◆第13話「魔術の尊厳と労働の誇り」
王都の中心にそびえる「王立魔道士アカデミー」。そこは、魔道の才能を持つ者たちが集う最高学府であり、同時に、強烈な選民意識が支配する象牙の塔でもあった。その一室で、学部長の老人――大魔道士ゼクセルは、報告書を握りつぶしていた。
「……嘆かわしい。実に嘆かわしい!」
彼の怒りの矛先は、郊外にある藤村蓮の食品加工工場だ。
「神聖なる魔力を、イモの乾燥だの、スープの粉末化だのに使うとは!しかも、あろうことかアカデミーを追放された『出来損ない』どもを使い捨てにしているというではないか!」
側近の魔道士が頷く。
「はい。市民の間では『魔法仕掛けの工場』として評判ですが、我々としては看過できません。魔道士の品位に関わります」
「うむ。魔法とは、真理の探究と国家の防衛のためにあるもの。金稼ぎの道具に堕ちてはならん。……すぐに手を打て。あの工場から、魔道士たちを引き剥がすのだ」
◆
五月も終わりに近づいたある日の夕暮れ。工場での業務を終え、家路につこうとしていた「突風の少年」――風属性のカイの前に、深緑のローブをまとった男が立ちはだかった。アカデミーの講師だ。かつて、カイに退学を勧告した張本人でもある。
「……久しぶりだな、カイ」
「せ、先生……?」
カイは身をすくませた。アカデミー時代のトラウマが蘇る。叱責され、嘲笑された日々。
だが、講師の態度は意外にも穏やかだった。
「聞いたぞ。異邦人の工場で、酷使されているそうだな。来る日も来る日も、ただ風を送るだけの単純作業……。魔道士としての誇りはないのか?」
カイは俯いた。
「……でも、仕事ですから」
「仕事? あれは搾取だ」
講師は一歩近づいた。
「アカデミーは慈悲深い。お前が反省して戻るなら、再入学を認めてやってもいいぞ」
「えっ……」
カイが顔を上げる。再入学。それは、かつて喉から手が出るほど欲しかった言葉だ。
「ただし」
講師は付け加えた。
「条件がある。あの工場を今すぐ辞めることだ。そして、工場で行われている『工程』のすべてを我々に報告しろ。……あの異邦人が何をしているのか、管理する必要があるからな」
カイは、講師の目を見た。そこにあるのは、カイへの期待ではない。蓮への敵意と、技術への卑しい探究心、そして何より――カイを「便利な駒」としてしか見ていない冷たい光だった。
カイの脳裏に、工場の光景が浮かぶ。『君は最高の排気装置だ』と言って笑った蓮。『出力全開!君の力が必要だ!』と指揮を執るリオネル。そして、自分が送り出した風によって、みるみる乾燥していくイモの山。カイは、拳を握りしめた。
「……条件って、それだけですか?」
「なんだと?」
「僕が戻ったら、風魔法の研究をさせてくれるんですか? それとも、また『雑用係』として、実験室の掃除をさせるつもりですか?」
講師は鼻で笑った。
「身の程を知れ。お前のような『制御不能な欠陥品』を置いてやるだけでも温情なのだぞ。掃除夫としてでも、アカデミーに籍があるだけで名誉だろう」
その言葉を聞いた瞬間、カイの中で何かが吹っ切れた。
「……お断りします」
カイは、はっきりと言った。
「僕は今、工場で『排気主任』を任されています。僕の風がないと、あのラインは止まるんです。僕の風が、何千人もの兵士や冒険者の腹を満たすスープを作っているんです」
カイは講師を睨み返した。
「掃除夫としての名誉なんていりません。僕は、必要とされる場所で働きます」
「き、貴様……!アカデミーに盾突く気か!?」
カイは何も答えず、講師の横を通り過ぎた。その足取りは、かつて退学した日とは違い、力強かった。
◆
同じ頃、酒場の片隅でも似たような光景があった。「種火の男」――火属性のガントが、アカデミーの使者と対峙していた。
「戻ってこい、ガント。お前のその微弱な火でも、冬場の暖炉番くらいにはなる」「……暖炉番か」
ガントは、ジョッキのエールを飲み干し、目の前のエリート魔道士を鼻で笑った。
「悪いがね、俺は今、忙しいんだ。俺の『種火』はな、1℃の狂いもなく温度を維持し、スープを黄金の粉に変える『神の火』だって、工場長に褒められてるんでね」
「たかがスープ作りだろう!?」
「そのスープが、俺にこのエールを飲む金をくれるんだよ。あんたたちが俺にくれたのは、侮蔑と徒労感だけだったがな」
ガントは席を立った。
「工場は明日も早い。俺が遅刻したら、スプレードライタワーの温度が下がっちまう。……邪魔しないでくれよ、『エリート様』」
◆
翌朝。工場の朝礼には、誰一人欠けることなく、全員が揃っていた。むしろ、彼らの顔つきは昨日までよりも晴れやかで、一種の「覚悟」のようなものが宿っていた。
リオネルが、心配そうにカイに声をかける。
「……カイ君。昨日、アカデミーの人間と会ったそうだね」
「はい」
「……もし、戻りたいなら――」
「戻りませんよ、工場長」
カイはニカっと笑った。
「だって、ここなら『全力』が出せますから」
ガントも、氷の少女も、深く頷いた。彼らは知ってしまったのだ。「組織の看板」よりも、「自分の能力が正当に評価され、対価を得られる喜び」を。蓮は、その様子を見て、エリシアに耳打ちした。
「……どうやら、うちの従業員たちは、思った以上にタフだったみたいだね」
「ええ。彼らはもう『落ちこぼれ』ではありません。『プロフェッショナル』です」
アカデミーの工作は、完全に裏目に出た。彼らの拒絶は、単なる雇用の維持ではない。既存の権威に対する、実力主義による勝利宣言だった。工場の煙突から、今日も白い蒸気が上がる。その勢いは、まるで古い体制を嘲笑うかのように、高く、力強かった。




