表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/105

◆第20話「追い詰められた誇りと、最後の選択」

 王都の旧市街、石畳の路地裏。そこにある古びた酒場『鉄槌亭』は、代々職人たちの溜まり場だった。だが今夜、店内を満たしているのは酒の陽気さではなく、煮えたぎるような怒りと絶望だった。


「……また一人、工場に取られた」

 木工ギルドの親方ハインツが、拳でテーブルを叩いた。彼の手は節くれ立ち、何十年ものみを握ってきた職人の手だ。だが、その手は今、震えていた。

「うちの三男坊だ。昨日まで工房で椅子を作っていたのに、今朝になったら『工場に行く』と言い出しやがった。俺の技を継ぐ気はないのかと問い詰めたら……」

 ハインツの声が震える。

「『親方の技は素晴らしい。でも、それじゃ腹は膨れない』とぬかしやがった」


 周囲の職人たちが、苦い顔で頷いた。鍛冶屋のトマス、染物屋のベルント、靴屋のクラウス。彼らは皆、同じ悩みを抱えていた。若い弟子たちが次々と工場へ流れ、工房には老いた親方ばかりが残される。


「工場の何がいいんだ」

 染物屋のベルントが、グラスのエールを煽った。

「あんなもの、人間を部品扱いする地獄じゃねぇか。一日中同じ作業を繰り返して、魂が削られていくだけだ」


「だが、金になるんだよ」

 靴屋のクラウスが、やつれた顔で呟いた。

「俺のところの注文は、去年の半分以下だ。工場製の安い靴が市場に溢れて、手縫いの靴なんて誰も買わねぇ。……このままじゃ、年を越せない」


 テーブルの上には、各ギルドの帳簿が広げられていた。どれも真っ赤な数字で埋め尽くされている。収入は激減し、借金は膨らみ、家族を養うことさえままならない。


「おかしいだろう」

 ハインツが立ち上がった。その目には、涙と怒りが混じっていた。

「俺たちは何も悪いことをしてない。ただ、親から受け継いだ技で、真面目に仕事をしてきただけだ。なのになんで……なんで俺たちが追い出されなきゃいけないんだ!」


 その叫びに、店内の全員が応えた。

「そうだ!」

「俺たちが王都を支えてきたんだ!」

「あの魔法工場なんて、ここ数年で湧いて出た成り上がりじゃねぇか!」


 怒号が渦巻く中、ギルド長のオットーが重い口を開いた。彼は白髪の老人で、五十年以上この街で織物を織ってきた男だ。

「……わしも、考えた。何度も考えた。工場と共存する道はないのか、とな」

 オットーは皺だらけの手で、自分の織った布を撫でた。

「だが、無理だ。あいつらは『速さ』と『安さ』で勝負してくる。手仕事は、絶対に勝てん。このままでは、わしらの技は消える。数百年続いた伝統が、たった数年で消し飛ぶんだ」


「じゃあ、どうする! このまま黙って飢え死にを待つのか!」

 トマスが吠えた。彼の工房は先月、ついに閉鎖に追い込まれた。家族を養うために、彼自身が工場の日雇いに出ることも考えたが、プライドが許さなかった。


「……やるしかないだろう」

 誰かが、低い声で言った。

「工場を、止めるんだ」

 その一言に、店内が静まり返った。だが、誰も否定しなかった。

「機械を壊せば、奴らも操業できなくなる。そうすれば、また手仕事の時代が戻ってくる」

「だが、それは……犯罪だぞ」

 クラウスが震える声で言った。だが、ハインツが彼を睨んだ。


「犯罪? 笑わせるな。俺たちから仕事を奪った奴らこそ、罪人だろうが!」

 ハインツは、懐から一枚の紙切れを取り出した。それは、工場街の地図だった。誰かが事前に調べたのだろう、主要な工場の位置に印がつけられている。

「ファビアン商会の繊維工場、そして……藤村のイモ工場。この二つを叩けば、他の工場も震え上がる」

「夜襲か……」

「ああ。月のない夜を狙う。顔は隠す。誰も怪我はさせない。ただ、機械だけを壊す」


 それは、彼らにとって最後の抵抗だった。法に訴えても、役人は工場の味方をする。市場で競っても、価格で負ける。ならば、力ずくで――暴力で――時計の針を巻き戻すしかない。

「……わしは、反対だ」

 オットーが、静かに言った。

「暴力は、何も生まん。むしろ、わしらが悪者にされるだけだ」


「じゃあ、他に何ができるってんだ!」

「分からん。……だが、これだけは言える。機械を壊しても、時代は戻らん」


 オットーの言葉に、一瞬の沈黙が訪れた。だが、それを破ったのはハインツだった。

「時代が戻らなくてもいい。せめて、俺たちの怒りを……この苦しみを、あいつらに分からせてやる!」


 彼は地図を掲げた。

「やるぞ。今週の金曜、月のない夜だ。集まれる者は、ここに来い。……俺たちの誇りを、守るために!」

 店内から、重い、しかし決意に満ちた声が上がった。

「おう……!」

 それは勝利の雄叫びではなく、追い詰められた者たちの、悲痛な咆哮だった。


 彼らは知らなかった。自分たちが壊そうとしている「機械」の向こう側に、同じように生活のために必死に働く、元「落ちこぼれ」たちがいることを。そして、この襲撃が、圧倒的な国家権力の介入を招き、自分たちをさらなる地獄へと突き落とすことを。


 酒場の外では、雨が降り始めていた。その雨音が、まるで来るべき悲劇を予告するかのように、石畳を叩き続けていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ