◆第39話「冬の足音と土の天然貯蔵庫」
十二月の初めに入ると、王都の空は鉛色の雲に覆われる日が多くなった。石造りの建物が並ぶ大通りを、凍てつくような北風が吹き抜けていく。市場を行き交う人々は、みな厚手の外套に顔を埋め、白い息を吐きながら足早に歩き去る。屋台の売り子たちも、手をこすり合わせながら、客足の途絶えた隙に火鉢へとかじりついていた。
冬が、すぐそこまで来ていた。
街の喧騒から離れた官舎の実験農地でも、景色はすっかり様変わりしていた。夏には青々と茂っていた雑草も枯れ、冷たい風が乾いた土を巻き上げている。そんな寒空の下、蓮は畑の一角に立ち、枯れた蔓が絡まり合っている畝を見下ろしていた。
「……そろそろ、地表の葉は限界だな」
蓮が触れたのは、春に植えたヤマイモ(長芋)の残骸だ。地上部は完全に枯れ落ちているが、その下には長く太い芋が眠っているはずだった。隣で記録板を抱えるエリシアも、寒さで少し鼻の頭を赤くしている。
「藤村殿。このヤマイモ……もう収穫しないと、凍ってしまうのではありませんか?」
「普通ならそう思いますよね。でも、ヤマイモは強いんです」
蓮は足元の土を軽く踏みしめた。
「ヤマイモは寒さに強くて、土の中にそのまま置いておいても腐りません。むしろ、この寒さが天然の冷蔵庫……ええと、保存庫の代わりになって、鮮度を保ってくれるんです」
見習い魔道士のリオネルが、興味深そうに枯れ草をつつく。
「収穫せずに、あえて残すのですか?」
「はい。一度に全部掘り出すと、貯蔵場所も取りますし、乾燥して味が落ちることもあります。だから、ヤマイモは必要な分だけ掘って、残りは春まで土の中で眠らせます」
蓮は農民たちの方を向いて言った。
「というわけで、ヤマイモの本格的な収穫は春に回します。今日は、こっちです」
蓮が指差したのは、隣の区画。八月の終わりに植え付けた、秋ジャガイモの畝だった。
◆
「秋ジャガイモは、待ってくれませんからね」
こちらの葉もすでに黄色く変色し、枯れ始めていた。霜が降りる回数が増えれば、土の中の芋まで傷んでしまう。ギリギリのタイミングだった。
「よし、みんな。掘りましょう!」
蓮の号令と共に、待機していた農民たちが一斉に畑に入った。鍬が振り上げられ、固くなり始めた冬の土が掘り返される。
ザクッ、ゴロリ。
土の中から現れたのは、春に植えたものに比べると、やや小ぶりなジャガイモたちだった。しかし、その肌は引き締まり、ずっしりとした密度を感じさせる。
「おお……小さいが、身が詰まってるな」
「皮もしっかりしてる。これなら長持ちしそうだ」
農民の一人が、土を払って感心したように言う。蓮も一つ手に取り、親指で皮を撫でた。
「秋ジャガイモは、生育期間が短い分、デンプンが凝縮されるんです。それに、気温が下がってから育つので、休眠期間が長くて芽が出にくい。冬の間の保存食としては、春ジャガイモより優秀なんですよ」
エリシアが、掘り出された芋を一つ拾い上げ、愛おしそうに見つめた。
「……春のものより、無骨に見えますね」
「厳しい季節に向かって育ちましたからね。顔つきが違います」
蓮が笑うと、エリシアも小さく微笑んだ。
「ええ。……強さを感じます」
◆
作業は順調に進んだ。農民たちは手慣れたもので、傷つけないように慎重に、かつ手早く芋を掘り出し、麻袋へと詰めていく。日が傾き、気温がさらに下がり始める頃には、畑の横に麻袋の山が築かれていた。
「今年の秋作も、上出来です」
蓮が満足げに頷くと、農民たちも安堵の表情を浮かべた。
「これで、兵舎の連中も冬を越せるな」
「修道院にも少し回すんだろ? ありがたがられるよ」
皆が収穫の喜びに浸る中、エリシアだけは、じっと麻袋の山を見つめたまま動かなかった。その視線は、目の前の芋ではなく、もっと遠く――雪に閉ざされた記憶の中の風景を見ているようだった。
「……エリシア殿?」
蓮が声をかけると、彼女はハッとして顔を上げた。
「あ……すみません。少し、考え事をしていて」
「寒いですから、先に中へ入りましょう」
蓮が促すが、エリシアはその場を動こうとしなかった。彼女は一度深呼吸をし、決意を秘めた瞳で蓮を見つめ返した。
「藤村殿。……折り入って、相談があります」
北風が、枯れ葉を舞い上げる。その風の音に混じって、彼女の静かな、しかし熱のこもった願いが紡がれようとしていた。




