◆第16話「逆さまの師弟と、炎の教え」
工場の一角に設けられた「実習室」。リオネルは黒板に複雑な魔法陣を描きながら、集まった「落ちこぼれ」魔道士たちに講義をしていた。
「……つまり、魔力の流量を一定に保つためには、この制御式を――」
リオネルが説明を続けていると、最前列に座っていたガントが手を挙げた。
「あの、工場長。その式、実際の炉では使えないんですが……」
「え?」
リオネルは眉をひそめた。
「どういうことですか、ガント君」
「その式だと、理論値では完璧なんでしょうけど……現場の炉は、風の流れが不均一なんです。だから、ここの係数を少しいじらないと、実際には安定しないんですよ」
ガントは、自分のノートを見せた。そこには、リオネルの式を独自に修正した計算式が書かれていた。
「これ……」
リオネルは目を見開いた。ガントの修正式は、理論的には「不正確」だ。だが、現場の実測データと照らし合わせると、むしろこちらの方が正確な結果を出している。
「ガント君、これはどうやって……」
「いや、理屈は分かりません」
ガントは照れくさそうに頭を掻いた。
「ただ、毎日炉の前に立ってると、『ここをこうすれば上手くいく』って感覚で分かるんです。それを数字にしてみたら、こうなって」
リオネルは、自分の黒板の式を見つめた。完璧な理論。だが、現実の前では不完全だった。
「……そうか」
リオネルは、ガントの肩を叩いた。
「ありがとう、ガント君。君に教わりました」
「え? 俺が工場長に?」
「ええ。理論は、現場があって初めて意味を持つ。……僕は、それを忘れていました」
リオネルは黒板を消し、ガントの式に書き直した。
「みんな、聞いてください。これからは、理論だけじゃなく、皆さんの『現場の感覚』も大事にします。……いや、むしろそれこそが『魔道工学』の核心なのかもしれません」
◆
その日の午後、リオネルはカイを呼び出した。
「カイ君。君の風魔法、いつも『全力』だと言っていましたね」
「あ、はい……。調整が下手で、すみません」
「謝らなくていいです。むしろ、それを研究させてください」
リオネルは、計測用の魔道具をカイの周りに配置した。
「君の魔法を数値化して、なぜ『全力しか出せない』のかを分析したいんです。もしかしたら、それは欠陥じゃなく、『特性』かもしれない」
「特性……?」
「ええ。例えば、瞬間的な最大出力が必要な場面では、君の魔法は誰よりも優れているはずです。その特性を活かせる新しい機械を作れば……」
リオネルの目が輝いている。
「君のための、君にしかできない仕事が生まれるかもしれない」
カイの顔もパッと明るくなった。
「本当ですか!? 俺、役に立てますか!?」
「ええ。……いや、正確には、僕が君から学ばせてもらうんです」
◆
夜、執務室で報告書を書いていたリオネルに、蓮が声をかけた。
「リオネル、最近いい顔してるね」
「そうですか?」
リオネルは照れくさそうに笑った。
「実は……僕、今まで『教える』ことが自分の仕事だと思っていました。でも、違ったんです」
「違った?」
「ええ。彼らは確かに、理論は知りません。でも、現場の知恵を持っている。そして僕は、その知恵を理論に翻訳することができる。……僕たちは、教え合っているんです」
リオネルは窓の外、工場の明かりを見つめた。
「アカデミーにいた頃、僕は『完璧な魔道士』になろうとしていました。でも、ここでは『不完全な仲間たち』と一緒に、完璧を目指せる」
蓮は満足そうに頷いた。
「それが、チームってやつだよ。リーダーは、全てを知っている必要はない。メンバーの強みを引き出せればいい」
「はい。……ようやく分かりました」
リオネルの手元には、ガントやカイから学んだことをまとめたノートがあった。それは、どんな高度な魔術書よりも、彼にとって価値のある宝物だった。かつて「天才」と呼ばれた青年は、今「落ちこぼれ」たちの師でありながら、彼らの弟子でもあった。その逆さまの師弟関係こそが、誰も見たことのない「魔道工学」という新しい学問を生み出していたのである。




