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◆第7話「油と熱の3分間革命」

 春は過ぎたものの初夏というにはまだ早い五月のこと、乾燥マッシュポテトと、粉末スープ。二つの発明により、蓮の工場は活気に満ちていた。だが、蓮はまだ満足していなかった。


「……スープは美味い。イモも美味い。だが、まだ『食事』じゃない」

 蓮は試作品のスープを飲み干し、呟いた。

「足りないのは、噛みごたえのある炭水化物……つまり『麺』だ」


 エリシアが首をかしげる。

「麺、ですか?パスタのようなものでしょうか。ですが、あれは茹でるのに時間がかかりますし、保存するには堅く乾燥させねばならず……」

「そう。普通の干し麺じゃダメだ。お湯をかけて数分で食べられる『即席麺』じゃないと」


 リオネルが警戒した顔をした。

「藤村殿、まさか『時間を進める魔法』とか『瞬間加熱の魔法』とか言い出すのでは……。そんな便利な魔法はありませんよ」


 蓮は笑って首を振った。

「安心してくれ、リオネル。今回は魔法はいらない」

「……はい?」

「必要なのは、油と熱。そして物理だ」



 工場の別棟には、大きな鉄鍋と、製麺機代わりの単純な切断機が用意された。集められたのは、魔道士ではなく、腕力のある普通の男たちと、調理経験のある女性たちだ。


「材料は、あの『白いサツマイモ』から取ったデンプンと、小麦粉を混ぜたものだ」


 蓮の指示で、生地が練り上げられる。サツマイモデンプンが入ることで、麺には強いコシとツルツルした食感が生まれる。細く切り出された麺は、一度蒸籠せいろで蒸し上げられる。


「ここからが肝心だ。この蒸した麺を――油で揚げる!」


 ジュワアアアアッ!! 中程度に加熱された油の中に麺の塊が放り込まれる。激しい音と共に泡が立ち上り、香ばしい匂いが充満した。リオネルとエリシアが目を丸くする。

「せっかく蒸したのに、揚げるのですか!?」


「これが『瞬間油熱乾燥法』だ!」

 蓮は叫んだ。

「高温の油で揚げることで、麺の中の水分が一気に蒸発する。その抜けた水分の跡に、無数の小さな穴(多孔質)ができるんだ!」

「穴……?」

「そう。お湯を注いだ時、その穴にお湯が入り込むことで、麺があっという間に柔らかく戻る。魔法を使わずに、物理的に『復元速度』を上げてるんだよ!」


 揚がった麺は、きつね色に輝き、カチカチに固まっていた。これなら保存がきく。しかも軽い。蓮は、この「揚げ麺」の塊と、小袋に入れた「粉末スープ」、そして「乾燥イモ(具材)」をセットにし、試作していた包装用の油紙で包んだ。


「完成だ。『即席イモラーメン』!」


 早速試食会が開かれ、王都では、藤村蓮がまた新しいことを始めたという期待と評判が噂される。そうなると、当然動くのは――



 試食会から数日後、試作品の山を前に、蓮たちが勝利の余韻に浸っていたのも束の間。工場の扉が無遠慮に開かれ、冷徹な空気を纏った男が入ってきた。徴税官長マルクスだ。


「……素晴らしい匂いだ、藤村殿。噂通りの『革命』が起きているようだな」


 マルクスは、積み上げられた即席麺の山を、まるで金貨の山を見るような目で見つめた。

「単刀直入に言おう。来月から、貴殿の工場で生産される『即席麺』および『粉末スープ』に対し、新設の【高度加工食品税】を適用する」


「……はい?」

 蓮は耳を疑った。

「加工食品税? そんな税金、聞いたことがありませんよ」


「私が作って、財務大臣に提案した」

 マルクスは表情一つ変えずに言った。

「従来の食材イモに、魔法と技術で付加価値をつけ、保存性と利便性を高めた。イモは貧しい庶民の食べ物だが、即席麺はもはや庶民の食材ではなく『嗜好品』に近い。よって、売上の三割を徴収する」


「三割!?」

 エリシアが悲鳴を上げた。

「そんな!それでは利益が出ません!私たちは、貧しい人たちにも買える値段にするために、薄利多売で計算しているんです!」


「知ったことではない」

マルクスは眼鏡の位置を直した。

「税とは、取れるところから取るのが鉄則。これだけの高度技術独占だ、多少高くても売れるだろう? 君たちは高値で売って儲かり、国庫は潤い、私は昇進する。ウィンウィンだ」


 一方的な通告を残し、マルクスは去っていった。残されたのは、絶望的な空気。三割の重税が乗れば、価格を上げざるを得ない。それでは、本来のターゲットである庶民の手には届けにくくなってしまう。そうなると予定していた数量を売ることはできない。


「……どうしますか、藤村殿」

リオネルが頭を抱える。

「生産ラインを縮小しますか?」


「いや、ダメだ。一度止めたら、再稼働にコストがかかる」

 蓮は腕を組み、工場の天井を仰いだ。マルクスは手強い。理屈が通じない相手ではないが、国の利益に関しては一切妥協しない。

(……税金がかからない場所。マルクスの手が届かない、あるいは国が税を取る意味がない取引先……)


 その時、蓮の脳裏に閃くものがあった。国の財布から出て、国の財布に入る金。そこには税は発生しない。なぜなら、事務コストの無駄だからだ。つまり――『官需』。それも、国家の存亡に関わる最優先事項。


「……あるじゃないか。税金がかからない、特大の市場が」

 蓮はニヤリと笑った。

「エリシアさん、軍務省へのコネクションはある?」


「軍務省、ですか? 父の知人に、兵站局のガレス大佐という方がいますが……」

「ビンゴだ。すぐにアポを取ってくれ」


 蓮は、できたばかりの即席麺の包みを掴んだ。

「『一般食品』として売るから税金を取られるんだ。これを『戦略軍事物資』として軍に納入すれば、それは国防費の一部になる。マルクスだって、軍の予算に税金はかけられない!」

「な、なるほど……!」

「それに、軍なら大口契約が見込める。薄利でも、数が捌ければ利益は出る!」


 転んでもただでは起きない。重税というピンチが、蓮の目を「一般市場」から「軍需産業」へと向けさせた瞬間だった。

「行くぞ。ターゲットは、腹を空かせた軍隊だ!」


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