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◆第24話「魂よりも今日のパン」

 暴力による抵抗が封じられた職人ギルドは、戦術を変えた。「不買運動」である。王都の掲示板や市場には、連日ビラが貼られた。『職人の魂がこもった手仕事を!』『魔法工場の製品は、心が冷え、病を呼ぶ』『伝統を守ろう。安物買いの銭失いになるな』


 彼らは「品質」と「伝統」、そして「感情」に訴えかけた。工場製品を排斥し、ギルドの製品を買うことが「正義」であると説いたのだ。



 ある日の昼下がり。市場の衣料品店で、一人の主婦が二枚のシャツを手に取って迷っていた。


 右手にあるのは、職人が手作業で仕立てた、厚手で丈夫なシャツ。縫い目は美しく、ギルドの紋章が入っている。価格は銀貨5枚。左手にあるのは、ファビアン商会の工場で作られた、魔法加工のシャツ。生地は少し薄いが、肌触りは悪くない。価格は銀貨2枚。


 店主が、職人のシャツを推す。

「奥さん、やっぱりギルド製だよ。長持ちするし、何より職人の温かみがある。工場のやつなんて、魔法で無理やり作った紛い物さ」


 主婦は困ったように眉を下げた。彼女も、職人たちが苦しいのは知っている。近所の靴屋の息子も、仕事がなくて困っていると聞いたばかりだ。心情的には、応援したい。


 だが。


 彼女の頭をよぎったのは、家で待つ三人の子供たちの顔と、今朝確認した財布の中身だった。夫の給金は上がっていない。なのに、煮炊きに必要な薪の値段は上がっている。

(銀貨5枚あれば……工場のシャツなら二着買えて、お釣りが来る)

(そのお釣りで、今夜は子どもたちに『即席ラーメン』を買ってやれる)


「魂」や「伝統」は美しい。けれど、それはお腹を膨らませてはくれない。寒さを凌がせてはくれない。主婦は、申し訳なさそうに、しかしきっぱりと左手のシャツを差し出した。


「……ごめんなさい。こっち(工場製)をください」

「えっ、でも奥さん……」

「うち、子供が多くて、すぐに服を汚すんです。安くて、洗いやすい方が助かるの」


 店主は渋い顔で銀貨を受け取った。



 同じような光景が、王都のあちこちで見られた。


 金物屋では、職人が打った一箱で銀貨1枚の釘よりも、工場でプレスされた十箱で銀貨1枚の釘が飛ぶように売れた。食堂では、こだわりの手打ちパスタよりも、すぐに出てきて安い「イモラーメン」に行列ができた。


 ギルドの幹部たちは、集会所で頭を抱えていた。

「なぜだ!なぜ民衆は分からない!我々の製品の方が優れているのに!」

「安物に飛びついて、誇りを捨てるのか!」


 彼らは理解できなかった。あるいは、認めたくなかったのだ。民衆が求めているのは「職人の自己満足」ではなく、「生活を楽にしてくれる実利」であることを。



 官舎の窓から、蓮はその様子を眺めていた。ビラは風に剥がれ、泥にまみれて踏まれていく。


「……勝負あったな」

 蓮は静かに呟いた。


「少し、残酷ですね」

 エリシアが言う。

「ギルドの製品が悪いわけではないのに」


「うん。でも、マーケティングの基本だよ」

 蓮は、かつての営業マンの顔で言った。

顧客ユーザーにとっての価値バリューを提供できない商品は、どれだけ想いがこもっていても売れない。ギルドは『自分たちの売りたいもの』を押し付けた。工場は『みんなが買えるもの』を作った。その差だ」


 暴力でも、情への訴えでも、時代の流れは止められなかった。財布の紐という、最も正直で冷徹な審判によって、工場制手工業はこの国に完全に定着したのである。


 そして、この「安くて高品質な製品」の溢れる市場は、やがて国内に留まらず、国境を越えた「貿易摩擦」へと発展していくことになる。

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