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もしもし、わたくしメリーさん。いま、貴方のお城にいるの

掲載日:2025/09/20

『もしもし、わたくし、メリーさん。いま、郊外の墓地のいるの』


 部屋に設置された魔導電話の受話器を取ると、愛らしい声がそう囁いた。


「よく来たね! さぁ、ここまで来れるかな?」


『もしもし、わたくしメリーさん。いま、王都に向かっているの』


「大分まだ遠いようだけれど、大丈夫かい? そこからなら、目抜き通りを使うといい。あそこから一直線だからね」


『もしもし、わたくしメリーさん。いま、貴方の城の前にいるの』


「早かったね! 大丈夫、そのまま門番を倒して中に入っておいで。あ、倒すといっても命は奪わないでやってね」


『もしもし、わたくしメリーさん。いま、貴方のお城にいるの』


「流石だね! 入るのがまず大変なんだけど、君なら必ず入れると思ったさ」


『もしもし、わたくしメリーさん。いま、たぶん廊下にいるの。たぶん……』


「おや? ちょっと自信がなさげだね? 大丈夫。君ならこれるさ」


『わたくし、メリーさん。なんとか廊下を抜けたんだけど、階段が多すぎなの……』


「あぁ、わかるよ。ここは君でも初めての場所だからね。大丈夫、廊下を超えられたなら階段もいけるいける」


『……他人事だと思ってないかしら』


「いやだな、そんなことないない。君ならできるって信じているだけさ」


『わたくし、メリーさん。いま、階段を108階登ったところですの』


「あー……。それはちょっと、戻ったほうがいいかもしれない。階段多いんだよね、ここ」


『……近道ないのかしら』


「わかるよ、戻るのが面倒なんだね。壁を突き抜ければ行けるんじゃないかなぁ」


『壁⁉ わたくしをなんだと⁉』


「メリーさん」


『えぇ、えぇ、そうでしょうとも! いいわ、わたくし、メリーさん。この階段の壁を突き抜けて見せますわ』


 何やら城の中で破壊音が響く。

 擬音にするなら『どっごぉおおおおん!』である。


「なんだろう、やけに派手な音だね?」


『わ、わたくしメリーさん。壁を突き抜ける、代わりに、破壊して、やりましたわ……っ』


「いいね、その調子その調子」


『いいの⁉』


「いいのいいの、先に進めればいいんだから。通り抜けられなくとも穴開けられたんだから上出来だよ」


『そ、そう? まぁ、わたくしメリーさんですもの。当然ですわ』


「元気が戻ってきたね、さぁ、早く私の後ろに」


『わたくし、メリーさん。階段の次は甲冑軍団ですわっ』


「上手く隠れられないかなぁ」


『もう見つかりましたわっ、無理ですわぁ』


「諦めんなよ!」


「無理ですけれど諦めてはおりませんわ。メリーさんですもの」


 再び城のどこかで破壊音と悲鳴が響く。

 擬音にするなら『どっごぉおおん』に続いて『ぎゃああああっ!』という野太い悲鳴。

 ちょっと心配になってくる。

 あ、メリーさんの事じゃないよ?

 城の衛兵たちの方だ。

 

「あー、メリーさん? 命は、奪ってないよねぇ?」


『もちろんですわ!』


「良かったよ。彼らはこの城を護る精鋭たちだからね。何一つ悪くない、任務に忠実な騎士達だから、出会ったらできれば戦わずに逃げてくれたらいいね」


『大丈夫ですわ。即座に意識を刈り取りましたもの。無益な殺生は致しませんわ』


「流石だね、メリーさん。私の心配なんか無意味だということがよくわかったよ。そのままぜひ突き進んでくれ」


『わたくし、メリーさん。いま、貴方の部屋の側にいるの』


「さぁ、待ってたよ! いまこそ私の前に姿を現してくれたまえ!」


 私が部屋の扉に向かって両手を広げるのと、扉が瓦礫のように崩れ落ちるのが同時だった。

 ぱらぱらと崩れ、埃を舞い上げる扉の向こうには、会いたくて会いたくて会えなかった、最愛のメリー……メリーディア・ルクレ公爵令嬢が佇んでいる。

 薄暗い部屋の蝋燭に照らされた髪は艶やかな金髪。

 今にも泣きだしそうな大きな瞳は琥珀色。

 艶やかでありながら生気のない肌は染み一つない白さを維持している。

 上品でありながら華やかな赤いドレスは、あの日の君となんら変わらない。

 その胸から溢れ出た鮮血が描いた赤黒い染みさえも、何一つ。


「どうして、わたくしを蘇らせたりしたのですか。こんな場所に閉じ込められてまで!」

「メリー。私の方こそ言いたいよ。なぜ、あの時私を庇ったんだい?」


 メリーが私を庇わなければ。

 死んでいるのは私だっただろう。

 それでもよかった。

 メリーを失うことに比べれば。


「わからないのですかっ!」

「いいや、わかっているから問うているんだよ。もしも私が同じ立場になったなら、迷わず同じ行動をとっていただろうからね」


 あの日。

 私とメリーの婚約発表のパーティーで、メリーは命を奪われた。

 メリーが、私を狙った暗殺者の矢に射抜かれたとき。

 世界が止まったように感じられた。

 魔力を帯びた矢は、メリーの心の臓を確実に、そして深く射抜き、その命を消し去った。

 回復魔法も何もかも間に合わなかった。

 襲撃者はその場で自害し、首謀者もわからないままに、私は最愛の人を目の前で失ったのだ。


「じゃあ、なぜ……」


 こんなことを。

 そう続けたいのに続けることができずに、メリーはその場に泣き崩れる。

 

 私が幽閉された塔の最上階であるこの部屋には、メリーを蘇生するための禁呪が展開されている。

 魔法陣とその周囲に等間隔に置かれた蝋燭は、その長さも数も意味がある。

 死者蘇生は何があっても許されることではなく、本来幽閉されたこの場所に展開できるものではなかった。


 もともとは、自室でやっていたのだ。

 いま思えば、私は既に狂っていたのだろう。

 王族しか入れない隠し部屋などいくらでもあったのだから、そこで行えばよかったのに。

 自室など、誰でも入れる場所で禁呪に手を出した私は、即座に罰せられ、この塔に幽閉されたのだ。

 毒杯を賜らずに幽閉で済んだのは、秘密裏に処理してくれたから。

 国王である父と、王妃である母には、辛い選択をさせたとは思う。

 弟にも、本気で泣かれた。


 けれど私は、諦めきれなかった。

 だってそうだろう?


 最愛の人が、目の前で死んで。

 どんな手段であっても生き返らせる術があるのだとしたら、選ばない理由がどこにある?


「君を、愛してるんだ。君がいない世界に私は生きてはいられない」


 声を押し殺して泣くメリーを、私はそっと抱きしめる。

 咄嗟に私を振り払おうと、メリーが抗ったが許さなかった。


「駄目、これ以上貴方の命を使わないで!」

「全部もらっていいよ。君の為の命だから」


 私の身体から、命が抜けていくのがわかる。

 それでいい。

 メリーだけを救いたかった。


「いやっ、嫌よっ。わたくしは、貴方を救いたかったの! だからここまで来たの。貴方を死なせない為だけにここに来たのよ」


 メリーが自分自身に魔法を放つ気配を感じて、私は即座に妨害する。


「駄目だよメリー。君は確かに凄腕の魔術師だった。けれど忘れたの? 私は禁呪すらも扱うことができる王宮魔導師だよ?」


 自害なんてさせない。

 彼女がここへ来た理由なんてわかっていた。

 目の前でないと自死しても私へ命を返せないからだ。


 塔の中は当然、魔法が使えない――本来ならば。

 けれど彼女は死人だし、私は禁呪に禁呪を重ねた王子。

 自ら塔の外に出ることは叶わなくとも、使えないはずの魔法を使うことなど造作もなかった。


 そしていま。

 メリーが塔の外への道を切り開いてくれたから、私は堂々と外に出ることができる。


「……ねぇ、メリー? 反省してくれた?」


 泣きじゃくる彼女に、笑顔で聞いてみる。


「反省……」

「そう。私を助けて、一人遺したこと」


 残された私がどれほど絶望したか。

 愛しているからこそわかってもらわなければいけない。

 これからの為に。


「……反省しないわ」

「メリー?」

「貴方を助ける為なら、わたくしは何度だって死んで見せます!」


 キッと私を睨みつけてくる顔は、ほんとに生前と変わらない。

 強気な性格も、私を一途に想っているところも何一つ。

 でもだからこそ、私は彼女に生きていて欲しいのだけれど。


「メリーさんに禁呪は使えないでしょう」


 この監禁された塔の一室に禁呪の道具を揃えるのは、私でも一苦労だった。

 私の世話をするために訪れたメイドや従者たちを少しずつ洗脳して、そうとは本人すら気付かないうちに運び込ませた。

 いまでこそ沢山の蝋燭が並ぶこの部屋は、私とメリーさん以外にはごく普通の貴族牢にしか見えない。

 公爵令嬢でしかない彼女に揃えられるものではないし、魔力量だけなら私の方が高い。


 そしてその私ですら、禁呪を完成させるには不足だった。

 だから、昔から伝わる物語をモチーフにして、足りない魔力を補った。

『もしもし、わたしメリーさん。いま、貴方の後ろにいるの』

 ある日突然、メリーさんという女性から、魔導電話がかかってくる物語だ。

 メリーさんは電話のたびに距離を詰めてきて、最終的には電話口の相手の後ろに立つという。

 物語の『メリーさん』と、メリーディア・ルクレ公爵令嬢の愛称である『メリー』。

 この二つの類似性も禁呪の成功に大いに役立った。


「それでも。貴方を死なせるぐらいなら、わたくしは、何度だってこの身を投げ出すし、どんな手を使ってでも貴方を蘇らせて見せますわ!」


 琥珀色の瞳に映る私の姿は、まるで幽鬼のようだ。

 抱きしめる彼女に、私の命が流れ込んでいくのがわかる。

 私の命がすべて彼女に流れ込んだなら、その時こそ、彼女は死人ではなく人として、完全にこの世に蘇られる。


「口だけ、だと思っているのかしら」


 ふっ、と。

 彼女が意味深に微笑んだ。


「見つけたわ」

「なにをだい?」

「貴方とわたくしを、この世に留める方法よ」


 私に抱きしめられたまま、彼女は自分の胸に片手を置いた。

 そこは、暗殺者に射抜かれた場所。

 赤黒い染みから、黒い煙のようなものが立ち上る。

 まさか。


「メリー。君、まさかその状態で追跡魔法を⁉」


 腕の中の彼女をまじまじと見つめる。

 彼女を殺した襲撃者はその場で自害した。

 だから、ただの追跡魔法では、本当の犯人を追うことはできないはず。


「貴方がしようとしていたことはわかっていてよ。ひとつは、わたくしを自害させない事。そしてもうひとつは、わたくしが安心して暮らせること。それには、本当の犯人を見つけなくてはならないわ。……貴方がこの塔にわたくしを呼び寄せたのは、貴方が、最後の魔法を使うためね?」


 息をのんだ。

 まさか、そこまで気づかれてしまうとは。


 そう、彼女をここへ呼び寄せたのは、自力でこの塔を破壊することはできなかったから。

 こうして部屋を破壊されたいまなら、最後の力で彼女を害した本当の犯人を呪うことができる。


「いまのわたくしは、貴方に蘇らせてもらった死人。貴方の命を、魔力を分け与えられた人ならざるものですもの。何だってやって見せますわ!」


 彼女の胸元から伸びた煙が何羽もの黒い蝶となって、塔の外へ飛び立ってゆく。

 そしてそれは、王宮のとある一室へと吸い込まれていった。


「いくかい?」

「当然ね」


 悠然と微笑む彼女と共に、転移魔法を展開して黒い蝶の元へと転移する。

 瞬間、悲鳴があたりに響く。

 大量の蝶に群がられている人物は、部屋の隅で必死に追い払おうと無駄に足掻いていた。 

  

「おやおやこれはこれは、意外な人物ですね。ブロマード叔父上。まさか貴方だったとは」


 黒い蝶に群がられたブロマード公爵は、私とメリーさんを見て悲鳴を上げ続けている。

 こんなに騒がれては、城の衛兵たちがすぐにでもなだれ込んできてしまいそうだ。


「大丈夫よ。部屋の外に声が漏れることはないわ」


 彼女がちらりと部屋の隅に目を走らす。

 既に四隅には黒い蝶がそれぞれ羽ばたき、防音結界を張り巡らせていた。

 相変わらず隙がない。


「た、助けてくれ、この蝶を早く消してくれっ!」

「ただの蝶ですよ。愛らしいでしょう」

 

 そんなわけがないのを解っていて、私はあえて笑ってやる。

 この黒蝶は、ブロマード公爵の魔力と命を吸い取っている。

 そして吸い取りながら分裂し増殖し、いまや公爵の身体は黒い蝶に全身を覆われて影のようだ。

 

「いやだいやだ苦しい、い、息が、息ができんっ」

「見苦しいですね。人の命を奪ったのだから、自分が奪われても何ら問題はないでしょうに」


 直接手を下したのはこいつではない。

 けれど命じたのは間違いなくブロマード公爵なのだ。

 なぜ、私の命を狙ったのか。

 王太子は私であったけれど、私の命を奪っても、弟がいる。

 公爵の王位継承権は決して高くない。


「違う違うっ、殺す気などなかった、ただ、傷物になればそれで……っ!」


 必死に言い募る公爵に、まさか、と思う。

 

「最初から、わたくしが狙いでしたのね……」


 メリーが瞳を伏せる。

 のたうち回る公爵が苦し紛れの嘘を言っている可能性もあるが、メリーを害してどうなる?


「貴方、まだわからないって顔をしているわね? 本当に、わたくし以外は目に入っていないのだから。ブロマード公爵令嬢は、ずっと貴方を想っていたわよ」


 メリーに言われて思い出す。

 そういえば、公爵の娘はずっとまとわりついてくる女だった。

 幼馴染といえばそうなのかもしれないが、私はメリー以外の令嬢と懇意になるつもりはなかったから、気にも留めていなかった。

 もしも私が禁呪に手を出さなければ、爵位的に次の婚約者は公爵の娘がなっていた可能性は高い。


「そんなことで、メリーの命を奪ったのか」


 もう二度と公爵の声を聴きたくなかったから、私は黒蝶を手で掴み、そのまま公爵の口の中に押し込める。

 くぐもった絶叫を上げて、公爵は息絶えた。


 公爵の命と魔力をすべて奪いつくした黒蝶が、私とメリーに溶け込んでゆく。


「なるほど。こんな奴の命でも命は命か」

「貴方の命を使う必要なんて、無いと思ったの」


 青白かったメリーの頬に、柔らかな赤みがさす。


「わたくし、本当に生き返ってしまいましたのね?」

「そうだね。そして私も、死なずに済んでしまったようだ」


 彼女に手を差し出すと、そっと手を添えられる。

 触れた手にも、温もりが戻ってきていて嬉しくなる。


 もう私達は王族と公爵令嬢としては生きられない。

 けれど、彼女さえ生きていてくれれば、それでいい。


「……もしもし、わたくしメリーさん。いま、貴方の腕の中にいるの」


 悪戯っぽく笑う彼女を、ぎゅっと抱きしめた。


 読了ありがとうございます。

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 どうぞよろしくお願いします。

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メリーさんたら神出鬼没ですわねー。 でも神でも鬼でもなく愛の化身だったからこその御業でしたわね、お見事ですわあ。
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