◆第11話「土を休ませる理由、土を育てる理由」
春がさらに進み、畑の空気には明確な生命の匂いが混じり始めていた。サツマイモのツルは地表に根づき、日ごとに葉を増やしている。ジャガイモの畝も青々とし、作物の違いが一目で分かるようになってきた。
その日の朝、蓮は畑の一角に簡素な机と板を用意し、農民たちとエリシア、リオネルを集めていた。
「今日は、作業の前に少し“話”をさせてください」
農民たちは顔を見合わせたが、誰も不満は口にしない。これまでの成果が、蓮の言葉に耳を傾ける価値を示していた。
◆
「この国では、すでに三圃式農業が行われていますよね」
「はい。春作、秋作、休耕……それが基本です」
年配の農民が即座に答えた。
「土地を一年休ませるのは、作物を育てる力が弱くなるから……ですよね」
「その通りです」
蓮は頷き、板に簡単な図を描いた。
「でも――“なぜ”弱くなるのか。そこを説明したい」
リオネルが身を乗り出す。
「……地力が失われるから、では?」
「その“地力”の正体が、これです」
蓮は三つの印を並べて書いた。
―― 窒素
―― リン酸
―― カリ
「作物が育つには、この三つの栄養が欠かせません。三要素、と呼びます」
農民たちがざわめく。
「三つ……?」
「肥料って、全部同じじゃないのか……?」
◆
蓮は、説明を始める前に一瞬、大きく息を吸った。これから述べることは異世界の知識。もしかしたら、呪法の一種と見なされるかも知れない。しかし、そのリスクをおかす価値はあると信じ、話し始めた。
「まず、窒素」
蓮は家畜小屋の方を指さした。
「動物の糞や尿に多く含まれます。これは、葉や茎を育てる栄養です」
「だから、糞をやると葉ばかり育つ……」
「そう。多すぎると、実がつかない」
次に、リン酸。
「これは、骨の粉に多い。花や実、根を作る力になります」
「……骨?」
「動物を食べた後に残る骨です。砕いて土に混ぜる」
農民たちは思わず顔を見合わせた。
「……捨ててましたな」
「もったいないことを……」
「最後に、カリ」
蓮は灰を入れた袋を持ち上げた。
「草木を燃やした灰。これは根を丈夫にして、病気に強くします」
エリシアは、ペンを走らせながら呟いた。
「……糞、骨、灰……どれも、生活の中にあるものですね」
「そうです。特別な魔法は要りません。全部、身近なものです」
◆
「三圃式農業では、土地を休ませますよね」
「はい。放牧地に使っています。」
「でも、“何も植えない”のは、半分しか正解じゃない」
その言葉に、農民の一人が眉をひそめた。
「……どういう意味で?」
「休耕地に、クローバーを植えるんです」
「……草を、植える?」
ざわめきが広がる。
「クローバーは、窒素を土に蓄える力があります」
「草が……肥料を……?」
リオネルが首をかしげる。
「それは、魔法ではなく?」
「違います。根に、小さな生き物を住まわせて、空気の力を土に取り込む」
「……また“見えない生き物”ですか」
「はい。でも、確かに働いています」
蓮は穏やかに続けた。
「クローバーを育てて、花が咲く前に土にすき込む。そうすると、休ませた以上に土が元気になる」
年配の農民が、ぽつりと呟いた。
「……土地を、育てる……」
◆
講義を終えると、蓮は立ち上がった。
「じゃあ、次は実地です。今日は、サトイモとヤマイモを植えます」
籠の中には、丸いサトイモの種芋と、細長いヤマイモの切り分けられた芋が入っていた。
「サトイモは、水と肥えた土が好きです。少し低めの場所に」
「ヤマイモは?」
「これは逆。水はけがよくて、深い」
蓮は、支柱を立てながら説明する。
「ヤマイモは、下に伸びます。真っすぐ、深く」
「……畑の中に、畑を作るようなものだな」
農民が感心したように言った。
◆
サトイモは、やや深めに、たっぷりと堆肥を混ぜて植えた。
「葉が大きくなります。雨を受け止めるから、水の管理が大事です」
ヤマイモは、土を深く掘り、慎重に寝かせる。
「折れると育ちません。慎重に」
リオネルは汗をかきながら、真剣な顔で作業を続けた。
「……芋ごとに、性格が違うのですね」
「人と同じですよ」
蓮が笑うと、エリシアも小さく微笑んだ。
◆
作業が終わり、畑を見渡す。
ジャガイモ、サツマイモ、サトイモ、ヤマイモ。
それぞれ違う育ち方、違う時間、違う恵み。
「土地は、休ませるだけじゃ足りない」
蓮は静かに言った。
「育てて、返して、また育てる。その繰り返しです」
エリシアは記録を閉じ、はっきりと頷いた。
「……藤村殿の農業は、“支配”ではなく“対話”ですね」
「そうありたいです」
三圃式農業という常識の上に、少しずつ積み重ねられる新しい考え方。
この畑は、作物だけでなく、農業そのものを育て始めていた。
春の風が吹き、クローバーの種が、次の季節への準備として、静かに土へと落ちていった。




