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◆第9話「茶色い紙と、川沿いの異端児」

 そろそろ六月が迫り、明るい日差しが王都を包み始めた頃。藤村蓮は、執務室で頭を抱えていた。机の上には、試作された「即席麺」の塊が転がっている。揚げた麺は完成した。スープの味も決まった。だが、商品として出荷できない致命的な問題があった。


「……高い。高すぎる」「何がですの? 麺の原価は、サツマイモ粉の活用で劇的に下がりましたわ」


 エリシアが怪訝そうに覗き込む。蓮は、麺そのものではなく、それを包もうとしている「紙」を指差した。「包装だよ、エリシアさん。この国で流通している紙は、古布ラグから作った高級紙か、羊皮紙だ。麺を包む袋代が、中身の麺と同じくらいかかっている。これじゃあ『安価な国民食』なんて夢のまた夢だ」


 この世界の紙は、まだ「貴重品」だった。手紙を書くにも一枚の紙を大切に使い、包装材といえば、何度も使い回す布や木箱が主流だ。だが、即席麺は湿気を嫌う。密閉できる、使い捨ての包装が必要だった。


「もっと安くて、大量に作れて、捨てても惜しくない紙が必要なんだ。……心当たりはない?」


 蓮の問いに、エリシアは少し考え込み、そして言いにくそうに口を開いた。「……噂レベルですが。王都の北、川沿いの水車小屋に、ギルドから爪弾きにされている変り者の職人がいるそうです。『木屑を固めたゴミのような紙』を作っているとか」「木屑? ……それだ!」


 蓮は弾かれたように立ち上がった。「ゴミじゃない。それこそが、僕たちが求めている『未来の紙』だ!」



 王都の中心から馬車で一時間。清流沿いに建つボロ小屋からは、ゴゴゴゴ……という地響きのような音が響いていた。蓮とエリシアが小屋に入ると、そこは強烈な「森の匂い」で満ちていた。青臭い生木の匂いと、湿った蒸気の匂い。


「なんだ、あんたたちは。冷やかしなら帰ってくれ」


 声をかけてきたのは、全身おが屑まみれの大男だった。無精髭に、頑固そうな眼光。彼こそが、職人クラフトだった。小屋の中央では、水車の動力を伝えた巨大な石臼グラインダーが唸りを上げ、丸太を強引に押し付けてすり潰している。


「……驚いた。本当に『砕木パルプ(グランドパルプ)』を作っているのか」


 蓮が呟くと、クラフトは眉をひそめた。「パルプ? 知らねぇ名だが、俺はこいつを『木の紙』と呼んでる。……だが、見ての通りだ」クラフトは、きあがった紙の束を放り投げた。それは純白ではなく、茶色く変色し、手触りもゴワゴワとしていた。「繊維が短くて切れやすい。時間が経つと日焼けしてボロボロになる。インクも滲む。ギルドの連中は『あんなものは紙じゃない、木の皮だ』と笑いやがる」


 エリシアも、恐る恐るその紙を摘んだ。「確かに……。これで手紙を書くのは難しそうですわね。少し油っぽい匂いもしますし」木材に含まれるリグニンという成分が残っているためだ。だが、蓮にとっては、それこそが求めていたスペックだった。


「クラフトさん。この紙、いくらで作れる?」「あん? 原料はそこら辺の間伐材だ。ボロ布を集める手間に比べりゃ、十分の一以下だろうな」「十分の一……!」


 蓮は、その茶色い紙を光に透かしてみた。不均一な繊維が、ステンドグラスのように重なり合っている。「十分だ。いや、最高だ。強度不足は厚みでカバーすればいい。何より、この『安さ』は最強の武器になる」


 蓮はクラフトに向き直り、真剣な眼差しで言った。「クラフトさん。この紙を僕に売ってくれ。……いや、僕の工場専用に、生産ラインをフル稼働させてほしい」「はあ? 何に使う気だ。こんなゴミ紙」「ゴミじゃない。これは、王都中の誰もが毎日手に取り、そして破り捨てる『革命の紙』になるんだ」


 クラフトは鼻で笑ったが、その目は笑っていなかった。自分の技術を「ゴミ」と言わなかった男は、蓮が初めてだったからだ。「……面白い。口だけじゃねぇなら、付き合ってやるよ。この『木の紙』の使い道、見せてみろよ」


 轟音を立てる水車の横で、男たちの契約が結ばれた。それは、白い紙が支配していたこの世界に、茶色い紙が反旗を翻した瞬間だった。

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