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◆第26話「修道院の申し出」

 それは、王都の神殿区にある修道院からの正式な文書によって始まった。


 厚手の羊皮紙に記された文字は、簡潔でありながら重みがある。差出人は、修道院長代理――すなわち、修道会を代表する立場の名だった。


 徴税官長マルクスは、執務机でその文書を読み終えると、ゆっくりと指を組んだ。

「……ついに、来たか」



 数日後、神殿区の一室に、関係者が集められた。修道院側からは、年配の修道士が二名。いずれも神学と医療に通じた人物だ。王国側には、徴税官長マルクスとその補佐。そして、醸造ギルドの関係者。最後に、参考人として呼ばれた藤村蓮とグスタフ。


 場の空気は、静かだが張り詰めていた。最初に口を開いたのは、修道士の一人――白髪の男だった。

「本日は、我ら修道院からの“申し出”をお伝えするために参りました」


 穏やかな声だが、言葉の一つ一つが慎重に選ばれている。


「近頃話題となっている、ジャガイモを用いた発酵飲料について――」

 修道士は続けた。

「我々はこれを、嗜好品ではなく、医療補助の一環として扱うべきだと考えています」


 マルクスは眉を動かしたが、遮らない。


「具体的には」

 もう一人の修道士が引き継ぐ。

「修道院が責任を持って生産を行い、

 病人、負傷者、衰弱した者への薬用酒として使用する」


 グスタフは、内心で唸った。

 ――なるほど、そう来たか。



「修道院が……独占的に?」

 マルクスが確認する。


「はい」

 修道士は即答した。

「一般市場には流通させません。あくまで、院内管理のもと、医療用途に限ります」


「つまり」

 マルクスは言葉を整理する。

「安価なジャガイモエールが、市場で既存の酒と競合することはない、と」


「その通りです」

 修道士は静かに頷いた。

「結果として、醸造ギルドの生業を脅かすこともありません」


 その一言に、場の空気がわずかに和らいだ。



 蓮は、修道士たちの言葉を聞きながら思う。


 ――これは、守りの提案だ。

 広めるためではなく、抑えるための枠組み。


 だが同時に、完全な否定ではない。



「免税については、どうお考えですか」

 マルクスが尋ねた。


「医療用の薬品として扱う以上」

 修道士は落ち着いた声で答える。

「従来の修道院医薬と同様、課税対象外とするのが妥当でしょう」


 マルクスは、机に置いた指で軽く叩いた。

「……王国としては」

 彼はゆっくりと言った。

「“酒税逃れの抜け道”を許した、とは見られたくありません」


「承知しております」

 修道士は深く頭を下げる。

「だからこそ、修道院が前に出るのです」



 ここで、グスタフが口を開いた。

「確認させてほしい」

 彼は修道士を見る。

「俺や、藤村殿は――関われなくなるのか」


 修道士は、少し考えてから答えた。


「技術的助言や、初期の協力については否定しません」

「だが」

 彼は言葉を切った。

「生産の主体は修道院とさせていただきたい」


 グスタフは、静かに頷いた。

「……職人としての実験、という建前は残るな」

「はい」

「それでいい」


 彼は、これ以上を望まなかった。



 マルクスは、全員を見回した。

「この提案は……」

 彼は慎重に言葉を選ぶ。

「確かに、即時の混乱を避けるには有効だ」


 市場には出ない。税収も、現状では減らない。ギルドも、表立って反対しにくい。


「だが」

 彼は続けた。

「これは、暫定措置だ」


「異論はありません」

 修道士は頷く。

「我らも、永続的な解決だとは考えておりません」



 会合が終わり、部屋を出たあと。蓮は、修道院の中庭で足を止めた。


「……守られましたね」

 彼が言うと、修道士は微笑んだ。


「ええ」

「でも」

 蓮は続ける。

「これは、“閉じ込める”形でもあります」


 修道士は、否定しなかった。


「知識は、時として登場するのが速すぎることがあります」

 彼は静かに言う。

「世が追いつくまで、守る檻も必要なのです」



 その夜、マルクスは報告書にこう記した。


 修道院より提案あり。ジャガイモ発酵酒を医療用途に限定し、修道院管理下での生産を条件に免税とする案。当面の混乱回避策として、有効。ただし、問題の先送りに過ぎない。


 彼はペンを置き、ため息をついた。

「この案のままでは、いずれ密造のジャガイモエールが出回ることになる。抜本的なルール作りが必要だ…… だが、ひとまずこれで時間は稼げる」

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