◆第34話「サトイモ、修道院へ」
秋が深まり、朝の空気にひんやりとした湿り気が混じりはじめた頃――十月も半ばを過ぎた。
実験農地の一角にあるサトイモ畑は、すっかり収穫の時を迎えていた。大きな葉は役目を終えたように垂れ下がり、根元の土はところどころひび割れている。
「よし……ここだな」
蓮は鍬を入れ、慎重に土を掘り返した。すると、黒褐色の土の中から、丸々と太ったサトイモの親芋が姿を現す。さらにその周囲には、いくつもの子芋が房のように連なっていた。
「おお……これは立派だ」
農民たちからも、感嘆の声が上がる。ジャガイモほど派手ではないが、土の中で着実に育った重量感のある収穫だ。
「サトイモは、寒さが本格化する前に掘り上げるのが肝心なんです。霜に当たると傷みやすいですから」
蓮の説明に、エリシアが頷きながら記録を取る。見習い魔道士リオネルは、親芋と子芋の関係を不思議そうに眺めていた。
「……増え方が、独特ですね。分裂しているわけではない」
「ええ。栄養を分け与える形で増えます。家族みたいな芋です」
その言葉に、農民の一人がくすりと笑った。他の農民たちも集まり、興味深そうに芋を覗き込む。
「見た目は地味だが……ずいぶん、たくさん取れるもんだな」
「しかも、水気の多い土地でも育つ。湿地に強いのがサトイモの長所だよ」
蓮は手際よく芋を分け、泥を落としながら説明を続けた。
「粘りがあって、腹持ちがいい。胃腸にも優しいし、体力が落ちてる人には特に向いてる」
その言葉を聞いて、エリシアが小さく頷いた。
「……病人を看護する修道院向きですね」
「うん。だから、今日は持っていこうと思って」
◆
午後、蓮は籠に詰めたサトイモを抱えて修道院を訪れた。
裏庭では、干し草をまとめる修道僧たちの姿があり、医務室からは薬草の匂いが漂ってくる。
「藤村殿、これは……新しい作物ですか?」
応対したのは、以前から医務室を預かる年配の修道僧だった。白髭を撫でながら、籠の中の芋をじっと見つめる。
「はい。サトイモといいます。芋の一種ですが、ジャガイモとは、少し性質が違います」
「……効能は?」
その一言で、蓮の目が、わずかに――いや、かなり輝いた。
◆
「まずですね!」
蓮は一歩前に出て、指を折り始めた。
「消化が良くて、胃腸を整える効果があります。芋に含まれる粘り成分が、胃腸の粘膜を保護するんです」
「ほう……」
「さらに! ミネラルが豊富で、特にカリウム! 体内の余分な水分を調整するので、むくみにも効果が期待できるんです!」
「なるほど……」
「それから、体を温める。冷えやすい人、回復期の患者さんに向いてます」
「ふむ……」
「あと、芋類の中では珍しく、えぐみが少ない。煮てよし、蒸してよし、潰して粥にしてもいい」
修道僧は苦笑しながらも、話を止めない。
「さらに言うとですね! 葉柄も食べられますし、保存も比較的きく。皮をむくときに手が痒くなるのは注意点ですが、あ、そうだ、皮をむくのはゆでた後にしたほうが、むきやすいですし、水溶性の食物繊維というものを――」
「藤村殿」
「はい?」
「……一度に話す量としては、少し多いですね」
周囲の修道僧たちが、くすっと笑った。
蓮は我に返り、頬をかく。
「す、すみません……久しぶりにサトイモの話ができて……」
エリシアが小声で付け加える。
「藤村殿は、芋の話になると……」
「ええ、存じております」
◆
修道僧は一つ芋を手に取り、重さを確かめるように転がした。
「……確かに、滋養向きのようですね。医務室で使えそうです」
「煮崩れしにくいので、長時間煮ても形が残ります。病人食にも向いてますよ」
「それはありがたい」
その様子を見ていた老修道士が、静かに口を挟んだ。
「なるほど。滋養があり、胃腸を助け、回復期の食に向く……確かに、修道院向きの食材だ」
老修道士もサトイモを手に取り、重さを確かめる。
「派手さはないが、長く人を支える芋だな。おっしゃるように、病人食に試してみるのはいいかも知れない」
こうしてサトイモは、修道院の台所と医務室に受け入れられた。ジャガイモやサツマイモほどの話題性はないが、静かに、確実に居場所を得ていく。
「受け入れましょう。薬用食材として。祝福の儀は、修道院内でやっておきます」
その言葉に、蓮はほっと息をついた。
◆
帰り道、修道院の鐘が低く鳴り響く。
秋の空は高く、澄んでいた。
「……また一つ、受け入れてもらえましたね」
エリシアが言う。
「うん。派手じゃないけど、サトイモは縁の下の力持ちだから」
「藤村殿に似ていますね」
「え?」
エリシアは微笑んだ。
「目立たないけれど、じっくり効くところが」
蓮は少し照れたように笑い、畑の方角を振り返った。
ジャガイモ、サツマイモ、サトイモ――
芋たちは、それぞれの役割を持って、この世界に根を下ろし始めている。
そして、冬は、もうすぐそこまで来ていた。




