◆第6話「芋の味と、審判官の判断」
百科事典の召喚能力に気がついてから一週間、蓮とエリシア、そして見習い魔道士リオネルは、毎日召喚実験を続けた。得られる種芋の量は限られていたが、馬鈴薯、サツマイモ、里芋、長芋……と、少しずつ種類を増やし、机の上はにぎやかな“芋見本市”となった。
しかし、この世界の誰もまだ、その芋が実際に食べられるとは信じていない。
(いつかは試食しなきゃいけないよな…… ここで僕が証明しなきゃ、栽培許可なんて下りないだろうし)
蓮はそう腹をくくり、ついに“芋の調理”という一歩を踏み出すことにした。
◆
宮廷の官舎にある小さな調理室。蓮は、召喚して一日寝かせたサツマイモとジャガイモを前に、包丁を握っていた。
「藤村殿、本当に……そのまま食べられるのですか?」
見習い魔道士リオネルが、不安そうに聞く。
「食材だからね、芋は。僕の世界では普通に主食の一部なんだよ」
「しかし、召喚物ですよ? 毒見もせず……」
「毒見なら僕がするから大丈夫」
「……いや、それは余計に心配なのですが……!」
リオネルは半ば泣きそうな顔をし、エリシアは隣で落ち着いた声を出した。
「藤村殿の判断には、ある程度信頼がおけます。
召喚した直後に異常がなかったのですから、加熱すれば危険性は下がります」
「エリシア殿……意外と大胆ですね……!」
「私はただ、論理的に言っているだけです」
蓮は苦笑しつつ、皮をむいたジャガイモを薄切りにし、鉄鍋で焼きはじめた。油は貴族用農園から少し分けてもらった菜種油。塩は城の調理場から持ってきたものだ。
じゅうっと、油がはぜる。香ばしい匂いが部屋を満たし、リオネルの目が丸くなる。
「……な、なんだこの香りは……!」
「食欲を刺激する……妙に……良い匂いです……」
エリシアも鼻を近づけて目を細めた。
蓮は次に、サツマイモを大きめに切って蒸し器に入れた。時間をかけて蒸しあげると――ふっくらとした甘い香りが立ち上る。
「……これは、甘い香り……?」
「ええ、芋から……甘い匂いが……?」
2人の反応が面白くて、蓮は小さく笑ってしまった。
「よし、どっちもできた。まずはジャガイモのほうからどうぞ」
◆
三人は机に並んで座り、ジャガイモのソテーを口にした。リオネルが最初に噛みしめ、目を見開く。
「……!
う、うまいっ……!
こんな濃い味の根菜、初めて食べました……!」
「腹持ちが……とても良さそうな感じです」
エリシアは淡々と分析しているようで、実際は頬がほんのり赤い。
「この香りと、ほくほくした食感……記録する語彙が足りません……」
蓮は嬉しくなってしまい、次にサツマイモを皿に盛った。
「では次が……サツマイモ。焼き芋みたいなものです」
エリシアがそっとフォークでつつき、口に運ぶ。
瞬間――。
「……っ……!」
エリシアの表情がきらっと変わった。
驚き、戸惑い、それからゆっくりと夢見るような微笑へ。
「……藤村殿……
甘い……甘いです……!
まるで果物のよう……いえ、果物より……優しい甘さ……」
リオネルもかじりついて目を丸くした。
「な、なんだこれは!?
ただの根菜だろう!? なのにスイーツのようではないか!」
エリシアはサツマイモを見つめながら、そっと呟いた。
「……“太い草の根”にしか見えないのに……
こんなに美味しいものだったなんて……」
蓮はふたりの反応に胸をなでおろした。
(よかった……異世界人にも受け入れられる味だ……!
これなら、芋の栽培が広まる可能性もある……!)
◆
後日。蓮の報告を受けた審問官ヴァレリオは、厳しい表情で百科事典と芋を見つめていた。
「……この分厚い書が、召喚魔法のような力を持つとはな。写実の図画から、実物が出現する……にわかには信じがたい」
「ですが、事実として出現し、その芋は食べられました」
エリシアが淡々と伝える。
「それなのだ」
ヴァレリオは渋い顔で蓮を見る。
「藤村蓮。毒見もせず、自ら口にしたと聞く。軽率と言わざるを得ない」
「す、すみません……」
「踏込温床の成功で、君が農学の貴重な知識の持ち主であることは証明されている。滞在期間の制約はもうない。それなのに、君が倒れては意味がないのだ…… しかし ――」
ヴァレリオは小さく息を吐いた。
「民が飢えることなく、栄えるための作物であるならば、我らとしても無視するわけにはいかぬ。栽培実験を、正式に許可しよう」
「本当ですか!?」
「もちろん監督付きだがな。エリシア、引き続き記録を頼む。リオネル、お前も観察を怠るな」
「は、はい!」
「承知しました」
蓮は自然と頭を下げた。
(よし……これで本格的に芋を育てられる……!
この世界でも、芋の良さを広められるかもしれない)
召喚されたささやかな芋が、
異世界の農業に新しい風を吹き込むとは――
このとき、誰もまだ知らない。それが、やがて信仰や政治さえも巻き込む騒ぎへと育つことも。




