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◆第35話「ドミニクスの祈り」

 里芋の収穫が終わった翌朝、修道院の中庭には、洗い落とされた芋が山と積まれていた。湿った土と青い葉の匂いに、冬を待つ冷気が混じる。蓮が村人とともに運び込んだそれを見て、修道士たちは「今年は実りが良い」と口々に言った。言葉の奥にあるのは、感謝と、そして安堵だ。

 飢えは信仰を試す。満ち足りれば、また別の形で信仰が試される。


 ドミニクスは籠の陰に手を差し入れ、芋の皮のざらつきを確かめるように撫でた。その冷たさは、祈りの石に似ている。彼はふと、最近よく蓮の名を口にしている自分に気づき、胸の奥に微かな軋みを覚えた。


 蓮は異邦の者だ。だが、修道院にとって彼は、危険であると同時に救いでもあった。ジャガイモも里芋の栽培もそうだ。祈りだけでは満ちない腹を満たす道を示したのは、彼だった。


 その結びつきが強くなるほど、修道院が「世俗の便利」に寄り添っていく感覚が、ドミニクスには怖かった。



 午後、薬室から馴染みの匂いが漂ってきた。煮沸した薬草、乾いた樹皮、そして甘く立ち上るアルコール。修道院では蒸留酒を作っている。医薬の原料として、傷を洗い、腐敗を遅らせ、薬草の力を引き出すために。実際、それによって救われた命は少なくない。神がこの世に残した理の一部として、確かに必要かつ有益なものだ。


 だが、有益なものほど、人はそれを別の目的に使う。


 夕刻、台所の裏で小声の笑いが聞こえた。木箱の陰で、若い修道士が二人、陶器の杯を手にしていた。鼻を突く甘い匂い――薬室の蒸留酒だ。


「……兄弟よ」


 声をかけると、二人は凍りついたように動きを止めた。杯を置き、口を拭い、慌てて祈りの姿勢をとろうとして、かえって不格好になる。


「それは、薬室のものだな」

「はい……ほんの少しだけです。寒かったので……」

 ドミニクスは叱責を飲み込んだ。


 二人の頬は赤い。寒さだけではない。そこには、ほんの一瞬でも現実を忘れたいという渇きがあった。

飢えと同じように、渇きは人を弱くする。


「薬は薬として使うものだ」

 ドミニクスは静かに言った。

「必要な者のためにある。お前たちの身体を温めるために用いるなら、台所に温かい粥も、湯もある。わざわざ聖なる目的のものを、己の慰めに使うな」


 二人は頭を垂れた。「……すみません」

 ドミニクスは杯を回収し、木箱の蓋を閉めた。二人に軽い罰を与えた。夕べの読書当番を増やし、祈りの時間を少し長くする。その程度だ。だが、自分の胸の内には、罰では鎮まらないものが残った。



 夜。蝋燭の灯が廊下の石壁を淡く照らし、冷えた空気が肺の奥まで入り込む。ドミニクスは礼拝堂の片隅に座り、闇に向かって祈ろうとしたが、言葉がうまく立ち上がらなかった。


 蒸留酒が問題なのではない。問題は、人の心だ。医薬としての正当な用途がある限り、それを完全に断つことはできない。むしろ、断てば命を失う者が出る。だが、残せば必ず、娯楽のために手が伸びる。酒は、神が与えた喜びにもなれば、堕落の入口にもなる。


 彼の頭に、蓮の顔が浮かんだ。蓮は合理的だ。必要とあらば、驚くほど迷いなく方法を選ぶ。飢えに対してジャガイモを、怪我に対して消毒薬として蒸留酒を、そして薬の抽出にも――「使えるなら使う」という、潔さ。


 だが、修道院は違う。修道院は“魂”を扱う。腹や傷口だけでなく、怠惰や驕りや、欲望の火種を扱う。便利な道具を手に入れるほど、魂は別の誘惑に晒される。神は、人が試されることを許す。許す以上、試練は避けられない。ならば、守り手はどう振る舞うべきなのか。

(蒸留酒を“薬としてのみ”扱うために、鍵を増やすか。薬室の出入りを厳格にするか。使用記録をつけさせるか。……しかし、それは信頼を削る。兄弟たちの心に、監視の影を落とす)


 ドミニクスは祈り台に手を置いた。冷たい木が掌に吸い付く。

(主よ。私は、必要を断つ者でも、規律を溶かす者でもありたくない。どうか、私に知恵をお授けください)

 祈りの最後に、彼は自分でも意外な言葉を付け足した。

(そして異邦の者の知恵をも、あなたの御手の中に置いてください)

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