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◆第22話「噂と鉄槌」

 襲撃の翌朝、王都の市場は異様な熱気に包まれていた。だが、それは商売の活気ではない。噂話という名の、見えない炎が燃え広がっていたのだ。


「聞いたか? 昨夜、工場が襲われたらしいぞ」

 野菜売りの婆さんが、隣の魚屋に耳打ちする。

「ああ、職人ギルドの連中だろう? 気持ちは分からんでもないがね……」

「でも、やりすぎだよ。機械を壊すなんて」


 その会話を聞いていた若い工場労働者が、むっとした顔で口を挟んだ。

「気持ちはわからんでもない? 俺たちは何も悪いことしてないのに、いきなり襲われたんだぞ! 怪我人だって出たんだ!」

「そりゃあ、あんたたちが職人の仕事を奪ったからだろう」

 職人の息子らしき男が反論する。


「奪った? 俺たちはただ、真面目に働いてるだけだ!」

「真面目に働いて、俺たちの親父の仕事を潰してるんだろうが!」

 市場のあちこちで、似たような口論が起きていた。同情と反感。正義と正義のぶつかり合い。誰もが自分の立場からしか物事を見られず、溝は深まるばかりだった。



 大通りに面した酒場『金の麦穂』では、商人たちが昼間から酒を傾けていた。

「まったく、職人どもは愚かだな」

 穀物問屋のギルバートが、鼻で笑った。

「時代の流れが読めないから、ああなる。工場に逆らったところで、勝ち目などないのに」


「ですが、ギルバート様」

 若い商人が、不安そうに言った。

「このまま工場と職人が争えば、街全体が不安定になります。我々の商売にも影響が……」

「だからこそ、上が動くさ」

 ギルバートは、窓の外を指差した。そこには、王宮の方角から黒い馬車の一団が、整然と進んでくるのが見えた。

「ほら、始まったぞ。……鉄槌の時間だ」



 ギルド地区。石造りの古い建物が並ぶこの一角は、何百年も職人たちの誇りが息づいてきた場所だった。だが今、その静寂は蹄の音によって破られようとしていた。


 ドドドドド……

 整然と並んだ黒い馬車が、ギルド会館を包囲する。降り立ったのは、漆黒のローブを纏った男たち――宮廷審議官ヴァレリオと、その配下である「異端審問官」たちだった。彼らの腰には剣が下がり、手には魔力を封じる枷が握られている。


「何事だ!?」


 会館の門番が慌てて飛び出してきたが、審問官の一人が無言で魔法の拘束具を投げつけた。ガシャン、と音を立てて門番の手足に鎖が巻きつく。


「ぐあっ!」

「抵抗するな。余計な怪我をしたくなければ、大人しくしていろ」

 冷徹な声と共に、審問官たちが会館内へとなだれ込んだ。



 会館の大広間では、ギルドの幹部たちが緊急集会を開いていた。昨夜の襲撃の後始末について話し合っている最中だった。

「……まずい。あの藤村とかいう男、王宮に顔が利くらしい。報復があるかもしれん」

 オットーが険しい顔で言った時、扉が蹴破られた。

「誰だ!」

 ハインツが立ち上がろうとしたが、その肩を黒い手袋が掴んだ。振り返ると、そこには氷のような瞳をしたヴァレリオが立っていた。

「……お、お待ちください! 我々は何も……」


「黙れ」

 ヴァレリオの一言が、全ての言い訳を封じた。彼は懐から一枚の羊皮紙を取り出し、朗々と読み上げた。

「織物ギルド長オットー、木工ギルド筆頭ハインツ、鍛冶ギルド代表トマス。その他十七名。お前たちを、器物損壊、不法侵入、そして――」

 ヴァレリオの目が、鋭く光った。

「国家反逆罪の容疑で拘束する」


「こ、国家反逆だと!?」

 ハインツが叫んだ。

「冗談じゃない! 俺たちはただ、機械を壊しただけだ! 国に逆らったわけじゃ……」

「お前たちが破壊したファビアン商会の繊維工場は、軍への制服供給を担っている。そして藤村蓮の食品加工場は、王国軍北方面部隊への糧食を納入している」

 ヴァレリオは、まるで判決文を読み上げるように淡々と続けた。

「軍の兵站を脅かす行為は、職人の喧嘩ではない。国防を妨害するテロ行為だ」


「そ、そんな……!」

 オットーが青ざめた。軍需産業。その言葉の重みを、彼らは理解していなかった。いや、理解したくなかった。自分たちはただ、生活を守ろうとしただけなのに。

「慈悲を! どうか慈悲を!」


 トマスが床に膝をついた。プライドの高い鍛冶職人が、初めて他人に頭を下げた。だが、ヴァレリオの表情は微塵も変わらなかった。

「慈悲などない。あるのは法と秩序だけだ」

 審問官たちが、次々と幹部たちを拘束していく。魔力封じの枷がはめられ、縄で縛られる。抵抗する者には、容赦なく拳が振り下ろされた。


「やめろ! オットー親方に何をする!」

 会館の外で見ていた若い職人が叫んだが、審問官の一人が冷たく睨みつけた。

「次に騒ぐ者は、共犯として拘束する。……黙って見ていろ」



 広場に集まった市民たちは、息を呑んでその光景を見守っていた。尊敬されていたギルドの長老たちが、まるで凶悪犯のように引きずられていく。

「ひどい……」

「でも、仕方ないのかもしれない。軍のものを壊したんだから……」

「職人さんたちも、可哀想だけどね……」

 同情と恐怖が入り混じった囁きが、広場を満たした。


 ヴァレリオは、拘束された幹部たちを馬車に押し込むと、広場に集まった群衆を見渡した。そして、拡声の魔法をかけて宣言した。

「よく聞け、王都の民よ。新しい産業を妨害する者、国の発展を阻む者は、このように処断される。……秩序を乱す者に、容赦はない」

 その言葉が、広場に重く響いた。


 馬車が動き出す。窓から見えるハインツの顔は、怒りでも悲しみでもなく――ただ、深い絶望に染まっていた。

「……これが、未来か」

 ハインツは呟いた。職人の誇りは砕かれ、抵抗は犯罪とされ、時代は容赦なく前に進む。取り残された者たちには、ただ沈むことしか許されないのか。



 その光景を、遠くから蓮は見ていた。彼の横には、エリシアとリオネルがいた。

「……これが、あなたの望んだ結末ですか」

 エリシアが、静かに問いかけた。

「いや」

 蓮は首を振った。

「これは誰も望んでいない。でも、起きてしまった」


 彼は拳を握りしめた。職人たちの絶望も、工場労働者たちの恐怖も、どちらも理解できる。だが、それを止めることはできなかった。

「僕は……僕たちは、何かを壊しながら進んでいるんだ」

 その言葉を、冷たい風が運び去っていった。ヴァレリオの鉄槌は、確かに秩序を取り戻した。だが同時に、この街に深い亀裂を刻み込んだのである。

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