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◆第11話「土を休ませる理由、土を育てる理由」

 春がさらに進み、畑の空気には明確な生命の匂いが混じり始めていた。サツマイモのツルは地表に根づき、日ごとに葉を増やしている。ジャガイモの畝も青々とし、作物の違いが一目で分かるようになってきた。


 その日の朝、蓮は畑の一角に簡素な机と板を用意し、農民たちとエリシア、リオネルを集めていた。


「今日は、作業の前に少し“話”をさせてください」


 農民たちは顔を見合わせたが、誰も不満は口にしない。これまでの成果が、蓮の言葉に耳を傾ける価値を示していた。



「この国では、すでに三圃式農業が行われていますよね」

「はい。春作、秋作、休耕……それが基本です」

 年配の農民が即座に答えた。


「土地を一年休ませるのは、作物を育てる力が弱くなるから……ですよね」

「その通りです」


 蓮は頷き、板に簡単な図を描いた。


「でも――“なぜ”弱くなるのか。そこを説明したい」


 リオネルが身を乗り出す。

「……地力が失われるから、では?」


「その“地力”の正体が、これです」


 蓮は三つの印を並べて書いた。


 ―― 窒素

 ―― リン酸

 ―― カリ


「作物が育つには、この三つの栄養が欠かせません。三要素、と呼びます」


 農民たちがざわめく。

「三つ……?」

「肥料って、全部同じじゃないのか……?」



 蓮は、説明を始める前に一瞬、大きく息を吸った。これから述べることは異世界の知識。もしかしたら、呪法の一種と見なされるかも知れない。しかし、そのリスクをおかす価値はあると信じ、話し始めた。


「まず、窒素」

 蓮は家畜小屋の方を指さした。

「動物の糞や尿に多く含まれます。これは、葉や茎を育てる栄養です」


「だから、糞をやると葉ばかり育つ……」

「そう。多すぎると、実がつかない」


 次に、リン酸。

「これは、骨の粉に多い。花や実、根を作る力になります」

「……骨?」

「動物を食べた後に残る骨です。砕いて土に混ぜる」


 農民たちは思わず顔を見合わせた。

「……捨ててましたな」

「もったいないことを……」


「最後に、カリ」

 蓮は灰を入れた袋を持ち上げた。

「草木を燃やした灰。これは根を丈夫にして、病気に強くします」


 エリシアは、ペンを走らせながら呟いた。

「……糞、骨、灰……どれも、生活の中にあるものですね」


「そうです。特別な魔法は要りません。全部、身近なものです」



「三圃式農業では、土地を休ませますよね」

「はい。放牧地に使っています。」

「でも、“何も植えない”のは、半分しか正解じゃない」


 その言葉に、農民の一人が眉をひそめた。

「……どういう意味で?」


「休耕地に、クローバーを植えるんです」

「……草を、植える?」


 ざわめきが広がる。

「クローバーは、窒素を土に蓄える力があります」

「草が……肥料を……?」


 リオネルが首をかしげる。

「それは、魔法ではなく?」


「違います。根に、小さな生き物を住まわせて、空気の力を土に取り込む」

「……また“見えない生き物”ですか」

「はい。でも、確かに働いています」


 蓮は穏やかに続けた。

「クローバーを育てて、花が咲く前に土にすき込む。そうすると、休ませた以上に土が元気になる」


 年配の農民が、ぽつりと呟いた。

「……土地を、育てる……」



 講義を終えると、蓮は立ち上がった。

「じゃあ、次は実地です。今日は、サトイモとヤマイモを植えます」


 籠の中には、丸いサトイモの種芋と、細長いヤマイモの切り分けられた芋が入っていた。


「サトイモは、水と肥えた土が好きです。少し低めの場所に」

「ヤマイモは?」

「これは逆。水はけがよくて、深い」


 蓮は、支柱を立てながら説明する。

「ヤマイモは、下に伸びます。真っすぐ、深く」


「……畑の中に、畑を作るようなものだな」

 農民が感心したように言った。



 サトイモは、やや深めに、たっぷりと堆肥を混ぜて植えた。

「葉が大きくなります。雨を受け止めるから、水の管理が大事です」


 ヤマイモは、土を深く掘り、慎重に寝かせる。

「折れると育ちません。慎重に」


 リオネルは汗をかきながら、真剣な顔で作業を続けた。

「……芋ごとに、性格が違うのですね」

「人と同じですよ」


 蓮が笑うと、エリシアも小さく微笑んだ。



 作業が終わり、畑を見渡す。

 ジャガイモ、サツマイモ、サトイモ、ヤマイモ。

 それぞれ違う育ち方、違う時間、違う恵み。


「土地は、休ませるだけじゃ足りない」

 蓮は静かに言った。

「育てて、返して、また育てる。その繰り返しです」


 エリシアは記録を閉じ、はっきりと頷いた。

「……藤村殿の農業は、“支配”ではなく“対話”ですね」


「そうありたいです」


 三圃式農業という常識の上に、少しずつ積み重ねられる新しい考え方。

 この畑は、作物だけでなく、農業そのものを育て始めていた。


 春の風が吹き、クローバーの種が、次の季節への準備として、静かに土へと落ちていった。

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