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◆第32話「酒税改正案、表に出る」

 秋の気配が色濃くなりはじめたある日、王都の掲示板に、一枚の布告が張り出された。紙面を埋めているのは、細かな文字と項目番号、いくつもの但し書き。題にはこうある。


 ――「酒類課税規則 改正案(暫定)」


 通りがかりの商人や職人、酒場の主人たちが足を止め、腕を組んでそれを見上げた。


「……なんだ、こりゃ」

「読めるか、こんなもん」

「“アルコール量を基準として従量課税する”……? アルコールって、酒精のことか?」

「そうだな、酒の強さのことだよ」


 誰もが首をかしげる。


 これまでの酒税は単純だった。麦芽の使用量、それに応じて決まる税額。長年続いてきた、分かりやすい仕組みだ。だが、改正案はそれを正面から書き換えていた。



 布告の中身は、こうだ。


 ――すべての酒類は、その最終製品に含まれる「アルコール量(蒸留酒換算)」を基準として課税する。


 ただし。


 ・醸造酒(エール、ワイン等)

 ・蒸留酒(スピリッツ類)

 ・医薬用途の酒精


 これらを別区分とし、それぞれに異なる税率を設定する。


 さらに、


 ・高級酒(貴族向け)

 ・一般酒(市中流通)

 ・簡易酒(救貧・配給用途)


 という用途別区分も併記されていた。


 条文は長く、複雑で、正直に言えば非常に面倒臭い。だが――よく読む者ほど、ある事実に気づく。


「……これ、実質的には、今までとあんまり変わらなくないか?」

「麦芽が多い酒は、結局アルコールも多いってことだろ?」


 その通りだった。従来のエールを基準にすると、税額はほぼ据え置き。大きく増えるわけでも、減るわけでもない。さらに、改正案にはこうも書かれている。


 ――本改正は、新規酒類および新技術の出現に対応するためのものであり、既存の酒類については急激な負担増減を生じさせないことを目的とする。


 つまり――

 「制度は変えるが、急には困らせない」という宣言だった。



 このため、酒場では、思ったよりも静かな反応だった。


「まあ……税が変わらないなら、いいか」

「役人がまた面倒くさいことを始めたなぁ、って感じだな」

「どうせ、俺たちがやることは同じだ。買って、飲んで、税を払う」


 庶民は現実的だった。制度の理論的な美しさより、実際の財布にどう響くかのほうが大事なのだ。


 一方で――

 この改正案を、息を詰めて読み込む者たちがいた。



 醸造ギルドの会館。長机を囲んだ幹部たちは、黙り込んでいた。


「……つまり」

 ギルド長ハインリヒが、低い声で言う。

「麦芽を減らしても、アルコール量が同じなら、税は同じになるということだ」


「……ええ」

「ジャガイモを混ぜても、だ」


 それは、彼らにとって朗報でもあり、脅威でもあった。誰かが安い原料で酒を作っても、税逃れはできない。だが同時に、安い原料を使えば、その誰かが価格競争で有利になる。


「……ところで」

 別の幹部が、眉をひそめる。

「“新しい酒類”の欄があるな」


 そこには、はっきりと書かれていた。


 ――「イモ類由来の醸造酒」

 ――「イモ類由来の蒸留酒」


 まだ名前すら定まっていない、新しい酒の居場所が。

 制度の中に、用意されていた。



 一方、税務庁の役所で、マルクスは窓辺に立ち、王都の屋根を眺めていた。

 部下が報告を終える。


「市中の反応は、概ね静かです。混乱はありません」

「そうか」


 マルクスは頷いた。


「複雑だが、実害はない。人は、そういうものには慣れる」

「はい……」


 彼は、布告の写しに目を落とす。そこには、自分の“ひらめき”が、制度として形になっていた。アルコール量で測る。原料ではなく、結果で課税する。


 それは、ジャガイモエールを排除するためではない。

 むしろ――


(これで、どんな酒が出てきても、逃げ道はなくなる)


 麦でも、芋でも、果実でも。新しい技術が来ても、制度は追いつく。

 そして――


(……次は、蒸留酒だな)


 マルクスは、静かに目を細めた。今のところは医薬品であっても、蒸留酒は、いずれ世俗の娯楽に使われるものになる。大衆酒場であっても、アルコール度数の高い、すなわち高い酒税の蒸留酒が飲まれるようになる。彼はそう確信していた。この改正案は、終わりではない。始まりだった。新しい酒が生まれる場所が、正式に、王国の制度の中に刻まれたのだ。


 そのとき、執務室の扉が控えめにノックされた。

「失礼します、マルクス様」


 部下の若い徴税吏が、声を潜めて入ってくる。

「……噂が、入ってきました」

「ほう?」

「修道院の方で……どうやら、蒸留設備が本格的に稼働し始めたとのことです」


 マルクスの指が、机の上で止まった。

「……修道院、か」

「はい。名目は“医薬品の製造”だそうです。修道士が処方箋を管理し、外部への流通は制限されている、と」


 一瞬の沈黙。そして、マルクスは――笑った。


「……なるほど」

 それは、困惑でも怒りでもない。むしろ、長い思索の末に自分が考えた“点と点が繋がった”ときの表情だった。


「事実が、制度を追い越し始めたな」

「……止めますか?」

「いや」


 マルクスは首を振る。

「止める必要はない。むしろ――間に合ってよかった」


 彼は、机の上の改正案を軽く叩いた。

「この案がなければ、我々は“違法か否か”という不毛な争いに引きずり込まれていた。だが今なら――」


 新しい酒は、新しい酒として、課税できる。


「部下たちに伝えろ。修道院の動きは“監視”ではなく“記録”しろ。感情的な介入は不要だ」

「は、はい!」


 部下が下がると、マルクスは一人、椅子に深く腰を下ろした。


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