◆第30話「徴税官長マルクスの“ひらめき”」
「つまり、ジャガイモから作ったエールを便宜的に医薬品として扱うのではなく、本当にジャガイモから医薬品を作るということになるわけですね?」
徴税官マルクスは、机に肘をつき、指を組んだままそう言った。彼の前には、藤村蓮、醸造家グスタフ、見習い魔道士リオネルが並んでいる。更に、醸造ギルドのハインリヒとその部下がいた。場所は徴税庁の一室。窓の外では、夏の終わりを告げる風が、街路樹の葉を揺らしていた。マルクスは既に修道院から蒸留酒の話を聞いており、この件については十分に検討済みである。だから、この質問は形式的なものに過ぎない。しかし、マルクスは関係者全員に念を押す必要があった。
「……はい」
最初に答えたのは蓮だった。
「リオネル殿の提案です。修道院には蒸留設備がありますし、蒸留酒はすでに医薬品、すなわち“薬用酒”として扱われている実績があります。であれば――」
「――蒸留という工程を通した時点で、それはエールではなく、薬になる」
マルクスは言葉を引き取るように続けた。
リオネルが一歩前に出る。
「はい。蒸留酒は、すでに修道院医務室で使われています。ジャガイモ由来であろうと、麦由来であろうと、用途が医療であれば、それは医薬品です」
マルクスは目を細めた。彼は聖職者ではない。だが、王国の制度と抜け道を知り尽くした男だった。
「……なるほど」
彼は低く呟いた。
「修道院が酒造りを“神聖な行為”として守ってきた理由が、ここで効いてくるわけですか」
グスタフが慎重に口を挟む。
「我々醸造家は、酒を“嗜好品”として作ってきました。しかし修道院は違う。酒を、治療の道具として作ってきた」
ハインリヒも、それに同意する。
「我々は世俗のものとして楽しむための酒を作り、彼らは命と魂のために酒を作ってきました」
マルクスはゆっくりと椅子に背を預けた。
「そして、医薬品には――原則として、酒税はかからない」
室内に、わずかな沈黙が落ちた。
「……しかしながら」
マルクスは人差し指を立てる。
「それは“制度の抜け道”としては、あまりに露骨すぎる」
蓮は一瞬、息をのんだ。だが、マルクスは続けた。
「だからこそ、こう考えるべきなのです」
マルクスの声に、熱がこもり始めた。
「私は、修道院から蒸留酒生産の話を聞いたときに、思いついたことがあるのですよ」
彼は立ち上がり、壁に掛けられた税制図を指さした。そこには、麦芽量を基準とした従来のエール課税の仕組みが描かれている。
「そもそも、現在の酒税は、原料の量で決まっている。だが、それは本来、おかしい。
酒とは何か?
人を酔わせるものだ。
ならば――」
彼は振り返り、はっきりと言った。
「課税すべきは、原料ではなく、人を酔わせるアルコールそのものではありませんか? 酒の中にどれだけアルコールが入っているかによって、税額を決めるべきではありませんか?」
リオネルの目が見開かれる。グスタフは思わず息を吸った。
「……アルコール従量課税」
蓮が小さく呟いた。
「その通りです、藤村殿」
マルクスは満足そうに頷いた。
「ある酒にアルコールがどれだけ含まれているかは、蒸留してみればわかることです。弱い酒からは少ししかアルコールは得られないし、強い酒からはより多くのアルコールが得られる。そしてエールであれ、ワインであれ、あるいは今回のジャガイモエールでも――そうやって測定した最終的に含まれるアルコールの量を基準に課税する」
彼は机に拳を軽く打ちつけた。
「これなら、原料が麦であろうと、ジャガイモであろうと関係ない。税は公平。王国の歳入は守られる。既存の醸造ギルドも、“脱法だ”とは言えなくなる」
ハインリヒは、ゆっくりと頷いた。
「……ジャガイモエールは、材料が安い分、最終価格は下がる。だが、酒税としては正当に払うというわけですな」
「そうです」
マルクスは眼鏡の位置を直した。
「市場を壊さず、技術を殺さず、宗教とも正面衝突しない。そして制度として美しい。今すぐにと言うわけには行きませんが、私はこの考えを財務大臣に提案するつもりです」
彼は、最後に蓮を見た。
「藤村殿。あなたは、作物を持ち込み、酒を揺るがし――ついには、税制まで動かそうとしている」
その口調は、非難ではなかった。むしろ、感嘆に近い。
「いえ……」
蓮は苦笑した。
「僕は、ただ、芋を育てていただけです」
マルクスは、静かに笑った。
「人はよく、表面上の制度を変えようとして失敗する。
しかし、あなたは――
現実を変えた。いや少なくとも変えつつある。」
窓の外で、風が秋の匂いを運んできた。
こうして、王都の郊外にある小さな農園のジャガイモから始まった一つの実験は、食を、酒を、そして王国の仕組みである税そのものを、静かに書き換え始めていた。




