表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/103

◆第19話「赤いサイレンと安全圏の指揮官」

 それは、急速に拡大する生産ラインに、魔力供給パイプの増設が追いつこうとしていた時期のことだった。


キィィィィン……!


 耳をつんざくような高周波音が、工場内に響き渡った。乾燥塔の基部にある魔力バルブの一つに亀裂が入り、圧縮された「風属性魔力」が暴走寸前の青白いスパークを散らし始めたのだ。


「魔力漏出!限界まであと数分しか持ちません!」

 計器を見ていたリオネルが叫ぶ。放置すれば、風の刃が四散し、周囲の工員を切り刻む大事故になる。その瞬間、蓮は反射的に、手元の赤いレバーを引いた。ウゥゥゥゥ――ッ!!蓮が導入した、魔道式のサイレンがけたたましく鳴り響く。


「総員、退避!訓練通り、『Cルート』で脱出だ!機材は捨てろ!命を最優先しろ!」


 蓮の声が拡声器を通して響く。以前のこの世界の工場なら、パニックになった工員が出口に殺到し、将棋倒しになっていただろう。あるいは、「高価な機械を守らねば」と無謀にも現場に残り、犠牲になっていたかもしれない。だが、この工場の動きは違った。


「退避ー!Cルート、走るな!落ち着いて!」

「お前ら、あっちだ!新人連れてけ!」


 班長たちが声をかけ合い、まるで流れる水のようにスムーズに、工員たちが危険区域から遠ざかる。蓮が、始業前にしつこいくらい繰り返させていた「避難訓練」が、彼らの体に染み付いていたのだ。


 そして、無人になった危険区域に、リオネルが防御結界を展開しながら飛び込んだ。

「……封じ込めます!」

 ドンッ!! 結界の中でバルブが破裂したが、衝撃はリオネルの魔法によって完全に相殺された。



 数分後。工場の庭には、点呼をとる無事な従業員たちの姿があった。怪我人はゼロ。機材の破損も最小限。奇跡的な対応だった。


「素晴らしい……!さすがです、藤村殿!」

 リオネルが、煤けた顔を拭いながら駆け寄ってきた。

「あのタイミングでの避難指示、そして誰もパニックを起こさない統率力。藤村殿が『避難訓練』を徹底していなければ、今頃十人は死んでいましたよ」


 カイやガントたちも、尊敬の眼差しで蓮を見る。

「ああ。俺たち、『火が出たら逃げろ』なんて教わったことなかったからな。普通は『火を消せ』って怒鳴られるんだ」

「逃げる手順が決まってるだけで、あんなに怖くないなんて知らなかったよ。ボスはすげぇな、未来が見えてるみたいだ」


 称賛の嵐。誰もが蓮の「危機管理能力」を讃えていた。だが、蓮は引きつった笑みを浮かべて頷くことしかできなかった。

(……違う)


 蓮は、制服のポケットの中で、震える拳を強く握りしめた。リオネルが命がけで暴走を抑え込んでいる時、僕はどうした? 安全な管理室から、マイクに向かって叫んでいただけだ。もし、リオネルの結界が間に合わなかったら? もし、誰かが逃げ遅れていたら?


 僕には、彼らを守るための「盾」魔法一つ展開できない。落ちてくる瓦礫から彼らを突き飛ばす腕力もない。ただ、「逃げろ」と言うだけ。一番安全な場所で、一番最初に逃げる準備をして。


(これは『管理』じゃない。ただの『無力な傍観者』だ……)


「……藤村殿? 顔色が悪いですが」

心配そうに覗き込むリオネルに、蓮は慌てて「なんでもない」と手を振った。


「みんなが無事でよかった。すぐに復旧作業に入ろう。でも、まずは全員に温かいお茶を。ショックを受けている人もいるはずだから」


「はい! すぐに!」


 走り去るリオネルの背中を見ながら、蓮は胸の奥がチクリと痛むのを感じた。彼らが蓮を「守ってくれる指揮官」だと信じれば信じるほど、その信頼が、何も持たない蓮の心に重くのしかかる。「避難訓練」という現代の知恵は、確かに彼らを救った。だがそれは同時に、蓮に「いざという時、自分は誰も直接守れない」という事実を、残酷なまでに突きつけていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ