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◆第24話「ギルドからの正式抗議」

 役人が去ったあと、醸造所には再び静寂が戻った。樽の中では、変わらず、泡が立っている。


「……ギルドだな」

 グスタフが言った。


「ええ」

 蓮も頷く。

「直接来ない。でも、動いた」


「いつものやり方だ」

 グスタフは肩をすくめる。

「表では騒がず、裏で線を引かせる」


 蓮は、通達を見つめながら静かに言った。

「でも……これで、はっきりしました」

「何がだ」


「これは、ただの酒じゃない」

 蓮は顔を上げた。

「制度の問題になった」


 グスタフは、しばらく考え、ゆっくり頷いた。


「……ああ。もう、職人の手だけで済む話じゃねぇな」



 その日の夜、グスタフは仕込み帳の余白に、短く書いた。


 八月某日

 財務局より暫定通達。

 この酒は、まだ酒と認められていない。

 だが、恐れられている。


 彼は帳簿を閉じ、樽を見た。泡は、今日も変わらず、力強く立っている。止められているのは、流通だけ。発酵そのものは、誰にも止められない。


 それを皆が知っているからこそ――この酒は、危険なのだ。



 翌日のことだった。 醸造所の扉が、強く叩かれた。

「グスタフ・ミュラー殿。話がある」


 低く、よく通る声だった。グスタフは一瞬だけ目を閉じ、深く息を吸ってから扉を開けた。そこに立っていたのは、醸造ギルド長ハインリヒ。その背後には、数名のギルド役員と、記録係らしき男が控えている。


「……ついに表に出てきたか」

 グスタフは小さく呟いた。



 応接用の長椅子を挟み、向かい合う形で席が設けられた。藤村蓮も同席している。ハインリヒは前置きなく切り出した。

「本件について、ギルドとして正式に抗議する」


「抗議、ね」

 グスタフは腕を組んだ。

「何についてだ」


「貴殿の工房で行われている“ジャガイモエール”なるものだ」

 ハインリヒの声は硬い。

「我々はこれを――脱法的な手段で作られた密造酒と判断する」


 空気が、一段冷えた。


 蓮は、内心で思う。

(無茶だ。理屈としては、あまりに苦しい。)



「密造、とは」

 グスタフが静かに問い返す。

「どの法に反している?」


「酒の定義だ」

 ハインリヒは即答した。

「酒とは、麦芽を用いて醸造されるもの。それ以外は、酒ではない」


「ですが」

 蓮が口を挟む。

「発酵して、酔う飲料である以上――」


「だからこそ問題なのだ」

 ハインリヒは遮った。

「酒でありながら、酒としての課税も規制も受けない。それは、制度の抜け穴を突いた不正だ」


 グスタフは、ため息をついた。

「……理屈として、無理があるな」


 ハインリヒの目が細くなる。



「だが」

 グスタフは続けた。

「お前さんの言いたいことも、分からんでもない」


 彼は、ゆっくりと言葉を選んだ。

「だから言っておく。これは、市場に出す酒じゃない」


「……何?」

 ハインリヒが眉をひそめる。


「今、残っているジャガイモはごくわずかです」

 蓮が補足する。

「とても大量生産できる量じゃありません」


「試作だよ」

 グスタフは、はっきりと言った。

「職人として、可能性を試しているだけだ」


 その言葉に、ギルド側がざわつく。



「試作、だと?」

 ハインリヒは、苛立ちを隠さなかった。

「だが、結果が出ている以上――」


「結果が出たからこそ、慎重になっている」

 グスタフは一歩も引かない。

「今ここで、市場だの価格だのを持ち出す気はない」


 沈黙。ハインリヒは、しばらくグスタフを睨みつけ――やがて、視線を逸らした。

「……決着をつけるには、材料が足りない、か」


「そういうことだ」

 グスタフは頷いた。

「今はな」



 ハインリヒは立ち上がった。

「本件について、我々は引き続き注視する」

「好きにしろ」


「だが、忘れるな」

 ギルド長は言い残す。

「これは、始まりに過ぎない」


 彼らが去ったあと、醸造所には重い静けさが残った。



「……正面衝突は避けられましたね」

 蓮が言う。


「ああ」

 グスタフは苦笑した。

「だが、向こうも分かってる。今のところは、殴れないってだけだ」


「それでも」

 蓮は通達の紙を思い出しながら言った。

「時間は、稼げました」


 グスタフは樽に手を置いた。

「十分だ。職人にとってはな」


 泡は、今日も静かに立っている。


 誰もが分かっていた。この話は――まだ終わっていない。

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