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◆第8話「軍の糧食として」

 軍務省、兵站局長の執務室。ガレス大佐は、北の国境地帯の地図を睨みつけ、拳で机を叩いていた。

「……また『壊血病』による後送か。今月で何人目だ?」


 副官が沈痛な面持ちで答える。

「50名を超えました。北の砦は食糧事情が厳しく、その上、新鮮な野菜の配給も滞っております」

「帝国軍の動きは?」

「活発です。国境の向こう側で、連日大規模な演習を行っています。……挑発ですね。『いつでも攻め込めるぞ』という」


「クソッ……!」

 ガレスは唸った。

「冬を越えた兵士たちが、春を迎えた途端に倒れていく。歯茎から血を流し、古傷が開き、立つことさえできない。敵は『鉄の帝国』だ。重厚な鎧と、豊富な補給物資を持っている。対して我が軍は…… 硬い乾パンと塩漬け肉をかじって様子を見守るのが精一杯だ」


 ガレスは、古傷の痛む肩をさすった。十年前の『冬の紛争』。補給線を断たれ、飢えと寒さで多くの部下を失った記憶が蘇る。


「平和条約など、紙切れ一枚の盾に過ぎん。奴らは必ずまた来る。その時、このままでは……我が軍は戦う前に全滅だ」

「大佐。……何か手を打たねば」

「分かっている!だが予算がない、物資がない! 特に冬場に、軽くて、安くて、兵士の身体を温められる魔法のような食料でもない限り、北の防衛線は維持できんぞ!」


――そこへ、ノックの音が響く。

「失礼します。藤村蓮という商人が、面会を求めていますが」

「藤村蓮? ああ、知っているぞ。ジャガイモを軍に売り込んできた商人だな。そういえば面会の予定が入っていたな……だが、悪いが、今は忙しい、追い返してくれないか」

「それが……『兵士が三分で温まる食事をお持ちしました』と……」

「なんだと?」



 もともと面会予約を入れていたこともあって、蓮は、それほど待たされることなく執務室に通された。


「……藤村殿。今日はまた、妙なものを持ってきたな」

 ガレスは机の上に置かれた油紙の包みを怪訝そうに見つめた。

「これは、何だ? 乾パンの代わりか?」


「いえ、食事です」

蓮は自信満々に言った。

「お湯と、器を貸していただけますか?」


用意された木椀に、揚げ麺の塊を入れる。その上に、粉末スープと乾燥イモを散らす。そして、熱湯を注ぎ、木の蓋をして――。


「待ち時間は、三分です」


砂時計が落ちきるのを待つ間、部屋には信じられないほど良い香りが漂い始めた。揚げた油のコク、スープの肉の香り。ガレスの喉が鳴る。


「……よし。どうぞ」


蓮が蓋を開ける。湯気の中から現れたのは、黄金色のスープに浸った、艶やかな麺だった。カチカチだった乾燥イモは、ふっくらとした角切りポテトに戻り、彩りを添えている。


「……これが、さっきの乾いた塊か?」

ガレスはフォークで麺を持ち上げ、口に運んだ。ズルッ。その瞬間、彼の目がカッと見開かれた。

「――っ!?」


 麺はモチモチとしてコシがあり、スープの旨味を吸っている。揚げ油のコクが淡白なスープに厚みを加え、冷えた体に熱が染み渡る。


「うまい……!なんだこれは、店で食う麺より熱くて……味が濃い!」


「お湯さえあれば、雪山だろうと、泥濘ぬかるみの戦場だろうと、この温かい食事が食えます」

 蓮は畳み掛けた。

「堅くて不味い乾パンをかじる必要はありません。煮炊きのために煙を出して敵に見つかるリスクも減らせます。ただお湯を沸かすだけ。兵士の士気は劇的に上がるでしょう」


 ガレスは、スープまで一気に飲み干し、ふう、と満足げな息を吐いた。そして、鋭い目で蓮を見た。


「……保存期間は?」

「油紙で密閉すれば、半年は持ちます」

「重さは?」

「乾パンと同等。ですが、満足感は段違いです」

「価格は?」

「白いサツマイモと魔法工場の量産ラインを使っています。……軍の予算内で、十分に収まります」

「壊血病対策はあるかね?」

「野菜ジュースをフリーズドライで粉末にすれば、ごく少量で予防できます」


「野菜の汁を……粉にするのか?」

 ガレスは目を見開いた。

「それならば、乾パン一袋分の荷物で、百人の兵士を壊血病から守れる」

「その通りです。イモと野菜粉末、そして即席麺。これで北の砦の兵士たちは、冬でも春でも戦える身体を維持できます」


 ガレスは机をバンと叩いた。


「採用だ!とりあえず、北部国境警備隊向けに一万食!いや、三万食だ!すぐに用意できるか!?」「……工場のラインをフル稼働させれば、一週間でなんとか」



 帰り道。馬車の中で蓮は拳を握りしめた。

「やった……!大口契約だ!」


 エリシアが、少し複雑そうな顔で言った。

「藤村殿。これで……あなたのイモは、完全に『軍需物資』になりましたね」

「うん。兵士たちが温かい飯を食えるなら、それもいいことだよ」


蓮は前向きだった。だが、彼はまだ気づいていなかった。


「お湯だけで温かい食事がとれる軍隊」その情報が、どれほど周辺諸国にとっての脅威となるかを。単なる「美味しいイモ」が、各国のスパイが血眼になって探る「機密兵器」へと変わった瞬間だった。

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