「藤村殿。新しい魔道プレスの図面ですが、計算が複雑で……私一人では時間がかかります。誰か、計算ができる助手が欲しいのですが」
「計算ができる助手……」
蓮の脳裏に、あるアイデアが閃いた。現代日本が歩んだ道。そして、産業革命の先にあるべき未来。
「……リオネル。子供たちがなぜ安いか、分かるか?」
「え? それは……力が弱く、技術がないからでは?」
「そう。代わりがいくらでもいる『単純労働力』だからだ」
蓮は顔を上げた。その目には、冷徹な計算と、熱い意志が宿っていた。
「なら、変えればいい。彼らを『代わりのいない人材』に」
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翌日、蓮は徴税官マルクスを訪ねた。相変わらず書類の山に埋もれているマルクスに、蓮は一枚の提案書を提出した。
「……『企業内学校』の設立許可と、税制優遇の申請?」
マルクスが眉をひそめる。
「はい。僕の工場で、子供を雇います。ただし、労働者としてではありません。『学生』としてです」
「学生?」
「午前中は工場で軽作業を手伝わせます。ですが、午後は仕事をさせません。読み書き、計算、そして基礎的な魔力制御を教えます」
マルクスは眼鏡を外した。
「……慈善事業ですか? 効率が悪い」
「いいえ、投資です」
蓮は言い切った。
「今の工場には、リオネルの図面を読める人間がいません。在庫管理の帳簿をつけられる人間も足りません。複雑化する機械をメンテナンスできる技師も不足しています」
蓮は続ける。
「ただの作業員なら、子供を使うのは安上がりでしょう。でも、5年後、10年後を見てください。産業が高度化すれば、無学な労働者では対応できなくなります。その時、読み書きができ、計算ができ、工場の仕組みを知っている若者がいたら……彼らは『金の卵』です」
マルクスの目が鋭く光った。
「……なるほど。短期的には損でも、長期的には熟練工を育成できる。国としても、納税能力の高い国民が増えるのは歓迎だ」
「その通りです。だから、子供を『労働力』として消費するのではなく、『未来の技術者』として育成する工場には、税を軽くしてください。そうすれば、他の工場も真似をせざるを得なくなる」
規制や禁止ではなく、損得勘定で動かす。ファビアンのような強欲な商人ほど、「税金が安くなる」「将来儲かる」という話には弱いはずだ。
「……面白い」
マルクスはニヤリと笑った。
「教育を、公共の義務ではなく、産業への投資と定義するか。藤村殿、あなたは教育者にはなれないかも知れないが、優秀な実業家だ」
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数週間後、蓮の工場の敷地内に、小さな建物が建った。黒板と机が並ぶそこは、この世界で初めての「実業学校」の原型だった。集められたのは、貧民街の子供たち。彼らは午前中、箱の組み立てなどを手伝い、給金をもらう。そして午後は、元貴族のメイドだったアンナたちから文字を、リオネルから算術と魔法理論を学んだ。
「文字が読めれば、マニュアルが読める。計算ができれば、品質管理ができる」
蓮は、教科書を開く子供たちの真剣な横顔を見つめた。彼らの小さな手は、今はまだ何も生み出さないかもしれない。だが、その頭脳には、この国の産業を次のステージへと押し上げる「知恵」が蓄えられ始めていた。
児童労働という闇に対し、蓮は「教育」という光を、あくまで「経済合理性」というパッケージに包んで提示したのである。




