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ボクらの制服

「ええっと……スズ、これは何?」

「何って……私たちの高校の制服よ?」


 夜の寝室。

 あっけらかんとした表情で、スズはかつての制服をベッドの上に並べ始めた。


「そうじゃなくて。なんで今さら、こんなの引っ張り出してきたのさ」

「茉莉也から聞いたのよ。うちの制服、来年から変わっちゃうんだって。だからつい、懐かしくなっちゃって」


 スズはどこか楽しげに、鼻歌交じりでブラウスに袖を通し始めた。

 高校時代からスズの体格に大きな変化はないはずだが、流石に二十六歳でこれを着るのは無理があるのでは――そんなボクの懸念を余所に、スズは鮮やかな手つきでスカートのファスナーを上げ、ブレザーを羽織った。


「お、全然余裕。どう? まだいけるでしょ、私」

「うーん。悪くはないけど……」


 決めポーズをとるスズからは、どうしても微かな「コスプレ感」が漂っている気がした。

 いや、これは毎日彼女を見ているボクだからそう感じるだけだろうか。案外、このまま外に出れば高校生と間違えられるかもしれない。……絶対に、この格好で外になんて出してあげないけれど。


「そう?  じゃあアンタも着てみて」

「はあ!?  嫌だよ、恥ずかしい」

「いいじゃない。私にだけこんな格好させる気?」


 恥ずかしい格好であるという自覚はあるのかよ、と喉まで出かかった言葉を飲み込む。

 スズはともかく、今のボクにこれを着こなせる自信は微塵もなかった。そもそも入るかさえ怪しい。店を始めてから、高校時代よりは多少、身体付きが丸くなった自覚があるのだ。

 だがしかし、そこは惚れた弱みというべきか。期待に潤んだ、キラキラとした眼差しを向けられると、ボクの心理障壁は容易く決壊してしまう。


「……入らなくても、笑わないでよ?」


 スズが歓喜の表情で見守る中、ボクはため息を吐きながら、ベッドに横たわる「かつての自分」をつまみ上げた。


「……おお、意外と入るもんだね」


 各所がキツく、生地が悲鳴を上げているような感覚はあるが、着られないことはなかった。鏡を見る勇気はないけれど、姿勢を正せば案外まだいけるのではないか。


「ねえ、スズ。ボクもわりとまだ――」


 スズの方を振り返った瞬間。

 視界が揺れ、ボクの身体はかけ布団の中へと引きずり込まれた。

 学生時代のスズの部屋にあった狭いシングルベッドとは違う。二人で選んだ、広いダブルベッドの上。

 そこには、あの頃と同じ「獣」のような眼光でボクを見下ろすスズがいた。


「――っ、ちょっと。そのために着せたの?」

「そんなつもりはなかったんだけど。制服姿のアンタを見てたら……なんか、我慢できなくなっちゃった」


 スズがボクの額に、熱い唇を落とす。


 大人になるにつれ、ボクたちは「明日」を気にして無茶に肌を重ねることを控えるようになった。

 店には週一の定休日があるけれど、連休を取る余裕なんてなかなかない。スズの仕事にも決まった休みはなく、締め切り前ともなれば同じ屋根の下にいるのに言葉も交わせないことさえある。

 仕事のため、明日の生活のため。体力を温存するために、若さゆえの無謀な夜は遠い記憶になりつつあった。


 けれど、今日はその無茶が許される日だ。


「私が直近の締め切り明けたの知ってるでしょ? アンタも明日は定休日だし……ねえ、いい?」

「……もう、仕方ないなあ」


 ボクはスズの首に腕を回し、自分から抱き寄せるようにして唇を重ねた。

 着たばかりのブラウスのボタンが少々乱暴に外され、スズの指先が侵入してくるのを、心地よい痺れと共に受け入れる。

 きっと今頃、スカートの中はひどいことになっているだろう。

 ボクは結局、大人になっても、制服を着ていてもいなくても、スズと肌を重ねるのが……スズとのセックスが大好きだ。全身で、スズの愛情を感じることができるから。


「ネコ……。すき、好きよ」

「スズ、スズっ……」


 スズはボクのはだけた胸の先端を弄りながら、側面を強く吸って、欲望の痕跡を残す。きっと、いつかのようにキスマークだらけになってしまうんだろうな。噛み跡も残るかも。でも止めない。印をつけてもらうのも、ボクがスズのものっていう証明になるから、ホントは昔から好きだった。

 お返しにとスズの下腹部へと手を伸ばすと、彼女は足を少し広げて、抵抗なく受け入れてくれた。


 一方的にされるがままじゃなくて、お互いに気持ちよくなろうとするようになったのは、学生時代との違いだろうか。ボクは、スズがボクの手で気持ちよさそうな顔をしてくれるのも好きだ。


 ボクの身体の芯から、どんどん熱いものがこみあげてくる。

 学生の頃、一晩中性行為に耽っていた、あの熱さ。

 お互いに気持ちいいところを触りあって、遠慮なく嬌声をあげる。ボクらの身体の境界線がなくなって、快楽で一つに溶け合うみたいな感覚。


「……愛してるよ、スズ」

「私も、愛してる」


 制服を着ていることで、気持ちまで若返ったのかもしれない。ボクらは久しぶりに、獣のように互いを求め合って、最高のセックスをした。


 せっかく大事にしまっておいた思い出の制服。

 明日の朝には、きっと二人分の熱で、しわくちゃになっているだろう。

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