第二部◆第1話「豊作の憂鬱とアンデスの知恵」
【第一部のあらすじ】
異世界ソラニア王国に転移した藤村蓮は、『世界芋類大百科』という芋類を召喚できる書物と共に、この世界に「ジャガイモ」と「サツマイモ」をもたらした。審問官ヴァレリオから三ヶ月の猶予を与えられ、記録官エリシアの監視下で農業改革を開始する。
踏込温床という非魔法的な技術でジャガイモ栽培に成功したが、神官ドミニクスとの宗教的対立、食中毒事件、醸造ギルドとの経済摩擦など数々の困難に直面した。徴税官マルクスとの協力により「アルコール従量課税」という制度改革を実現し、修道院での蒸留技術も確立。
赤サツマイモの価格高騰には白サツマイモを投入する二層戦略で対応し、貧富の格差問題にも取り組んだ。エリシアの故郷リド村への支援を通じて、蓮は人々の生活に寄り添う改革者へと成長。見習い魔道士リオネルも蓮の監視役から協力者へと変わっていく。
春ジャガイモの豊作で第一部は幕を閉じ、次なる課題「豊作貧乏」への対策として、加工食品の開発が始まろうとしていた――
◆ ◆ ◆
王都の郊外にある共同倉庫の前で、藤村蓮は腕を組み、目の前の光景に溜め息をついていた。そこにあるのは、山だ。正確には、麻袋に入ったジャガイモの山である。11月末から12月にかけて収穫された秋ジャガイモが倉庫に入りきらず、野積みにされ、急ごしらえの雨除けの布がかけられている。
「……ありすぎる」
隣に立つエリシアが、記録板を見ながら困ったように眉を下げた。
「はい。今年の春作は、天候にも恵まれ、過去最高の豊作となりました。さらに、昨年の普及活動が功を奏し、作付け面積も倍増しています」
「普及させたのは僕だけどさ……まさかここまで上手くいくとはね」
蓮は苦笑した。かつて現代日本の食品メーカーに勤め、農学部出身にして無類のイモ好きである彼が、この異世界、ソラニア王国に転移し農業改革を志してから数年。彼の現代の知恵と、『召喚の書』こと『世界芋類大百科』がこの国に召喚したジャガイモやサツマイモなどは確かにこの国を救った。だが皮肉なことに、その成功が今、「豊作貧乏」という新たな怪物となって彼を悩ませている。
「大成功した結果が、これか」
蓮は麻袋の一つに触れた。中身はぎっしりと詰まっている。市場の価格は、昨年の半値近くまで下がっていた。消費者の庶民にとっては嬉しい悲鳴だが、生産者にとって豊作貧乏は死活問題だ。「作っても金にならない」となれば、来年の作付けをやめる農家が出てくる。そうなれば、その次の年に待っているのは飢饉だ。
「贅沢な悩みですが……腐らせてしまっては意味がありません」
「うん。安値で叩き売るのも、長期的に見れば農業を殺すことになる」
蓮は官舎に戻り、いつものように執務机の鍵を開けた。取り出したのは『世界芋類大百科』。困ったときの百科事典頼みである。
(豊作の時の対策。大量消費か、長期保存か……)
ページをめくる。ジャガイモ料理のページ、デンプン加工のページ。そして、あるページで手が止まった。そこに載っていたのは、南米アンデス地方の伝統的な保存食『チューニョ』の写真だった。
「……なんだこれ、石ころ?」
写真に写っているのは、白く乾燥した、軽石のような物体だ。解説文を読む。『アンデス高地の夜間の冷気でジャガイモを凍結させ、昼間の陽光で解凍。これを踏みつけて水分を抜き、乾燥させたもの。数年単位の保存が可能』
蓮の脳裏に、現代の知識が閃いた。「凍らせて、水分を抜く……これって、原理的にはフリーズドライじゃないか?」
フリーズドライ。食品を急速凍結させ、真空状態で水分を昇華させて乾燥させる技術。カップラーメンの具や、インスタントコーヒーに使われているあれだ。チューニョはその原始的な形だ。凍結と解凍を繰り返し、物理的に水分を絞り出す。
(もし、この原理を応用できれば……)
この山のようになったジャガイモを、腐らない保存食に変えられる。しかも、軽くて持ち運びやすい。蓮は本を閉じ、勢いよく立ち上がった。
「エリシアさん!リオネルを呼んでください!」
◆
数分後。呼び出された見習い魔道士リオネルは、蓮の勢いに少し引いていた。
「……ええと、藤村殿? 魔法の相談とは?」
蓮は身を乗り出し、単刀直入に聞いた。
「リオネル。君は、物を凍らせることはできる?」
リオネルは目をぱちくりとさせた。
「凍らせる……氷魔法、ですか?」
「そう。水を氷にするんじゃなくて、物体そのものを、カチンコチンに凍らせたいんだ。それも、大量に」
リオネルは腕を組み、難しい顔をした。
「……氷魔法は、水魔法の派生ですが、難易度は高いです。大気中の熱を奪うという工程が必要ですから」
「できるの? できないの?」
「原理的には可能です。ですが……」
彼は言葉を濁した。
「対象物を一瞬で凍らせるほどの熱干渉となると、上級魔道士レベルの魔力消費になります。私一人で、倉庫の芋をすべて凍らせろと言われれば……魔力枯渇で倒れるのがオチです」
「なるほど。一人の魔力じゃ足りない、と」
蓮はニヤリと笑った。それは、かつて踏込温床を作ったときや、蒸留酒を思いついたときと同じ、「悪巧み」をする顔だった。
「じゃあ、仕組み(システム)を作ればいい。リオネル、君には『魔道具』の開発を手伝ってほしいんだ」
「ま、魔道具……ですか?」
「そう。魔法使いが一日中氷漬けにするんじゃなくて、魔法の力で『凍り続ける部屋』を作る。アンデスの夜を、この王都に人工的に作り出すんだ」
蓮の頭の中では、すでに新しい工場の設計図が描かれ始めていた。余ったイモが、革命的な保存食に変わる。その第一歩が、今踏み出されようとしていた。




