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◆第36話「大地の赤い宝石」

 11月に入り、王都を吹き抜ける風はいよいよ冬の冷たさを帯び始めていた。 実験農地では、春に植え付けたサツマイモのツルが、畑一面を覆い尽くすように繁茂している。霜が降りて葉が枯れる直前、今が収穫の時だ。


「……さて、本番といこうか」


 蓮が鍬を構える。周囲には農民たちと、記録係のエリシア、そして見習い魔道士リオネルが集まっていた。ジャガイモ、サトイモと成果を出してきた蓮だが、サツマイモの収穫には少し違った緊張感がある。なぜなら、彼が「最強のカロリー源」と豪語していた作物だからだ。


 蓮がツルを鎌で刈り払い、敷き詰めてあったわらを退け、鍬を入れる。 土を掘り起こすと――

 ごろり、ごろり。 鮮やかな赤紫色の塊が、次々と転がり出てきた。


「で、でかい……!」

「なんだこの大きさは……ジャガイモよりずっと大きいぞ!」


 農民たちがどよめく。ジャガイモよりも一回り、いや二回りは大きい。しかも一株に何個も鈴なりについている。 蓮は一つを手に取り、土を払った。ずっしりと重い。


「これがサツマイモの威力です。痩せた土地でも育ち、肥料も少なくて済むのに、収穫量はジャガイモをも凌ぐ」


 エリシアが目を丸くして記録を取る。

「……信じられません。同じ面積で、これほどの量が……」

「単位面積あたりのカロリー生産量は、穀物を圧倒します。これで、冬の間の主食は確保できました」


 農民たちは歓声を上げ、次々と芋を掘り出していく。畑にはまたたく間に赤紫色の山が築かれた。



 一人の農民が、待ちきれない様子で言った。

「藤村殿! これ、早速茹でて食ってみてもいいですか? 甘いって話でしたよね!」


 だが、蓮は手を振ってそれを制した。

「待ってください。今はまだ食べません」

「へ? なんでです?」

「掘りたてのサツマイモは、まだ甘くないんです」


 蓮は、商人のような顔つきで説明を始めた。

「サツマイモは、収穫してから数週間『熟成』させる必要があります。置いておくことで、芋の中のデンプンが糖……つまり甘みに変わるんです。今食べても、ただの味の薄いボソボソした芋ですよ」


「……置いておくと、甘くなる?」

リオネルが興味深そうに近づく。

「それは……魔法的な変化ですか?」

「麦芽と同じ酵素の働きです。サツマイモには、デンプンを糖に変える酵素が含まれているので、湿度と温度を保って、二週間から一ヶ月熟成させます。そうすれば――驚くほど甘くなります」


 蓮は山積みの芋を見上げた。

「この芋の真価は、甘さにあります。ただの食料じゃない。冬の寒さの中で、人を幸せにする甘味になるんです。だから――少しだけ我慢しましょう。最高の商品にするために」


 農民たちは、生唾を飲み込みながらも頷いた。 大量のサツマイモは、土つきのまま、温度変化の少ない貯蔵庫へと運ばれていった。それは、甘い宝石へと変わるための眠りについたのである。



 収穫から二週間が経過した。貯蔵庫のサツマイモは順調に熟成し、デンプンの糖化が進んでいる。追熟にはもっと時間をかけてもいいが、蓮はひとまずこれでいいと判断した。


 蓮は、官舎の庭に奇妙な「釜」を用意していた。 鉄製の大きな桶に小石を敷き詰め、下から薪で加熱する。ただそれだけの装置だが、蓮の表情は真剣そのものだ。


「藤村殿、これは……調理ですか?」

エリシアが不思議そうに尋ねる。

「はい。『石焼き芋』と言います。石からの遠赤外線……ええと、つまり石からじんわりと伝わる熱気で、芋の芯まで加熱するんです。時間をかけることで、甘みが最大限に引き出されます」


 蓮は、十分に熱せられた石の中に、洗ったサツマイモを埋め込んだ。しばらくすると甘く、香ばしい匂いが漂い始めた。 それは、暴力的なまでの誘惑だった。焦げた皮の香りと、濃厚な蜜のような甘い香り。冷たい風に乗って、その匂いは官舎の外まで広がっていく。


「……なんて、いい匂いなんでしょう」

エリシアがうっとりと目を細める。

「匂いだけで、お腹が鳴りそうです……」


「よし、焼けたかな」

蓮が火箸で芋を取り出す。熱々の芋を二つに割ると、黄金色の中身から湯気が立ち上り、さらに香りが広がる。

「どうぞ、試食です」


 エリシアとリオネルが、熱さに指を震わせながら口に運ぶ。ハフハフと息を吐き、そして――動きが止まった。


「……あ、甘いっ!」

リオネルが叫ぶ。

「砂糖を使っていないのに、これほど!? まるで菓子だ!」


「とろけるようです……。温かくて、甘くて……幸せな味がします……」

エリシアは頬を染めて、夢中で芋を頬張った。


 蓮は満足げに頷いた。

「これなら売れる。子どもたちが喜ぶぞ」

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