◆第6話「偏屈爺と魔力の方程式」
スプレードライ(噴霧乾燥)タワーの完成により、蓮の工場は活気に満ちていた。……はずだった。だが、工場長のリオネルは、連日の徹夜で目の下に濃いクマを作っていた。
「……ダメだ。また魔力回路がショートした」
執務室の机には、複雑な魔方陣が描かれた設計図が散乱している。
「氷結乾燥のラインと、噴霧乾燥のライン。隣り合う二つの工程で『冷気』と『熱気』という正反対の魔力が干渉し合って、結界が安定しないんです」
蓮が心配そうに覗き込む。
「物理的な壁を厚くしてもダメ?」
「魔力は壁を透過して共振するんです。これを防ぐには、高度な『魔力遮断数式』を組む必要がありますが……私の知識では限界です」
リオネルは優秀だが、まだ見習いだ。工場の規模が、彼一人のキャパシティを超え始めていた。
「アカデミーの図書館に行けばヒントがあるかもしれませんが……私は今、あそこには顔を出しづらいですし」
アカデミーは「落ちこぼれ」を雇った工場を白眼視している。正規の手続きで協力を仰げば、門前払いは確実だ。蓮は少し考え、言った。
「正面突破がダメなら、裏口入学だ。……アカデミーに、個人的に話ができそうな、骨のある先生はいないのか?」
リオネルは一人の老人の顔を思い浮かべた。
「一人だけ。偏屈すぎて、派閥争いにも興味がない『変わり者』がいます。第8研究室のグレゴリウス先生です」
◆
王立魔道士アカデミーの地下。薄暗い廊下の突き当たりにある第8研究室は、カビと古い紙の匂いがした。リオネルが恐る恐る扉を叩くと、中から怒鳴り声が飛んできた。
「やかましい! 今は『魔力波動のゆらぎ』を観測中だと言ったろうが!」
現れたのは、白髪の爆発したような髪型をした小柄な老人、グレゴリウスだった。彼はリオネルの顔を見ると、眉をひそめた。
「あん? リオネルか。……聞いたぞ。イモ屋の工場長になったとか。アカデミーの面汚しだと、上層部がカンカンだぞ」
蓮が一歩進み出る。
「初めまして、そのイモ屋の藤村です。面汚しかどうか、先生の目で確かめていただけませんか?」
蓮は、手土産の包みを差し出した。中身は、試作品の『コンソメスープ(粉末)』だ。
「……なんだこれは。賄賂か? ワシは金には興味がない」
「ただのスープです。ですが、そこには先生が研究されている『魔力の干渉』の課題があります」
グレゴリウスは怪訝そうに粉を舐め、それからお湯を注いだスープを一口飲んだ。
「……ほう」
老人の目が鋭くなった。
「火属性による瞬間乾燥か。だが、焦げていない。……『種火』ごとき微弱な魔力を、長時間一定に保つ制御術式……。誰がやった? お前か、リオネル」
「いいえ。ギルドを追い出された『種火のガント』です。私は彼の出力をラインに組み込んだだけです」
「あの落ちこぼれがか? ……面白い」
グレゴリウスはニヤリと笑った。
「アカデミーの馬鹿どもは、魔力の大きさと属性の多さばかりを競う。だが、このスープは一つの属性の『精密さ』と『持続性』の結晶だ。……美しい数式だ」
彼は蓮たちが持ち込んだ「魔力干渉のトラブル」の図面をひったくった。
「貸してみろ。……馬鹿者! ここは並列処理じゃなくて、位相をずらして直列に繋ぐんだ! そうすれば、冷気と熱気が互いを打ち消さず、循環する!」
グレゴリウスはペンを走らせ、あっという間に修正案を書き上げた。
「持っていけ。……ワシは、才能のない奴は嫌いだ。だが、新しい『現象』を生み出す奴は嫌いじゃない」
帰り際、グレゴリウスはリオネルの背中に声をかけた。
「リオネル。イモ屋で働くというのも悪くない。机上の空論より、よほど生きた魔術だ。また壁にぶち当たったら来い。相談相手くらいにはなってやる」
リオネルは振り返ると、グレゴリウスに深々と頭を下げた。
◆
こうして、蓮たちは偏屈だが強力な顧問を得た。この出会いがなければ、後の疫病対策における「品種改良」も成し得なかっただろう。工場の発展は、現場の努力と、地下室の賢者の知恵によって支えられていたのである。




