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◆第2話「求む、不器用な魔道士」

 官舎の一室。そこは今、異様な緊張感に包まれていた。机の上には、蒸したジャガイモが一つ、皿に載っている。その周りを、リオネルが展開した小さな魔法陣が囲み、蓮とエリシアが固唾を飲んで見守っていた。


「……いきます」


 リオネルが短く告げ、魔力を込める。まず、室内の空気がきんと冷えた。氷魔法による【急速凍結】だ。皿の上のイモが、一瞬で白い霜をまとい、カチコチに凍りつく。ここまでは、ただの冷凍だ。


「次、減圧」


 リオネルの額に汗が滲む。彼は氷魔法を維持したまま、同時に風魔法を展開した。ただし、風を起こすのではない。結界内部の空気を外へと吸い出し、気圧を下げるのだ。ヒュウウウ……。微かな風切り音と共に、結界の中が真空に近い状態へと変化していく。


「……昇華、開始」


 ここからが未知の領域だった。気圧が下がったことで、イモの中の氷が、水になることなく直接水蒸気となって飛び出してくる。それを風魔法が素早く結界外へと排気する。凍ったまま、水分だけが抜けていく。イモの表面から、白いもやのようなものが立ち上り続けた。


 数分後。

「……完了、です」


 リオネルがふらりとよろめき、結界を解いた。皿の上に残っていたのは、一回り小さくなり、スポンジのようにカサカサになった白い塊だった。


「これが……」

 蓮が恐る恐る手に取る。

「軽い!」


 まるで空気を持っているようだ。指で押すと、サクッとした感触がある。水分は完全に抜けている。これならカビも生えないし、腐りもしない。


「問題は、味だ」

 蓮はポットのお湯を注いだ。シュワワワ……。乾燥したスポンジ状の組織が、貪るようにお湯を吸い込んでいく。そして一瞬で、元のふっくらとしたマッシュポテトの姿へと戻った。スプーンですくい、口へ運ぶ。

「……!」

 ホクホクとした食感。イモの甘み。生のマッシュポテトとほとんど変わらない。

「成功だ……!これならいける!」


 蓮は歓声を上げたが、振り返ると、リオネルが椅子にへたり込んでいた。

「藤村殿。成功はしましたが……これをあの倉庫の山全てに行うのは、不可能です」

彼は荒い息を吐きながら首を振った。

「たった一個で、魔力の半分を持っていかれました。凍結と減圧の同時制御……こんな精密な魔法、上級魔道士でも数分が限界です」


 エリシアも心配そうに言う。

「魔道士を雇うにしても、二つの属性を高度に扱える人材となると……賃金も高騰します。イモの値段より高くなってしまいますよ」


 技術は完成した。だが、コストという壁が立ちはだかった。しかし、蓮はニヤリと笑った。

「二つの属性を同時に使えるエリートなんて、いらないんだよ」

「え?」

「凍らせる係と、空気を抜く係。分ければいいんだ」



 翌日。王都の冒険者ギルドや、魔術学院の裏掲示板に、奇妙な求人票が張り出された。


【急募:魔道士(見習い可)】・業務内容:食品加工の補助・条件:単一属性(氷、または風)のみ使用可能な方・魔力制御が苦手な方、大歓迎・日払い可、昼食(イモ料理)付き


 それは、エリート志向の魔道士業界では考えられない「低スペック求人」だった。



 面接会場となった官舎の庭には、自信なさげな若者たちが数人集まっていた。その先頭にいたのは、ボサボサ髪の少年だった。


「……あの、僕、魔術学院を退学になりそうで……」

 少年は縮こまりながら言った。

「風魔法しか適性がなくて。しかも、そよ風とかが出せなくて、いつも全力の突風になっちゃうんです。実験室を何度も吹き飛ばして……」


 蓮は目を輝かせた。

「全力の突風? 最高じゃないか」

「え……?」

「君の仕事は、このタンクの中の空気を、そのパワーで引っこ抜くことだ。調整なんていらない。全力で吸い出せ」


 次に現れたのは、暗い目をした少女だった。

「私は……氷魔法だけです。でも、攻撃魔法として飛ばすことができなくて……ただ周りを冷やすことしか……。冒険者パーティもクビになりました。『冷蔵庫にしかならねぇ』って」


 蓮はガッツポーズをした。

「冷蔵庫!まさにそれを探してたんだ!君はずっとこの部屋を冷やし続けてくれればいい。動かなくていいし、飛ばさなくていい」


 集まったのは、社会からは「半端者」「落ちこぼれ」のレッテルを貼られた者たちばかりだった。複数の属性を操り、複雑な術式を組むことこそが至高とされるこの世界で、彼らは居場所を失っていた。


 蓮は彼らを見渡し、宣言した。

「みんな、採用だ。君たちのその『偏った能力』こそが、この工場には必要なんだ」


 工場長に任命されたリオネルが、彼らの前に立つ。

「……私の指示通りに魔力を流してください。複雑な制御は私がやります。君たちは、ただ一つのことに集中してくれればいい」



 そして、稼働初日。急造の「フリーズドライ工場(加工場)」は、熱気――ではなく、冷気と風切り音に包まれていた。


「排気班、出力全開!吸い出せ!」

「はいっ!!」

 風の少年が、魔杖を握りしめて魔力を込める。これまでの繊細な授業では叱られてばかりだった「全力放出」が、ここでは賞賛される。タンク内の気圧が一気に下がる。


「冷却班、温度維持!絶対に溶かすな!」

「ま、任せて……!」

 氷の少女が、タンクを抱えるようにして冷気を送る。動かなくていい。ただ冷やし続けるだけなら、誰にも負けない。


 リオネルが中央で指揮を執り、彼らの魔力ラインを調整する。

「……いける。安定している!」


 タンクの中では、大量のジャガイモから水分が抜け、次々と「乾燥イモ」へと変わっていく。一人の天才魔道士が必死にやっていた作業が、数人の「落ちこぼれ」による分業で、驚くべき効率で回り始めたのだ。


 昼休憩。配給された温かいシチュー(試作品の乾燥イモ入り)を食べながら、少年がポツリと言った。

「……僕の魔法が、役に立ってる」


「私も……」

 少女が、自分の手を見つめる。

「クビにならなかった。怒られなかった……」


 彼らの手には、日当としての銀貨が握られていた。それは、彼らが初めて「自分の魔法」で稼いだ、誇りの対価だった。蓮は、その様子を遠くから眺め、エリシアに言った。

「適材適所だよ。彼らは無能じゃない。輝ける場所がなかっただけだ」


 エリシアは静かに微笑み、記録板にペンを走らせた。

『ジャガイモ加工場、稼働開始。労働力は、新たな価値を見出した若き魔道士たち』


 こうして、王都の片隅で、世界初の「魔法食品工場」が産声を上げた。それは、イモの革命であると同時に、魔道士たちの働き方改革の始まりでもあった。

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