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幼馴染でセフレのあの子はボクが先に好きだったのに!  作者: 星の内海
第二章 あるオタギャルの恋について
9/60

猫は毬と戯れる 前編

 ユニオンパーク・ジャパンは関西最大級のテーマパークだ。

 公式の略称はUPJだが、関西人には専ら『ユニパ』などど呼ばれている。

 そんなユニパが、今回大手Virtual UTuber事務所とコラボするということで、夏休みのこの日、ボクとスズは二人でユニパデートすることになった――。


 ――ハズだったのだが。


「やっぱりゲート前まで来るとテンション上がりますね~!」

 ボクの隣にいるのは、スズではなく、その今カノの如月茉莉也ちゃんだった。

 ウッキウキの彼女と共に、ボクたちは入園ゲートの列の最後尾に並ぶ。

 何故こんなことになっているのか。

 時は今朝まで遡る。



 ―――



「ええっ! 風邪ぇ!?」

『そうなのよ……ゲホッ……ほんとにごめん……ゲホゲホ……』

 電話越しに、スズの苦しそうな声が聞こえる。

 朝早くに珍しく電話がかかってきたと思ったら、彼女は風邪をひいてしまったらしい。

 夕べからその兆候があったらしく、大事を取って早く寝たのだが、結局早朝高熱で目を覚ましてしまったらしい。

「風邪ならしょうがない。今日はゆっくり寝てなよユニパは……まあ、誰か適当に声かけるよ」

『ホントごめんね……チケット代とグッズ代は必ず今度払うから……』

 コラボは来週にも終わってしまう。延期やキャンセルという選択肢はなかった。

 何度も謝るスズを宥めて電話を切る。

「とはいえ……誰を誘おう……」

 のんちゃん……は、今日はバイトだ。

 お母さんでも誘おうかと思ったけど、残念ながら社会人には平日。在宅ワークで忙しそうだ。

 僕は友達が少ない。思い当るのはもう一人しかいなかった。

「……一応、声かけてみるか」



 ―――



 二人で電車に乗り、最寄り駅へ向かう。

 だが、楽しい楽しいユニパにタダで行けるというのに、隣に座る女の子はムスッとむくれてしまっていた。

「どうしたんだよマリちゃん。何怒ってるのさ」

「怒ってません。拗ねてるんです」

 この拗ねてるらしい女の子は、マリちゃんこと、スズの今カノの如月茉莉也ちゃん。

 呼んだ時は結構喜んでくれたはずだけど、合流するころにはすっかり機嫌が悪かった。

「なんでさ」

「……来る途中で気づいたんですけど先輩、今日スズ先輩と二人でユニパ行く予定だったんですよね?」

「うん」

「私、聞いてなかったんですけど」

「あれ、そうだっけ」

 そういえば、前マクドで夏休みの予定を立てたときも『この日は予定がある』としか言わなかった気がする。

「今カノを差し置いて二人でユニパだなんて」

「えーっ。でもスズと二人でユニパなんて今まで何回も行ってるしなあ」

「く、出ましたね幼馴染特有のエピソード。ネコ先輩は分かってないんです。恋人と二人でユニパ行くのは特別なデートなんですから」

 と、マリちゃんはますます頬を膨らませる。その様が面白くて、つい人差し指でつついてしまう。

 ぷーっと、マリちゃんの口から空気が噴き出した。

「んもう! ネコ先輩! 帰りますよ私!」

 と、怒ったマリちゃんが両手でポコポコ叩いてくる。

「ごめんごめん。可愛かったからつい」

「なんですかそれ……もう」

 と、マリちゃんは怒って目を閉じてしまった。

「だいたい、ネコ先輩は私より圧倒的に有利な立場にいるっていう自覚がないんです」

「えー、今カノのキミが言うかなあ? ソレ」

「前にも言いましたけど――」

 ため息一つついて、マリちゃんが続ける。

「――私がもしスズ先輩に、私かネコ先輩かの二択を迫ったら、絶対私が切られるんですから」

 マリちゃんは鋭い視線をボクに向ける。ボクは適当に目を逸らす。

「それもどうだかわからないけどね~」

「わかりますよ。付き合う前も後も、スズ先輩からあなたの話を暗記できるくらい聞かされたんですから。私は棚ぼたで彼女になれただけで、運がよかったんです」

「でもなあ……結局スズはキミと彼女のままでいることを選んだわけだし」

「ネコ先輩、スズ先輩に一世一代の告白とかしました?」

 マリちゃんは眉をへの字に曲げ、ジトっとした目で見てくる。

「一世一代?」

「そうです。あなたはスズ先輩に『これがダメなら諦めて他の恋に走る』気持ちで告白しました? 逃げ道を用意してたんじゃないですか? 『傍に置いてくれるだけでいいから~』とか」

「ウッ」

 図星だった。確かにボクはスズちゃんと離れたくない一心で、彼女持ちのスズちゃんに告白した。

 だがそれは『失敗したら終わり』という人生を賭けた勝負ではなかった。スズちゃんの浮気癖に賭けた打算的な告白だ。

「もし、ネコ先輩がそのつもりなら私はとっくにフラれてました。私は負けてないだけでネコ先輩に勝ったことは一度もありません」

「そう、かなあ……」

 そんな確信は、自分では持てなかった。彼女の視点から見たらそう見えるんだろうか。

「自分がどれだけスズ先輩に愛されてると思ってるんですか……全く」

 マリちゃんは不満そうだ。

 ボクの自信のなさが今の状況を招いたとでも言いたいんだろうか。でも……。

「でも……アイツ昔付き合ってた時浮気したし……」

 嫌な事を思い出して、視線が落ちる。

「………………それは、スズ先輩が悪いですね………………」

 マリちゃんには返す言葉もなかったようで、それからパークの最寄り駅につくまでの間は、気まずい沈黙が流れていた。


(それにしても……敵に塩を送るのが好きな子だなこの子は)

 今からでもボクがその気になってマリちゃんとの二者択一をスズに迫れば簡単に勝てる、と言ってるようなもんじゃないか。

 公平性のある勝負の為なら自分が損する道を平気で選ぶ。そういう人なんだろうな、マリちゃんは。

 スズが気に入ったのも、なんとなくわかる気がする。

 キミだってちゃんとスズに愛されてると思うよ。ボクは。

 ボクはキミと違ってずるがしこい女なので、言わないでおくけど。



 ―――



 そんなわけで、冒頭に戻る。

 先ほどまでの気まずい沈黙も何のその。パークに入場する高揚感は何物にも代えがたい。

 二人ともすっかりテンションが上がっていた。

「楽しみですね、ネコ先輩! どのアトラクションに乗ります?」

「おっと、ダメだよマリちゃん。ボクらは今日、戦いに来たんだ。遊びは後!」

 そう言って、ボクは彼女の分のチケットを2枚渡す。1枚はパークの入場券、もう1枚はコラボエリアの整理券入場券を兼ねたエクスプレスパス。

「今日はコラボ物販エリアの入場券付きのエクスプレスパスを買った。予定より出遅れたけど、入ってすぐ向かえば整理券の時間にぎりぎり間に合う。整理券付きとはいえ、エリア内は戦場だよ! 目標はボクとスズちゃんの推しVのコラボ衣装アクリルスタンド! 他が買えなくても最悪これだけは入手する!」

「は、ひゃい……?」

「チケットのQRを読み取ってもらったら、わき目もふらず特設エリアに直行だ。いいね!?」

「は、はい!」

 気圧されるあまり、マリちゃんは敬礼していた。

 やがて、ボクらの番が近づいてくる。

 ボクは淀みない最小限の動きでチケットのQRをリーダーに読ませ、考えうる限り最小限の動作でゲートを抜ける。

「行くぞおおおおおお!!」

「は、はいぃー!」

 そして、ボクらは真っ直ぐコラボ物販のあるエリアに直進していった。



 ―――



「はぁ……すごい熱気でした……」

 呼吸を整えた後、マリちゃんコップの水を口に含む。

 戦場だった物販エリアを抜け、ボクらはレストランに入り、コラボメニューをそれぞれ注文していた。

「んでも、目的のモノはだいたい買えてよかった。ハイこれ」

 と、ボクは先ほど購入したアクリルスタンドをマリちゃんに渡す。

「これって、スズ先輩の推しのVですか? 結構ボーイッシュな感じなんですね」

「まあスズの好みからは外れてるよね。でもホラー系の企画をよくやってるからよく見るんだって。で、こっちはボクの推し」

 ボクの推し――黒髪ロングで歌の上手いVのアクスタをマリちゃんに渡す。

 と、マリちゃんがまたジト目になる。

「……なんですか? マウントですか?」

「えぇ?」

「だってこれお互いの好きなVがお互いに似てるような……」

「そっ……れは意識したことなかったけど」

 この子結構想像力たくましいな。と思ったけど、見た目だけで言うなら確かにそうなのかもしれない。

 言われて初めて気づいたけど、スズちゃんの推し、ちょっとシルエットとか僕っぽいのかも……?

「違うよ、純粋な布教だよ。よかったら配信見てあげてよ。アクスタは二つずつ買えたからあげる」

「それは……はい。ありがとうございます」

 一応リンちゃんは納得したらしく、それ以上は追及してこなかった。

「それで、次はどうします? ネコ先輩」

「エクスプレスパスはまだ三種類ある」

 ボクは残りのチケットを三枚、マリちゃんに手渡した。

 エクスプレスパスとは、時間が指定されているが、並ばずにアトラクションに乗れる有料のパスだ。先ほどの物販エリア整理券入場券とセット販売されていた。

「一つは『フライングコースター』この後30分後に乗れる。その2時間後に『スプラッシュリバーライド』さらに2時間後に『スプラッタホラーハウス』だ。列に並ぶ待ち時間を考慮しながらになるけど、効率よく動けば結構いろいろ乗れるよ」

「なるほど。スズ先輩とよく来てるだけあって遊び慣れてますねネコ先輩」


「お待たせいたしました」

 話しているうちに、コラボメニューのパスタが二皿運ばれてきた。

「ごゆっくりどうぞ~」


「移動距離を考えるとあんまり時間がないですし、サッと頂いて移動しちゃいましょうか」

 と、フォークを手に食べようとするマリちゃんを制する。

「何言ってんの、まず撮影だよ。ほらさっき渡したアクスタ並べて」

「ええっ!?」


 マリちゃんには馴染みのない文化なのか、彼女はひたすら困惑していたが、ボクらは推しとコラボメニューの写真をバッチリ撮影し、撮影の後はしっかり味わって食べ、園内は走らないよう極力急いで、『フライングコースター』にたどり着いた。


「あの……よく考えたらこれ、満腹状態で乗るものではないのでは……?」

 と、マリちゃんの顔が真っ青になる。

「まあ……行けるっしょ。パスありとはいえ10分くらいは待つし……」

 と、ボクらはなんとか呼吸を整え、エクスプレスパスを係員に見せつつ、専用のレーンに入る。

「今更だけどマリちゃんはこれ乗ったことある?」

「ないですけど、絶叫系はけっこう楽しんで乗れますよ」

「そう? なら良かった。これ結構ヤバいから」

「え?」


 このコースターは、搭乗口のある建物の下にロッカーが並んでおり、ここで荷物を()()()預けることになっている。

 そのままスムーズに進んで、いよいよ搭乗口。

 係員がボクらの靴を確認し、専用のゴムバンドを装着するよう促される。


「ネコ先輩、どうして靴をバンドで固定する必要が……?」

「だってほらアレ」

 ボクが指さすと、マリちゃんは顔が蒼白通り越して真っ白になった。

 この『フライングコースター』は国内でも珍しい宙づり式のコースターなのだ。


 あっという間に順番が来て、ボクらはマシンに搭乗する。運のいいことに、最前列だ。

「せ、先輩……ネコ先輩。これおかしいです。なんで足がふらふらするんですか」

「そりゃ宙吊り式だからね」

 係員さんの『行ってらっしゃい』の声とともに、マシンが動き出した。

「待って待ってホントに想定してませんでしたこれヤバいヤバいヤバい足が自由なだけでこんなにコースターって怖くなるんですか」

 カタカタ、とチェーンがまかれる音。マシンはぐんぐんレールの上り坂を登っていく。

「喋ってると舌噛むよ~」

 マリちゃんが覚悟を決める暇もなく、マシンはレールの最も高いところへ到達した。

「ひ――」

 マリちゃんがこちらに助けを求めようとしてくるが、もう遅い。


「あああああぁあぁぁあぁああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 彼女の絶叫は、同じコースターに乗っていた乗客の中の誰よりもよく響き渡った。

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